まほろば御朱印紀行

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

式内社

伊香保神社(群馬県渋川市伊香保町)5

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 群馬県渋川市の中でも旧伊香保町に神社は鎮座していました。

 最寄り駅は・・・

 駐車場は、周辺に有料or無料駐車場があります。近いのが「河鹿橋駐車場」かもしれません。


 こちらの神社の由緒は、次の通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「【伊香保神社】
 群馬県北群馬郡伊香保町伊香保の旧県社。延喜式内明神大社。祭神は大己貴命・少彦名命。例祭は9月15日。
 垂仁天皇朝の創始と伝える。承和二年(835)に明神にあずかり、元慶四年(880)に従四位上を授かる。康和五年(1103)に神事に懈怠があったとし社司に中祓が科せられた。三の宮となる。国内神名帳には正一位伊香保大明神とある。」

 また、東京堂出版刊「神社辞典」によると次の通りです。
「【伊香保神社】
 群馬県北群馬郡伊香保町。旧県社。大己貴命、少彦名命を祀る。
 『続日本後紀』は承和二年(835)に明神大社に列し同六年6月に従五位下、『三代実録』は貞観九年(867)6月に正五位下に以後二回の昇叙を経て元慶四年(880)には従四位上を授けられ、『朝野群載』は康和五年(1103)に神事を穢したことにより中祓を科されたことなどを記載する。『上野国神名帳』には正一位伊香保大明神と見える。また当国の三の宮を称し『神道集』を同様に記す。
 両毛地方には早くから熊野、諏訪、日光の信仰が入り込んでいたが、一方土着の鎮守信仰も盛んであり、唱導者が活躍したことが『神道集』によって推測されている。
 因みに『神道集』は当社を『上野国第三宮伊香保大明神』として説話的事実としては、『上野国勢多郡鎮守赤城大明神事』の後日譚として語られ、児持山とも関係している。伊香保大明神を『赤城ノ大明神ノ御妹』といい、また、『男体女体御在、男体ハ伊香保ノ御湯守護湯前ニテ御在時ハ、本地薬師如来也、女体ハ里へ下給テハ三宮ト申テ澁河保ニ立御在、本地ハ十一面也』と説いており中世の信仰、民俗、唱導、芸能等を考える上できわめて重要である。さらに中世・近世にかけては藩主・領主の崇敬をうけ、名実ともに関東の古名社である。
 例大祭9月19日。」


 伊香保温泉の石段を上がっていくと神社の境内に出ます。
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 石段の途中に社務所がありました。
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 土日祝日は開いているそうです。氏子さん達なのかな?
 御朱印帳(オリジナルではなさそう)が授与されていました。

 まだまだ石段を登ります。
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 境内にやっと着き、社殿になります。
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 「大己貴命・少彦名命」が祀られています。温泉街に鎮座するので「医薬の祖」である二柱が祀られているのでしょう。
 土曜日に参拝したので、やはり参拝者が多いです。

 社殿左側にある「三峯神社御眷属、八坂神社、八幡宮、稲荷神社」と書かれた三社の祠が鎮座していました。
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 この社殿前に授与品が置いてありました。無人での授与になり、社務所には授与品はありません。
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 授与品として「開運招福絵馬、えんむすび絵馬、開運子授絵馬、交通安全御守り(朱・緑)、子授御守り」がありました。初穂料は各500円になります。
 また、「書き置きの御朱印」もありました。初穂料は300円となります。鶴亀は描かれません。
 御神籤は、初穂料100円になります。 

 石燈籠
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 松尾芭蕉の句碑
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 高山彦九郎が座った石
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 御朱印帳への直接を墨書きをして頂きたい方は「土日祝日」には石段の途中の「社務所」が開いていますので揮毫していただけます。書き置きにはない「鶴と亀の絵」が描かれています。御朱印帳への揮毫は初穂料500円となります。





神社名:伊香保神社
鎮座地:群馬県渋川市伊香保町伊香保2番地
祭 神:大己貴命 少彦名命
社格等:延喜式内社 旧県社 上野国三宮

二宮赤城神社 御朱印&交通安全ステッカー(群馬県前橋市二宮町)5

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 群馬県前橋市二宮町に鎮座する神社。

 最寄り駅は、JR両毛線「駒形駅」になります。徒歩では・・・


 こちらの神社の由緒は、次の通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「群馬県前橋市二之宮町の旧郷社。祭神は大国主命。例祭は4月15日。春・秋の神幸祭、7月31日の夏越祓(茅輪くぐり)がある。
 垂仁天皇の御代に創祀されたと伝える。後冷泉天皇の勅願所となる。源頼朝が崇敬し社領一百石を寄進し社殿を造営した。永禄年間(1558〜1570)に烏有に帰した。大胡城主の歴代が崇敬し、安政二年(1855)に正一位を受ける。」

 また、臨川書店「神道大辞典(縮刷版)」によると次の通りです。
「群馬県勢多郡荒砥村大字二ノ宮に鎮座。郷社。大穴牟遅神・彦狭島命・天津日大御神・級津彦姫命を主神とし、少彦名命外十四神を配祀す。
 『国内神名帳』所載『正五位上赤城若子明神』を本社に充つる説あるも詳かでない。
 古来武門の尊敬が篤かったという。
 例祭日、4月15日。」


 鳥居
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 参道を進むと神代橋。
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 渡ると神門です。
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 手水舎。
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 社殿になります。
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 こちらの神社は、上毛三山の「赤城山」をご神体とする「山岳信仰」の神社になります。社殿の北側には赤城山がそびえていると思います。
 赤城神社は、延喜式内社で上野国二宮の論社となっている。その有力三社(大洞赤城神社、三夜沢赤城神社、二宮赤城神社)のうち、この二宮赤城神社は「里宮」ではないかと言われています。因みに大洞赤城神社は山宮、三夜沢赤城神社は本宮ではないと言われています。
 境内の由緒が書かれている案内板によると、東京都の牛込に鎮座する神楽坂赤城神社は、こちらの神社からの勧請だそうだ。因みに神楽坂赤城神社の祭神は「岩筒雄命、赤城姫命」のニ柱が祀られている。

 時期が時期だけに七五三の祈祷、お宮参り等の祈祷はしていただけると思われる。勿論厄除、交通安全、商売繁盛もだ。

 境内。
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 朝晩は寒くなりましたが、日中はまだ暖かいので参拝しやすいです。
 参道や境内には杉があるが、春先は花粉症の人は困るかもしれない(´・ω・`) 

 神門をくぐり、左側にある授与所にて「交通安全ステッカー(初穂料300円)」を頂きました。この授与品の説明文がついてありました。
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「【陸上海上航空 交通安全祈願ステッカー】
●ステッカーの貼り方
この交通安全のステッカーは裏紙の切り口よりはがし、油気をよくふきとってから車の後部にお貼りください。又は、玄関等に貼ってください。

●交通安全の守護札として
あなたのご身体・お車・お家・お船等の安全をお守りしますが、尚一層の安全運転に心がけて下さい。
 (注)尚、年に2、3回たびかさね祈念し、新しく貼り替えますと御身を導き尚一層厄災をまぬがれます。」

 御朱印は、授与所で頂きました。御朱印代は「お気持ちで」だそうです。由緒書きは頂けます。




神社名:二宮赤城神社
鎮座地:群馬県前橋市二之宮町886番地
祭 神:大己貴命 豊城入彦命 他十五柱
相 殿:大山祇命 他八柱
社格等:延喜式内社(明神大社)  旧郷社 上野国二宮

甲波宿禰神社 上野国四宮(群馬県渋川市川島)5

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 群馬県渋川市川島に鎮座していました。

 最寄り駅はJR吾妻線「金島駅」になります。徒歩では十数分位かと思われます。

 神社専用の駐車場はありました。


 こちらの神社の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「【甲波宿禰神社】
 群馬県渋川市川島の旧郷社。延喜式内社。祭神は速秋津彦(はやあきつひこ)神、速秋津姫(はやあきつひめ)神。例祭は10月9日。獅子舞の奉納がある。
 宝亀二年(771)の創建と伝え、上野四の宮である。元慶四年(880)正四位下を授かった。国内神名帳には正一位とある。」

 また、由緒書きには次の通りです。
「『甲波』は川、『宿禰』は貴人を尊ぶ敬称である。吾妻川のほとりに、水を司る『速秋津彦神』と『速秋津姫神』をご祭神として、宝亀二年(771年)と建立された。
 元々社殿は、現在の場所から500メートル東、川沿いに鎮座していた。
 しかし、天明三年(1783年)の浅間山の大噴火の泥流で流出。元々諏訪神社の境内地であるこの高台に場所を移し、再建される事になった。
 京都御所が炎上にあった貞観十八年(876年)清和天皇が火難守護神として祈願した。(水の神は、全国でも少ないため)
 また、戦国の世には、北条・武田・長尾氏らが旧郷社に寄進したと伝えられている。」


 渋川市の中心部から北西、県道35号線から細い道に入ったところに神社は鎮座していました。
 できればコンパクトカーみたいな車で行かれた方がよいかもしれません。

 鳥居
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 社殿
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 社殿内部
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 社号額
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 本殿
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 神楽殿
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 社務所
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 御朱印は、宮司さん宅にて頂けました。宮司さん不在のため書き置きを頂きました。



 
神社名:甲波宿禰神社
鎮座地:群馬県渋川市川島1287番地
祭 神:速秋津彦神 速秋津姫神
社格等:延喜式内社 上野国四宮 旧郷社

小祝神社 上野国七之宮 季節の御朱印(おぼりじんじゃ、群馬県高崎市石原町)5

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 群馬県高崎市に神社は鎮座していました。

 駐車場は社殿の裏にありました。10台位は停められそうです。


 こちらの神社の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「【小祝神社(おぼりじんじゃ)】
 群馬県高崎市石原町の旧郷社。延喜式内社。祭神は少彦名命ほか二十一柱。例祭は4月19日、10月19日。
 元慶四年(880)年に正五位上を授かる。正徳年間(1711〜1716)に間部越前守詮房が社殿を造営した。
 国内神名帳に正一位とあり国内七之宮として崇敬を集める。特に安産守護として有名である。」

 また、由緒書きによると次の通りです。
「群馬県内にある延喜の格式に記載のある十二の神社のうち、七之宮とされている。
 合祀されている祭神は、速玉男命・大日孁命・五十猛神・健御名方神・大國主神・誉田別命・伊弉册命・宇氣母智神・倉稲魂神・大名持神・大山祇命・八衢姫命・菊理姫命・軻遇突智命・八衢彦神・久那止神・市杵嶋姫命・事解男命・素盞鳴命・菅原道真公・藤原家隆卿の二十一柱。旧社格は郷社。ご神紋は『三つ巴』。近くを流れる烏川にかかる橋が聖石橋で、烏川の中に、『聖石』『赤石』『川越石』の三石があるといい、石と関係の深い神社であることがわかる。
 『三代実録』の元慶四年(800)五月二十五日条に、『正五位下、小祝神社』とある。『上野国神明帳』には、『正一位小祝大明神』とあり、群馬県西郡に『息災寺小祝明神』の記載があることから小祝神を奉斎する氏族は国府官人になったと見られ、先の『息災寺小祝明神』は、国府近くに建立された息災寺に氏神として当社から勧請されたものと推測される。
 延長五年(927)成立の『延喜式』神名帳では上野国片岡郡に『小祝神社』と記載され、式内社に列している。尚、同帳では当時の読みとして『オハフリ』と振られている。『ハフリ』は、神に人間の言葉を告げることをいい、転じて神祇官の役職名になった。
 現在の主要社殿は本殿、拝殿から成り、これらが一体となった形式である。ただし、幣殿・拝殿は本殿よりも後の造営になる。現本殿は江戸時代の正徳三年(1713)に高崎城主であった真鍋越前守詮房による造替で、享保二年(1717)に棟上げされた。
 形式は三間社入母屋造で、側面も三間からなり、正面には向拝三間を付す。屋根は、当初は桧皮葺または柿葺であったと見られるが、現在は銅板葺である。本殿内部は外陣(手前二間)と内陣(奥一間)に分かれ、内陣には厨子が安置されている。
 この本殿は、高崎市の神社本殿としては最古であるほか、その背面に嵌め込まれた彫刻パネル(群馬県最古例)が類例の年代判定の指標にもなるとして、棟札・奉納額・寄進銘とともに高崎市指定重要文化財に指定されている。」


 鳥居になります。
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 群馬県知事であった小野寺氏揮毫の社号標です。
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 手水舎になります。
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境内の隣には保育園があります。
 境内自体は広くはありません。桜はかなり散っていました。

 また社号標です。
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 神楽殿になります。
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 社殿です。
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 本殿になります。
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 祭神に藤原家隆卿とあるので、誰かな?と思ったら鎌倉時代に生きた人で、同時期にいた藤原定家と双璧をなすほどの歌人であったとのこと。
 権現造かと思いましたが、拝殿・本殿とも入母屋造かな?

 御朱印は、授与所にて頂きました。
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 季節の御朱印(三種類)の他、主祭神の「少彦名命」と墨書きされた御朱印もありました。御朱印代は各300円です。




神社名:小祝神社
鎮座地:群馬県高崎市石原町1247番地
祭 神:少彦名命
合 祀:速玉男命 大日孁命 五十猛神 健御名方神 大國主神 誉田別命 伊弉册命 宇氣母智神 倉稲魂神 大名持神 大山祇命 八衢姫命 菊理姫命 軻遇突智命 八衢彦神 久那止神 市杵嶋姫命 事解男命 素盞鳴命 菅原道真公 藤原家隆卿
社格等:延喜式内社 旧郷社 上野国七宮
札所等:上野国十二社巡拝

三夜沢赤城神社 御守り(群馬県前橋市三夜沢町)5

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 群馬県前橋市に鎮座する三夜沢赤城神社の御守りです。授与所で頂きました。初穂料600円になります。

 ここのところ神職の方が常駐しているようで、授与所は開いています。
 以前はなかなかいらっしゃらなかったので、式内社だけに残念だなぁと思っていました。

 境内は清々しい感じで良かったです。

 社殿
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 神楽殿かな。
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 由緒を載せておきます(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「勢多郡宮城村三夜沢の旧県社。延喜式内名神大社。祭神は大己貴命・豊城入彦命。
 例祭は5月5日4月初辰日と12月初辰日に春・秋の神幸祭がある。筒粥神事は1月14日で神代神楽を奉奏する。
 崇神天皇朝の創祀と伝える。元慶四年(880)に従四位上を授かる。上野二の宮となり、国内神名帳には正一位とある。徳川家が朱印領を安堵し前橋藩主の酒井氏も崇敬した。
 内外に分社が多い。国幣中社内定中に終戦となる。」




神社名:三夜沢赤城神社
鎮座地:群馬県前橋市三夜沢114番地
祭 神:赤城神 大己貴命 豊城入彦命
社格等:延喜式内社 県社 上野国二宮
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日本のまほろばを探して社寺を参詣してます。社寺参詣道代表師範&御朱印ブロガーです。伊勢神宮・靖国神社・世良田東照宮・久能山東照宮・鳳来山東照宮の各崇敬会に入会しています。 取得資格:普通自動車免許、2級ファイナンシャルプランニング技能士、日商簿記検定2級、秘書検定2級、神社検定参級、全経電卓検定3級、安全衛生推進者
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