神社仏閣史跡巡り

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

桐生市

桐生西宮神社 御朱印&御守り(群馬県桐生市宮本町)5

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 群馬県桐生市の中心部から北西へ少し行ったところにありました。

 最寄り駅は、JR両毛線「桐生駅」、上毛電気鉄道「西桐生駅」になります。

 神社専用駐車場は見当たりませんでした。


 こちらの神社の由緒は、次の通りです(案内板より)。
「桐生西宮神社は延喜式内上野十二社の一社美和神社の御祭神が大国主命である関係から明治三十四年十月摂津西宮神社の御分霊をいただき商業、工業、農業、交通、海運、漁業等に、霊験あらたかな蛭子大神(恵比寿様)を桐生ヶ岡公園におまつりした神社です。
 此の西宮神社を関東一社と申します理由は蛭子大神を御祭神とする神社は桐生だけで各地の恵比寿様は国土開発等に御神徳のある大国主命又事代主命をお祀りした神社であり御祭神の相違から区別されて関東一社と称せられて居ります。
 11月19日、20日の例大祭近郷近在は申すまでもなく栃木、埼玉等隣接各県から参拝者は数十万を数え桐生全市に恵比寿講の雰囲気が溢れまれに見る賑やかな大祭典となります。」


 こちらの西宮神社は、上野国延喜式内社「美和神社」の境内に勧請されました。

 11月19日に参拝してきました。例大祭(えびす講)の日になります。
 参道には出店が出ていました。
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社殿へ向かいます。
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 社号標です。関東一社の西宮神社になります。
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 社殿に着きました。
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 参拝者が多いです。

 参道途中に恵比寿様の絵がありました。
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 福々しい笑顔です。

 授与品一覧になります。
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 今年より新しい授与品が加わります。御朱印御守り800円、商売繁盛・交通安全・願掛鯛御守り各500円になります。

 御朱印はありました。御朱印代は300円になります。





神社名:桐生西宮神社
鎮座地:群馬県桐生市宮本町二丁目1‐1
祭 神:蛭子大神 天照大御神 大国主大神 須佐之男大神
社格等:延喜式内「美和神社」の境内社

常祇稲荷神社 再拝(群馬県桐生市仲町)5

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 群馬県桐生市の中心部、本町通りから少し引っ込んだ所に鎮座しています。

 最寄り駅は、JR両毛線「桐生駅」になります。駅から神社まで少々歩きます。

 細い道を行きますので、自動車で行かれる方は気をつけてください。

 神社の専用駐車場はあります。自動車は10台位は停められそうです。


 こちらの神社の由緒は、以下の通りです(由緒書きより)。
「当社の祭神は、倉稲魂命(うかのみたまのみこと)で、古くから五穀生産衣食住の守護神として知られている。
 そのはじめは、江戸時代の初期に、村松村美和神社の神主小島刑部が、今泉村に小社を建立したのによるものと伝えられている。さらに慶長十八年(1613)今泉村常木(現在地)に遷座し、稲荷明神として村民から崇敬され、後に刑部の弟小島民部が神主となった。
 正保四年(1647)九月十三日火災のため社殿が全焼し、このとき、内陣にあった幣帛が、たちまち空に舞い上がり、神木の枝に止まった。これを見た村民は、不思議に思い群集して礼拝したといわれている。民部の息子権之助がこの幣帛を下ろして仮屋に奉遷した。これ以後、当社の神徳の高いことが評判となって、参詣者が多くなり、翌慶安元年(1648)には、社殿が再建された。また正徳三年(1713)にも社殿を建替え、同五年(1715)正一位に叙せられた。
 こうして当社は、今泉村の氏神であったばかりでなく、桐生新町の町民にも崇敬され、祭礼の日には、全町神灯をかかげて祝ったということである。なお嘉永元年に、当社の神主小島氏が、江戸域内で行われた、将軍の病気平癒の祈祷に、精進したともいわれている。明治初年ふたたび火災にあい、社殿を焼失したが、翌二年再建され、今日に至った。
 さらに同四三年七月諏訪神社・八坂神社などを合祀し、大正八年四月村社となった。」


 一の鳥居です。
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 参道を進むと二の鳥居があります。
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 3月8日の旧暦初午の日に参拝しました。
 11時過ぎに訪れましたが、11時から初午祭のため社殿内に「浦安の舞」を奉納していました。神主さんに聞いたところ見学できるとのことで、拝殿内に入り舞を見ることができました。
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 参列者・見学者で玉串奉奠が行われ、見学者にはお菓子が振る舞われました。
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 美味しく頂きました。




神社名:常祇稲荷神社(つねぎいなりじんじゃ)
鎮座地:群馬県桐生市仲町三丁目16‐9
祭 神:倉稲魂命
配 神:健御名方神 伊弉冊命 迦具土命 彦狭島命 速須佐々男命 誉田別命 栲機千々姫命
社格等:旧村社

桐生雷電神社 再拝(群馬県桐生市錦町)5

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 群馬県桐生市の中心部、本町通沿いに神社は鎮座しています。

 最寄り駅は、JR両毛線「桐生駅」になります。


 こちらの神社の由緒は、次の通りです(案内板より)。
「雷電神社の由来
 雷電神社は雷除け、雨乞い、五穀豊穣の神として荒戸五ケ村が雷電山に祭る。永禄二年(一五五九)である。
 常見隠岐守が上原に移った時に屋敷神として勧請した。天和二年(一六八二)である。
 その後最勝寺(現在は錦町)が別当寺として祭祀を預かる。(最勝寺は常見隠岐守の開基と云い、神社に仕え、管理運営を行っていた。)
 亨保、元文の頃、寺と村方とで神社について紛議が起こり、一時的に村方持ちになったが元文四年(一七三九)上野東叡山から下書を賜って最勝寺が別当となり明治維新まで継続した。
 明治時代より雷電神社はその所在地の鎮守様として、周辺の崇敬者を氏子として祭祀管理運営されて、春秋二回の祭礼が
行われてきた。
 太平洋戦争時は大3区区民が氏子となり、昭和五十九年に老朽化した本殿、大鳥居等改修し現在にいたる。
 祭神 火雷神」


 通り沿いに大きな鳥居があります。
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 境内には大きな桜の木があります。「染井吉野」ではなく「大島桜」だそうです。春先には桜が綺麗に咲きますので、その頃の参拝をお薦めします。

 二の鳥居になります。
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 社殿になります。
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 境内社になります。
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 以前は御朱印は無かったのですが、できたとのことなので頂きました。御朱印代は300円でした。
 ステッカーを頂けました。
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 無料です。

 由緒書きはあります。

 雷除けの御守りがありました。
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 一体300円でありました。





神社名:桐生雷電神社
鎮座地:群馬県桐生市錦町一丁目3‐6
祭 神:火雷神

諏訪山観音院 関東八十八ヶ所(群馬県桐生市)5

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 群馬県桐生市にある「諏訪山 観音院」に参拝してきました。真言宗豊山派に属するお寺になります。

 桐生市の東部、桐生タイムスという新聞社の少し北側にありました。
 お寺の西側には「諏訪機神社」が鎮座しています。

 最寄り駅は、JR両毛線「桐生駅」、上毛電気鉄道「西桐生駅」になります。徒歩ではかなりかかりそうです。近くまでバスが来ているかもしれません。

 駐車場は、道路を挟んで反対側と境内の東側にありました。自動車は、数十台位は停められそうです。


 上毛新聞社刊‘ぐんまのお寺 真言宗機任砲茲襪藩浬錣蓮以下の通りです(一部を抜粋)。
「当寺の開創は文書・記録が失われていて確実なことはわからない。しかし、江戸時代中ごろの郷土史家高橋五右衛門守行によって著された『今泉古事談』によると、正保元年(1644)養甚という道心が岩崎彦右衛門の庵に移り住んだのを始まりとする。承応元年(1652)小俣村(足利市)威徳院の弟子、秀賀という僧が来住、庵を今の観音堂の廟所に移し観音院と呼んだ。その後、寛文二年(1662)に現在地諏訪の森に移した。」


 日限地蔵尊として知られているお寺です。お地蔵さまは地蔵堂に祀られています。
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 本堂には聖観音が祀られています。
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 関東八十八ヶ所・上州三十三観音霊場・上州新四国八十八ヶ所の各札所本尊になります。

 大通りから外れているので境内はとても静かです。

 本堂左後方には、寺樹という欅(けやき)の木がありました。
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 木の下には石造不動明王立像がありました。神社で言うところの御神木に相当する木だと思われます。

 御朱印は、地蔵堂に併設されている御朱印受付にて頂きました。御朱印代は300円でした。

 各種御守りはありました。





寺院名:諏訪山 能満寺 観音院
所在地:群馬県桐生市東二丁目13‐18
宗 派:真言宗豊山派
本 尊:聖観世音菩薩
札所等:関東八十八ヶ所 十番札所
    上州三十三観音霊場 五番札所
    上州新四国八十八ヶ所 四十八番札所
御詠歌:諸人の 願いをしかと 能満の 深き誓いに 絶えぬ香煙

桐生天満宮 御神札(群馬県桐生市天神町)5

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 桐生市の中心部から少し北に行ったところに神社は鎮座していました。桐生市の中心部を南北に走る「本町通り」を来たに行くと鳥居が見えてきます。

 最寄り駅は、JR両毛線「桐生駅」、もしくは上毛電気鉄道「西桐生駅」になります。徒歩では数十分位はかかりそうです。
 東武桐生線「新桐生駅」からだと徒歩ではかなりかかります。

 駐車場は鳥居の左を入り、参道右側に停められます。


 こちらの神社の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「桐生市天神町の旧県社。祭神は天穂日命・菅原道真。例祭は4月25日、10月25日。式年大祭には各町から出す動力で操る人形踊りがある。
 景行天皇の御代、上毛野君御諸別(かみつけぬのきみみもろわけの)王が当地の国造となり土師部に命じて磯部の岡に天穂日命を祀らせたという。国内神名帳に従四位磯部明神とある。
 桐生氏の藤原国綱が現在地に遷し、桐生家に縁ある北野天満宮を勧請・合祀し桐生天満宮と称した。
 桐生領内五四か村の鎮守となる。」

 また、東京堂出版刊「神社辞典」によると次の通りで。
「群馬県桐生市天神町。旧県社。天穂日命・菅原道真を祀る。
 観応年間に桐生家の崇敬によって、北野から同社に道真を配祀した。
 歴代徳川家の祈願所となる。」


 年が明けましたので、「初詣」に来ました。やはり、参拝者は多いです。

 こちらが鳥居になります。

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 参道途中の二の鳥居になります。
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 茅の輪がありましたので、作法通りくぐらせて頂きました。

 神門になります。
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 神門前には、「撫で牛」がいらっしゃいました。
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 なでなで😄

 社殿になります。
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 通常は御守り・御神札・御朱印は参道途中の「宮司宅」にて頂けますが、参拝した日は、社殿手前の左側にある「授与所」は開いていました。
 今回は。桐生天満宮の御神札を頂きました。一体800円になります。
 その他に開運招福・厄除・交通安全・安産等の各種御守り(初穂料:750円)や各種御札(初穂料:1,500円〜)がありました。

 厄除、方位除、合格祈願、商売繁昌、開運招福、家内安全等の祈祷祈願は、受け付けているようです。ご希望の方は神社までお問い合わせください。




神社名:桐生天満宮
鎮座地:群馬県桐生市天神町一丁目2‐1
祭 神:天穂日命 菅原道真 祓戸四柱
社格等:旧県社
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