まほろば御朱印紀行

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

福禄寿

仏守山青蓮寺 桐生七福神福禄寿の御朱印(群馬県桐生市天神町)5

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 群馬県桐生市の少し北、群馬大学工学部のキャンパスの近くにお寺はありました。

 お寺専用の駐車場はありました。

 
 こちらの寺院の由緒は次の通りです(桐生仏教会刊『積善 桐生のお寺』による)。
「天正元年(1573年)鎌倉時代より続いた桐生氏を滅ぼした太田金山の城主由良成繁は、天正3年(1575年)新田郡岩松村の青蓮寺(新田足利両家ゆかりの寺)を現在の地に移築しました。これが現在の青蓮寺です。
 移築以来今日まで、430年余の間本堂はそのまま保たれておりますが、安土桃山時代の様式を今日に伝えている貴重な建築物であります。
 重要文化財の本尊、善光寺阿弥陀三尊仏は、伝記によれば、源頼義融通念仏を信仰して、この仏を本尊とし、その後八幡太郎義家の三男義国(青蓮寺の院号は義国院であるから、岩松村青蓮寺の礎となっていると考えられている)に伝えました。その後、子孫の新田義重に伝えて、以来新田氏の守本尊として大切に岩松村の青蓮寺にまつられておりましたが、本堂移築にともないこの地に移されたものと伝えられています。
 青蓮寺は『人が人として生きる』を基本として、いつでも・誰でも気楽に参拝できるように門などはありません。悩み相談も住職がお受けしています。
 境内の蓮池には10種類を超える蓮や睡蓮が咲くほか90本からの桜の木や、多くの花木があり、1年中花の絶える時がないと言えるほどです。
 また、毎月1日早朝からのお経の会は、昭和47年10月から今日まで、欠かすことなく続いておりますが、誰でも気軽に参加できる会として広く知られています。
 インドの象徴であるサールナートで発掘されたアショカピラーを永代供養墓のモニュメントとしてインドの地で作成し招来。インド仏跡のお砂踏み、仏足石など、お釈迦様を身近に感じることの出来る寺としての整備も進んでいます。ペットのお墓も建立されています。」


 寺院入口です。
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 本堂です。
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 「善光寺如来」が祀られています。平成十九年に国指定重要文化財になっています。源頼義が融通念仏を信仰して阿弥陀如来を守り本尊としており、それが八幡太郎源義家の三男「源義国」へ、新田氏の祖「新田義重」へと伝えられ、代々新田氏の守り本尊となっていたそうです。その後、青蓮寺に伝わり、本尊として祀られたそうです。

 境内の左側には「地蔵堂」が
ありました。
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 日限地蔵尊とも呼ばれている「頚継地蔵尊(くびつぎじぞうそん)」が祀られています。他にも桐生七福神の福禄寿、閻魔大王、脱衣婆、青不動明王が祀られていました。

 一遍上人です。
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 半僧坊への入口です。
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 御朱印は、本堂右側の庫裡に声をかけ、本堂内で頂けました。御朱印代は300円です。
 私の頂いた御朱印以外にも色々ありました。
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 ビリケン様の御朱印もあります。

 また納経した人に限定御朱印がありました。
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 納経料3,000円です。ご住職がいらっしゃる場合のみの授与なので、頂きたい方は事前連絡は必要です。





寺院名:佛守山 義国院 青蓮寺
所在地:群馬県桐生市西久方一丁目10‐11
宗 派:時宗
本 尊:善光寺阿弥陀如来三尊
札所等:桐生七福神 福禄寿

板倉雷電神社(群馬県板倉町)5

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群馬県板倉町に鎮座する板倉雷電神社神社に参拝してきました。

板倉町には、高鳥天満宮も鎮座しています。

駐車場はありました。



こちらの神社の由緒は、次の通りです。
「神社の歴史は古く、1400年をさかのぼります。
主な御祭神は、天地に轟き、火と水の大いなる働きをつかさどりたもう、火雷大神・大雷大神・別雷大神です。
また、併せて、学問の神、管原道真公がおまつりされております。推古天皇の御代、聖徳太子が天の神の声を聞いて、伊奈良の沼に浮かぶ小島に祠を設け、天の神をお祀りしたのが最初とされています。」


こちらが一の鳥居です。
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参道を進んでいきます。

二の鳥居になります。
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手水舎です。
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手と口を漱いで参拝です。

こちらの神社は、雷電神社の本宮にあたる神社です。
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石標がありました。

こちらが社殿になります。
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(´人`)

こちらが本殿になります。
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境内には蝋梅(ろうばい)が咲いてました。
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とても綺麗です。甘酸っぱい香りが漂っていました。

つつじの館林七福神の「福禄寿」になります。
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(´人`)

奥宮になります。
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祭神は伊邪那美大神だそうです。
雷電神社なのに何故でしょうか?

こちらが、八幡宮稲荷神社です。
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八幡宮と稲荷神社が一緒の社殿に…

他にも境内社がありました。
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左から稲荷神社、金刀比羅神社、天満宮になります。
天満宮が鎮座していますので、受験生には頑張って欲しいです。

御朱印は、社殿の右側にある授与所で頂けました。
御朱印代は300円です。

御札や御守りといった授与品はありました。
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オリジナル御朱印帳もありました。
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大きさは11cm×16cmになります。



神社名:板倉雷電神社
鎮座地:群馬県邑楽郡板倉町板倉2334番地
祭 神:火雷大神 大雷大神 別雷大神
社格等:旧郷社
札所等:つつじの館林七福神 福禄寿

小網神社(東京都中央区)5

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東京都中央区日本橋小網町に鎮座する「小網神社」に参拝してきました。

最寄り駅は、東京メトロ日比谷線・都営浅草線「人形町駅」になります。
A2出口より出て、徒歩で5分位の所にありました。

日本橋小学校の近くにあり、参拝したときは平日でだったので、児童の賑やかな声が聞こえました。

こちらの神社は、ビルの谷間にあるといった感じの神社になります。

提灯です。
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小網神社の説明板です。
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「当神社は、伊勢神宮を本宗として、文正元年(1466)今より約五五○年ほど前に、商売繁盛、疫病鎮静の神として鎮座した。
初めは、小網山稲荷院万福寿寺を別当寺とした稲荷神社であった。その後昭和初期までは、小網稲荷神社と号し、江戸時代から稲荷堀稲荷(とうかんぼりいなり)とも称されていた。
その後太田道灌は、当社への崇敬篤く、時折参拝し、社地を奉じ、社殿を造営したといわれる。社名も公の命名によると伝えられる。
さて、戦時下では、当社の「強運厄除守」を奉戴した者の多くが、戦地より無事帰還したことから、都内は勿論、各地より強運厄除の御神徳を戴き、自らの運を強め、豊かで明るい生活を求める参拝者で賑わう。」

やはり古社です。

こちらのお寺は、太平洋戦争の時、この神社の御守りを持って出陣した氏子の兵士達が全員帰還したという逸話があり、「強運厄除」の御神徳がある神社になります。

境内は、とても狭いですが、「強運」の神社だけあり、とても良い雰囲気です。
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社殿の向拝に施されている「昇り龍」と「降り龍」の彫刻は、とても素晴らしいです。続きを読む

宗光山 玉巌寺(群馬県太田市)5

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群馬県太田市にある「宗光山 玉巌寺」に参拝してきました。
曹洞宗に属するお寺になります。

太田市の金山の北側にお寺はありました。
細い道を行きますので、自動車で行かれる方は気を付けてください。

最寄り駅は、東武伊勢崎線「太田駅」になります。
徒歩ではかなりかかりそうです。

駐車場は、お寺の入口前にありました。
自動車は、10台位は停められそうです。


こちらのお寺の由緒は以下の通りです(寺伝が書かれた案内板より)。
「今から680年前に世良田長楽寺の名僧栄朝禅師の法弟が、太田の金山の東麓の景勝の地を選んで仏寺を建立し、その後新田義貞の援助のもとに寺運は栄えました。
この辺りは鎌倉建長寺の玉巌窟に似ていることから玉巌寺と称しましたが、その後天下は麻のごとく乱れ堂塔も破壊されたのを見て、天意長朔禅師は大いに悲しみ伽藍の再興を思い立って、金山城主、横瀬信濃守貞国の助力を仰ぎ、これを再建し新田義貞義宗公の菩提を弔ったと申します。
建物本堂は、間口八間、奥行六間で堂内には、新田義貞、義顕、義興、義宗、横瀬貞国公の御位牌厨子が安置されており、山門には、新田大炊介義重公二十三世になる源徳純書になる金城窟の額面かかげております。
太田市の『上州太田七福神』では本堂に福禄寿を奉安し、『秋の七草』では藤袴(ふじばかま)寺となっています。」


こちらが入口になります。
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緩い石段を登っていきます。

こちらが寺号標になります。
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曹洞宗のお寺なので「禅」が付きますね。

こちらが山門になります。
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山門には由緒にあった通りに新田義重公二十三世になる源(岩松)徳純書の「金城窟」の扁額が掛けられています。
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なかなか立派な字です。

まだまた石段を登っていきます。
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足下にはお気をつけ下さい。

上がると、正面には本堂がありました。
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曹洞宗らしい質素な本堂です。
本尊である釈迦如来が祀られています。

こちらは屋根です。
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やはり、新田氏の家紋「大中黒」が寺紋になっていますね。
やはり新田氏所縁の寺院だけあります。

全体的な印象として、森の中に来たといった感じです。
春先から初夏にかけては、良さそうな感じがします。
秋は紅葉で綺麗かもしれません。続きを読む

蓮馨寺(埼玉県川越市)4

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埼玉県川越市にある「孤峰山 宝池院 蓮馨寺(れんけいじ)」に参拝してきました。
浄土宗の「関東十八檀林」になるお寺になります。

川越市の中心部に位置し、「喜多院」からもさほど遠くはありません。
道路を挟んで反対側には、「川越熊野神社」が鎮座していました。

最寄り駅は、西武新宿線「本川越駅」になります。
お寺まで徒歩では、少々かかりそうです。

自動車は、境内の右側にあるスペースに十台位は停められそうです。


こちらのお寺は、河越夜戦後の天文十八年(1549年)、武蔵国河越城主「大道寺政繁」の母「蓮馨」によって開基、大道寺政繁の甥にあたる感誉存貞上人よって開山となりました。
江戸時代には浄土宗の関東十八檀林の一寺となり、僧侶養成機関としてお寺は栄えたそうです。


こちらが参道です。
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7月8日に参拝しましたが、毎月8日は縁日(呑龍デー)になっています。
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フリーマーケットや出店も出て、参拝者が多かったです。

参堂の正面に見えるのが「呑龍堂」です。
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通常は、祈願所として使われているそうです。
「呑龍上人」が祀られています。

私は、こちらのお堂がてっきり「本堂」だと思ってました。
本堂は、呑龍堂の右手にあるようです。

辻講釈もやっており、前田利家の話をしてました。
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なかなか面白かったです。

呑龍堂の前にある「おびんずる様」をさすっている方は多かったです。

御朱印は、呑龍堂の左側にある「授与所」で頂けました。
呑龍上人と福禄寿の2種類がありました。
御朱印代は、各300円でした。

お念仏の御朱印はあるのかな?

御朱印を待っている間にお供物(落雁)をいただきました。

由緒書きは、ありました。

御守りや呑龍上人の御御影といった授与品は、多くありました。

般若心経を写経したものを納経させて頂きました。





寺院データ
寺院名:孤峰山 宝池院 蓮馨寺(れんけいじ)
住 所:埼玉県川越市連雀町7‐1
宗 派:浄土宗
本 尊:阿弥陀如来 呑龍上人
札 所:小江戸川越七福神 福禄寿
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日本のまほろばを探して社寺を参詣してます。社寺参詣道代表師範&御朱印ブロガーです。伊勢神宮・靖国神社・世良田東照宮・久能山東照宮・鳳来山東照宮の各崇敬会に入会しています。 取得資格:普通自動車免許、2級ファイナンシャルプランニング技能士、日商簿記検定2級、秘書検定2級、神社検定参級、全経電卓検定3級、安全衛生推進者
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