神社仏閣史跡巡り

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

閻魔大王

長伝寺(東京都港区)5

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東京都港区にある浄土宗の名刹「一松山 大乗院 長傳寺」に参拝してきました。
「閻魔めぐり」として訪れました。

周辺は、いわゆる「麻布十番」という場所になります。

最寄り駅は、都営大江戸線・東京メトロ南北線「麻布十番駅」になります。
駅から徒歩では、5〜6分位でです。商店街を途中で右に折れていきます。

一本松坂の途中にお寺はあります。
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ブラタモリでも紹介された「麻布の一本松」で有名な松が門前にあるお寺になります。
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お寺の隣(裏手)には、浄土真宗本願寺派の古刹「麻布山 善福寺」がありました。

檀家寺といった感じの小ぢんまりしたお寺でした。

寛永5年(1628)に林哲上人によって開山となったお寺になります。

こちらが本堂です。
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御本尊は「阿弥陀如来」です。

今回は、「閻魔大王」を祀ってあるお寺としても有名なので、寺務所にて「閻魔めぐりをしていて、拝観をお願いしたい」旨を申し出たところ、快く応じていただけました。続きを読む

和順山 法真寺(東京都文京区本郷五丁目)5

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東京都文京区にある「和順山 歓喜院 法真寺」というお寺に参拝してきました。
浄土宗のお寺になります。

最寄り駅は、東京メトロ南北線「東大前駅」、もしくは都営大江戸線「本郷三丁目駅」になります。


こちらのお寺の由緒は、次の通りです(お寺のホームページより)。
「当山は、和順山歓喜院法真寺といい、慶長元年(1596年)に京都知恩院より、寺号を附与されている。
家康公御台所の天野図書(法真寺殿歓譽西喜大禅定門 寛永十年五月二十日寂)が、同家下屋敷を寄進し、寺の開基となる。この時の開山上人が、伝通院から来た栄誉泉良和尚という人であった。
天保九年一月十六日に類焼し、現在の本堂は天保十年四月二十九日に上棟したものである。幸いなことに仏様は無事であった。関東大震災や第二次大戦ではいずれも被害を免れた。」

五千円札の描かれている「樋口一葉」所縁のお寺だそうです。
お寺の東隣に樋口一家が引っ越してきて、お寺の境内で若き日の一葉が遊んでいたそうです。


東京大学本郷キャンパスの「赤門」近く、本郷通り沿いにお寺はありました。
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本郷通りを挟んで、入口がありました。
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赤門の近くだけあって赤い文字なのかな・・・

特に山門はありませんでした。

こちらが「本堂」になります。
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質素な本堂です。
浄土宗なので「阿弥陀如来」が祀られています。
院号の所縁となった歓喜天も祀られているようです。
閻魔大王も祀られているそうですが、拝観はできるのかな?

境内はさほど広くはありません。

境内にある仏像群。
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無縁仏かな?
どうなんでしょう?続きを読む

江徳寺(群馬県太田市)5

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群馬県太田市にある「孤峰山 江徳寺」に参拝してきました。
曹洞宗のお寺になります。

最寄り駅は、東武伊勢崎線「韮川駅」になります。
徒歩では、数十分位はかかりそうです。

駐車場は、山門の前にありました。
自動車は、数十台位は停められそうです。

元和2年(1616年)に開創されたお寺になります。
江戸時代には寺子屋が置かれており、明治時代には韮川小学校の全身である「擇善学校」が置かれていたそうです。
昭和16年(1941年)火災にあい、昭和24年に本堂は再建されました。
残念ながら、お寺に関する文献は無くなってしまい、詳細は分からなくなってしまったそうです。

入口です。
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脇には、お地蔵様がいらっしゃいました。
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境内の左側には、観音堂がありました。
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東武伊勢崎線韮川駅の近くにあった「観音寺」というお寺が駅周辺の開発のため、こちらのお寺の境内に遷座し、祀られたお堂になります。
「台之郷観音」と呼ばれている三尺七寸(112cm位)ある聖観世音菩薩が祀られています。
こちらの観音様は、東上州三十三観音霊場の札所本尊になります。続きを読む

田中山 浄運寺(群馬県桐生市本町)5

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群馬県桐生市にある「田中山浄運寺」に参拝してきました。
浄土宗のお寺になります。

桐生市の中心部、本町通り沿いにお寺はありました。
ずいぶん交通量が多い通り沿いにあります。

最寄り駅は、JR両毛線「桐生駅」、上毛電気鉄道「西桐生駅」になります。
徒歩では、二十分位かかりそうです。

駐車場は、お寺の北側を走る一方通行を入り、境内の北側にありました。
自動車は、10数台位は停められそうです。


こちらのお寺の由緒は、以下の通りです(由緒書きより)。
「当初、この寺の名は哀愍寺といい、広沢の後谷の田中田というところにありました。現在の山号である田中山浄運寺の田中山という名はここからきたのもと思われます。
1580年前後に渡良瀬川の水害を憂いて、対岸の新宿へ移転し、名称も浄運寺と改めました。
慶長年間に入り新町の町づくりが始まり。町の北のはじまりに天満宮、南のはしには浄運寺が誘致され、南北を神仏に守ってもらおうという町づくりのため現在地に移転しました。
慶長十年(1605年)4月のことです。」


道路沿いに山門はありました。
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というか商店街の中といった感じです。
立派な山門でした。

こちらは、山門に掲げられていた山号額になります。
また、山門の天井に絵が描かれていました。
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四天王でしょうか。
色鮮やかで、なかなか立派な絵になります。
誰が描いたのでしょうか?

こちらが寺号標になります。
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山門の左側には塔が建っていました。
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こちらは宝篋印塔なんでしょうか?

山門を入ります。

山門を入ると、左側には六地蔵がお迎えします。
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(´人`)

参拝をする老婆がいらっしゃいました。

進むと、大仏がいらっしゃいました。
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石像の釈迦如来坐像のようです。

(´人`)

その近くには、閻魔堂がありました。
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中を覗くと、閻魔大王と奪衣婆がいらっしゃいました。
カメラで撮ろうとしましたが、反射して撮れません
厳つい顔の閻魔様でした。

こちらが閻魔堂に掲げられていた扁額です。
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何と書いてあるのでしょうか?
達筆すぎです。
「閻魔堂」なのでしょうか?続きを読む

摩尼珠山 虚空蔵院 能満寺(群馬県伊勢崎市)5

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群馬県伊勢崎市の南部、旧境町にある「摩尼珠山 虚空蔵院 能満寺」というお寺に参拝してきました。
新義真言宗のお寺になります。

目印は、「原病院」になります。
原病院の道路を挟んで、反対側にお寺はありました。

駐車場は、お寺の東側にあり、十数台位は停められそうです。


長和元年(1012)に創建されたお寺になります。
文化三年(1806)には本堂が火災にあってしまい、史料を焼失しているため、残念ながら詳しい由緒が分かりません。


こちらのお寺は、「上州新四国八十八ヶ所」という「四国八十八か所」の移し霊場の札所になります。

本堂は、周辺のお寺に比べたら、かなりの大きさになります。
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院号が「虚空蔵院」なので、祀られているのは「虚空蔵菩薩」になります。
文政四年(1821)に再建された本堂で、見るからに立派です。

境内の左側にある「不動堂」は、「厄除不動」として有名です。
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参拝される方は多いようです。
どのような祈祷をされるのかな?

小窓からのぞきました。
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不動明王のお顔がよく拝めません
残念・・・

また、不動堂の隣には「閻魔堂」がありました。
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小窓からのぞきました。
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どんな閻魔様なんだろうか・・・
よく顔が拝めない・・・
奪衣婆はいらっしゃらないですが、他の像は十王なのかなぁ?

境内は、垂れ桜と思われる木がありましたので、4月上旬には桜が咲き乱れると思われます。
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参拝するのが、早すぎた感じがします。
桜の咲く季節に参拝したいものです。続きを読む
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