神社仏閣史跡巡り

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

長良神社

長柄神社(群馬県邑楽郡邑楽町篠塚)5

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 群馬県の南部、邑楽町に神社は鎮座しています。

 最寄り駅は、東武小泉線「篠塚駅」になります。徒歩では30分位はかかりそうです。

 神社専用の駐車場はありました。自動車は10台位は停められそうです。


 こちらの神社の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「【長柄神社】
 群馬県邑楽郡邑楽町篠塚の旧郷社。祭神は八重事代主命・藤原長良。例祭は4月15日、10月19日。
 元慶五年(881)に大和国から藤原長良の分霊を勧請し、相殿に祀った。上野国神名帳に正一位長柄明神とある。」

 また、境内の案内板によると次の通りです。
「長柄神社由緒
 当社は千四百年前、大和から邑楽郡に来て長柄郷を開発した長柄氏が、始祖事代主命を祭神として草創しました。上野国神明帳に『正一位長柄明神』と記された邑楽郡一ノ宮がこの社です。元慶五年(881)に藤原長良公を合祀し、近郷の首社として崇敬され、元弘三年(1333)5月、篠塚城主篠塚重広(伊賀守)が新田義貞応じて鎌倉攻めに参拝の時この社頭に武運を祈願しました。
 江戸時代には、二町三反五畝の広大な神域にうっそうと古木大樹の繁る中に彫刻の粋をこらした壮麗な社殿が造営され明治五年11月、石打・藤川・秋妻・上小泉・下小泉・吉田篠塚七カ村の郷社に列せられました。その森厳なたたずまいは終戦まで保たれました。現存する樹齢四百年の江戸彼岸桜の名木が昔を物語っています。」


 最近、孔雀がでるとのことでニュースの取材があったそうです。周辺は長閑な所なので、孔雀も居心地は良いかもしれません。
 
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 社号標と紫陽花です。
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 猿田彦大神と恵比寿様がいらっしゃいました。
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 参道は紫陽花があり、梅雨の時期は良いかもしれません。
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 社殿になります。
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 御神籤がありました。
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 由緒です。
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 神楽殿になります。
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 社殿内部に宮司さんがお仕事をされていたので御朱印は頂けました。御朱印代は300円です。

 各種御守り(500円or800円)や御神籤(200円)はありました。



神社名:長柄神社
鎮座地:群馬県邑楽郡邑楽町篠塚2905‐1
祭 神:事代主命 藤原長良
社格等:旧郷社
札所等:邑楽七福神 恵比寿神

館林長良神社(群馬県館林市)5

群馬県館林市にある「館林長良神社」に参拝してきました。
旧郷社になる神社になります。

館林市の中心部、第一中学校の近くに神社は鎮座していました。

最寄り駅は、東武伊勢崎線「館林駅」になります。
徒歩では、15分位はかかりそうです。

駐車場は、境内の右側にあります。
自動車は、10台位は停められそうです。


こちらの神社の由緒は以下の通り(由緒書きより)。
「祭神藤原長良公は贈太政大臣藤原冬嗣公の長子で、権中納言兼左衛門督に任ぜられ、東国平治のため下向常に民衆を憐れみ、病を癒し、貧を救い、仁恵を施した。
任満ちて帰京の後、斉衡三年七月三日(856)御年五十五才で薨去す。
後元慶元年(877)左大臣正一位、重ねて同三年(879)太政大臣を贈られた。
死後貞観十一年三月十八日(869)大和国春日大社の末社に列せられた。
時に上野の住人赤井良遠なる者が長良公の余徳を慕い、本国に勧請せんと奏聞し、勅許を得て佐貫荘長柄郷瀬戸井村上ね森に社殿を造営した。
以後佐貫の人民をはじめ郡内の人民の振興深く、分社するものが多く赤井山城守照光館林城主となるや、天福元癸巳年(1233)天福寺境内に社殿を造営して当地に勧請する。
爾来領主代々氏子の崇敬厚く、社殿を修復し、境内の整備につとめ、社地の寄進当があり祭事の興隆に努力せられた。
享保五年(1720)正一位長良大明神の宣旨を賜り、明治六年一月郷社に列し長良神社に改称する。
最近祭神長良公の余徳を慕い氏子をはじめ遠近より参拝するものも多く、館林惣鎮守として社頭殷賑を極めている。」


こちらが一の鳥居です。
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社標になります。
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一の鳥居のずいぶん前にありましたが、こちらから先が神社なんでしょうか?
どうなんでしょう・・・

こちらは二の鳥居です。
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意外とこぶりな鳥居です。
郷社なのでそうなんでしょう。

山道を先に進むと、説明板がありました。
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ふむふむ。

こちらが手水舎です。
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手と口を漱いで、参拝です。

こちらが社殿です。
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春日造りの社殿になります。
藤原長良公が主祭神になります。続きを読む

子神社(群馬県館林市)5

群馬県館林市に鎮座する「子神社(ねじんじゃ)」に参拝してきました。

館林市の西部、国道354号線の赤生田(あこうだ)という交差点を少し南下した所に神社は鎮座していました。

東北自動車道「館林I.C.」からすぐです。

駐車場は、社殿の左側と境内の右側にあります。
自動車は、合わせて10台以上は停められそうです。

こちらの神社の由緒は以下の通りです(説明板より)。
「創建不詳。子神社は明治初年神仏分離後の名称で一般には「子の権現様」で知られている。現在の社殿は明治二年(1869年)に改築されたもの。伝説には御祭大己貴命は非常に旅好きの神様でそして大変な健脚の持主で鉄の草鞋をはいて旅をしたと言伝へられております。それにあやかって何百年も前から鍛冶屋で草履作り又手作りの草履にて祈願を致しております。大祭日には氏子を始め遠近の崇敬者諸々の信仰厚く門前境内は参拝者にて列をなします。花火奉納神楽余興等行はれ数多くの露店も並び祭に華を添えております。足腰の神様として近郷近在にない御利益のある神様で関東各地より参拝祈願される者多く又大願成就御礼の額に収め奉納されております。
御参拝方々の御健勝と御健脚を御祈念申し上げます。
子神社 氏子総代」


こちらは、鳥居になります。
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さほど大きくはありません。

こちらが社殿になります。
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こちらの神社は、大己貴命(おおなむちのみこと)を祭神とするため、足腰の病気にご利益があるそうで、社殿にはスチール製の草鞋が多く奉納されていました。
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こちらの神社は、普段は無人のため、その草鞋は社殿前に無人で一体500円で授与されており、名前と願意を書いて社殿に奉納するそうです。
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宮司さんが回収して、供養するそうです。

また、社殿には御札や御守りが無人で授与されていました。
一体500円と300円の御札、一体500円の御守りが数種類ありました。
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御代は、賽銭箱に納めてください。

社殿前には、御神木がありました。
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枯れてしまったのでしょうか?

由緒を記した説明板です。
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さきほど触れた内容が書かれていました。続きを読む
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日本のまほろばを探して社寺を参詣しており、社寺参詣道代表師範です。 取得資格:普通自動車免許、2級ファイナンシャルプランニング技能士(ファイナンシャルプランナー)、日商簿記検定2級、秘書検定2級、全経電卓検定3級、神社検定参級、安全衛生推進者
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