まほろば御朱印紀行

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

東京十社

赤坂山王日枝神社 再拝(東京都千代田区永田町)5

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 東京都港区のオフィス街に神社は鎮座していました。

 最寄り駅は、東京メトロ千代田線「赤坂駅」、銀座線「溜池山王駅」になります。両駅から徒歩数分位の所にありました。


 こちらの神社の由緒は次の通りです(國學院大学日本文化研究所編 弘文社刊『神道事典』より)。
「〈祭神〉大山咋神、相殿、国常立尊、伊弉冉神、足仲彦尊
〈指定文化財〉太刀一振(国宝) 太刀十四振(重文)
〈例祭日〉6月15日(山王祭、神幸祭(隔年))
〈由緒〉創祀年代未詳。熊野那智大社米良文書の貞治元年(1362)の文書に『武蔵国豊島郡江戸郷山王宮』とみえ、これが当社の前身にあたるという説がある。また一説には、文明十年(1478)太田道灌が江戸築城の際に川越の無量寿寺(現、喜多院)の鎮守日枝神社から勧請したことに始まるともいう。
 天正十八年(1590)徳川家康が江戸に移封されたときに、城内の紅葉山の地に遷座し江戸城の鎮守とされた。慶長九年(1604)からの江戸城改築に伴い、麹町隼町に移遷され江戸庶民の参拝が可能となった。その後明暦の大火で類焼したため、万治二年(1659)さらに現在地にに移された。
 当社の祭礼である山王祭は神田祭と並び江戸の代表的祭りとされ、多数の山車・練物が出るなど華美を極めた。天下祭・御用祭としょうされた。
 明治元年(1868)11月、東京奠都に際して准勅祭社となり、そののち祠官となった平山省斎の努力などもあって皇城鎮護の社として官幣大社に進んだ。
 昭和二十年(1945)5月の空襲で国宝の社殿をはじめ宝物類を焼失したが、昭和三十三年6月に現在の社殿が復興された。
〈旧社格〉官幣大社(大正元年)」

 また、大修館書店刊「日本の神仏の辞典」よると次の通りです。
「東京都千代田区永田町に鎮座する旧官幣大社。神社本庁別表神社。主祭神は大山咋神、相殿神に国常立尊、足仲彦尊、伊弉冉神を奉斎する。
 江戸期においては日吉山王社・山王権現と称し大宮・二宮・三宮を祀った。
 創祀年限は平安末期に遡り、秩父流平氏の名族・江戸重長の江戸荘定着にともなって、同氏の本貫地川越荘の鎮守日吉宮を勧請したという。また、『米良文書』貞治元年(1362)の願文に『豊島郡江戸郷山王宮』とみえ、熊野師檀関係を軸とした中央との交流がうかがえる。
 文明十年(1478)太田道灌の江戸築城にあたり、郭内北の曲輪梅林坂に奉祀され、天正十八年(1590)徳川家康関東入国後は、紅葉山さらに半蔵門外へ遷祀、社領600石が付されるなど、爆風直轄の大社として重きをなした。明暦の大火後は現在地に遷り幕命によって荘厳な社殿が造営された。
 年二季、将軍家の奉幣があり、6月15日の祭礼は山王祭礼・天下祭りとして豪華な神幸祭を挙行、江戸第一の盛典と称された。」


 境内までエスカレーターで行きます。

 鳥居になります。
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 いわゆる「山王鳥居」と呼ばれる鳥居になります。

 「皇城之鎮」になる神社になります。
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 社殿になります。
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12月3日に参拝しましたが、七五三の家族連れが多かったです。さすが江戸最大の神社です。

 久しぶりに参拝したので、御朱印と東京十社巡拝のミニ絵馬を頂きました。





神社名:赤坂山王日枝神社
鎮座地:東京都千代田区永田町二丁目10‐5
祭 神:大山咋神
相 殿:国常立尊 伊弉冉神 足仲彦尊
旧 称:山王社 山王権現
社格等:旧官幣大社 准勅祭社 別表神社

芝大神宮(東京都港区芝大門)5

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 東京都港区芝公園にある芝増上寺の東にある神社になります。

 最寄り駅は、都営三田線「芝公園駅(A4出口)」、都営三田線「御成門駅(A1出口)」、都営浅草線・大江戸線「大門駅(A6出口)」になります。


 こちらの神社の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「東京都港区芝大門の旧府社。芝神明宮とも。祭神は天照皇大御神・豊受大御神、相殿に源頼朝・徳川家康・菅原道真を祀る。
 9月11日から21日に芝大神宮だらだら祭りがあり、生姜市と甘酒茶屋が有名。例祭日は16日で授与品の千木筥は江戸郷土玩具である。
 寛弘二年(1005)に飯倉山に創建された。慶長三年(1598)に現在地に遷された。
 境内で起った角力と鳶のめ組との喧嘩が歌舞伎の演目となった。」

 また、東京堂出版刊「神社辞典」によると次の通りです。
「東京都港区芝大門。旧府社。天照皇大御神・豊受大御神を主祭神とし、源頼朝・徳川家康を合祀する。
 もとは単に神明宮あるいは日比谷神明・飯倉神明宮・芝神明宮などと称されたが、明治五年(1872)8月現社名となった。旧社地は飯倉山(今の芝公園丸山)であったが、慶長年間に現在地へ移った。
 社伝によれば寛弘二年(1005)9月16日の創立という。この地には古く伊勢大神宮の御厨(みくりや)があったので、恐らくはその関係から発生した神社であろう。源頼朝が神領を寄進したのをはじめ、足利・太田・北条・豊臣などの武将が崇敬をささげた。徳川家康は朱印領十五石を寄せ、歴代将軍も祈願・寄進・修造などを行っている。明治元年10月天皇の御東幸に際し内侍所小休所にあてられ、翌11月准勅祭社に列せられた。
 例祭は9月16日であるが、前後十日間(11〜21日)にわたって盛大に行われるので、古くから『だらだら祭り』の名称がある。また期間中に『生姜市』がたち、小伝馬町の『べったら市』とともに著名。別名を『めっかち市』『目くされ市』とも呼ばれたが、根勝生姜を誤ったものとか、片目の者が商いしたためとか、当社の水が眼病に霊験があって目の悪い者が多く参詣したためとかいわれる。
 縁起物として藤の花を描いた曲物(まげもの)の千木箱が出されるが、社記によればいにしえ飯器を製していた名残りかという。」


 日比谷通りから引っ込んでいるので、境内は意外と静かです。


鳥居になります。
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 社号標になります。
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生姜塚がありました。
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 例大祭で生姜市がたつので、それだからでしょう。

 社殿になります。
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 石段を上がった所に「社殿」と「社務所」・「授与所」がありました。

 御朱印は、境内右側にある「授与所」で頂けます。御朱印代は500円でした。生姜飴と道中安寧御守りを頂きました。

 御守りや御札といった授与品はありました。「興運御守り(一体800円)」を頂きました。





神社名:芝大神宮
鎮座地:東京都港区芝大門一丁目12‐7
祭 神:天照皇大御神 豊受大御神
相 殿:源頼朝公 徳川家康公 菅原道真公
社格等:旧府社 准勅祭社
旧 称:芝神明宮 飯倉神明宮
札所等:東京十社めぐり
    全国東照宮めぐり
URL:http://www.shibadaijingu.com/

品川神社 東京十社(東京都品川区北品川)5

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 東京都品川区の京急の線路沿い神社は鎮座しています。

 最寄り駅は、京浜急行「新馬場駅」になります。北口を出て神社まで徒歩で数分かと思われます。
 また、荏原神社から品川神社まで徒歩では5〜6分位かと思われます。


 こちらの神社の由緒は、次の通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「東京都品川区北品川の旧郷社。北の天王社とも。祭神は天比理乃很拭α狽罫北拭ΡР貲掲簗拭N禳廚4月15日後の日曜日で、元亀年間(1570〜1573)から伝承する太太神楽を奉奏する。6月7日に近い金曜日から日曜日に北の天王祭がある。
 文治三年(1187)に源頼朝が安房の州崎明神を勧請し品川大明神と称した。後醍醐天皇の御代、守護の二階堂道蘊が宇賀之売命を勧請し、文明十年(1478)に太田道灌が素盞嗚尊を勧請した。慶長五年(1600)に徳川家康が関ヶ原出陣の祈願として太太神楽を奏した。寛永十四年(1637)に家光が東海寺の鎮守社とした。」

 また、東京堂出版刊「神社辞典」によると次の通りです。
「東京都品川区北品川。旧郷社。元准勅祭社。祭神は天比理乃很紳昌傭譴凌世鱆る。
 創立年代は不詳。江戸期の書物によれば、文治三年(1187)二階堂道蘊が宇賀之売命を勧請、再興す。文明十六年(1484)太田道灌が素盞嗚尊を勧請す。古くは品川の鎮守として品川大明神と称したが明治元年(1868)現社名に改称、南天王社(荏原神社)に対して北天王社と称す。
 品川太々神楽(例大祭日・新嘗祭・都無形文化財)古文書(区指定)など多くの宝物文化財が現存する。
 例大祭(品川天王祭)6月7日。」


 京急の電車に乗っていると神社が見えました(・ω・)

 一の鳥居です。
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 鳥居の左側には東海七福神の大黒天がいらっしゃいました。
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 境内には「品川富士」と呼ばれる富士塚があり、浅間神社が鎮座していました。

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 二の鳥居になります。
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 5月4日に参拝しましたが、境内には躑躅が咲いていました。
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 三の鳥居になります。
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 神楽殿になります。
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 社殿になります。
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 社殿右側には稲荷神社が鎮座していました。
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 御朱印は、境内の左側にある授与所で頂けました。御朱印代は300円でした。

 また、「東京十社巡拝記念絵馬」を頂きました。
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 一体300円です。

 授与所で対応してくれた男性がかなりぶっきらぼうな感じでした。もい少し愛想が良くても…



神社名:品川神社
鎮座地:東京都品川区北品川三丁目7‐15
祭 神:天比理乃很拭覆△瓩劼蠅里瓩里澆海函法〜狽罫紡此 ̄Р貲掲簗拭覆Δのめのみこと)
社格等:旧郷社 准勅祭社
札所等:東京十社めぐり
    東海七福神 大黒天

東京十社めぐり(東京23区内)5

 明治元年(1867)京都の二十二社にならい、東京にも准勅祭社が定められました。現在の東京十社に大国魂神社と武蔵国鷲宮神社を加えた形で定められましたが、明治三年には廃止されました。
 昭和五十年に遠くにある大国魂神社と鷲宮神社を除いた23区内にある神社で「東京十社」となり、巡拝ができるよう始まりました。

 専用の御朱印帳や巡拝記念ミニ絵馬がありました。
 巡拝記念ミニ絵馬は300円、ミニ絵馬をはめる大きな絵馬が1,500円になります。大きな絵馬は品川神社で見ましたが、各神社であるかと思われます。
 これは品川神社で頂いたミニ絵馬になります。
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 このミニ絵馬を頂いて巡拝するのも良いかもしれません。

続きを読む

根津神社(東京都文京区)5

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東京都文京区に鎮座する「根津神社」に参拝してきました。
「根津権現」とも呼ばれる神社になります。

参拝したのは、ゴールデンウィーク中でした。
何故この時期に参拝したのかと言うと、境内に咲き乱れる躑躅(つつじ)を見たかったからです。

最寄り駅は、東京メトロ千代田線「根津駅」になります。
駅から徒歩で約5分位になります。

こちらの神社は、「東京十社」に数えられる神社になります。
「東京十社めぐり」なる一種の札所めぐり的な巡拝もあり、専用の御朱印帳や絵馬もあるそうです。

参拝した日は、ゴールデンウィークとつつじを見る参拝客で、境内はすごい賑わいでした。

社殿です。
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早速参拝です。
社殿まで列を作っているので、しばらく並んでいました。

元々は、この地に社殿はなかったそうです。
江戸幕府五代将軍「徳川綱吉」が次期将軍を甲府宰相松平綱豊(後の徳川家宣)に決めた後、屋敷を神社に献上し、この地に社殿を作ったそうです。

境内には、「乙女稲荷」や「駒込稲荷」が鎮座していました。

境内にツツジが咲き乱れており、とても綺麗でした。
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庭園は200円で見れますが、境内の下からツツジ園を見上げる方が圧巻かと思われます。

しばし見とれてしまいました。

御朱印は、ゴールデンウィークで特殊だったのか、社殿前にテントがあり、そこで頂けました。
若い神職の方が書いてくれましたが、字がちょっと・・・
御朱印代は、300円でしたが、頂けたので感謝。

由緒書きは、ありました。

通常は、授与所が何処かにあると思いますので、御守りや御札といった授与品はあると思われます。

また参拝してみたい神社でした。





神社データ
神社名:根津神社
鎮座地:東京都文京区根津1丁目28‐9
祭 神:須佐之男命 大山咋命 誉田別命
相 殿:大国主命 菅原道真公
社格等:府社 准勅祭社
社 殿:権現造
別 称:根津権現
札所等:東京十社めぐり
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まほろばと申します。

「社寺参詣道 代表師範」になります。

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日本のまほろばを探して社寺を参詣してます。社寺参詣道代表師範&御朱印ブロガーです。伊勢神宮・靖国神社・世良田東照宮・久能山東照宮・鳳来山東照宮の各崇敬会に入会しています。 取得資格:普通自動車免許、2級ファイナンシャルプランニング技能士、日商簿記検定2級、秘書検定2級、神社検定参級、全経電卓検定3級、安全衛生推進者
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