栃木県足利市にある「大原神社」に参拝してきました。
旧郷社になります。
足利市の西部、群馬県太田市との境近くに神社は鎮座していました。
足利市の中心部からはかなり外れています。
最寄り駅は、JR両毛線「小俣駅」になります。
駐車場は、道路を挟んで鳥居前と神社の右側にありました。
自動車は、合わせて6〜7台位は停められそうです。
以前の参拝日記⇒大原神社(栃木県足利市)
こちらの神社の由緒は、次の通りです(案内板より)。
「本社は、人皇第十二代景行天皇の御代、日本武尊が東征帰路台山(本社の後方の台地)に登り前方の豊に稔る田野を見渡され、国家鎮護の為に山城国大原野神社を勧請して建てられたという。
中世以降は坂西各村の総鎮守として栄えた。」
こちらの神社は、平将門の伝説があります。
平将門が討たれたときに、腹部がこの地に飛んできたそうです。
また、同市内には将門の手が落ちたという伝説がある「大手神社」や将門の弟の御厨太郎に関係していると言う「御厨神社」が鎮座していました。
こちらが一の鳥居になります。

鳥居に掲げられていた神額です。

社号標になります。

「郷社 大原神社」と刻まれています。
境内に入ると、右側には藤棚がありました。

5月11日に参拝しましたが、見頃は過ぎてしまいました。
とても残念です。
手水舎になります。

境内の左側には、碑がありました。

所縁のある方のでしょうか?
境内の右側にもありました。

こちらが神楽殿になります。


「大和渋井流」だそうです。
どんな神楽なんでしょうか?
狛犬になります。


神社には、狛犬がいらっしゃらないと!
二の鳥居と社殿になります。

内部になります。

(´人`)
「天兒屋根命 經津主命 武甕槌命 比女神」が祀られています。
平将門も祀られているのでしょうか?
社殿に掲げられていた神額になります。

どなたが書かれたのでしょうか?
内部には、騎馬武者と思われる男性が描かれた絵馬?が掲げられていました。

まさか平将門公でしょうか?
誰が奉納したのでしょうか?続きを読む
旧郷社になります。
足利市の西部、群馬県太田市との境近くに神社は鎮座していました。
足利市の中心部からはかなり外れています。
最寄り駅は、JR両毛線「小俣駅」になります。
駐車場は、道路を挟んで鳥居前と神社の右側にありました。
自動車は、合わせて6〜7台位は停められそうです。
以前の参拝日記⇒大原神社(栃木県足利市)
こちらの神社の由緒は、次の通りです(案内板より)。
「本社は、人皇第十二代景行天皇の御代、日本武尊が東征帰路台山(本社の後方の台地)に登り前方の豊に稔る田野を見渡され、国家鎮護の為に山城国大原野神社を勧請して建てられたという。
中世以降は坂西各村の総鎮守として栄えた。」
こちらの神社は、平将門の伝説があります。
平将門が討たれたときに、腹部がこの地に飛んできたそうです。
また、同市内には将門の手が落ちたという伝説がある「大手神社」や将門の弟の御厨太郎に関係していると言う「御厨神社」が鎮座していました。
こちらが一の鳥居になります。

鳥居に掲げられていた神額です。

社号標になります。

「郷社 大原神社」と刻まれています。
境内に入ると、右側には藤棚がありました。

5月11日に参拝しましたが、見頃は過ぎてしまいました。
とても残念です。
手水舎になります。

境内の左側には、碑がありました。

所縁のある方のでしょうか?
境内の右側にもありました。

こちらが神楽殿になります。


「大和渋井流」だそうです。
どんな神楽なんでしょうか?
狛犬になります。


神社には、狛犬がいらっしゃらないと!
二の鳥居と社殿になります。

内部になります。

(´人`)
「天兒屋根命 經津主命 武甕槌命 比女神」が祀られています。
平将門も祀られているのでしょうか?
社殿に掲げられていた神額になります。

どなたが書かれたのでしょうか?
内部には、騎馬武者と思われる男性が描かれた絵馬?が掲げられていました。

まさか平将門公でしょうか?
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