
群馬県太田市にある「広谷山 香華院 儀源寺」に参拝してきました。
曹洞宗のお寺になります。
太田市の南部、旧尾島町亀岡のお寺はありました。
埼玉県深谷市からも近いです。
これといった最寄り駅はないので、自動車で行かれた方が良いかもしれません。
駐車場は、入口の右側にありました。
自動車は、10台位は停められそうです。
こちらのお寺の由緒は以下の通りです。
「鎌倉時代から室町時代に生きた新田義貞の側室『勾当内侍』が越前の藤島で戦死した義貞の首を生誕の地である新田ノ荘に持ち帰り、菩提を弔うため、儀源比丘尼と名前を変えて、利根川の畔に『香華院』という草庵を建立したのを始まりとされています。
一時廃寺となってしまいましたが、元和年間(1615〜1624)に『儀源寺』として再興されました。」
こちらのお寺は、太田市中心部からかなり外れていますので、周辺はかなり長閑になります。
こちらは入り口になります。

山門はありません。
入り口を入ると、右側には六地蔵がいらっしゃいました。

参道を進むと、正面には本堂がありました。
本尊である「釈迦如来」が祀られています。

こちらが寺号の書かれた額です。

独特な字体です。
境内は緑が多いので、春先から初夏が良いかもしれません。
こちらのお寺の飛び地境内に、「亀岡観音堂」があります。
こちらが入り口です。

こちらが観音堂です。

祀られている観音様は、新田義貞が鎌倉幕府の討伐のため利根川を渡った際、中州に現したという亀に乗った観音像になります。
この亀が現れたお陰で鎌倉幕府を倒すことができたので新田義貞は感激し、お堂を建てて祀り、この地を『亀岡』と名付けたそうです。
扁額です。

独特の字体です。
観音堂の裏側には、庚申塔がありました。

また、六十六夜塔があります。

こちらの塔にお願い事をすれば、繭がたくさん採れるという信仰があったそうです。
しかし、草木が生え放題ですので、そのような信仰は途絶えてしまったのでしょう。
観音堂手前の左側には、松がありました。

何だか味わい深い木です。
境内の左後方には墓地が広がっています。
その入口にはお地蔵様がいらっしゃいました。

御朱印は、儀源寺の本堂の右側にあるご住職宅で頂けました。
専用の納経帳に頂いたので、汎用の納経帳に頂けるかどうかわかりません。
寺院データ
寺院名:広谷山 香華院 儀源寺(ぎげんじ)
所在地:群馬県太田市亀岡町141番地(本堂)
群馬県太田市亀岡町341‐1(観音堂)
宗 派:曹洞宗
本 尊:釈迦如来 聖観世音菩薩
札所等:東上州三十三観音霊場 十七番札所
御詠歌:弘誓川みのりの舟に棹さして 幾年経ぬる亀岡の里
こちらが入り口です。

こちらが観音堂です。

祀られている観音様は、新田義貞が鎌倉幕府の討伐のため利根川を渡った際、中州に現したという亀に乗った観音像になります。
この亀が現れたお陰で鎌倉幕府を倒すことができたので新田義貞は感激し、お堂を建てて祀り、この地を『亀岡』と名付けたそうです。
扁額です。

独特の字体です。
観音堂の裏側には、庚申塔がありました。

また、六十六夜塔があります。

こちらの塔にお願い事をすれば、繭がたくさん採れるという信仰があったそうです。
しかし、草木が生え放題ですので、そのような信仰は途絶えてしまったのでしょう。
観音堂手前の左側には、松がありました。

何だか味わい深い木です。
境内の左後方には墓地が広がっています。
その入口にはお地蔵様がいらっしゃいました。

御朱印は、儀源寺の本堂の右側にあるご住職宅で頂けました。
専用の納経帳に頂いたので、汎用の納経帳に頂けるかどうかわかりません。
寺院データ
寺院名:広谷山 香華院 儀源寺(ぎげんじ)
所在地:群馬県太田市亀岡町141番地(本堂)
群馬県太田市亀岡町341‐1(観音堂)
宗 派:曹洞宗
本 尊:釈迦如来 聖観世音菩薩
札所等:東上州三十三観音霊場 十七番札所
御詠歌:弘誓川みのりの舟に棹さして 幾年経ぬる亀岡の里


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