まほろば御朱印紀行

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

東京都

新宿山ノ手七福神(東京都新宿区)5

東京都内には多くの七福神の札所があります。

その中で今回ブログに書くのは「新宿山ノ手七福神」になります。

七福神の信仰の起源は、この新宿山ノ手七福神のホームページによると
「室町時代中期『仁王般若経・下巻』にある『七難即滅・七福即生』という言葉に源を発し、『幸福を招く信仰』として、広く庶民の間に広がったのであります。」
とのことになります。

この新宿山ノ手七福神は、昭和の時代に開創になったもので、太宗寺や善国寺といった比較的有名な寺院があります。
2〜3時間位で巡拝できそうです。

御朱印は、通年の対応になり、専用の色紙があります。
御朱印代は、300円になります。

また、七福神の御神像の授与品があり、宝船が一体1,000円になり、御神像は一体300円になります。

なお、御開帳は各社寺によって異なります。
また、通年で不開帳もありますので、お気をつけ下さい。続きを読む

小網神社(東京都中央区)5

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東京都中央区日本橋小網町に鎮座する「小網神社」に参拝してきました。

最寄り駅は、東京メトロ日比谷線・都営浅草線「人形町駅」になります。
A2出口より出て、徒歩で5分位の所にありました。

日本橋小学校の近くにあり、参拝したときは平日でだったので、児童の賑やかな声が聞こえました。

こちらの神社は、ビルの谷間にあるといった感じの神社になります。

提灯です。
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小網神社の説明板です。
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「当神社は、伊勢神宮を本宗として、文正元年(1466)今より約五五○年ほど前に、商売繁盛、疫病鎮静の神として鎮座した。
初めは、小網山稲荷院万福寿寺を別当寺とした稲荷神社であった。その後昭和初期までは、小網稲荷神社と号し、江戸時代から稲荷堀稲荷(とうかんぼりいなり)とも称されていた。
その後太田道灌は、当社への崇敬篤く、時折参拝し、社地を奉じ、社殿を造営したといわれる。社名も公の命名によると伝えられる。
さて、戦時下では、当社の「強運厄除守」を奉戴した者の多くが、戦地より無事帰還したことから、都内は勿論、各地より強運厄除の御神徳を戴き、自らの運を強め、豊かで明るい生活を求める参拝者で賑わう。」

やはり古社です。

こちらのお寺は、太平洋戦争の時、この神社の御守りを持って出陣した氏子の兵士達が全員帰還したという逸話があり、「強運厄除」の御神徳がある神社になります。

境内は、とても狭いですが、「強運」の神社だけあり、とても良い雰囲気です。
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社殿の向拝に施されている「昇り龍」と「降り龍」の彫刻は、とても素晴らしいです。続きを読む

第六天榊神社(東京都台東区)3

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東京都台東区に鎮座する「第六天榊神社」に参拝してきました。

最寄り駅は、JR総武線・都営浅草線「浅草橋駅」になります。
駅からは、徒歩で約5位の所にありました。

国道6号線(水戸街道)沿いの交番を東に少し行ったところに鎮座していました。

大通りから少し離れていて、土曜日のせいもあり、境内はとても静かでした。
意外と穴場の神社かもしれません。

こちらの神社は、景行天皇の時代、日本武尊が東夷征伐の折に創祀したと伝わる神社になります。

以前は、浅草鳥越という地にあったそうで、鳥越神社・熱田神社とともに「鳥越三所明神」と呼ばれていたそうです。
その後、鳥越神社だけが旧地に残り、第六天榊神社は現在地に移転したそうです。

鳥居です。
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意外と大きい鳥居です。

境内は、以外に広いです。
また、茅の輪があり、くぐらせて頂きました。

社殿です。
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参拝者は、私以外はいませんでした。

そのせいかどうかわかりませんが、境内の左側にある「授与所」は閉まってました
常時閉まっているのかな?
下町八福神社巡りをする人はいないのかなぁ・・・

御朱印は、授与所が閉まっていたので、社殿の右側にある「社務所」で頂けました。
墨書きをしていただきたかった。
御朱印代は、300円でした。

由緒書きは、ありました。

御守りや御札といった授与品は、ありました。

社務所は、「9時00分〜16時00分」まで開いているそうです。
気をつけてください。




神社データ
神社名:榊神社
鎮座地:東京都台東区蔵前一丁目4‐3
祭 神:榊皇大神(さかきのすめおおかみ)
通 称:第六天榊神社
旧 称:第六天榊神宮
旧社格:村社
札所等:下町八福神社巡り

水天宮(東京都中央区)5

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東京都中央区に鎮座する「水天宮」に参拝してきました。
江戸時代の大名「久留米有馬家」の屋敷内に建てられた神社です。

駐車場は、見当たりませんでした。
自動車で行かれる方は、周辺の有料駐車場を利用した方が良いかもしれません。

最寄り駅は、東京メトロ「水天宮前駅」になります。

檀浦の合戦で安徳天皇が二位の尼と入水されたあと、按察使局は「我らの霊を慰めよ」という二位の尼の命を受けて、筑後川の辺りに祠を建てて、御霊を祀ったのを始まりとします。
その後、江戸時代の久留米有馬家が屋敷に勧請しました。
当時の江戸っ子は御神徳にあやかりたく、毎月五日の日に屋敷を解放して、庶民の参拝を許したそうです。

参拝しようとしましたが、境内に行けず、うろうろしていたら、エレベーターがあり、それで上がりました。
なんだなぁ・・・

御朱印は、社殿右側にある「授与所」で頂けました。
御朱印代は、300円でした。

由緒書きは、頂けました。

御守りや御札といった授与品はありました。




神社データ
神社名:水天宮
鎮座地:東京都中央区日本橋蛎殻町二丁目4‐1
祭 神:天御中主神 安徳天皇 高倉平中宮 二位の尼
社格等:無格社
社 殿:権現造
札所等:日本橋七福神 弁財天

筑土八幡神社(東京都新宿区)5

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東京都新宿区に鎮座する「筑土八幡神社」に参拝してきました。

最寄り駅は都営大江戸線「牛込神楽坂駅」、もしくはJR中央線・総武線・東京メトロ東西線「飯田橋駅」になります。

「筑土八幡町」という交差点が目印になります。

神社の創建の経緯は、八幡神を信仰する翁が夢にお告げがあったので、その地に注連縄を張った松の木を祀った。
その後、伝教大師がこの事を聞いて筑紫の宇佐八幡宮の宮土を基礎として祠を祀ったそうです。
神社名からもその由来を想像できます。

境内に入るには、階段を登っていきます。
意外と急でした。

社殿と境内です。
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8月28日に参拝したので、境内には木々か生い茂り、蝉時雨が聞こえました。
地方の神社に来たような、雰囲気の良い神社でした。

明治時代に「金太郎」・「一寸法師」・「花咲爺」等を作曲した「田村虎蔵」の碑がありました。
こちらの神社とどんな関係があったのだろうか?

また、境内には宮比神を祀る「宮比神社」、「庚申塔」が鎮座していました。

御朱印は、境内の右側にある「社務所」にある窓口で頂けました。
御朱印代は、「頂いておりません。」との事でしたので、お賽銭箱に納めさせて頂きました。

由緒書きは、頂きました。
手作り感のある良い由緒書きです。

例大祭は、毎年9月15日だそうです。

また、参拝したい神社です。

近くには、「神楽坂毘沙門天」、「神楽坂赤城神社」の社寺がありました。
また、「熊谷組」、「津久戸小学校」、「厚生年金病院」がありました。

こちらの神社の隣にあった「築土神社」は、現在は靖国神社の近くに鎮座しています。




神社データ
神社名:筑土八幡神社(つくどはちまんじんじゃ)
鎮座地:東京都新宿区筑土八幡町2‐1
祭 神:応神天皇 神功皇后 仲哀天皇
旧 称:筑土八幡宮(つくどはちまんぐう)
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日本のまほろばを探して社寺を参詣してます。社寺参詣道代表師範&御朱印ブロガーです。伊勢神宮・靖国神社・世良田東照宮・久能山東照宮・鳳来山東照宮の各崇敬会に入会しています。 取得資格:普通自動車免許、2級ファイナンシャルプランニング技能士、日商簿記検定2級、秘書検定2級、神社検定参級、全経電卓検定3級、安全衛生推進者
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