まほろば御朱印紀行

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

邑楽郡

上州三嶋神社(群馬県明和町)3

上州三嶋神社に参拝してきました。
群馬県南東部の邑楽郡明和町の南部に鎮座しています。
利根川がすぐ近くにありました。

最寄り駅は、東武伊勢崎線「川俣駅」になります。
由緒書きによると、徒歩では神社まで20分はかかりそうです。

駐車場はありましたが、舗装はされていません。
自動車は、5〜6台位は停められそうです。


こちらの神社の由緒は、次の通りです(由緒書きより)。
「当社は『上州三嶋神社』を始め、近在からは『お宮』『三嶋さま』等と親しく呼ばれていますが、その正式名称を『三嶋神社』と称します。江戸時代末期の弘化三年(1846)、火災により社殿および古記録の全てを焼失した為、創建年月を含む由緒については不詳です。社伝によれば、伊豆国の三嶋大社(静岡県三島市大宮町)から御神霊を勧請(お招き)した地方の古社と伝えられています。
江戸時代以降、明治初年に至るまでは、当社近在の梅原山・光明寺(高野山真言宗)の住職が、代々『別当(神社を管理した僧侶)』を務めていました。
歴代住職の当社に対する信仰心は篤く、当社が所蔵する神宝類や石塔からその様子を知ることができます。
現在神座近くに奉安されている御神鏡も、江戸時代中期の享保二十一年(1736)、当時の別当・光明寺弘誓と『惣氏子中』の寄進によるものです。
現在の拝殿は、焼失の翌々年、嘉永元年(1848)から翌年にかけて再建されました。再建は別当の光明寺英猛と梅原村を中心に、信仰域であった近隣の二十ヶ村の助力を得て進められ、再建を機に近隣より神主家の祖が招かれて社殿を管理するようになりました。
以降、長年に及ぶ風雨や近年の大震災の影響によって、現在に至るまでに幾度かの改修工事が行われましたが、再建から170年近く経った今も、往時の姿をしっかりと留めています。
近代に入ると、明治五年(1872)十一月、近隣八ヶ村(現代の明和町中部・東部)の総鎮守である『郷社』に定められ、地域総鎮守として篤く信仰されました。
現在は群馬県を中心に、近隣の埼玉県や栃木県、茨城県からも、『勝負の神』『虎の神』、交通安全に霊験あらたかな神様として、広く崇敬されています。」


大通りには面していないので、分かりづらい所にありました。
国道122号線「川俣」という交差点を東に行くとこちらの神社がありました。

こちらが鳥居になります。
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参道を進みます。
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左側にお宮がありました。
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こちらの神社の旧社格は「郷社」ですが、雰囲気的には「村社」かなぁと思いました。
村の鎮守様と言った感じです。

境内には「富士塚」があり、登ると浅間神社が鎮座していました。
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その他、神明宮、菅原神社、愛宕神社等の境内社が鎮座しています。
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手水舎です。
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手と口を漱いで、参拝です。

こちらは、社殿になります。
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境内はさほど広くはありませんし、社殿も思ったよりは大きくはありません。

社殿の裏側にも祠がありました。
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神楽殿です。
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どのような神楽が舞われるのでしょうか?

御朱印を頂こうとしたら、宮司さんが不在したので頂けませんでした。
書き置きは無さそうです。
その代わりか由緒書きを頂きました。

祈祷祈願は随時受付中のようです。
必要な方は、こちらの神社へお問い合わせください。

西へ行った所には、「川俣事件」の碑がありました。




神社データ
神社名:上州三嶋神社
鎮座地:群馬県邑楽郡明和町梅原261番地
祭 神:三嶋大明神(大山祇命) 赤城大明神(大己貴命・豊城入彦命) 藤原長良公(長良大明神) 誉田別命(八幡大神) 八衢比古命・八衢比売命(塞神) 天手力雄命(戸隠神) 倉稲魂命(稲荷大明神) 水波能賣命(水神)
社格等:旧郷社 明和総鎮守

板倉雷電神社 オリジナル御朱印帳(群馬県邑楽郡板倉町)5

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群馬県邑楽郡板倉町に鎮座する「板倉雷電神社」のオリジナル御朱印帳です。

大きさは横11cm×縦16cmになります。

境内には蝋梅が咲いており、季節になると綺麗な花と甘酸っぱい香りを漂わせます。
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オリジナル御朱印帳には、その蝋梅をあしらったと思われます。

紙質は、普通かと思われます。

値段は1,000円、別途御朱印代が300円かかります。




神社名:板倉雷電神社
鎮座地:群馬県邑楽郡板倉町板倉2334
祭 神:火雷大神 大雷大神 別雷大神
社格等:旧郷社
札所等:つつじの館林七福神 福禄寿

高鳥天満宮(群馬県邑楽郡板倉町)5

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群馬県邑楽郡板倉町に鎮座する「高鳥天満宮」に参拝してきました。
旧郷社になります。

駐車場は、境内の右側にありました。
自動車は、十台位は停められそうです。

駐車場までは細い道を行きますので、自動車で行かれる方は、気をつけて下さい。


こちらの神社の由緒は以下の通り(説明板より)。
「菅原道真の臣岩下勝之丞なる者あり出羽の国(岩手県)の人にて道真に仕へて勤労ありしが延喜元年正月二十五日(西暦901年)道真讒を蒙り筑前大宰府に左遷せられし時、岩下之に随行せんことを請うも許されず、然れどもその忠勤に感じ道真自ら像を画き興へて曰く、『之を我として仕へ失ふこと勿れ』と岩下止むを得ず涙を揮いて本国に帰り永く子孫に伝えて守護せしむ
後文暦元年(西暦1234年)の春その後裔岩下勝之進公の画像を携へ京都北野天満宮に参詣し帰国の途次、此の地に耒り民家に投宿せり 既にして俄に一社創建の念起こり里正に計る
里正曰く之より百歩西地の林、昔より鳥飛来して止まず故に高鳥と称すと 依りてこの地を卜し国王に請ひ社殿を建て公の画像を安置せるものなり現在の社殿は嘉永元年(西暦1848年)新築されたものなり」


一の鳥居です。
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くぐると、左側に説明板がありました。
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すむふむ。

手水舎です。
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手と口を漱いで、先に進みます。

二の鳥居を上がる右側には、こちらの碑がありました。
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「東風吹かば にほいおこせよ 梅の花 主人なしとて 春な忘れそ」
無念さが伝わる和歌です。

二の鳥居です。
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階段を上がると、社殿がありました。
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社殿には、多くのミニ撫で牛が奉納されていました。
御神徳がうかがえます。

社殿には、「菅原道真公」が祀られています。
また、御神体となるのは菅原道真の直筆の肖像画だそうです。
どうも北野天満宮や太宰府天満宮からの勧請の神社ではなさそうな感じです。

扁額です。
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周辺は住宅地になりますので、境内はさほど広くはありません。

神楽殿です。
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どんな神楽が舞われるのでしょうか?

社殿の真後ろに小さなお社があります。
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奥の宮なんでしょうか?
それとも境内社?続きを読む
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日本のまほろばを探して社寺を参詣してます。社寺参詣道代表師範&御朱印ブロガーです。伊勢神宮・靖国神社・世良田東照宮・久能山東照宮・鳳来山東照宮の各崇敬会に入会しています。 取得資格:普通自動車免許、2級ファイナンシャルプランニング技能士、日商簿記検定2級、秘書検定2級、神社検定参級、全経電卓検定3級、安全衛生推進者
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