
群馬県玉村町に鎮座する「玉村八幡宮」に参拝してきました。
旧県社になります。
玉村町の中心部の国道354号線沿いに鎮座していました。
最寄り駅は、JR高崎線「新町駅」になります。
徒歩では、かなりかかりそうです。
近くまでバスが来ているようです。
駐車場は、鳥居を入った両側、神門を入った所にありました。
自動車は、数十台位は停められそうです。
こちらの神社の由緒は以下の通りです(ホームページより)。
「当社はもと玉村町角淵(つのぶち)に鎮座し、縁起には建久六年(1195)、源頼朝公が鎌倉鶴岡八幡宮より勧請建立とあります。
口碑では頼朝公が三原(吾妻郡嬬恋村)へ赴く途中当地にて休息した際、角淵地内を流れる烏(からす)川の地形が鎌倉の由比ヶ浜に似ていたため、上野奉行安達藤九郎盛長に命じ、鶴ヶ丘八幡宮の御分霊を奉安せしめたといいます。
以来、関東管領畠山満家、白井城主長尾左衛門尉憲景等による再建修造がなされました。
時は下り江戸時代はじめ、関東郡代伊奈備前守忠次が当地いったいの新田開発にあたり事業の加護を神前に祈り、慶長十五年(1610)に無事事業の完了を見るにおよび、神助の報賽と新田の守護として上新田、下新田境のこの地に角淵八幡宮本殿を移築修造されました。
これが現在の本殿です。
慶安二年(1649)には幕府より朱印地三十石を寄進され、また歴代の前橋藩主の月詣を得るとともに、数回の修復がなされました。
このように武将の崇敬を受けたばかりではなく、正保三年(1646)日光例幣使街道の開設後は、当地玉村宿が街道一の宿場として栄えるにつれ、道中安全や開運招福を願う民衆の崇敬をも集めることとなり、現在に至っています。」
こちらは、鳥居になります。

道路沿いにあります。
先に進むと、隋神門がありました。

扁額です。

なかなか立派です。
先に進みます。

銅像がありました。

(´・ω・`)?
二宮金次郎です。
何故八幡宮で二宮金次郎なんでしょうか?
参道を進むと、日光東照宮で有名な三猿がいらっしゃいました。

(´・ω・`)?
また、何故三猿なんでしょうか?
境内の左側には境内社が鎮座していました。

右側は「猿田彦神社(加恵瑠神社)」、左側は「淡島神社(人形神社)」になります。
蛙の描かれた絵馬が多く奉納されていました。

信仰が偲ばれます。
楠木がありました。

御神木でしょう。
手水舎です。

先に進みます。
二の鳥居になります。

くぐり抜けると、正面には社殿がありました。

なかなか立派な社殿です。
社殿には、絵馬が掲げられていました。



なかなか立派な絵馬です。
こちらは神楽殿です。

どんな神楽が舞われるのでしょうか?
社殿の右側には「弁天社」が鎮座していました。

やはり、周辺は水がはられています。
社殿の左側には「古峯神社」・「猿田彦神社」・「国魂神社」が鎮座していました。

御朱印は、「授与所」で頂けました。
御朱印代は、300円でした。
こちらが授与所です。

由緒書きはありました。
オリジナル御朱印帳があるようです。
神社データ
神社名:玉村八幡宮
鎮座地:群馬県佐波郡玉村町下新田1番地
祭 神:誉田別命 気長足比売姫 比弯 外十五柱
社格等:旧県社

くぐり抜けると、正面には社殿がありました。

なかなか立派な社殿です。
社殿には、絵馬が掲げられていました。



なかなか立派な絵馬です。
こちらは神楽殿です。

どんな神楽が舞われるのでしょうか?
社殿の右側には「弁天社」が鎮座していました。

やはり、周辺は水がはられています。
社殿の左側には「古峯神社」・「猿田彦神社」・「国魂神社」が鎮座していました。

御朱印は、「授与所」で頂けました。
御朱印代は、300円でした。
こちらが授与所です。

由緒書きはありました。
オリジナル御朱印帳があるようです。
神社データ
神社名:玉村八幡宮
鎮座地:群馬県佐波郡玉村町下新田1番地
祭 神:誉田別命 気長足比売姫 比弯 外十五柱
社格等:旧県社
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ずっと、以前、境内を訪れました。
雄大な随神門は、どこか寺院の山門を移築したのかもしれません。
両脇に仁王様も入れます。