群馬県太田市の西部、旧新田町にお寺はありました。
曹洞宗のお寺になります。

自動車は、お寺の東側にある公民館に数台は停められそうです。
境内にも数台は停められそうです。

山門です。
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質素な門になります。

山門脇には、地蔵菩薩像がありました。
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山門をくぐり、参道には、両脇に五十体の観音様がいらっしゃいました。
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「新田百観音」と呼ばれているそうです。
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参道を進んだ先には、楼門もありました。
三重の塔風に作られた、鉄造のものです。
これは、何とも不思議な塔といった感じです。

境内の周辺には、塀もなく、何だか広く感じます。

こちらのお寺の開基は、下総古河城主足利成氏。
開山は、東昌寺三世覚翁能正。
中興開基は、太田金山城主の由良成繁の家臣である小金井四郎左衛門尉治繁になります。

こちらのお寺は、東上州新田秩父三十四観音霊場の七番札所になります。
元の札所は浄蓮院というお寺でしたが、明治の初期に廃寺となり、こちらのお寺に合併されました。
しかし、どの観音様を祀ってあったのかは分からなくなってしまったそうです。続きを読む