群馬県前橋市の中心部から少し北の群馬大学付属病院の近くに神社は鎮座していました。
神社専用駐車場はありません。北側には生協がありたしたので停めさせて頂きました(´・ω・`)
こちらの神社の由緒は、次の通りです。
「上野厩橋(前橋)藩初代藩主であり、雅楽頭系酒井家宗家初代の酒井重忠公(1549〜1617)が巨岩に稲荷大神を勧請したことから岩神稲荷神社と称され、神社の名称から岩神村(現:岩神町)の地名がつきました。また、主祭神は倉稲魂命(うかのみたまのみこと)となっていますが木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)もお祀りしています。
主な年間行事は、初午祭(2月)・春季例祭(4月)・秋季例祭(9月)・歳旦祭(12月)なります。当社は前橋東照宮が兼務しています。」
群馬大学付属病院の近くにあり、朱色の鳥居と巨石が印象的な神社です。
祭神は倉稲魂命と木花咲耶姫命。稲荷神社なので倉稲魂命を祭神とするのはわかるが、何故木花咲耶姫命も祀られているのだろうか?通常富士山信仰の浅間神社に祀られているが、赤城山の噴火の時に飛んできた岩あるので、山の神的な感じで祀られているのだろうか?
その巨石は「飛石」と呼ばれ、国指定天然記念物になっています。赤城山の噴火の時に飛んできた岩のようです。
案内板がありましたので由緒は記しておきます。
「国指定天然記念物 岩神の飛石
周囲が約60m、高さは地表に露出した部分だけで9.65m、さらに地表下に数mは埋もれているこの大きな岩は、『岩神の飛石』と呼ばれています。昔、石工がノミをあてたところ、血が流れ出したという伝説があります。岩は赤褐色の火山岩で、地表には縞のような構造も見えます。しかし大きさのそろった角ばった火山起源の岩や石が多い部分もあります。この岩は火口から溶岩として流れ出したものではなく、火口から噴出した高温の火山岩や火山灰などが冷えて固まってできたものと考えられます。
この地点より約8km上流の坂東橋の近くの利根川ぞいの崖では、10万年以上も前に赤城山の山崩れでできた厚い地層の中に同じ岩が認められます。このことから、この岩は赤城火山の上半部が無くなるほどの大規模な山崩れに由来することがわかります。さて前橋の街の地下には、『前橋泥流』と呼ばれる地層が厚く堆積しています。これは約2万年前に浅間山で起こった山崩れが、水を含んで火山泥流に変化して流れてできた地層です。この地層の中にも、岩神の飛石と同じような石が多く含まれています。またここは火山泥流の堆積後、平安時代以前までの間に、利根川が流れていたところでもあります。
これらのことから、この岩は現在の坂東橋のあたりの堆積していた地層の中から、約2万年前の火山泥流によりこの近くまで押し流されてきたものと思われます。さらにその後の利根川の洪水によって、今の場所まで運ばれてきたと考えられます。岩神の飛石は、私たちに前橋とその周辺の自然の歴史とその営みを教えてくれます。
文化庁・群馬県教育委員会・前橋市教育委員会」
飛石の所にも祠があり「岩神稲荷神社」と刻まれていた。奥の宮なのだろうか?
御朱印は、土曜日の10時より15時まで社務所で受け付けています。それ以外は前橋東照宮社務所にて「書き置きの御朱印」が授与されています。初穂料300円です。
神社名:岩神稲荷神社
鎮座地:群馬県前橋市昭和町三丁目29‐11
祭 神:倉稲魂命 木花咲耶姫命
社格等:旧村社