神社仏閣史跡巡り

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

館林市

つつじの館林七福神(群馬県館林市・板倉町)5

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日本には、「七福神」を祀る社寺を巡拝する風習がある。

都七福神
大阪七福神
なごや七福神
浅草名所七福神
古江戸川越七福神
鎌倉江ノ島七福神

挙げればきりがありません。

その中で今回ブログに書くのは、群馬県館林市と板倉町の七福神を祀る社寺を巡る「つつじの館林七福神」です。

毎年1月3日より1月31日迄、専用の色紙に御朱印が頂けます。
墨書き無しで押印のみです。
値段は、
「色紙代  600円」
「御朱印代 200円」
になります。
合計で2,000円になります。

全て押印されている色紙は、2,300円になります。

「館林長良神社」か「分福茶釜の茂林寺」のどちらかからスタートした方が良いかもしれません。

各社寺は、駅から遠い所もありますので、自動車で巡拝された方が良いかもしれません。
各社寺には、駐車場がありました。

自動車で七ヶ所を巡拝すると、約二時間半位です。

専用の色紙に押印の他、「朱印札」なる「事前に半紙に書いた御朱印」があります。
御朱印代は、300円だそうです。

ご自身で持参した御朱印帳に直接御朱印を頂けるかわかりません。
各社寺で交渉してみてください。
しかし、七ヶ所全てで七福神の御朱印を頂くのは、不可能かと思われます。

通常の本尊・神社の御朱印はありました。
御朱印帳に直接書いてくれたり、印刷の御朱印だったりします。
御朱印代は、300円でした。

御守りや御札といった授与品は、ある所と無い所がありました。

全ての社寺で由緒書きはありました。

私は、1月3日の9時から館林長良神社から始めましたが、一番乗りでした。
茂林寺から巡拝を開始する方もいらっしゃるので、途中から巡拝者が多くなってきました。続きを読む

南望山 自在院 宝生寺(群馬県館林市)5

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群馬県館林市にある「南望山 自在院 宝生寺」に参拝してきました。
真言宗豊山派に属するお寺になります。

館林市の北部、栃木県足利市に近いところにお寺はありました。

最寄り駅は、東武伊勢崎線「多々良沼駅」になります。
徒歩では、十数分位はかかりそうです。

駐車場は、入口の右側にありました。
自動車は、5〜6台位は停められそうです。


こちらのお寺は、山伏がこの地に住んでいたが、周辺にお寺がないので、居宅を寺として創建したのが始まりと言われています。
江戸時代には、日光参詣の例幣使の行列の休息所となっていたそうです。


入口には、不動明王がのっている宝篋印塔がありました。
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享保十七年(1732年)造立のもので、高さは約3.1mになり、なかなか立派でした。

また、大日如来がのっている宝篋印塔もありました。
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こちらも不動明王の宝篋印塔と同じくらいの大きさです。

左側にはトイレがあり、何故かこんな石像がありました。
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トトロですか?

こちらは、山門になります。
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山門を入ると、七福神を乗せた宝船がありました。
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福々しいです。

境内の右側には、観音堂がありました。
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東上州三十三観音霊場の札所本尊である十一面観音が祀られています。
別名「日向観音」と呼ばれています。

内部です。
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境内には、犬が2匹飼われており、激しく吠えますので、気をつけて下さい。続きを読む

高鑰山 釈迦院 遍照寺(群馬県館林市)5

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群馬県館林市にある「高鑰山 釈迦院 遍照寺」に参拝してきました。
真言宗豊山派に属すお寺になります。

館林市の中心部にお寺はありました。

最寄り駅は、東武伊勢崎線「館林駅」になります。
徒歩では、15分位はかかりそうです。

駐車場は、山門前にありました。
自動車は、十数台位は停められそうです。
お寺までの道は少々狭いので、自動車で行かれる方は気をつけて下さい。


こちらのお寺は、新田氏の祖「新田義重」が建久九年(1198)に矢島郷(現明和町)に創建したと伝わっています。
江戸時代に入ると、榊原康政が館林城主となり、こちらのお寺を榊原家の祈願所としました。
寛永十九年(1642)に松平忠次が、榊原康政の守護仏だった十一面観世音菩薩を寄進をしました。
寛文二年(1662)には、姫路城主榊原正房が仮堂を建てて、寛文十年(1670)には越後村上城主榊原正邦が再建しました。


こちらは、山門になります。
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それほどは大きくはありません。

山門に掲げられた山号額になります。
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山門前には、大きな松がありました。
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なかなか立派ですが、古い松なんですかね?

境内は、綺麗に整備されていました。
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境内の右側には、鐘楼がありました。
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なかなか立派です。

こちらが本堂になります。
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本尊である「不動明王」の他、「十一面観音」が祀られています。

こちらのお寺は、北関東三十六不動尊霊場の札所になっていまが、東上州三十三観音霊場の札所にもなっています。
遍照寺の末寺に「観音院」があり、そのお寺が東上州三十三観音霊場の札所でした。
明治時代の廃仏毀釈で観音院は廃寺となり、遍照寺が札所を引き継いだそうです。
しかし、何の観音様を引き継いだのか分からなくなってしまったそうです。

現在の観音霊場の札所本尊は、榊原康政公の守護仏になる「十一面観世音菩薩」になります。

本堂は、比較的大きかったです。
参拝したときは、本堂では法事だったようで、読経の声が微かに聞こえました。

本堂に掲げられた寺号額です。
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邑楽大師霊場の札所にもなっているようで、御詠歌の扁額が掲げられていました。
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「尊さは南無や大師の遍照寺 大ばんしゃくに信をおきつつ」になります。
小さい額なのでわかりづらいです。

境内の左側には遍路大師像があり、周辺には四国八十八ヶ所のお砂があるそうです。
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いわゆる「四国八十八ヶ所お砂踏み場」になっています。続きを読む

館林長良神社(群馬県館林市)5

群馬県館林市にある「館林長良神社」に参拝してきました。
旧郷社になる神社になります。

館林市の中心部、第一中学校の近くに神社は鎮座していました。

最寄り駅は、東武伊勢崎線「館林駅」になります。
徒歩では、15分位はかかりそうです。

駐車場は、境内の右側にあります。
自動車は、10台位は停められそうです。


こちらの神社の由緒は以下の通り(由緒書きより)。
「祭神藤原長良公は贈太政大臣藤原冬嗣公の長子で、権中納言兼左衛門督に任ぜられ、東国平治のため下向常に民衆を憐れみ、病を癒し、貧を救い、仁恵を施した。
任満ちて帰京の後、斉衡三年七月三日(856)御年五十五才で薨去す。
後元慶元年(877)左大臣正一位、重ねて同三年(879)太政大臣を贈られた。
死後貞観十一年三月十八日(869)大和国春日大社の末社に列せられた。
時に上野の住人赤井良遠なる者が長良公の余徳を慕い、本国に勧請せんと奏聞し、勅許を得て佐貫荘長柄郷瀬戸井村上ね森に社殿を造営した。
以後佐貫の人民をはじめ郡内の人民の振興深く、分社するものが多く赤井山城守照光館林城主となるや、天福元癸巳年(1233)天福寺境内に社殿を造営して当地に勧請する。
爾来領主代々氏子の崇敬厚く、社殿を修復し、境内の整備につとめ、社地の寄進当があり祭事の興隆に努力せられた。
享保五年(1720)正一位長良大明神の宣旨を賜り、明治六年一月郷社に列し長良神社に改称する。
最近祭神長良公の余徳を慕い氏子をはじめ遠近より参拝するものも多く、館林惣鎮守として社頭殷賑を極めている。」


こちらが一の鳥居です。
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社標になります。
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一の鳥居のずいぶん前にありましたが、こちらから先が神社なんでしょうか?
どうなんでしょう・・・

こちらは二の鳥居です。
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意外とこぶりな鳥居です。
郷社なのでそうなんでしょう。

山道を先に進むと、説明板がありました。
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ふむふむ。

こちらが手水舎です。
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手と口を漱いで、参拝です。

こちらが社殿です。
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春日造りの社殿になります。
藤原長良公が主祭神になります。続きを読む

終南山 見松院 善導寺(群馬県館林市)4

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群馬県館林市にある「終南山 見松院 善導寺」に参拝してきました。
浄土宗に属しており、関東十八檀林に数えられるお寺になります。

館林市の「アピタ館林店」の隣にお寺はありました。

最寄り駅は、東武伊勢崎線「館林駅」になります。
徒歩でお寺まで行くのは大変かと思われます。

駐車場は、道路沿いにありました。
自動車は、10台位は停められそうです。
他にも駐車場はあるかもしれません。


こちらのお寺の由緒は以下の通りです。
「和銅元年(708年)に行基によって開山されたと伝わります。
天正十八年(1590年)に館林城主になった榊原康政が谷越の地に菩提寺として諸堂を建立して、整備をしました。
元和元年(1615年)には、徳川家康が定めた浄土宗の学問所である関東十八檀林の一寺に加えられた。
正保元年(1644年)には、榊原氏三代目にあたり榊原忠次が奥州白河に転封する際、三代将軍徳川家光から供田百石と諸役免除の朱印も賜って栄えた。
明治二年(1869年)2月23日に明治天皇より勅願所の綸旨が下賜された。
平成二年(1990年)に館林駅前広場整備事業のため、駅前から現在地に移転。」


久しぶりの参拝です。
以前の参拝日記は⇒こちら

こちらが山門になります。
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はやり、関東十八檀林に数えられるだけのお寺になります。
とても立派です。

山門を入ると左側には薬師堂がありました。
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もちろん祀られているのは薬師如来になります。

右側には、開運殿がありました。
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弁財天が祀られていますので、弁天堂になります。
周辺は池になります。

先に進むと、左側には手水舎がありました。
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また、その先には不動堂がありました。
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もちろん不動明王が祀られています。

本堂には、浄土宗なので阿弥陀如来が祀られています。
写真を撮り忘れてしまいました

本堂前には、桜がありました。
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なかなか綺麗です。続きを読む
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