まほろば御朱印紀行

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

摩利支天

摩利支天徳大寺 御朱印&摩利支天の御守り(東京都台東区上野四丁目)5

KIMG2736

 久しぶりの参拝です。


こちらの寺院の由緒は、次の通りです(東京堂出版『古寺名刹大辞典』による)。
「東京都台東区上野4‐6‐2。妙宣山と号し、上野の摩利支天として知られている。日蓮宗。
 国電山手線御徒町駅構内より二階建ての本堂を眺めることができる。当寺はアメ屋横丁の商店街が立ち並ぶ真ん中にあり、いかにも庶民の信仰に支えられた寺の風情がある。
 開山は慈光院日遣で、十七世紀前半のことと推定される。
 本尊の開運大摩利支天尊は厄除・商売繁昌・開運に霊験ありとされており古くから遠近の信者を集めている。江戸時代には正月の三ヶ日はを将軍家の賀と定め、一般信者は四日から許されたほどであった。
 摩利支天の原語は陽炎・威光を意味し、つねに太陽に即していることから仏法守護の神の顕現であるとされた。日蓮も『摩利支天法華経を持ちて一切衆生を助け給ふ』という。摩利支天尊像は伝聖徳太子作とされ、京都本法寺の、日達が関東下向の際に将来したものである。
 毎月亥の日を縁日とし、正月・五月・九月・十一月の大祭には黄金になぞられた黄色の飯に厄除の黒豆を添えて信者に配る。これは徳大寺開創以来の行事であり、これを食べると厄除のみならず、無病息災・家運隆昇の功徳があるという。
 本尊十界互具の曼荼羅は日親の筆。
 また都内では数少ない祈祷寺院でもある。」


 アメ横沿いにお寺はありました。
KIMG2703
 日蓮上人像がありました。
KIMG2705

 摩利支天の描かれた御守りを一体頂きました。お布施は500円になります。
KIMG2716
KIMG2717

 御朱印も頂きました。御朱印代は、500円になります。



寺院名:妙宣山 徳大寺
所在地:東京都台東区上野四丁目6‐2
宗 派:日蓮宗
本 尊:大曼陀羅 摩利支天
通 称:下谷摩利支天

妙宣山 徳大寺(東京都台東区上野四丁目)5

image

 東京都台東区のアメ横の途中にある妙宣山徳大寺に参拝してきました。
 「上野広小路」の交差点からすぐ近いところにありました。

 最寄り駅は、JR山手線「御徒町駅」、東京メトロ銀座線「上野広小路駅」になります。
 徒歩では、さほどかかりません。

 駐車場は見当たりませんでした。
 自動車で行かれる方は、周辺の有料駐車場を利用してください。


 こちらの寺院の由緒は、次の通りです(東京堂出版『古寺名刹大辞典』による)。
「東京都台東区上野4‐6‐2。妙宣山と号し、上野の摩利支天として知られている。日蓮宗。
 国電山手線御徒町駅構内より二階建ての本堂を眺めることができる。当寺はアメ屋横丁の商店街が立ち並ぶ真ん中にあり、いかにも庶民の信仰に支えられた寺の風情がある。
 開山は慈光院日遣で、十七世紀前半のことと推定される。
 本尊の開運大摩利支天尊は厄除・商売繁昌・開運に霊験ありとされており古くから遠近の信者を集めている。江戸時代には正月の三ヶ日はを将軍家の賀と定め、一般信者は四日から許されたほどであった。
 摩利支天の原語は陽炎・威光を意味し、つねに太陽に即していることから仏法守護の神の顕現であるとされた。日蓮も『摩利支天法華経を持ちて一切衆生を助け給ふ』という。
 摩利支天尊像は伝聖徳太子作とされ、京都本法寺の、日達が関東下向の際に将来したものである。
 毎月亥の日を縁日とし、正月・五月・九月・十一月の大祭には黄金になぞられた黄色の飯に厄除の黒豆を添えて信者に配る。これは徳大寺開創以来の行事であり、これを食べると厄除のみならず、無病息災・家運隆昇の功徳があるという。
 本尊十界互具の曼荼羅は日親の筆。
 また都内では数少ない祈祷寺院でもある。」


 アメ横にある有名なお寺ですが、前を素通りされる方々ばかりで…
 そばには、「ニキニキニキニキ 二木の菓子〜♪」で有名な二木の菓子があります。こぶ平改め正蔵を思い出してしまいました。

 入り口になります。
image

 境内は、とても狭かったです。
 その中に日蓮上人像や地蔵菩薩、七面大明神のお堂がありました。

日蓮上人像
image

七面大明神
image

地蔵菩薩像
image

 本堂には「威光殿」と書かれた扁額が掲げられています。「威光」は摩利支天の原語の意味であるそうです。
image

 戦後、内閣総理大臣を務めた「吉田茂」の揮毫による額だそうです。力強い字です。

本堂です。
image

 堂内に入り、お参りできます。

 摩利支天の御御影、御札、お守り等の授与品はいろいろありました。
image

image

image

 必要な方はどうぞ頂いてください。

 御朱印は、本堂内の授与所で頂けました。
 通常は「摩利支天」の御朱印になりますが、以前頂いたので今回は「御首題」の御朱印を頂きました。御朱印帳には他の宗派も混じってしまっていますのでてっきり「妙法」と墨書きをされるのかと思いきや、「髭題目」のものでした。
 御朱印代は、300円です。




寺院名:妙宣山 徳大寺
所在地:東京都台東区上野四丁目6‐2
宗 派:日蓮宗
本 尊:大曼陀羅 摩利支天
通 称:下谷摩利支天

徳大寺(東京都台東区)5

9a2ba101.jpg

『上野広小路』の近く、アメ横商店街沿いにある『摩利支天徳大寺』に参拝してきました。

最寄り駅は、JR山手線『御徒町駅』、もしくは東京メトロ銀座線『上野広小路駅』になります。
また、JR山手線・東京メトロ銀座線『上野駅』、東京メトロ日比谷線『仲御徒町駅』からも遠くはありません。

駐車場は、見当たりませんでした。周辺には、有料駐車場があるかもしれません。

上野アメ横商店街沿い、『ニキニキニキニキ二木の菓子〜♪』で有名な『二木の菓子』のお店の前にお寺はありました。隣は、二木ゴルフです。


こちらのお寺の由緒は、次の通りです。
「当山は妙宣山徳大寺と称し,今を去る凡そ六百年前,慈光院日遺上人により創立せられ、開運大摩利支尊天を勧請し奉る。当時此の地一帯を広く、忍ぶが岡と称せしが以後全國より絶えざる善男善女の参詣により俄然活況を呈し、上野の地名を生むに至る。
そもそも摩利支天とは「陽炎」或いは「威光」と訳され、大自在神通の力ましまして、常に日天に先んじて進み、昼夜行住の別なく光を放ち、参詣祈願の面々に「気力、体力、財力」を与え『厄を除き、福を招き、運を開く』福寿吉祥開運守護を誓い給し、諸天善神中最も霊験顕著なる守護神と伝われる。
去れば日蓮聖人某に与え給う書に『この日蓮首題の五字を汝に授く。摩利支天法華経を持ちて一切衆生を助け給う云々』と尊天の護りの堅き証明し給えり。
又宗門史上著名なる日親上人、全国の弘通に当り摩利支天王を守護神として奉持せり。
げに数千年の久しきに亘り印度中國、我國に於いて招福得幸開運の益速やかなる霊験に依って、あまねく庶民の間に信敬せられ給いしものなり。
当山奉祀の尊天は、聖徳太子の御親作と伝えられ、頭髪上空に飛揚し、右手に利剣を掲げ、左手を開いて前方に捧げ、走猪の上に立たせ給う。是れ正しく諸難をしりぞけ、開運吉祥福寿無量を与え給う守護神であり、巨益霊験を施し給うこと枚挙にいとまなし。
これ即ち下谷摩利支天徳大寺の名四方に高き所以なり。」


さて、本堂で参拝。
85fc3177.jpg

こちらの本堂は、山手線に乗っていると見れます。

境内は、かなり狭かったです。

御朱印は、本堂の右側にある『授与所』で頂けました。御朱印代は、300円でした。
由緒書きはありました。
御守り・御札・摩利支天の御御影などの授与品がありました。
汎用の御朱印帳が800円で置いてありました。大きさは、『縦16cm×横11cm』のでした。

やはりアメ横商店街沿いにお寺はあるので、買い物ができます。

何だか見ているだけで、お腹が一杯
上野広小路の『松坂屋』もありますので、真夏や真冬は中に入ってのショッピングもいいかもしれませんね。
やはり、アメ横は人出がすごい・・・

商店街には、徳大寺の鐘が鳴り響いていました。

ゴ〜ン〜

(´人`)



寺院データ
寺院名:妙宣山 徳大寺
住 所:東京都台東区上野四丁目6‐2
宗 派:日蓮宗
本 尊:摩利支天
通 称:下谷摩利支天  摩利支天山徳大寺

香林火雷神社(群馬県伊勢崎市)3

群馬県伊勢崎市にある「香林火雷神社」に参拝してきました。
旧村社になります。

群馬県伊勢崎市の北部、旧赤堀町にありました。
国道50号線「西久保町」という交差点を少し北上した所にありました。

駐車場は見当たりませんでした。
自動車は、境内の左側にある公民館?兼社務所の前に停められそうです。

最寄の駅は、JR両毛線「国定駅」になります。
徒歩では、かなりかかりそうです。


こちらの神社の由緒は、以下の通りです。
「この地(群馬県)は地形上から山と雷に対する風格化が多い。
大雷、火雷神社等に雷の通り道というのがあって、その道筋に神社を建てて、その怒りを鎮めようとした。
神社は政治と祭り事と称した様に、人間と切っても切り離せない生活の中の同居人であった。
雷は災害も、もたらすが、雨を伴う恵みの雨は作物の生育を助け、農耕民族にとって不可欠なものでありました。
創建年代は不詳なれども古老の傳える所によれば、今から七○○年前頃、この地に鎮守の杜があり、室町時代より続く境野家(土手屋敷)の氏神として「太郎宮」が建立されました。
その後領主上野介景秀公神明の尊崇厚く神殿を修理し、奉幣の儀を行う後、累世崇敬せられしも、何時、郷民の持ちとなりました。
以後、郷民の手により守られ祭祀が絶えることなく行われて来ました。
現在の拝殿は元禄時代(1690年頃)に、本殿は宝暦八年(1758)に再建された建物である。
明治十二年、火雷神社と改称し村社に列す。
明治四十二年大字天神久保に祭祀してあった菅原神社、稲荷神社と火雷神社に祭祀してある八幡神社、春日神社、山神社、樺神社、鹿島神社、菅原神社、秋葉神社、八郎神社、神明神社を合祀して今日に至る。
大正三年四月十五日、神饌幣帛料供進神社に指定される。」


こちらが鳥居になります。
ab15eadb.jpg

道路沿いにありました。
T字路の所にあるので、ミラーが何だか邪魔な感じがしますが、仕方ありません。

こちらが社号標になります。
57670a57.jpg

村社になります。

鳥居を入ると、両サイドには狛犬がいらっしゃいました。
35f3cd44.jpg

359c83ed.jpg

いかつい顔をしています。

参道を進むと、正面には社殿がありました。
b84a370d.jpg

祭神は、火産霊命になります。

(´人`)

境内の左側には椎ノ木がありました。
d9296629.jpg

御神木という位置付けだと思われます。
傍らには、小さな立て看板がありました。
a48f3d6c.jpg

「まず頼む 椎ノ木もあり 夏木立」と詠まれた松尾芭蕉の句が書かれていました。
何か所縁があるのでしょうか?

摩利支天が祀られているお社がありました。
4dd9f8c1.jpg

由緒は、以下の通りです。
「開運の神、摩利支天尊は、元は火雷神社の裏にあったが、勝負に負けず嫌いの強い神として信仰され、参拝者が多いので、火雷神社境内の西方、社前の現在地へ遷した。
昔、柔道の先生高柳伝四郎氏は東京へ試合に行く時、丑の刻参りを行ったと伝えられる。
現在では進学、就学、選挙、又は勝負に関する事が非常に多彩なので、特に参拝者が多く、願が成就した時は木の木刀を作って御礼参りに行くのである。
現在でも年中新しい木の木刀が奉納してある。
摩利支天は梵名マリーチの音訳で訳すと、威光とか陽焔となるこれは陽炎の事を考えればよい。かげろうの神格化されたもので、日天の前にいつも疾走して阿修羅の軍を調伏する神とされている。」

何だか神仏習合的な感じがします。
何故、お寺に合祀されなかったのだろうか?続きを読む
読者登録
LINE読者登録QRコード
記事検索
最新記事
月別アーカイブ
最新コメント
「最新トラックバック」は提供を終了しました。
「Amazonライブリンク」は提供を終了しました。
livedoor プロフィール

まほろば

まほろばと申します。

「社寺参詣道 代表師範」になります。

社寺巡りや散歩を趣味にしています!
リンクやトラックバックはご自由に。ただしアダルト系は困ります。
コメントもしていただくと嬉しいです。

いろんな情報もコメントしてください。

QRコード
QRコード
LINE読者登録QRコード
LINE読者登録QRコード
カテゴリ別アーカイブ
Twitter プロフィール
日本のまほろばを探して社寺を参詣してます。社寺参詣道代表師範&御朱印ブロガーです。伊勢神宮・靖国神社・世良田東照宮・久能山東照宮・鳳来山東照宮の各崇敬会に入会しています。 取得資格:普通自動車免許、2級ファイナンシャルプランニング技能士、日商簿記検定2級、秘書検定2級、神社検定参級、全経電卓検定3級、安全衛生推進者
メッセージ
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

「J-CASTニュース」は提供を終了しました。
livedoor 天気
  • ライブドアブログ