神社仏閣史跡巡り

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

村社

目の神社(行田八幡神社境内社)5

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 埼玉県行田市の忍城趾の東へ行った所に神社は鎮座していました。

 最寄り駅は、秩父鉄道「行田市駅」になります。

 駐車場は、参集殿の前と第二駐車場が利用できます。自動車は10台以上は停められそうです。


 こちらの神社の由緒は、次の通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』より)。
「埼玉県行田市行田に鎮座。祭神は品陀別命・息長足姫命・大物主命・素盞嗚尊・市杵島姫命ほか二柱。虫封じの信仰がある。例祭は9月15日。
 源頼義・義家親子が奥州征討にあたり、戦勝祈願として八幡神社を勧請したと伝える。天文年間(1532〜1555)に佐間村田中から行田に遷された。忍城主成田下総守氏長の崇敬により城下の総鎮守となる。」


 鳥居になります。
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 西向きに社殿は建っています。
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 忍城を守護するためかと思われます。
 癌封じや虫封じ、病気平癒のご利益があるそうです。

 境内社になります。
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 なで桃だそうです。
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 御朱印は、境内社の「目の神社(めのかみしゃ)」を頂きました。御朱印代は300円でした。

 御守りや御神札といった授与品はありました。もちろん「目の神社」の御守りはありました。眼病平癒のご利益のようです。

 近くには「風が語りかけます。旨い!旨すぎる!」の十万石饅頭本店がありました。




神社名:行田八幡神社
鎮座地:埼玉県行田市行田16‐23
祭 神:誉田別尊 気長足姫尊 比売大神 大物主神 神素盞鳴尊
社格等:旧村社 行田総鎮守
札所等:忍城下七福神 大黒天

常祇稲荷神社 再拝(群馬県桐生市仲町)5

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 群馬県桐生市の中心部、本町通りから少し引っ込んだ所に鎮座しています。

 最寄り駅は、JR両毛線「桐生駅」になります。駅から神社まで少々歩きます。

 細い道を行きますので、自動車で行かれる方は気をつけてください。

 神社の専用駐車場はあります。自動車は10台位は停められそうです。


 こちらの神社の由緒は、以下の通りです(由緒書きより)。
「当社の祭神は、倉稲魂命(うかのみたまのみこと)で、古くから五穀生産衣食住の守護神として知られている。
 そのはじめは、江戸時代の初期に、村松村美和神社の神主小島刑部が、今泉村に小社を建立したのによるものと伝えられている。さらに慶長十八年(1613)今泉村常木(現在地)に遷座し、稲荷明神として村民から崇敬され、後に刑部の弟小島民部が神主となった。
 正保四年(1647)九月十三日火災のため社殿が全焼し、このとき、内陣にあった幣帛が、たちまち空に舞い上がり、神木の枝に止まった。これを見た村民は、不思議に思い群集して礼拝したといわれている。民部の息子権之助がこの幣帛を下ろして仮屋に奉遷した。これ以後、当社の神徳の高いことが評判となって、参詣者が多くなり、翌慶安元年(1648)には、社殿が再建された。また正徳三年(1713)にも社殿を建替え、同五年(1715)正一位に叙せられた。
 こうして当社は、今泉村の氏神であったばかりでなく、桐生新町の町民にも崇敬され、祭礼の日には、全町神灯をかかげて祝ったということである。なお嘉永元年に、当社の神主小島氏が、江戸域内で行われた、将軍の病気平癒の祈祷に、精進したともいわれている。明治初年ふたたび火災にあい、社殿を焼失したが、翌二年再建され、今日に至った。
 さらに同四三年七月諏訪神社・八坂神社などを合祀し、大正八年四月村社となった。」


 一の鳥居です。
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 参道を進むと二の鳥居があります。
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 3月8日の旧暦初午の日に参拝しました。
 11時過ぎに訪れましたが、11時から初午祭のため社殿内に「浦安の舞」を奉納していました。神主さんに聞いたところ見学できるとのことで、拝殿内に入り舞を見ることができました。
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 参列者・見学者で玉串奉奠が行われ、見学者にはお菓子が振る舞われました。
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 美味しく頂きました。




神社名:常祇稲荷神社(つねぎいなりじんじゃ)
鎮座地:群馬県桐生市仲町三丁目16‐9
祭 神:倉稲魂命
配 神:健御名方神 伊弉冊命 迦具土命 彦狭島命 速須佐々男命 誉田別命 栲機千々姫命
社格等:旧村社

緑町八雲神社 渡良瀬橋に出てくる神社 再拝(栃木県足利市緑町)4

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 八雲神社自体は、足利市内に複数鎮座してます。こちらの神社はその中の一社になり、足利総鎮守になります。

 「足利公園」の隣に鎮座してます。

 最寄り駅は、JR両毛線「足利駅」になります。徒歩では、少々かかりそうです。

 神社の専用駐車場は無いようです。隣の足利公園の駐車場を利用した方が良いかもしれません。自動車は、十台以上は停められそうです。


 こちらの神社の由緒は、次の通りです。
「佐野唐沢山城主、下野守藤原村雄(秀郷の父)が夢のお告げにより、貞観年間(859〜876)に創建したと伝えられています。
 また『栃木県神社誌』によれば、清和天皇の貞観11年(869)、右大臣藤原基経が、当緑町に上社、5丁目に下社を勅願所として創建したといわれています。
 平将門の乱に平定祈願成就により、足利、梁田両郡の総鎮守となり、牛頭天王と呼ばれ広く崇敬を集め、朝廷や国府からの参拝も行われたと伝えられます。
 境内に宝憧寺や本町薬師もあったようです。」


 森高千里の歌った歌「渡良瀬橋」に出てくる八雲神社になります。

 鳥居になります。
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 入ると、左側にある手水舎がありました。
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 手と口をすすいで、参拝です。

 数年前に社殿が焼失してしまい、伊勢神宮の「月読尊荒御魂社」の社殿を譲り受けました。
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 1月29日現在は、本殿は完成してますが、拝殿は建設途中になります。

 しばらく御朱印は頂いていなかったので、久しぶりに頂きました。境内の北側にある宮司さん宅にて頂けます。御朱印代は、300円でした。

 御守り、絵馬、御神籤等の授与品はありました。




神社名:緑町八雲神社
鎮座地:栃木県足利市緑町一丁目3281番地
祭 神:素戔嗚男命
配 祀:櫛稲田媛命 大己貴命 少彦名命 火迦具土命
社格等:旧村社 足利総鎮守

産泰神社 再拝(群馬県前橋市下大屋町)5

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 群馬県前橋市の東、長閑な田園地帯の中に神社は鎮座していました。

 駐車場は、参道沿いの左にありました。自動車は、100台くらいは停められそうです。


 こちらの神社の由緒は、次の通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「群馬県前橋市下大屋町の安産守護の神社。祭神は木花佐久夜毘売命。別名大胡(または荒砥)の産泰様。
 前橋藩主酒井氏の尊崇を得たとされ、信仰圏は県下ほか埼玉・東京にも及ぶ。安産後はお礼に底抜け柄杓を奉納する。」

 また、案内板によると次の通りです。
「この神社の創建は、社伝によれば履中元年とされているが定かでない。しかし、社殿背後に壘々としている巨石群から、神社信仰の初現形態の一つである巨石崇拝にその起源があるとみられ、歴史の古さがしのばれる。
 安産を祈る者が、軽くヌケル(生れる)ようにと底を抜いたヒシャクを奉納するようになったのは、江戸時代以降のことで、前橋、伊勢崎などをはじめ県下一円の人々から、安産の神として篤い信仰を受けた。特に、前橋藩主酒井雅楽頭は、社殿の造営をするなどその信仰著しいものがあった。
 酒井氏の造営になった社殿は、多くの彫刻で飾られ、内部格天井には、酒井抱一が描いたとされる極彩色の花鳥図もある。数ある社宝のうち八稜鏡は、平安時代のもので、前橋市の重要文化財に指定されている
 また、四月十八日例祭の際に奉納される太々神楽も前橋市の重要無形文化財に指定されている。」


 1月28日に参拝してきました。

 鳥居&神門になります。
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 今年の厄年と方位除の方々です。
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 必要な方は、事前にお問い合わせをした方が宜しいかもしれません。
 
 安産子育てにご利益で知られています。
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 必要な方は、事前にお問い合わせください。

 境内には、お宮参りの家族や参詣者、祈祷を受ける方などで参拝される方々がいらっしゃいました。
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 その中に御神籤を引いて、大吉の方がいらっしゃいました。

 境内の左奥には、琴平神社や日枝神社等の境内社が鎮座していました。境内社にも参拝される方もいらっしゃいました。

 熊手がありました。
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 かわいらしい戌です。
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 しばらく御朱印を頂いていなかったので、久しぶりに頂きました。以前は、中心に「産泰神社」と墨書きがありましたが、今はありません。その代わりに「木花佐久夜毘売命」と「安産子育 産泰神社」という印が加わりました。
 
 御神札や各種御守り(各1,000円)がありました。

 由緒書きはありました。





神社名:産泰神社
鎮座地:群馬県前橋市下大屋町597番地
祭 神:木花佐久夜毘売命
社格等:旧村社

愛宕神社(東京都港区愛宕)5

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 東京都港区にある愛宕山に鎮座する神社になります。

 最寄り駅は、東京メトロ日比谷線「神谷町駅」、東京メトロ銀座線「虎ノ門駅」、都営三田線「御成門駅」になります。
 私は日比谷線虎ノ門駅から行きました。


 こちらの神社の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「【愛宕神社(あたごじんじゃ)】
 港区愛宕町に鎮座。罔象女命・大山祇命・日本武尊。例祭は9月23日・24日。神輿渡御は八十六段の石段を上下する。1月3日には毘沙門の使強飯式がある。
 慶長八年(1603)に石川六郎左衛門が造営奉行となり建立した。府内の防火の守護神として尊崇があった。
 かつては山頂からの眺望は絶景であったか、現在は高層ビル群となる。」


 愛宕山に鎮座する神社になります。23区内で一番高い山だそうです。
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 参道には銀杏があり、紅葉してます。とても綺麗でした。
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 しかし、石段は急で怖かったです。
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 石段を上がっていきます。
 この石段は、江戸時代に徳川家光の命で曲垣平九郎が馬にまたがり、行き来をしたといわれています。「出世の石段」と言われています。


 登りきり、振り返るとこんな感じでした。
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 ((((;゜Д゜))) コワイコワイ!

 境内に入り、右側には弁天社が鎮座していました。
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 弁財天と習合した「市杵島姫命」が祀られています。いわゆる宗像三神の中の一神になります。

 手水舎になります。
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 手と口を漱いで、参拝になります。

 神門になります。
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 一礼をしてくぐりました。

 くぐると、正面には拝殿がありました。
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 平日ですが、参拝される方々がいらっしゃいました。信仰が偲ばれます。

 社殿に掲げられていた社号額になります。
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 境内には、太郎坊神社、福寿稲荷神社、恵比寿大黒社が鎮座していました。
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 また、境内は庭園風になり、木々が紅葉していました。
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 池もあり、雰囲気はとても良いです。写真を撮っている方もいらっしゃいました。

 江戸時代に曲垣平九郎が三代将軍徳川家光公に献上したと言われる梅の木になります。
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 梅の咲く時期に参拝したくなりました。少し早かったです。

 「招き石」がありました。
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 撫でると福が身に付くと言われています。私もせっかけなので、念入りに撫で撫でいたしました。

 御朱印は、境内の右側にある授与所で頂けました。御朱印代は、300円です。
 御神籤や御守り、御神札といった授与品はありました。

 由緒書きを頂くのを忘れてしまいました。またの参拝の時に頂いてこようと思います。




神社名:愛宕神社
鎮座地:東京都港区愛宕一丁目5‐3
祭 神:火産霊命
配 祀:罔象女命 大山祇命 日本武尊 将軍地蔵菩薩 普賢大菩薩
社格等:旧村社
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