まほろば御朱印紀行

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

浅草名所七福神

浅草観音 坂東御詠歌(東京都台東区浅草)5

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 東京都台東区浅草にある寺院になります。

 最寄り駅は、東武伊勢崎線・東京メトロ銀座線・都営浅草線「浅草駅」になります。東武と銀座線の浅草駅からは、徒歩で数分位かと思われます。
 
 駐車場は、見当たりませんでした。自動車で行かれる方は周辺の有料駐車場をご利用ください。


 こちらの寺院の由緒は皆さんご存じでしょうが、あえて調べてみました。雄山閣出版刊「日本名刹大事典」によると次の通りです。
「聖観音宗総本山。金龍山。通称浅草の観音様。本尊は聖観世音菩薩(秘仏)。
 『武蔵国浅草寺縁起』によれば、推古天皇三十六年(628)に宮古川(現隅田川)で漁をしていた檜前浜成・竹成兄弟の網に観音像がかかり示現した。それを土師真中知(一説に土師真人中知・土師直中知)が自宅を寺堂として安置し、また自らも剃髪して祀ったのが始まりとされる。一方これに対して10人の童子が藜(あかざ)の堂を建てて祀ったという草刈童子の伝承がある。後世、漁師ら三人は権現思想のもと三社権現(現浅草神社)として、また草刈童子とともに十社権現社に祀られた。
 浅草寺という寺院名は『吾妻鏡』建久三年(1192)5月8日条が初見だか、第二次世界大戦後の発掘で、少なくとも平安時代に遡ることが確認されている。
 645年に本堂を再建した勝海を開山とし(この時、本尊を秘仏とするという)、857年に堂宇を再建した円仁を中興開山とし、円仁が謹刻したと伝える観音像が現在のお前立本尊となる。さらに天慶五年(942)当寺への祈願が成就した平公雅が諸堂を修繕し、荘園を寄進して寺域も拡大し、その後も源頼朝や北条氏・足利氏らの外護を得た。江戸時代には徳川幕府の祈願所とされ、家康から寺領500石を賜り興隆した。
 江戸時代は衆徒十二坊、寺僧二十二坊(現在は全二十四支院)で構成され、最高職は独自で選出した別当であったが、貞享二年(1685)の某事件を機に輪王寺の支配を受け、1740年以降は上野輪王寺門跡の兼帯となり、明治になって延暦寺の直轄となった。
 『寺院本末帳』には、朱印500石、僧正寺、衆徒十二か寺、寺僧二十二か寺、末寺十八か寺、門徒七か寺、承仕三人とある。
 昭和二十五年に天台宗より独立。
 戦災で本坊(伝法院)や二天門などを除く本堂・五重塔なとを焼失。昭和三十三年に本堂が、のちに雷門・宝蔵門(旧仁王門)・五重塔なども再建して伽藍を復興しつつある。
 支院の本龍院は待乳山聖天として別に信仰をもつ。
 行事には大晦日より一週間の修正会、正月12日より一週間の温座陀羅尼会、2月8日針供養、3月18日本尊示現会、4月8日仏生会、6月18日百味供養会・楊枝浄水加持会、7月9・10日四万六千日(ほうずき市)、12月17・18日歳の市(ほうずき市)などがある。
 寺宝に国宝『法華経』開結共十巻(伝小野道風筆)、重文『元版一切経』ほか多数。
 坂東第十三番札所、江戸三十三観音第一番札所。」


 言わずと知れた「浅草の観音様」に参拝してきました。
 こちらの寺院は、江戸時代の川柳に「江戸自慢 十三番が これくらい」と歌われ、江戸っ子の信仰を集めたようです。

 本堂です。
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 五重塔になります。
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 影向堂になります。御朱印受付が併設されています。
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 授与所では、授与品を頂く人でごった返していました。
 私は、「金龍香」というお線香を頂きました。

 今回の御朱印は、坂東三十三観音霊場の御詠歌の御朱印を頂きました。御朱印代は300円です。





寺院名:金龍山 伝法院 浅草寺
所在地:東京都台東区浅草二丁目3‐1
宗 派:聖観音宗
寺格等:総本山
本 尊:聖観音
通 称:浅草観音
札所等:坂東三十三観音霊場 十三番札所
    昭和新撰江戸三十三観音霊場 一番札所
    浅草名所七福神 大黒天
御詠歌:深きとが 今よりのちは よもあらじ つみ浅草へ まいる身ならば

浅草観音 板東札所(東京都台東区浅草)2

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 東京都台東区浅草にある寺院になります。

 最寄り駅は、東武伊勢崎線・東京メトロ銀座線・都営浅草線「浅草駅」になります。東武と銀座線の浅草駅からは、徒歩で数分位かと思われます。
 
 駐車場は、見当たりませんでした。自動車で行かれる方は周辺の有料駐車場をご利用ください。


 こちらの寺院の由緒は皆さんご存じでしょうが、あえて調べてみました。雄山閣出版刊「日本名刹大事典」によると次の通りです。
「聖観音宗総本山。金龍山。通称浅草の観音様。本尊は聖観世音菩薩(秘仏)。
 『武蔵国浅草寺縁起』によれば、推古天皇三十六年(628)に宮古川(現隅田川)で漁をしていた檜前浜成・竹成兄弟の網に観音像がかかり示現した。それを土師真中知(一説に土師真人中知・土師直中知)が自宅を寺堂として安置し、また自らも剃髪して祀ったのが始まりとされる。一方これに対して10人の童子が藜(あかざ)の堂を建てて祀ったという草刈童子の伝承がある。後世、漁師ら三人は権現思想のもと三社権現(現浅草神社)として、また草刈童子とともに十社権現社に祀られた。
 浅草寺という寺院名は『吾妻鏡』建久三年(1192)5月8日条が初見だか、第二次世界大戦後の発掘で、少なくとも平安時代に遡ることが確認されている。
 645年に本堂を再建した勝海を開山とし(この時、本尊を秘仏とするという)、857年に堂宇を再建した円仁を中興開山とし、円仁が謹刻したと伝える観音像が現在のお前立本尊となる。さらに天慶五年(942)当寺への祈願が成就した平公雅が諸堂を修繕し、荘園を寄進して寺域も拡大し、その後も源頼朝や北条氏・足利氏らの外護を得た。江戸時代には徳川幕府の祈願所とされ、家康から寺領500石を賜り興隆した。
 江戸時代は衆徒十二坊、寺僧二十二坊(現在は全二十四支院)で構成され、最高職は独自で選出した別当であったが、貞享二年(1685)の某事件を機に輪王寺の支配を受け、1740年以降は上野輪王寺門跡の兼帯となり、明治になって延暦寺の直轄となった。
 『寺院本末帳』には、朱印500石、僧正寺、衆徒十二か寺、寺僧二十二か寺、末寺十八か寺、門徒七か寺、承仕三人とある。
 昭和二十五年に天台宗より独立。
 戦災で本坊(伝法院)や二天門などを除く本堂・五重塔なとを焼失。昭和三十三年に本堂が、のちに雷門・宝蔵門(旧仁王門)・五重塔なども再建して伽藍を復興しつつある。
 支院の本龍院は待乳山聖天として別に信仰をもつ。
 行事には大晦日より一週間の修正会、正月12日より一週間の温座陀羅尼会、2月8日針供養、3月18日本尊示現会、4月8日仏生会、6月18日百味供養会・楊枝浄水加持会、7月9・10日四万六千日(ほうずき市)、12月17・18日歳の市(ほうずき市)などがある。
 寺宝に国宝『法華経』開結共十巻(伝小野道風筆)、重文『元版一切経』ほか多数。
 坂東第十三番札所、江戸三十三観音第一番札所。」


 言わずと知れた浅草の観音様に参拝してきました。
 こちらの寺院は、江戸時代の川柳に「江戸自慢 十三番が これくらい」と歌われ、江戸っ子の信仰を集めたようです。
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 参拝者が多く、混みあっていました。
 今回は、坂東三十三観音霊場の巡拝で訪れました。
 授与所で「坂東の御朱印」と「御御影」を頂いてきました。
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 しかし、帰りに御朱印を確認すると、右上に押される札所の印(坂東十三番)が押されず、「江戸三十三観音札所第一番」の印が押されてました(・ω・)




寺院名:金龍山 伝法院 浅草寺
所在地:東京都台東区浅草二丁目3‐1
宗 派:聖観音宗
寺格等:総本山
本 尊:聖観音
通 称:浅草観音(あさくさかんのん)
札所等:坂東三十三観音霊場 十三番札所
    昭和新撰江戸三十三観音霊場 一番札所
    浅草名所七福神 大黒天
御詠歌:深きとが 今よりのちは よもあらじ つみ浅草へ まいる身ならば

新年のご挨拶5

明けましておめでとうございます。

 私のブログを読んでいただきありがとうございます。
 更新の頻度が少なくなってきていますが、徐々に更新していきたいと思います。

 今現在、
新上州三十三観音霊場
東上州三十三観音霊場
坂東三十三観音霊場
昭和新撰江戸三十三観音霊場
北関東三十六不動尊霊場
を巡拝しております。逐次更新していきたいと思います。

 以前に「浅草名所七福神」の巡拝用専用色紙を頂いて、浅草寺の大黒天の御朱印を頂いたまま進んでいないので、こちらも進みたいと思っております。
 「上州七福神」も途中なので…

 私が現在興味がある霊場は
関東三十六不動尊霊場
秩父三十四観音霊場
武蔵野三十三観音霊場
関東八十八ヶ所
那須三十三観音霊場
になります。早く始めたいなぁ。

西国三十三観音霊場
四国八十八ヶ所
西国十七愛染霊場
東海三十六不動尊霊場
近畿三十六不動尊霊場
四国三十三観音霊場
四国三十六不動尊霊場
真言宗十八本山
 上記の霊場にも興味ありますが、関東在住のものは大変な霊場です。

 今ちょうど群馬県伊勢崎市西小保方町にある「真光山長安寺」の除夜祭に来ております。
威音王堂(不動堂)には、秘仏の「みかえり不動尊」が御開帳されています。
 護摩も修されており、祈祷祈願が受けられます。
 その様子は後日ブログにアップさせていただきます。

今年も皆さんが良い年でありますように。m(__)m

金龍山 浅草寺  御詠歌(東京都台東区)5

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言わずとしれた「浅草の観音様」です。

6月3日に参拝してきました。
やはり、日曜日だけあって参拝者は多かったです。

御朱印は、「影向堂」で頂けます。
たいてい、坂東の御朱印を頂く方が多い中、今回は、「昭和新撰江戸三十三観音霊場」の御朱印を「御詠歌」で頂きました。

「深きとが 今よりのちは よもあらじ つみ浅草へ まいる身ならば」

と書かれています。
坂東の御詠歌を流用していると思われます。

浅草寺の書き手の方は、とても上手い方ばかりいらっしゃいます。
通常の本尊名を頂いても上手いですが、御詠歌を頂いても素晴らしいです。





寺院データ
寺院名:金龍山 伝法院 浅草寺
所在地:東京都台東区浅草二丁目3‐1
宗 派:聖観音宗
寺 格:総本山
本 尊:聖観世音菩薩
通 称:浅草観音
札所等:坂東三十三観音霊場 十三番札所
    昭和新撰江戸三十三観音霊場 一番札所
    浅草名所七福神 大黒天

江戸・東京 札所巡り3

【1000円以上送料無料】江戸・東京御朱印を求めて歩く札所めぐりガイドブック/ジェイアクト【RCP】
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妙に誤字脱字が多い本です。

なぜか、東京都台東区の「矢先稲荷神社」が「矢先神社 聖観音宗総本山」として紹介されていました。神社ですけど・・・
ナンデダロー♫ ナンデダロー♫

昭和新撰江戸三十三観音霊場
浅草名所七福神
江戸五色不動
江戸六地蔵
江戸六阿弥陀

が紹介されていました。

「新宿山の手七福神」・「御府内八十八ヶ所」も合わせて紹介して欲しかった。
これを契機に、江戸札所も専用の納経帳が出来て欲しいです。
もちろん納経軸も。

この本を片手に江戸東京の歴史に浸るのも良いかもしれません。
おすすめの一冊です。
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日本のまほろばを探して社寺を参詣してます。社寺参詣道代表師範&御朱印ブロガーです。伊勢神宮・靖国神社・世良田東照宮・久能山東照宮・鳳来山東照宮の各崇敬会に入会しています。 取得資格:普通自動車免許、2級ファイナンシャルプランニング技能士、日商簿記検定2級、秘書検定2級、神社検定参級、全経電卓検定3級、安全衛生推進者
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