神社仏閣史跡巡り

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

門前仲町

深川公園 旧永代寺跡(東京都江東区富岡)5

 成田山東京別院深川不動堂の西側には、「深川公園」がありました。
 
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 写真の通り、いたって普通の公園である。大通りからはかなり入っているので、周辺に住む方々の憩いの場になっており、散歩をされる人や深川不動堂の参拝された後に休憩される人もいるようです。

 歴史的なものをみると、この場所は明治初年にあった神仏分離・廃仏毀釈まで旧永代寺の境内だった場所になります。
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 この土地と深川不動堂を含む土地に旧永代寺があったわけで、深川不動堂は旧永代寺の境内に出開帳されていました。阿弥陀如来を本尊とし、御府内八十八ヶ所の札所であり、境内には江戸六地蔵の一つの地蔵菩薩があったようです。

 残念ながら旧永代寺は明治初年に廃寺、塔頭であった吉祥院が永代寺の名跡を継ぎ、深川不動堂の参道沿いに現在はあります。

成田山東京別院深川不動堂 無病息災御守り(東京都江東区富岡)5

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 東京都江東区の門前仲町にある真言宗智山派に属するお寺になります。

 最寄り駅は、東京メトロ東西線・都営大江戸線「門前仲町駅」になります。徒歩では5分位かと思われます。


 こちらの寺院の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「【深川不動】
 東京都江東区富岡にある成田山東京別院深川不動堂の通称。
 元禄以来、出開帳を行ってきた千葉県の成田山新勝寺が明治二年(1869)ここに不動尊の分身を安置したことに始まる。
 交通安全、心願成就はじめ多くのご利益で人気が高い。」


 永代通り沿いに入口がありました。
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 永代通りより北へ延びる参道を進むと、境内に入れます。
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 途中に永代寺があります。東には富岡八幡宮、西には旧永代寺跡にある深川公園がありました。

 境内は、平日ですが参拝者は多かったです。不動信仰を偲ばせます。
 私の家は、真言宗智山派に属するお寺の檀家になっているので、同じ宗派だと親近感があります。

 旧本堂になります。
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 江戸時代に旧永代寺の境内に成田山新勝寺の出開帳があり、明治時代の神仏分離で旧永代寺は廃寺。その後、出開帳があった地に創建されました。

 新本堂になります。
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 改修工事中のようです。大手の建設会社の清水建設が請け負っていました。

 稲荷堂になります。
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 稲荷堂といっても「倉稲魂命(宇迦之魂命)」が祀られついるわけでなく、「荼枳尼天(だきにてん)」が祀られています。

 授与所になります。
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 こちらの向かいにも授与所がありました。
 授与所では、御守りや御札が頂けます。私は「無病息災」の御守りを一体頂きました。700円になります。「開運招福」や「病気平癒」、「厄除」等の御守りもありました。

 御朱印あり。

 由緒書きは、頂きたい旨を告げると頂けました。無料です。




寺院名:成田山 東京別院 深川不動堂
所在地:東京都江東区富岡一丁目17‐13
宗 派:真言宗智山派
本 尊:不動明王
通 称:深川不動尊 深川成田山
札所等:関東三十六不動尊霊場 二十番札所
御詠歌:ありがたや 成田御山に参る身は 護摩の煙に 会うぞ嬉しき

富岡八幡宮(東京都江東区富岡一丁目)5

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 東京都江東区の門前仲町にある神社になります。

 最寄り駅は、東京メトロ東西線・都営大江戸線「門前仲町駅」になります。


 こちらの神社の由緒は、次の通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「東京都江東区富岡の旧府社。神社本庁別表神社。祭神は応神天皇ほか六柱。例祭は8月15日。鳳輦神輿と各町内の神輿による連合渡御がある。深川祭りは江戸三大祭の一である。
 天平宝字年間(757〜765)に右大臣藤原豊成が創建したと伝える。砂村の海岸に鎮座していたが、寛永四年(1627)に別当永代寺開基の長盛法印が遷して再建した。さらに寛文四年(1664)に近くの現社地に遷された。
 氏子は現在も江東区から中央区にかけての七十か町におよぶ。」

 また、國學院大学日本文化研究所編「神道辞典」によると次の通りです。
「〈別称〉深川八幡宮 〈旧称〉永代八幡
 〈祭神〉応神天皇、ほか七柱
 〈例祭日〉8月15日(深川祭)
 〈由緒〉天平宝字年間(757〜765)、右大臣藤原豊成(とよなり)の創祀という。寛永元年(1624)京都の長盛(ちょうせい)上人が永代島に八幡神像の小祠を建て、同四年に社殿が造営され、砂村の海岸から現在地に遷座した。
 神像は源頼政より千葉、足利と関東の源氏に伝えられ、太田道灌の守護神になったという。
 別当寺の永代寺は江戸・深川の発展とともに隆盛し、勧進大相撲が興行されるようになり、三十三間堂が建てられ、弓場としてもにぎわった。
 また、宝永四年(1707)に社殿再建を機に江戸有数の規模を誇るようになり、例祭深川祭は江戸の三大祭の一つとされた。
 明治の神仏分離により永代寺と三十三間堂は廃された。
 〈旧社格〉府社(明治六年)」


 江戸三大祭りの「深川祭」を主催する神社になります。

 鳥居になります。
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 境内には、伊能忠敬像、横綱力士碑、大関力士碑がありました。
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 伊能忠敬像は、撮り忘れました(´・ω・`)

 社殿になります。
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江戸最大の八幡宮になりますので、境内は広く、参拝者もいらっしゃいました。

 境内社の中には、松尾芭蕉を祀る「花本社」があります。
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 御朱印は、社殿右側にある祈祷受付で頂けました。御朱印代は、500円になります。
 由緒書きは頂けました。

 授与所では、御守りや御札といった授与品がありました。




神社名:富岡八幡宮
鎮座地:東京都江東区富岡一丁目20‐3
祭 神:応神天皇 他八柱
社格等:旧府社 別表神社
別 称:深川八幡宮
旧 称:永代八幡
札所等:深川七福神 恵比須神

大榮山永代寺(東京都江東区富岡)4

 東京都江東区の門前仲町にある高野山真言宗に属するお寺になります。

 最寄り駅は、東京メトロ東西線・都営大江戸線「門前仲町駅」になります。


 こちらの寺院の由緒は、次の通りです(雄山閣出版刊『日本名刹大事典』による)。
「高野山真言宗、大栄山、金剛神院。本尊は大聖歓喜天。もと深川八幡宮(富岡八幡宮)の別当寺。
 寛永元年(1624)に開山長盛が幕府から拝領の永代島砂洲の埋立地に八幡神像を祭ったことに始まる。
 寛永十年(1633)『関東真言宗古義本末帳』には不出。承応二年(1653)仁和寺直末になった。寛政三年(1791)『古義真言宗本末帳』には『拝領地六万五百八坪、除地八百廿坪、仁和寺末・教相本寺高野山』とあり、寺中十宇、末寺三を掲出するが、寺中四、末寺一は廃絶となっている。
 八幡宮の門前町が開け、参詣者目当ての茶屋などで賑わった。
 明治初年の神仏分離で一旦廃絶したが、同二十九年にもと寺中の吉祥院が永代寺と改めて復興された。」


 永代通りより北へ延びる参道を進むと、深川不動尊境内になりますが、その途中に永代寺があります。
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 深川不動尊か富岡八幡宮に参拝する人が多く、素通りする人ばかりです。
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 こちらのお寺は、旧永代寺の塔頭だった吉祥院を前身としており、旧永代寺が神仏分離で廃寺となってしまったため、明治時代に名跡を引き継ぎました。

 入口になります。
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 本堂に掲げられていた扁額になります。
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 地蔵堂です。
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旧永代寺は、江戸六地蔵の一つに数えられていました。しかし明治初年に廃寺となってしまった折、残念ながら地蔵菩薩は破却されてしまってそうなので、こちらのお地蔵様は江戸六地蔵とは違うお地蔵様になります。

 本堂前には授与品がありました。
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 お昼時に参拝してしまったため、後日参拝して御朱印を頂こうと思います。




寺院名:大榮山 金剛神院 永代寺
所在地:東京都江東区富岡一丁目15‐1
宗 派:高野山真言宗
本 尊:大聖歓喜天
札所等:御府内八十八ヶ所 六十八番札所
    江戸六地蔵 第六番
御詠歌:笛の音も 松吹く風も 琴弾くも 歌うも舞うも 法のこえごえ
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日本のまほろばを探して社寺を参詣しており、社寺参詣道代表師範です。 取得資格:普通自動車免許、2級ファイナンシャルプランニング技能士(ファイナンシャルプランナー)、日商簿記検定2級、秘書検定2級、全経電卓検定3級、神社検定参級、安全衛生推進者
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