まほろば御朱印紀行

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

聖観音

長岳山今宮坊 秩父札所 御詠歌の御朱印(埼玉県秩父市中町)5

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 埼玉県秩父市の中心部に寺院はありました。

 最寄り駅は、秩父鉄道「御花畑駅」になります。徒歩では十数分位かと思われます。


 こちらの寺院の由緒は次の通りです(螢ぅ鵐妊奪ス刊『訪ねてみたい埼玉のお寺』による)。
「永観二年(984年)示寂とされる長岳が開山し、江戸時代には聖護院直末の本山派修験道場で、秩父市内だけでも十ヶ所の配下を持つ修験道の拠点でした。観音堂は今宮神社の社地内に祀られ、今宮坊が両方の別当を兼任していましたが、明治の神仏分離と修験道禁止によって分断され、観音堂は札所十四番今宮坊として残ることになったと伝えられています。
 本尊は珍しい坐像の聖観世音菩薩です。観音堂前には、高さ155造領慍塔が立っています。幅18センチ、奥行き15造寮佚磴如⊂緝瑤膨招20造曚匹留瀏廚組み込まれています。お経が刻まれた円盤を回すと、生きている人は安楽に暮らせ、地獄に落ちた人も極楽に生まれ変わることができると信じられています。また堂内に安置されている高さ30.3造量敖Δ蠅糧天像は、藤原時代の秀作として、秩父市指定文化財に指定されています。
(後略)」


 秩父今宮神社の近くにありました。全景になります。
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 入り口を入ると左側に手水舎がありました。
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 境内の左側にはお地蔵様がいらっしゃいました。
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 こちらが観音堂になります。
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 秩父三十四観音霊場十四番札所になり、札所本尊は聖観音になります。
 近くには秩父神社や秩父今宮神社が鎮座していますが、そちらには参拝者は多かったです。しかし、こちらの今宮坊には私しか参拝者は居なかったです。今宮神社を参拝する人は今宮坊には参拝をしないのかな?

 こちらは勢至どうになります。
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 納経所の前には聖徳太子がいらっしゃいました。
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 観音堂には御詠歌の額が掲げられていました。
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 御朱印と御御影です。
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 御朱印は、境内の右側にある納経所で頂けました。御朱印代は300円です。御詠歌の御朱印を頂きました。
 授与品として秩父三十四観音霊場の専用納経帳がありました。





寺院名:長岳山 今宮坊
所在地:埼玉県秩父市中町25‐12
宗 派:臨済宗南禅寺派
本 尊:聖観音
札所等:秩父三十四観音霊場 十四番札所
御詠歌:昔より立つとも知らぬ今宮に 参る心は浄土なるらん

南王山世音寺(群馬県みどり市大間々町)5

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 群馬県みどり市の中でも旧大間々町の足尾銅山まで伸びる銅山街道沿いに寺院はありました。

 最寄り駅はわたらせ渓谷鉄道「大間々駅」になります。東武桐生線・上毛電気鉄道「赤城駅」からでも歩いては行けそうです。

 寺院専用の駐車場はありました。自動車は5〜6台位は停められそうです。


 上毛新聞社刊‘ぐんまのお寺 天台宗機任砲茲襪藩浬錣蓮以下の通りです(一部を抜粋)。
「(前略)
 明治十二年(1879)の『上野国寺院明細帳』には、延暦寺の末寺で、本尊は観世音菩薩、由緒は不詳、『寛永八辛未年中興開基』とある。寺の開基・創建年は不詳とされるが、天明七年(1787)に建てられた桐原桜碑に『故昔遷寺於茲』とあることから、他の地から遷されてきた寺であったと考えられる。
(後略)」


 東三十三観音霊場という廃れてしまった霊場の札所になります。

 山門になります。
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 山門の右には地蔵堂がありました。
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 この地蔵堂には青銅製の地蔵菩薩が祀られています。

 境内の右には枝垂桜があります。
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 そのたもとには松尾芭蕉の句がありました。
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「観音のいらかみやりつ花のくも」
 枝垂桜は、次の土日(13・14日)あたりが見頃かもしれません。

 鐘楼堂になります。
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 本堂になります。
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 御朱印は、境内の左にある庫裡で頂けました。御朱印代は300円です。




寺院名:南王山 世音寺
所在地:群馬県みどり市大間々町桐原326番地
宗 派:天台宗
本 尊:聖観世音菩薩
札所等:東三十三観音霊場 十五番札所
御詠歌:糸桜見がてらにのみ来る人も 法のえにしを結ぶなるべし

吉見観音安楽寺 彩の国武州十二支霊場の御朱印(埼玉県比企郡吉見町御所)5

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 埼玉県東松山市の隣の比企郡吉見町に寺院はありました。

 参道の入り口に駐車場はありました。自動車は10台位は停められそうです。

 最寄り駅は、東武東上線「東松山駅」になりますが、徒歩で吉見観音まで行くのは無理そうなので、できれば自動車で行かれた方が宜しいかと思われます。


 こちらの寺院の由緒は、次の通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「埼玉県比企郡吉見町御所にある真言宗智山派の寺院。岩殿山。光明院。坂東三十三か所十一番札所。通称吉見観音。
 本尊は行基作と伝える聖観音。観音堂は坂上田村麻呂開基と伝えるが未詳。
 果鏡が江戸初期に中興し、三重塔・護摩堂などを再建したといわれる。
 江戸期には本尊は大日如来で、古来信仰を集めた観音堂を護持することにより発展したといわれる。」

 また、東京堂出版刊「古寺名刹辞典」によると次の通りです。
「埼玉県比企郡吉見町御所374。岩殿山と号し、吉見観音の通称がある。真言宗智山派。坂東三十三ヶ所第十一番札所。
 慈光寺・正法寺(板東九、十番)とともに比企三山と呼ばれる。
 近くには有名な吉見百穴の古代横穴古墳群がある。
 行基自刻の観音像を得たこの地の豪族吉見氏による開創の伝、また坂上田村麻呂が奥州進攻の途上、この地の岩窟からもれ出る光を怪しみ、その光が窟内の観音像から発すると知るや、直ちに伽藍を建立したのであるとの伝もある。
 源頼朝の弟、範頼が稚児僧としてこの寺に隠れ住み、頼朝挙兵に従った功により、この地の領主となった時には所領の半分を寄進して、寺院も大いに栄えた。範頼の死後に一時廃絶し、現在の三重塔は寛永年間(1624〜1644)の建立。
 本尊は聖観音。
 御詠歌は、
  吉見よと天の岩を押し開き
   大慈大悲の誓いたのもし」


山門になります。
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 境内は本堂の他に「吉見大仏」という阿弥陀如来坐像がありました。
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 鎮守社の山王社になります。
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 真言宗なのに山王社なのは不思議です。

 地蔵菩薩坐像です。
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 本堂になります。
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 こちらの寺院は「坂東三十三観音霊場十一番札所」になり、「吉見観音」の名で知られているお寺になります。坂東以外は「関東八十八ヶ所」、「東国花の寺百ヶ寺」の札所でもあります。
 埼玉県内にある坂東の札所の慈光寺・巌殿観音とともに「比企三山」と呼ばれています。

 本堂内には大黒天像がありました。とても福々しい笑顔でした。

 御朱印は本堂の左側にある「納経所兼授与所」で頂きました。今回は彩の国武州十二支霊場の大日如来の御朱印を頂きました。御朱印というか御緑印というか・・・
 御朱印代は300円でした。

 各種御守りや各種御札といった授与品はありました。私は、御守りを一体頂きました。

 こちらのお寺から東松山市の「箭弓稲荷神社」までは、自動車で15分位かと思われます。

 参道には厄除団子を売るお店「どびんや」がありました。厄除団子をおいしく頂きました。隣には食事がとれるスペースがあり、天ざるうどんや定食等がありました。






寺院名:岩殿山 光明院 安楽寺
所在地:埼玉県比企郡吉見町御所374番地
宗 派:真言宗智山派
本 尊:聖観音
通 称:吉見観音
札所等:坂東三十三観音霊場 十一番札所
    関東八十八ヶ所 七十五番札所
    彩の国武州十二支霊場 申年守護
    東国花の寺百ヶ寺
御詠歌:吉見よと天の岩戸を押し開き 大慈大悲の誓いたのもし

前橋厄除大師蓮花院 開運大七福神の御朱印(群馬県前橋市下増田町)5

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 前橋厄除大師蓮花院に参拝いたしました。何度もブログには書いているので、詳しい由緒は省きます。
 今回は「開運大七福神」の御朱印を頂きました。判子の書き置き対応で、御朱印代は500円です。

 授与所では各種御守り(800円)や祈祷済みの各種御札(1,000円)がありました。
 私は交通安全ステッカーを戴きました。200円になります。

 山門です。
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 鐘楼堂です。
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 本堂になります。
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 毎週日曜日10時よりご祈祷があります。ご希望のかたはお寺でお問い合わせください。祈祷料5,000円より。




寺院名:今宮山 増田寺 蓮花院
所在地:群馬県前橋市下増田町1626番地
宗 派:真言宗智山派
本 尊:聖観音 弘法大師
通 称:前橋厄除大師
札所等:関東八十八ヶ所 五番札所
    上州三十三観音霊場 十三番札所
    ぼけ封じ関東三十三観音霊場 十八番札所
御詠歌:誓願も めぐみもあらたか 観世音 上州の里に 四方も照らさん
    赤城山 大師の御手に 導かれ 長寿福寿を 願うこの寺

天真山高源寺 正木丹波守開基の寺 御朱印&落ちない御守(埼玉県行田市佐間)5

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 埼玉県行田市にお寺はありました。

 お寺専用の駐車場はありました。自動車は5台位は停められそうです。


 こちらのお寺の由緒は次の通りです(案内板による)。
「往古、行田市は忍藩として隆盛をほこっていたが、天正十八年(1590)、豊臣秀吉の小田原城攻めと同時に石田三成軍の二万にもおよぶ軍勢により忍城は水攻めを受けた。
 忍城佐間口の守将『正木丹波守利英公』は奮闘し、城も破られることはなかったが、小田原城での篭城に参戦していた忍城城主成田氏長が敗れたため止む無く忍城は開城した。
 この戦いで丹波守は無常を悟り、水攻め彼我戦歿者の霊を弔わんと発心し、武士を捨て、この佐間の地に高源寺を開基した。
 開山に守天昌意和尚を迎え、一心に菩提を弔い、翌天正十九年
二月一日に没した。
 このことは和田竜著「のぼうの城」に活写されている。

新編武蔵風土記稿よると、
禅宗臨済派、上崎村龍光寺末、
天真山と号す、開山守天和尚、
慶長五年八月二十五日示寂、
開基は成田下総守氏長の家人正木丹波守勝英なり、
天正十九年六月二日卒し、
傑宗道英と謚す、当寺に墳墓あり、
本尊聖観音を安置す、
と記されており、丹波守の没年月日、御本尊の相違が見受けられるのは明治二年の火災によって焼失したものと考えられる。」


 行田八幡神社の兼務社「佐間天神社」のすぐ近くにお寺はありました。

 入り口になります。
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 山門になります。
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 こちらのお寺は映画「のぼうの城」で佐藤浩市さんが演じた正木丹波守開基のお寺になります。境内にはお墓がありました。
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 忍城が水攻めされた際の戦没者を供養するお墓がありました。
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 丁重に供養しているようです。

 本堂になります。
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 本尊は阿弥陀如来になります。以前は聖観音だったそうです。

 御朱印は、本堂右側にある庫裡で頂けました。御朱印代は志納になります。

 御守りがありました。
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 500円だそうです。「落ちない御守り」もありました。御守りの柄は武将が描かれていました。正木丹波守かな?




寺院名:天真山 高源寺
所在地:埼玉県行田市佐間1丁目2-9
宗 派:臨済宗円覚寺派
本 尊:阿弥陀如来
開 基:正木丹波守
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