まほろば御朱印紀行

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

徳川綱吉

板倉雷電神社 再拝


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 群馬県の南東部、邑楽郡板倉町に神社は鎮座していました。

 最寄り駅は、東武伊勢崎線「館林駅」or 東武日光線「板倉東洋大前駅」になります。
 両駅から遠いので、館林駅東口から板倉東洋大前駅西口を結ぶコミュニティバスに乗り、「雷電神社前」というバス停で降りてください。神社裏側に着きます。

 神社専用の駐車場はありました。


 こちらの神社の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「【雷電神社】
 群馬県邑楽郡板倉町板倉に鎮座。板倉様とも。祭神は火雷大神・大雷大神・別雷大神。
 農耕神・電気産業の神として信仰
され、講社がある。例祭は、5月1日から5日。7月30日・31日の夏越大祓は真菰(まこも)の輪くぐりがある。
 推古天皇の御代、聖徳太子が東国巡行の時に神が降臨したので太子は伊奈良沼畔に祠を建立したと伝える。延暦二十年(801)に坂上田村麿が当社の霊験により奥州の乱を鎮め、勅を奉じて社殿を造営した。徳川綱吉は葵の御紋を奉献して現社殿を造営した。
 この雷電神社は、雨乞いや安産にも霊験あらたかであるといい、関東地方を中心に代参講が組織されている。
 境内の杉の葉を持ち帰り、雷のときに庭で燃やすと雷除けになる。」


 9月9日に参拝してきました。

 鳥居です。
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 境内は参拝者が多かったです。

 社殿になります。
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 境内には蝋梅の木がありましたが、当然ですが咲いていません。(・ω・)

 御朱印は、境内の右側にある授与所で頂けました。御朱印代は300円です。

 御守りや雷除けの御札等の授与品はありました。



神社名:板倉雷電神社
鎮座地:群馬県邑楽郡板倉町板倉2334番地
祭 神:火雷大神 大雷大神 別雷大神 菅原道真公
社格等:旧郷社
札所等:つつじの館林七福神めぐり 福禄寿
URL:http://www.raiden.or.jp

神齢山 悉地院 大聖護国寺(東京都文京区大塚)5

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東京都文京区にある真言宗豊山派に属する寺院になります。

最寄り駅は、東京メトロ有楽町線「護国寺駅」になります。
一番出口から徒歩ではすぐです。

駐車場はあります。
しかし、参拝者用なのか職員や檀家用なのかがわかりません。


こちらの寺院の由緒は、次の通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「東京都文京区大塚にある真言宗豊山派の寺院。神齢山悉地院。本尊は如意輪観音。
 天和元年(1681)徳川綱吉が生母桂昌院のために、桂昌院が、前々から祈祷を行わせていた上野国大聖護国寺の元住持亮賢を召し、高田薬草園の地を与えて建立させ、桂昌院の念持仏如意輪観音を安置したのに始まる。
 桂昌院の存命中は、その由来から桂昌院の祈願寺だったが、元禄半ばから将軍家の祈祷も勤め、宝永二年(1705)の桂昌院没後は将軍家の祈祷を専らとした。
 寺領は千二百石。
 亮賢と桂昌院は隆光とともに綱吉に生類憐みの令をすすめたとされるが確かな根拠はない。
 享保二年(1717)、炎上した将軍家祈祷寺の護持院が、幕府命で、当寺の本坊に移されると、従来の観音堂(本堂)や大師堂等の境域を護国寺と称するようになったが、その年からの六年間と宝暦八年(1758)以降は護持院の兼帯とされた。
 明治二年(1869)に護持院が廃寺となると、その遺構を引きつぎ近代寺院として再出発した。
 墓域には近代以降の著名人の墓が多い。」

また、東京堂出版「古寺名刹大辞典」によると次の通りです。
「東京都文京区大塚5‐80‐8。神齢山悉地院大聖護国寺と号す。真言宗豊山派の関東における中心となる大寺(大本山)で、東京・小石川の音羽にあることから、音羽の護国寺の名前で知られている。しかし、寺の歴史は新しく、まだ300年ほどにすぎない。徳川五代将軍の綱吉とその生母桂昌院が帰依した亮賢和尚が開基となり、将軍と母公が願主となって天和元年(1681)にひらかれた。
 これと並んでさらに広大な規模で神田御門外に護持院が柳沢吉保を奉行とし将軍母子によってつくられたが、これは享保二年(1717)に焼失し、八代将軍吉宗の緊縮政策はこれの再興をゆるさず、護国寺を護持院と改めさせ、境内の観音堂を護国寺と改めさせてしまった。しかし、この変則的な関係は、明治に入って終止符がうたれ、両寺は合併されて、護国寺の名のみがのこることになった。
 現在の本堂は、元禄十一年(1698)に建立したもので大きさは方七間、重文である。ほかに桃山建築の月光殿がある。これは園城寺の塔頭を移築したものである。その他、内仏堂、大師堂、薬師堂、鐘楼堂、本坊、山門、仁王門、孔雀門等がある。また寺の裏山にある儒者の墓(史跡)が有名で、江戸時代の学者ばかりが40墓以上も存在する。境内には、鈴木学術財団の事務所や、豊山派の会館などもおかれており、関東におけるもっとも活発な寺院の一つである。かつての童謡の会『音羽ゆりかご会』は盛大なものがあった。
 開基の亮賢の後継者が、有名な隆光僧正である。隆光僧正は、将軍綱吉に献策して犬保護を主とする『生類憐れみの令』を出した張本人としてだけ知られているが、実際は将軍の帰依に価する傑僧で、関東真言の再興者であることも忘れてはいけない。護国寺は、まさに隆光僧正と綱吉母子の信仰の記念碑ということができる。」


江戸幕府五代将軍徳川綱吉と生母桂昌院の所縁の寺院になります。

こちらは山門になります。
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寺号標になります。
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さきに進みます。
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石段右側には、富士塚がありました。
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こちらは不老門です。
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境内はとても広いです。
徳川家所縁の寺院は、広い境内をもつ所が多いかもしれません。

境内には「月光殿」があります。
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この建物は、滋賀県にある「長等山園城寺(通称:三井寺、観音堂は西国三十三観音霊場十四番札所)」の日光殿の客殿を移築したものです。
こちらの建物は、国指定重要文化財になっています。

本堂になります。
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桂昌院の念持仏「如意輪観音」を祀っています。
月光殿と同様に国指定重要文化財になっており、とても立派です。

大師堂や地蔵堂もありました。
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大師堂には御府内八十八ヶ所の御詠歌の額が掲げられていました。
地蔵堂には一言地蔵が祀られています。

多宝塔は大日如来が本尊となります。
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なかなか立派な建物です。

こちらに大仏がありました。
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阿弥陀如来でしょうか?

鐘楼堂になります。
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どんな音色なんでしょうか?

御朱印は、本堂内にある納経所で頂けました。御朱印代は300円でした。
御朱印を頂く際に納経をさせていただきました。

御守りや御札といった授与品はありました。




寺院名:神齢山 悉地院 大聖護国寺
所在地:東京都文京区大塚五丁目40‐1
宗 派:真言宗豊山派
寺格等:大本山
本 尊:如意輪観音
通 称:音羽護国寺
札所等:昭和新撰江戸三十三観音霊場 十三番札所
    御府内八十八ヶ所 八十七番札所
    東国花の寺百ヶ寺
御詠歌:もろもろの くのうをすくう 観世音 だいひの恵み 尊とかりける

筑波山 来迎院 無量寿寺(群馬県前橋市二宮町)3

群馬県前橋市にある「筑波山 来迎院 無量寿寺」に参拝してきました。
真言宗豊山派に属するお寺になります。

群馬県前橋市二宮町に鎮座する「二宮赤城神社」の近くにお寺はありました。

これといった最寄り駅はありません。
できれば自動車で行かれた方が良いかもしれません。

駐車場は、参道の右側にありました。
自動車は、10台以上は停められそうです。


「上毛新聞社刊 ぐんまのお寺 真言宗機廚砲茲譴弌⇒浬錣麓,猟未蠅任后
「寺伝によれば、古くは修密山来迎院無量寿寺と称し、延喜年中(901〜923)の開基とある。
名応二年(1493)隆舜上人の中興開基となり、文亀三年(1503)のころより野州小俣の鶏足寺の末寺となる。
その後延宝四年(1676)三月に暴風雨によって堂宇が大破する。
将軍綱吉の在位の天和二年(1682)に、江戸護持院(後の護国寺)住職隆光僧正が当寺に隠居転任し、その際に十一面観音(市指定文化財)、絹地不動尊などを持参したという。
隆光僧正は、時の姫路城主酒井親清(雅楽頭酒井氏は天和年中=1681〜1684=には前橋城主で前橋五代の忠挙の代、時の姫路城主は、のちに酒井氏と交代で前橋城主となる松平氏)の帰依をうけ、当山を再建する。
親清の二男の親光は僧正の徒弟となり、憲光法印と号して当寺に住したという。
その頃、親清の孫の忠清が当地の領主に任ぜられ、その母が常州の筑波山を信仰していたことから、当山の境内に山を築き筑波両神を祭ったという。
このときに、鶏足寺末から江戸護国寺末となり、山号を筑波山にしたという。」


こちらが入口になります。
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とくに山門はありません。

寺号標になります。
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山号が「筑波山」になりますが、由緒になった酒井氏の筑波山信仰の古墳?が入口の右側にありました。
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国道17号線沿いにあるといった感じです。
登れるようですが、私は行きませんでした。

参道を進みます。

こちらは山門なのでしょうか?
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山門の右側には、地蔵菩薩や諸佛が祀られています。
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境内の左側には、弘法大師像がありました。
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やはり真言宗のお寺になります。

こちらが観世音菩薩になります。
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(´人`)

境内の中央には松の木がありました。
いわゆる御神木的な役割なんでしょう。続きを読む

尾曳稲荷神社(群馬県館林市)1

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群馬県館林市にある「尾曳稲荷神社」に参拝してきました。

館林市の中心部、館林市役所の所にある「館林城(尾曳城)」の城址に鎮座していました。

近くには、田山花袋記念文学館や館林女子高校がありました。

最寄り駅は、東武伊勢崎線「館林駅」になります。
徒歩では、神社までかなり歩きます。

自動車を駐車できるスペースは、境内の右側にありました。
自動車は、十台以上は停められそうです。

目印は、「尾曳神社前」という交差点になります。

一の鳥居です。
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参道には、稲荷神社らしく赤い鳥居が奉納されていました。

境内は、木々に囲まれており、雰囲気は良かったです。
また、田山花袋の和歌の石碑がありました。
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他にも碑がありましたが・・・
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誰なんでしょうか?

由緒が書かれた、説明板です。
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ふむふむ。続きを読む
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