まほろば御朱印紀行

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

筑波山

雨引山阿弥陀院楽法寺 坂東札所(茨城県桜川市本木)5

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 茨城県桜川市の中でも旧真壁郡大和村に寺院はありました。

 最寄り駅は、JR水戸線「岩瀬駅」になります。お寺の前までバスが出ているそうです。

 お寺専用の駐車場はありました。自動車はかなりの台数は停められそうです。


 こちらの寺院の由緒は、次の通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「【楽法寺】
 茨城県真壁郡大和村にある真言宗豊山派の寺院。雨引山。本尊は延命観音。通称雨引観音。
 用明天皇の時代に開創と伝えられ、江戸期には朱印寺領百五十石が与えられ、徳川家康の祈願寺となっている。
 安産子育ての観音様として北関東を中心に信仰を集める。
 坂東三十三観音の二十四番札所。

【雨引観音】
 茨城県真壁郡大和村本木の楽法寺の本尊。この寺は坂東三十三観音霊場の二十四番札所。
 観音菩薩像は、平安前期の作と伝えられ、鎌倉時代の作である前立像とともに国指定重要文化財であり。安産に霊験あらたかな観音として知られている。」

 また、東京堂出版刊「古寺名刹辞典」によると次の通りです。
「【楽法寺】
 茨城県真壁郡大和村本木1。雨引山と号し、雨引観音の名でも呼ばれる。真言宗豊山派。坂東三十三ヶ所第二十四番霊場である。
 用明天皇のころ、梁(中国)から法輪独守居士(楽法居士とも)が本尊を捧持して来日し、この地に一寺を開いたという。推古天皇の病気平癒に霊験があった勅願寺に定められ、また光明皇后の安産祈願にも修法が行われたことから、今日でも多くの信者が安産子育ての御守りを求めに訪れる。江戸時代には金運が授かるとされ、多くの江戸商人の信仰を集めた。これは明暦年間(1655〜1658)に紀ノ国屋文左衛門が商売繁昌と海上安全を祈願したことに始まる。
 本尊延命観音像(重文)は弘仁時代(815ごろ)の造立。他に貴重な寺宝を数多く伝える。
 雨引山の由来には諸説ある。開山独守居士が観音の名号を唱えると天から『善哉(よきかな)』の声があったので天彦(あまびこ)山というようになり、後に降雨の霊験があったので天引山と改称されたという。また嵯峨帝のころ、祈雨(雨乞い)の秘法が修されて雨引山とされたともいう。
 御詠歌は、
  へだてなき誓いをたれも仰ぐべし
   仏の道にあまびきの寺」


 「雨引観音」として知られている寺院になります。本尊は延命観音になります。

 山門になります。
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 地蔵堂がありました。
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 境内に入ると本堂がありました。
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 本堂には本尊である延命観世音菩薩が祀られています。
 丁度祈祷が行われていました。

 境内には孔雀が放し飼いにされてました(・ω・) 動物園でしょうか?

 多宝塔がありました。
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 また、東照宮がありました。
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 御朱印は、授与所で頂きました。御朱印代は300円です。

 授与所横からの眺めです。
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 筑波山と関東平野が眺められます。






寺院名:雨引山 阿弥陀院 楽法寺
所在地:茨城県桜川市本木1番地
宗 派:真言宗豊山派
本 尊:延命観音
通 称:雨引観音
札所等:坂東三十三観音霊場 二十四番札所
    関東八十八ヶ所 特別霊場
    東国花の寺百ヶ寺
御詠歌:へだてなき 誓をたれも 仰ぐべし 佛の道に 雨引の寺

筑波山真福寺一乗院 北関東三十六不動尊霊場(茨城県つくば市上大島)5

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 茨城県つくば市の筑波山の麓にお寺はあります。

 駐車場はありましたが、自動車で行く場合細い道を行きますので気をつけてください。

 寺伝によれば徳一上人が大同二年(807)に筑波山の四方に一ヶ寺づつ建立され、その西側に建てられたのがこの一乗院になります。当初は法相宗が、修験道を加味し、室町時代には真言宗になりました。

 山門になります。
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 参道を進みます。
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 緑が綺麗です。
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 本堂になります。
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 新しくしたようです。本尊は不動明王になります。

 御朱印は、境内の左側にある納経所で頂けます。御朱印代は300円です。

 こちらから筑波山神社、筑波山大御堂(坂東三十三観音霊場)まで自動車では遠くないのであわせて参拝できます。







寺院名:筑波山 真福寺 一乗院
所在地:茨城県つくば市上大島2594番地
宗 派:真言宗豊山派
本 尊:不動明王
札所等:北関東三十六不動尊霊場 三十二番札所
御詠歌:もろびとの 利益授くる 不動尊 情筑波の 深き谷川

筑波山 来迎院 無量寿寺(群馬県前橋市二宮町)3

群馬県前橋市にある「筑波山 来迎院 無量寿寺」に参拝してきました。
真言宗豊山派に属するお寺になります。

群馬県前橋市二宮町に鎮座する「二宮赤城神社」の近くにお寺はありました。

これといった最寄り駅はありません。
できれば自動車で行かれた方が良いかもしれません。

駐車場は、参道の右側にありました。
自動車は、10台以上は停められそうです。


「上毛新聞社刊 ぐんまのお寺 真言宗機廚砲茲譴弌⇒浬錣麓,猟未蠅任后
「寺伝によれば、古くは修密山来迎院無量寿寺と称し、延喜年中(901〜923)の開基とある。
名応二年(1493)隆舜上人の中興開基となり、文亀三年(1503)のころより野州小俣の鶏足寺の末寺となる。
その後延宝四年(1676)三月に暴風雨によって堂宇が大破する。
将軍綱吉の在位の天和二年(1682)に、江戸護持院(後の護国寺)住職隆光僧正が当寺に隠居転任し、その際に十一面観音(市指定文化財)、絹地不動尊などを持参したという。
隆光僧正は、時の姫路城主酒井親清(雅楽頭酒井氏は天和年中=1681〜1684=には前橋城主で前橋五代の忠挙の代、時の姫路城主は、のちに酒井氏と交代で前橋城主となる松平氏)の帰依をうけ、当山を再建する。
親清の二男の親光は僧正の徒弟となり、憲光法印と号して当寺に住したという。
その頃、親清の孫の忠清が当地の領主に任ぜられ、その母が常州の筑波山を信仰していたことから、当山の境内に山を築き筑波両神を祭ったという。
このときに、鶏足寺末から江戸護国寺末となり、山号を筑波山にしたという。」


こちらが入口になります。
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とくに山門はありません。

寺号標になります。
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山号が「筑波山」になりますが、由緒になった酒井氏の筑波山信仰の古墳?が入口の右側にありました。
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国道17号線沿いにあるといった感じです。
登れるようですが、私は行きませんでした。

参道を進みます。

こちらは山門なのでしょうか?
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山門の右側には、地蔵菩薩や諸佛が祀られています。
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境内の左側には、弘法大師像がありました。
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やはり真言宗のお寺になります。

こちらが観世音菩薩になります。
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(´人`)

境内の中央には松の木がありました。
いわゆる御神木的な役割なんでしょう。続きを読む
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