
群馬県桐生市にある「田中山浄運寺」に参拝してきました。
浄土宗のお寺になります。
桐生市の中心部、本町通り沿いにお寺はありました。
ずいぶん交通量が多い通り沿いにあります。
最寄り駅は、JR両毛線「桐生駅」、上毛電気鉄道「西桐生駅」になります。
徒歩では、二十分位かかりそうです。
駐車場は、お寺の北側を走る一方通行を入り、境内の北側にありました。
自動車は、10数台位は停められそうです。
こちらのお寺の由緒は、以下の通りです(由緒書きより)。
「当初、この寺の名は哀愍寺といい、広沢の後谷の田中田というところにありました。現在の山号である田中山浄運寺の田中山という名はここからきたのもと思われます。
1580年前後に渡良瀬川の水害を憂いて、対岸の新宿へ移転し、名称も浄運寺と改めました。
慶長年間に入り新町の町づくりが始まり。町の北のはじまりに天満宮、南のはしには浄運寺が誘致され、南北を神仏に守ってもらおうという町づくりのため現在地に移転しました。
慶長十年(1605年)4月のことです。」
道路沿いに山門はありました。

というか商店街の中といった感じです。
立派な山門でした。
こちらは、山門に掲げられていた山号額になります。
また、山門の天井に絵が描かれていました。


四天王でしょうか。
色鮮やかで、なかなか立派な絵になります。
誰が描いたのでしょうか?
こちらが寺号標になります。

山門の左側には塔が建っていました。

こちらは宝篋印塔なんでしょうか?
山門を入ります。
山門を入ると、左側には六地蔵がお迎えします。

(´人`)
参拝をする老婆がいらっしゃいました。
進むと、大仏がいらっしゃいました。

石像の釈迦如来坐像のようです。
(´人`)
その近くには、閻魔堂がありました。

中を覗くと、閻魔大王と奪衣婆がいらっしゃいました。
カメラで撮ろうとしましたが、反射して撮れません

厳つい顔の閻魔様でした。
こちらが閻魔堂に掲げられていた扁額です。

何と書いてあるのでしょうか?
達筆すぎです。
「閻魔堂」なのでしょうか?
先に進みます。
右側には鐘楼がありました。

どんな音色がするのでしょうか?
その隣には鎮守社と思われるお堂がありました。


何でしょうか?
稲荷堂なんでしょうか?
由緒書きには書かれていません。
こちらが本堂になります。

浄土宗なので阿弥陀如来が本尊になります。
こちらの本堂は、桐生市指定文化財になっております。
こちらが本堂に掲げられていた寺号額になります。

古そうな扁額ですが、誰が書かれたのでしょうか?
本堂の向かい側には、ビルのような観音堂がありました。

一階は聖観世音菩薩が祀られています。こちらの観音様は子安観音と呼ばれており、東上州三十三観音霊場の札所本尊になります。
二階は釈迦堂があり、約3.5mの釈迦涅槃像がいらっしゃいます。
拝観が出来るのかなぁ?
御朱印は、本堂の右側の寺務所で頂けました。
ご本尊の阿弥陀如来、東上州観音霊場の観音様の2種類があります。
御朱印代は、各300円でした。
由緒書きはありました。
寺院データ
寺院名:田中山 栄照院 浄運寺
所在地:群馬県桐生市本町六丁目398番地
宗 派:浄土宗
本 尊:阿弥陀如来
札所等:東上州三十三観音霊場 三十番札所
御詠歌:欲に染み 心の垢も落ちぬべし 桐生の川の 清き流れに
右側には鐘楼がありました。

どんな音色がするのでしょうか?
その隣には鎮守社と思われるお堂がありました。


何でしょうか?
稲荷堂なんでしょうか?
由緒書きには書かれていません。
こちらが本堂になります。

浄土宗なので阿弥陀如来が本尊になります。
こちらの本堂は、桐生市指定文化財になっております。
こちらが本堂に掲げられていた寺号額になります。

古そうな扁額ですが、誰が書かれたのでしょうか?
本堂の向かい側には、ビルのような観音堂がありました。

一階は聖観世音菩薩が祀られています。こちらの観音様は子安観音と呼ばれており、東上州三十三観音霊場の札所本尊になります。
二階は釈迦堂があり、約3.5mの釈迦涅槃像がいらっしゃいます。
拝観が出来るのかなぁ?
御朱印は、本堂の右側の寺務所で頂けました。
ご本尊の阿弥陀如来、東上州観音霊場の観音様の2種類があります。
御朱印代は、各300円でした。
由緒書きはありました。
寺院データ
寺院名:田中山 栄照院 浄運寺
所在地:群馬県桐生市本町六丁目398番地
宗 派:浄土宗
本 尊:阿弥陀如来
札所等:東上州三十三観音霊場 三十番札所
御詠歌:欲に染み 心の垢も落ちぬべし 桐生の川の 清き流れに
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