まほろば御朱印紀行

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

群馬県庁

前橋東照宮 熊手(群馬県前橋市本町)5

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 群馬県前橋市の中心部、群馬県庁から少し北の「大手町」の交差点の所に神社は鎮座していました。中央大橋のたもとといった感じです。

 最寄り駅は、JR両毛線「前橋駅」or「新前橋駅」になります。両駅から徒歩では少々かかりそうです。

 駐車場は、境内の北側の道路沿いにありました。自動車は、数十台位は停められそうです。

 
 こちらの神社の由緒は、次の通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「前橋市大手町の旧県社。徳川家康・菅原道真・木之花咲耶比売神ほか二柱を祀る。例祭は4月17日。
 寛永元年(1624)に前橋藩祖である松平直基が越前の勝山城主当時に奉斎され、その後の移封ごとに遷された。
 慶応二年(1866)に前橋に帰還し、明治四年(1871)に遷座した。」

 また、東京堂出版刊「神社辞典」によると次の通りです。
「群馬県前橋市大手町。旧県社。
 寛永元年(1624)前橋藩の祖、松平直基が越前勝山城主時代に同地に創建、以来二百三十年余り十三回にわたる各地移封の都度遷祀、慶応元年(1865)川越より転領後、明治四年(1871)現在地に遷座した。
 宝物に家康公木像(元和年間作)などがある。
 例祭4月17日。」

 また、菊地清(世良田東照宮々司)著「群馬県内の東照宮」によると由緒は次の通りです。
「当社の創立は寛永元年6月1日で、御祭神徳川家康公の孫、松平直基(家康公の第二子、結城秀康の五男で大和守と称し、前橋藩主の祖)が越前勝山城内に祭祀したのに創まる。以来、松平氏は十三回に及ぶ移封に遇ったが、その都度奉遷して、藩主をはじめ士民の篤き崇敬を集めて今日に至る。
 即ち、享保二十年には社領二百石が寄進され、また、慶安元年播州姫路、寛文七年播州姫路、元禄五年奥州白河、同十年奥州白河、宝暦四年上州前橋、安永六年武州川越、嘉永八年武州川越においてそれぞれ社殿の造営が行われており、慶安二年武州川越より再び上州前橋に奉遷され明治を迎えた。
 現在の社殿は本殿以下五棟、総て川越より移築したもので、一本の欅の巨木で造られたと伝えられ、用材の美しさは実に見事で、本殿の彫刻は江戸の有名な彫工島村源蔵の作として、知られている。
 明治以降は、旧前橋藩士居住区域八箇町、三千戸の鎮守として崇敬を集めてきたが、昭和四年県社に列せられた。
〈社宝〉能面・能装束・陣羽織・軍扇等蔵し、市重要文化財に指定されている。」


 今年に入り、初詣ということで世良田東照宮・忍東照宮に参拝し、前橋東照宮にも参拝しに来ました。

 鳥居です。
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 自動車清祓をする社殿?
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 社殿になります。
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 松平大和守。
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 初詣の参拝者はいらっしゃいました。祈祷祈願や御札・御守りを頂いていました。
 私は、熊手を一体頂きました。初穂料1,500円になります。





神社名:前橋東照宮
鎮座地:群馬県前橋市大手町三丁目13‐19
祭 神:徳川家康公 菅原道真公 木之花咲耶姫神 長壁様
社格等:旧県社
札所等:全国東照宮めぐり

前橋東照宮 再拝&全国東照宮連合会御朱印帳(群馬県前橋市大手町)5

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 前橋市の中心部、群馬県庁から少し北の「大手町」の交差点の所、前橋公園内に神社は鎮座していました。中央大橋のたもとといった感じです。

 最寄り駅は、JR両毛線「前橋駅」or「新前橋駅」になります。両駅から徒歩では少々かかりそうです。

 駐車場は、境内の北側の道路沿いにありました。自動車は、数十台位は停められそうです。


 菊地清(世良田東照宮々司)著「群馬県内の東照宮」によるとこちらの東照宮の由緒は次の通りです。
「当社の創立は寛永元年6月1日で、御祭神徳川家康公の孫、松平直基(家康公の第二子、結城秀康の五男で大和守と称し、前橋藩主の祖)が越前勝山城内に祭祀したのに創まる。以来、松平氏は十三回に及ぶ移封に遇ったが、その都度奉遷して、藩主をはじめ士民の篤き崇敬を集めて今日に至る。
 即ち、享保二十年には社領二百石が寄進され、また、慶安元年播州姫路、寛文七年播州姫路、元禄五年奥州白河、同十年奥州白河、宝暦四年上州前橋、安永六年武州川越、嘉永八年武州川越においてそれぞれ社殿の造営が行われており、慶安二年武州川越より再び上州前橋に奉遷され明治を迎えた。
 現在の社殿は本殿以下五棟、総て川越より移築したもので、一本の欅の巨木で造られたと伝えられ、用材の美しさは実に見事で、本殿の彫刻は江戸の有名な彫工島村源蔵の作として、知られている。
 明治以降は、旧前橋藩士居住区域八箇町、三千戸の鎮守として崇敬を集めてきたが、昭和四年県社に列せられた。
〈社宝〉能面・能装束・陣羽織・軍扇等蔵し、市重要文化財に指定されている。」

 また、大修館書店刊「日本の神仏の辞典」によると次の通りです。
「前橋市大手町の旧県社。徳川家康・菅原道真・木之花咲耶比売神ほか二柱を祀る。例祭は4月17日。
 寛永元年(1624)に前橋藩祖である松平直基が越前の勝山城主当時に奉斎され、その後の移封ごとに遷された。
 慶応二年(1866)に前橋に帰還し、明治四年(1871)に遷座した。」

 また、東京堂出版刊「神社辞典」によると次の通りです。
「群馬県前橋市大手町。旧県社。
 寛永元年(1624)前橋藩の祖、松平直基が越前勝山城主時代に同地に創建、以来二百三十年余り十三回にわたる各地移封の都度遷祀、慶応元年(1865)川越より転領後、明治四年(1871)現在地に遷座した。
 宝物に家康公木像(元和年間作)などがある。
 例祭4月17日。」


 1月22日に参拝してきました。
 寒い日でしたが、参拝者がいらっしゃいました。遅い初詣なのかな?

 鳥居になります。
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 社号標になります。
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 交通安全祈祷殿になります。
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 こちらで自動車は祈祷を行います。

 手水舎になります。
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 手と口を漱いで参拝です。

 社殿になります。
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 (´人`)

 社務所になります。
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 こちらが、授与所であり祈祷受付でもあります。御朱印はこちらで頂きました。御朱印代は300円でした。

 こちらの神社では、全国東照宮連合会の作製した御朱印帳がありました。




神社名:前橋東照宮
鎮座地:群馬県前橋市大手町三丁目13‐19
祭 神:徳川家康公 菅原道真公 木之花咲耶姫神 長壁様
社格等:旧県社

前橋東照宮(群馬県前橋市大手町)5

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群馬県前橋市の中心部に鎮座する「前橋東照宮」に参拝してきました。

群馬県知事公邸・前橋公園の隣にあり、群馬県庁からも近くになります。
橋のたもとにあるといった感じでした。

駐車場は、社殿の右側にありました。
自動車は、十数台位は停められそうです。

最寄り駅はJR両毛線「前橋駅」、上毛電気鉄道「中央前橋駅」になります。
徒歩では少々かかりそうです。

こちらの神社の由緒は、次の通りです。
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「酒井氏にかわって前橋城主となった松平氏(従四位待従大和守と称す)は、その起源を遠く清和源氏の嫡流源義家の子新田義重より発する徳川家の一門であり、御祭神家康公のニ男結城秀康から岐れた家系である。
東照宮の創立は、結城秀康の四男直基が松平姓を賜わり越前勝山城主に任ぜられた寛永元年六月六日に祖父である家康公の遺徳を敬慕して祭祀したのに始まる。
以来、松平氏は幕府の命令により寛永元年越前勝山(三万石)より、寛永十年越前大野(五万石)、正保元年出羽山形(十万石)、慶安元年播州姫路(十五万石)、天和二年豊後日田(七万石)、貞享三年再び出羽山形(十万石)、元禄五年奥州白河(十五万石)、寛保元年三たび播州姫路(十五万石)、寛延二年上州前橋(十五万石)、明和五年武州川越(十五万石)、慶応元年再び上州前橋(十七万石)へと二百四十余年間に実に十三回にも及ぶ移封に遇ったが、そのたびごとに東照宮を城地に奉遷して藩主はもとより藩士、領民に到るまで崇敬の誠を奉げた。
即ち、享保二十年には藩主より社領として二百石が寄進され、社殿の造営は屢々の移遷のこともあって、慶安元年、寛文七年、元禄五年、同十年、宝暦四年、安永六年、嘉永八年の七回をかぞえ、現在の社殿は嘉永八年に武州川越において樹齢千年を超える一本の欅の巨木によって建造されたものと伝えられ、その用材は実に見事であり、本殿の彫刻は江戸の有名な彫師島村源蔵の作として知られている。
明治以降は、旧前橋藩士居住区域七々町三千戸の鎮守として崇敬をあつめてきたが、昭和四年四月に県社に列せられた。
配祀の天満宮は慶長六年、酒井重忠(慶長年間の厩橋城主)が厩橋城に入城したとき、祭祀したのに始まり、その後酒井家の興隆が著しかったので俗に酒井の開運天神と称され、酒井氏累代の崇敬が極めて厚く、酒井氏移封の後は養行寺の所管となっていたものを明治四年四月二十三日に合祀したものである。
長壁神社は古くは姫道刑部大神と称し、播磨の国の式内社であったものを寛延二年、松平朝矩(松平家五代の藩主)が姫路城より奉遷して前橋城の未申の方、霞堀の畔に祭祀していたが、明治三十一年一月二十一日に官令により合祀したものである。 」


すぐそばには利根川が流れています。
また、群馬県知事の元?公舎がお隣にありました。ずいぶん立派です。大沢知事は…

鳥居になります。
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社号標になります。
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鳥居をくぐると左側には手水舎がありました。
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手と口を漱いで参拝です。

境内は、狭いくらいです。

こちらが自動車安全祈祷殿です。
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こちらで自動車のお祓いができます。

こちらが社殿になります。
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主祭神は「徳川家康公」になります。

(´人`)

狛犬になります。
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こちらが本殿になります。
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よく見えないなぁ…
「長壁神社」も合祀されています。

駐車場の北側には「厩橋護国神社」が鎮座していました。
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西南の役から太平洋戦争に至るまでの前橋市出身の英霊二千三百四十六柱を奉祀しているそうです。

本殿の裏側には「営築稲荷神社」が鎮座していました。
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文久三年(1863)、前橋城再築にあたり工事の安全を祈願するため松平直克(松平家11代の藩主)が勧請した神社になります。祭神は宇迦之御魂神になり、御神徳は商売繁盛、工事安全だそうです。

こちらが社務所になります。
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こちらで御朱印が頂けます。
御守りや御神札といった授与品はありました。





神社データ
神社名:前橋東照宮
鎮座地:群馬県前橋市大手町三丁目13‐19
祭 神:徳川家康公
配祀神:菅原道真公 木花咲耶姫 長壁様
社格等:旧県社

前橋東照宮(群馬県前橋市)5

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群馬県前橋市の中心部に鎮座する「前橋東照宮」に参拝してきました。

群馬県知事公邸・前橋公園の隣にあり、群馬県庁からも近くになります。
橋のたもとにあるといった感じでした。

駐車場は、社殿の右側にありました。
自動車は、十数台位は停められそうです。
「無断駐車は5000円」・「社務所へ」等と言う横断幕が掲げられています。
参拝するのであれば構わず停めても大丈夫です。

こちらの神社は、江戸時代に前橋城主であった松平氏が創建しました。

門標です。
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「県社」になります。
世良田東照宮が「郷社」なのに、こちらの方が社格が高いです。
いろいろあるんでしょうが・・・

参拝したときは、「自動車祓殿」で自動車のお祓いをされている方がいらっしゃいました。

境内は、社務所・社殿が建っており、意外と狭かったです。

社殿です。
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私も参拝してきました。

(´人`)

前橋市の中心部に鎮座しているので、参拝客が多くいらっしゃいました。
いったい何造になるのでしょうか?
入母屋造?
流造?

社殿の右後方には、厩橋護国神社が鎮座していました。
前橋東照宮の境内社になるのでしょう。

御朱印は、境内の左側の社務所内にある「祈祷受付」で頂けました。
御朱印代は、300円でした。

由緒書きはありました。

御守りや御札等の授与品は、多くありました。

長壁神社が合祀されています。

また参拝してみようと思ってます。




神社データ
神社名:前橋東照宮
鎮座地:群馬県前橋市大手町三丁目13‐19
祭 神:徳川家康公
社格等:県社
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日本のまほろばを探して社寺を参詣してます。社寺参詣道代表師範&御朱印ブロガーです。伊勢神宮・靖国神社・世良田東照宮・久能山東照宮・鳳来山東照宮の各崇敬会に入会しています。 取得資格:普通自動車免許、2級ファイナンシャルプランニング技能士、日商簿記検定2級、秘書検定2級、神社検定参級、全経電卓検定3級、安全衛生推進者
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