まほろば御朱印紀行

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

授与品

二宮赤城神社 御朱印&交通安全ステッカー(群馬県前橋市二宮町)5

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 群馬県前橋市二宮町に鎮座する神社。

 最寄り駅は、JR両毛線「駒形駅」になります。徒歩では・・・


 こちらの神社の由緒は、次の通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「群馬県前橋市二之宮町の旧郷社。祭神は大国主命。例祭は4月15日。春・秋の神幸祭、7月31日の夏越祓(茅輪くぐり)がある。
 垂仁天皇の御代に創祀されたと伝える。後冷泉天皇の勅願所となる。源頼朝が崇敬し社領一百石を寄進し社殿を造営した。永禄年間(1558〜1570)に烏有に帰した。大胡城主の歴代が崇敬し、安政二年(1855)に正一位を受ける。」

 また、臨川書店「神道大辞典(縮刷版)」によると次の通りです。
「群馬県勢多郡荒砥村大字二ノ宮に鎮座。郷社。大穴牟遅神・彦狭島命・天津日大御神・級津彦姫命を主神とし、少彦名命外十四神を配祀す。
 『国内神名帳』所載『正五位上赤城若子明神』を本社に充つる説あるも詳かでない。
 古来武門の尊敬が篤かったという。
 例祭日、4月15日。」


 鳥居
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 参道を進むと神代橋。
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 渡ると神門です。
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 手水舎。
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 社殿になります。
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 こちらの神社は、上毛三山の「赤城山」をご神体とする「山岳信仰」の神社になります。社殿の北側には赤城山がそびえていると思います。
 赤城神社は、延喜式内社で上野国二宮の論社となっている。その有力三社(大洞赤城神社、三夜沢赤城神社、二宮赤城神社)のうち、この二宮赤城神社は「里宮」ではないかと言われています。因みに大洞赤城神社は山宮、三夜沢赤城神社は本宮ではないと言われています。
 境内の由緒が書かれている案内板によると、東京都の牛込に鎮座する神楽坂赤城神社は、こちらの神社からの勧請だそうだ。因みに神楽坂赤城神社の祭神は「岩筒雄命、赤城姫命」のニ柱が祀られている。

 時期が時期だけに七五三の祈祷、お宮参り等の祈祷はしていただけると思われる。勿論厄除、交通安全、商売繁盛もだ。

 境内。
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 朝晩は寒くなりましたが、日中はまだ暖かいので参拝しやすいです。
 参道や境内には杉があるが、春先は花粉症の人は困るかもしれない(´・ω・`) 

 神門をくぐり、左側にある授与所にて「交通安全ステッカー(初穂料300円)」を頂きました。この授与品の説明文がついてありました。
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「【陸上海上航空 交通安全祈願ステッカー】
●ステッカーの貼り方
この交通安全のステッカーは裏紙の切り口よりはがし、油気をよくふきとってから車の後部にお貼りください。又は、玄関等に貼ってください。

●交通安全の守護札として
あなたのご身体・お車・お家・お船等の安全をお守りしますが、尚一層の安全運転に心がけて下さい。
 (注)尚、年に2、3回たびかさね祈念し、新しく貼り替えますと御身を導き尚一層厄災をまぬがれます。」

 御朱印は、授与所で頂きました。御朱印代は「お気持ちで」だそうです。由緒書きは頂けます。




神社名:二宮赤城神社
鎮座地:群馬県前橋市二之宮町886番地
祭 神:大己貴命 豊城入彦命 他十五柱
相 殿:大山祇命 他八柱
社格等:延喜式内社(明神大社)  旧郷社 上野国二宮

大洞赤城神社 オリジナル御朱印帳&殿方御守り(群馬県前橋市富士見町)5

 群馬県前橋市にある赤城山の大沼に鎮座する大洞赤城神社に11月2日に参拝する。
 場所が場所だけにだいぶ寒い。12時頃の参拝だが気温は12℃しかない。しかし、紅葉の時期だけに参拝者は多いが大沼付近は紅葉は終わりに向かっている感じ。

 手水舎
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 社殿
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 賽銭箱前には参拝者が列を作っていた。待っている間にも参拝者の列が増えていった。

 参拝をし、境内の右側にある授与所にて「オリジナル御朱印帳」と「殿方御守り」を頂く。

●オリジナル御朱印帳(初穂料1,700円、御朱印代別)
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 袋には、御朱印のいわれや御朱印帳の扱いについて記載がありました。
 「『印』は古来より神聖視され、大切に扱われてきました。
 御朱印は、かつて神仏に御経を奉納した証しに記帳を受けそれが現在のように変化したものとされています。そのため、神札に準ずる尊い証でもあります。普段は神棚や神聖な場所にお納めください。特に、この御朱印帳は、皆様の道中安全と足腰健康が祈願されています。」

 十二単?を着た「赤城姫」が描かれている。赤で鮮やかだ。
 参拝が多く、御朱印の対応に苦慮しているのか、現在は「印刷の御朱印」の対応をしている。以前は墨書きをしていただけたのだが、残念である。今回は御朱印は頂いていない。
 この他に季節の御朱印帳(初穂料2,000円)、社殿が描かれた御朱印帳(二種類、初穂料1,700円)があった。いずれもオリジナルである。
 大きさは「横12僉濬18僉廖∋羲舛鷲當未任△襦

 裏面には道中安全と足腰健康が祈願されており、神璽め押されています。
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 何だかありがたい感じがします。

●殿方御守り(初穂料1,000円)
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 袋には殿方御守りの説明が書かれていた。記載する。
「赤城山は、古く、神住む山として崇められ、主祭神『赤城大明神』の御神威は全国に広がり、朝廷、幕府の尊崇も深厚でした。江戸時代、前橋藩主・酒井雅樂頭は徳川家康公を相殿にお祀りし、以来、文武の神様として信仰され、多くの武道が奉納されてまいりました。この御守りは、日本の心を伝え、男性方を譲り導きくださいますように特別に御祈願されています。」

 この殿方御守りは、男性専用の授与品となる。「白・黄・黒」の三種類があった。
 「姫御守り」もあり、そちらは女性専用のとなっており、殿方御守り同様に数種類あった。


 冬時は、スタッドレスタイヤでないと上がれないと思いますので、この時期に訪れました。






神社名:大洞赤城神社
鎮座地:群馬県前橋市富士見町赤城山4‐2
祭 神:赤城大明神 大国主神 磐筒男神 磐筒女神 経津主神
相 殿:徳川家康公 大山咋神
社格等:旧郷社 延喜式内社 上野国二宮
札所等:全国東照宮めぐり
    上野国十二社巡拝

出流観音満願寺 御詠歌の御朱印(栃木県栃木市出流町)5

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 栃木県栃木市にある寺院になります。

  最寄りのバス停は、栃木駅北口より寺尾線(出流観音行き)に乗車、終点「出流観音」で下車してください。

 お寺専用の駐車場はありました。


 こちらの寺院の由緒は、次の通りです(東京堂出版刊『古寺名刹辞典』による)。
「栃木市出流町288。出流山千手院と号す。真言宗智山派。坂東三十三ヶ所観音霊場の第十七番札所。
 天平勝宝二年(750)日光開山勝道上人の開創と伝えられ、本尊十一面千手観音像は弘法大師東国巡錫の折の作といわれる。
 寺域は出流山中腹にあり、景観の良いことで知られる。本堂背後の崖に奥の院霊窟といわれる洞窟があり、東に大師窟、西に奥の院の窟、更に西に大日窟と呼ばれる鍾乳洞があり数十本の鍾乳石がある。中でも4辰魃曚晃事な石柱は古来より大日如来の後姿とされる。
 天平七年(735)下野国司若田氏高藤介の妻明寿は子宝に恵まれなかったが、この十一面観音に祈り、霊験を得て一子を授かった。この子が後の勝道上人であるという。よって日光修験者は生涯に一度は当寺に修行すると定められたこともある。
 明治維新前には智山派総本山智積院移転地七ヶ寺の一つに列せられた名刹である。
 本尊には開運・厄除けの霊験があるとされ、関東一円から参詣者を集める。
 御詠歌は、
  ふるさとをはるばるここに立ち出る
   我が行く末はいずくなるらん」

 また、吉川弘文館刊「日本仏教史辞典」によると次の通りです。
「栃木市出流町にある。鍾乳洞を以て知られ、真言宗智山派。出流山千手院と号す。本尊は千手観世音菩薩。
 開山は日光開山の勝道と伝え、日光山系修験の修行地となっていた。のちの寺歴は未詳。鎌倉時代初期に坂東三十三ヶ所観音霊場に列せられた。元亀二年(1571)醍醐寺無量寿院の僧堯雅が東国・陸奥を歴訪し法流を弘めた際、当寺の別当坊で印可を行った。近世、朱印地五十石。寺内に末寺四・門徒三ヵ寺があり、坂東三十三ヵ所観音霊場第十七番札所。京都智積院移転地七ヵ寺の一つに列す。慶応三年(1867)薩摩藩西郷隆盛の関東騒擾策の一つとして尊攘浪士が当寺により挙兵した。」


 こちらの寺院は坂東三十三観音霊場の札所であり、「出流観音(いずるかんのん)」の名で知られています。
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 寺号標。智積院の化主が住職を勤めていたので一時期別格本山なっていたようです。
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 参道を進みます。
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 まだまだ進みます。
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 弁天池?です。
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 進みます。
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 大御堂です。
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 境内は山の中にあるといった感じなので修験道の雰囲気のあるお寺でした。

 御朱印は、参道途中の寺務所に併設されている「納経所兼授与所」で頂けました。御朱印代は300円になります。 
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 各種御守り(一体800円から)や各種御札(一体1,000円)等の授与品はありました。
 私は子年生まれになり、守り本尊は「千手観音」になりますので「開運御守り」を一体頂きました。800円です。




寺院名:出流山 千手院 満願寺
所在地:栃木県栃木市出流町288番地
宗 派:真言宗智山派
寺格等:旧別格本山
本 尊:千手観世音菩薩
通 称:出流観音
札所等:坂東三十三観音霊場 十七番札所
    下野三十三観音霊場 二十九番札所
    関東八十八ヶ所 特別霊場
御詠歌:古里をはるばるここに立いいづる 我がゆく末はいづくなるらん

冠稲荷神社 八月限定御朱印(群馬県太田市細谷町)5

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 群馬県太田市細谷町に鎮座する冠稲荷神社の八月限定御朱印です。初穂料500円です。
 御朱印には熱心な神社。授与所での対応は丁寧だ。

 鳥居
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 蒸し暑い日でしたが、木陰は涼しいです。

 社殿
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神社名:冠稲荷神社
鎮座地:群馬県太田市細谷町1番地
祭 神:宇迦之御魂大神 外
社格等:旧村社

長岳山今宮坊 秩父札所 御詠歌の御朱印(埼玉県秩父市中町)5

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 埼玉県秩父市の中心部に寺院はありました。

 最寄り駅は、秩父鉄道「御花畑駅」になります。徒歩では十数分位かと思われます。


 こちらの寺院の由緒は次の通りです(螢ぅ鵐妊奪ス刊『訪ねてみたい埼玉のお寺』による)。
「永観二年(984年)示寂とされる長岳が開山し、江戸時代には聖護院直末の本山派修験道場で、秩父市内だけでも十ヶ所の配下を持つ修験道の拠点でした。観音堂は今宮神社の社地内に祀られ、今宮坊が両方の別当を兼任していましたが、明治の神仏分離と修験道禁止によって分断され、観音堂は札所十四番今宮坊として残ることになったと伝えられています。
 本尊は珍しい坐像の聖観世音菩薩です。観音堂前には、高さ155造領慍塔が立っています。幅18センチ、奥行き15造寮佚磴如⊂緝瑤膨招20造曚匹留瀏廚組み込まれています。お経が刻まれた円盤を回すと、生きている人は安楽に暮らせ、地獄に落ちた人も極楽に生まれ変わることができると信じられています。また堂内に安置されている高さ30.3造量敖Δ蠅糧天像は、藤原時代の秀作として、秩父市指定文化財に指定されています。
(後略)」


 秩父今宮神社の近くにありました。全景になります。
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 入り口を入ると左側に手水舎がありました。
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 境内の左側にはお地蔵様がいらっしゃいました。
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 こちらが観音堂になります。
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 秩父三十四観音霊場十四番札所になり、札所本尊は聖観音になります。
 近くには秩父神社や秩父今宮神社が鎮座していますが、そちらには参拝者は多かったです。しかし、こちらの今宮坊には私しか参拝者は居なかったです。今宮神社を参拝する人は今宮坊には参拝をしないのかな?

 こちらは勢至どうになります。
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 納経所の前には聖徳太子がいらっしゃいました。
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 観音堂には御詠歌の額が掲げられていました。
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 御朱印と御御影です。
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 御朱印は、境内の右側にある納経所で頂けました。御朱印代は300円です。御詠歌の御朱印を頂きました。
 授与品として秩父三十四観音霊場の専用納経帳がありました。





寺院名:長岳山 今宮坊
所在地:埼玉県秩父市中町25‐12
宗 派:臨済宗南禅寺派
本 尊:聖観音
札所等:秩父三十四観音霊場 十四番札所
御詠歌:昔より立つとも知らぬ今宮に 参る心は浄土なるらん
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日本のまほろばを探して社寺を参詣してます。社寺参詣道代表師範&御朱印ブロガーです。伊勢神宮・靖国神社・世良田東照宮・久能山東照宮・鳳来山東照宮の各崇敬会に入会しています。 取得資格:普通自動車免許、2級ファイナンシャルプランニング技能士、日商簿記検定2級、秘書検定2級、神社検定参級、全経電卓検定3級、安全衛生推進者
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