まほろば御朱印紀行

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

御祈祷

みかえり不動尊長安寺 御開帳&御祈祷&豆まき(群馬県伊勢崎市西小保方町)5

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 2月3日に「節分会」が行われました。
 12時より「威音王堂(護摩堂、不動堂)」内に安置されており、秘仏になる「みかえり不動尊」の御開帳がありました。室町時代より長安寺に伝わる不動明王立像になり、北関東三十六不動尊霊場の札所本尊になります。
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 御開帳が行われている中、威音王堂では護摩祈祷が行われました。檀家以外でも希望する方は祈祷祈願が受けられます。
 願意は、厄除・方位除・身体健全・商売繁盛・家内安全・交通安全・心願成就等々をできると思われます。御祈祷料は3,000円と5,000円になります。祈祷札の大きさが違います。
 御開帳の時以外にも祈祷祈願は行われており、また檀家以外でも受け付けているそうです。もし受けられる方は、事前にお寺にお問い合わせください。
 私は、3,000円の祈祷をお願いしました。願意は「心願成就」です。

 お茶のご接待です。
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 豆まきも行われました。
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 授与品には「御守り(一体300円〜)」と「みまもり御守り」(一体500円)や交通安全ステッカー(一体500円)があります。

 境内の様子
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 御朱印は三種類(みかえり不動尊、阿弥陀如来、みまもり地蔵尊)あり。御朱印代は各300円になります。





寺院名:真光山 永照院 長安寺
所在地:群馬県伊勢崎市西小保方町304‐1
宗 派:天台宗
本 尊:釈迦如来
札所等:北関東三十六不動尊霊場 七番札所
御詠歌:みかえりみて つみとがはらう 威音王 佐波路にたかき みすくいの寺

大原神社(栃木県足利市大前町)5

栃木県足利市にある「大原神社」に参拝してきました。
旧郷社になります。

足利市の西部、群馬県太田市との境近くに神社は鎮座していました。
足利市の中心部からはかなり外れています。

最寄り駅は、JR両毛線「小俣駅」になります。

駐車場は、道路を挟んで鳥居前と神社の右側にありました。
自動車は、合わせて6〜7台位は停められそうです。

以前の参拝日記⇒大原神社(栃木県足利市)


こちらの神社の由緒は、次の通りです(案内板より)。
「本社は、人皇第十二代景行天皇の御代、日本武尊が東征帰路台山(本社の後方の台地)に登り前方の豊に稔る田野を見渡され、国家鎮護の為に山城国大原野神社を勧請して建てられたという。
中世以降は坂西各村の総鎮守として栄えた。」


こちらの神社は、平将門の伝説があります。
平将門が討たれたときに、腹部がこの地に飛んできたそうです。
また、同市内には将門の手が落ちたという伝説がある「大手神社」や将門の弟の御厨太郎に関係していると言う「御厨神社」が鎮座していました。

こちらが一の鳥居になります。
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鳥居に掲げられていた神額です。
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社号標になります。
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「郷社 大原神社」と刻まれています。

境内に入ると、右側には藤棚がありました。
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5月11日に参拝しましたが、見頃は過ぎてしまいました。
とても残念です。

手水舎になります。
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境内の左側には、碑がありました。
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所縁のある方のでしょうか?

境内の右側にもありました。
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こちらが神楽殿になります。
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「大和渋井流」だそうです。
どんな神楽なんでしょうか?

狛犬になります。
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神社には、狛犬がいらっしゃらないと!

二の鳥居と社殿になります。
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内部になります。
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(´人`)

「天兒屋根命 經津主命 武甕槌命 比女神」が祀られています。
平将門も祀られているのでしょうか?

社殿に掲げられていた神額になります。
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どなたが書かれたのでしょうか?

内部には、騎馬武者と思われる男性が描かれた絵馬?が掲げられていました。
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まさか平将門公でしょうか?
誰が奉納したのでしょうか?続きを読む

世良田東照宮 御祈祷(群馬県太田市世良田町)5

今年の一月に群馬県太田市に鎮座する「世良田東照宮」で厄除けの御祈祷を受けてきました。

初穂料5,000円の御祈祷でしたが、授与品は次の通りです。
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「祈祷札(小) 撤饌(葵紋入りお菓子) 御守り 健康箸(葵紋入り 一膳)」となります。
葵紋の入ったお菓子は、美味しく食べさせていただきました。

国指定重要文化財になる拝殿に昇殿できました。
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江戸時代は、大名しか昇殿できなかったそうです。
何だか大名になった気分で、とても良かったです。

拝殿内部の写真は、おそらく撮影不可だと思いますので、撮りませんでした。

御祈祷は厄除け祈願の他にも「諸災難除・方位除け・八方除け・安産・自動車清祓(交通安全)・病気平癒・商売繁盛・七五三詣」等々も行っているそうです。
随時受け付けているようです。
できれば事前に連絡して御祈祷を受けたほうがよいかもしれません。

春先の境内です。
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4月以降は、緑が綺麗になりますので、参拝するのにも良いかもしれません。
毎年4月17日には例大祭が執り行われるそうですが、残念ながら私は行ったことはありません。





神社データ
神社名:世良田東照宮
鎮座地:群馬県太田市世良田町3119‐1
祭 神:徳川家康公
配 神:菅原道真公 倉稲魂命 須佐之男命 伊弉冉命 火産霊命 大穴牟遅命 誉田別命 建御名方神 豊城入彦神 外十柱
社格等:旧郷社

国定赤城神社(群馬県伊勢崎市)4

群馬県伊勢崎市に鎮座する「国定赤城神社」に参拝してきました。

以前の参拝日記⇒國定赤城神社

わかりづらい場所にありますので、気をつけてください。


こちらの神社の由緒は、次の通りです。
「国定赤城神社移築遷座75周年奉祝事業社殿改修工事竣工記念碑
当社の創建は不詳ながら、文治二年(1186)源頼朝の家臣で上野守護の安達藤九郎が、国土開拓の神である大己貴命と豊城入彦命の御神徳を尊び、再建したと伝えられている。
永禄年間(1558〜70)には国定越中守により改修が加えられ、天正十八年(1590)の北条氏滅亡後は、国定村の鎮守神として村人達に信仰されてきた。
享保年間には前橋城主の酒井雅楽頭の奉幣を受け、以後毎年幣帛を納め祭事を行い、明治を迎える。
明治四十二年(1909)には村内各所に鎮座する菅原神社・稲荷神社・富士神社ほか境内末社十八社を統合し、学問の神として有名な菅原道真命・厄除開運の神である素盞鳴命ほか十六柱の神々が合祀され、改めて郷土の総鎮守社として崇敬されるところとなった。
現在の社殿は、昭和四年(1929)に国定字古屋敷より現在地(旧菅原神社鎮座地)に移転改築されたものだが、老朽化甚だしく建物全体の傾斜や腐食破損個所が顕著になったため、総代一同と協議の上「移築遷座七十五周年記念事業」として改修工事を執行することとなり、平成十五年(2003)より奉賛活動が開始された結果、伊勢崎市合併の年、平成十七年十月に無事竣工を迎えた。
これもひとえに、先人達が心のより所として守り伝えてきた国定の鎮守様を後世に残そうと願う、氏子、崇敬者のまことが結集した賜物である。
このうえは、郷土の発展と奉賛者各位の安寧のため、大神等のご神威が益々昂揚されることを願い、記念碑に刻する。」


こちらが鳥居になります。
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御祈祷の案内板がありました。
厄除開運・家内安全・交通安全・合格祈願・病気平癒等の御祈祷が受けられます。
ご希望の方は、お電話した方が良いです。

こちらが二の鳥居です。
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一の鳥居よりは、小さめです。

境内の右側には、プレハブの授与所がありました。

以前は、木造の古びた社務所がありましたが、新しい社務所が出来てました。
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授与所も併設されています。
プレハブの授与所から移るのかもしれません。

建て替えたため、御奉賛受付中だそうです。
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よかったらどうぞ。続きを読む

瑳珂比神社(群馬県伊勢崎市)3

群馬県伊勢崎市に鎮座する「瑳珂比神社」に参拝してきました。
「さかいじんじゃ」と読みます。

以前の参拝日記⇒瑳珂比神社


由緒は、次の通りです。
「当社の創建は戦国期に能登半島より小此木左衛門尉長光来り境他六ヶ村を領有した守護神として生国能登国の石動明神の分霊を境城内に奉斎した大永年間(1521〜1527)とされている。
長光の子左衛門次郎は正親町天皇の御代の元亀三年(1572)武運長久を祈って稲荷の神像と石製の剣を奉納し石剣権現と称した。
後陽成天皇の天正八年(1590)小此木氏が当地を退去すると郷民は当社を鎮守社と定め石剣稲荷大明神と改めた。
後に那波、新田両郡の境に当るため境村となり後光明天皇の正保四年に例幣使街道が開設され宿場町になると次第に町並みも形成され慶安年間(1648〜1651)には境町となった。
桃園天皇の宝暦十一年(1761)拝殿が造営され後桜町天皇の明和三年(1766)には石鳥居が建立された。
後桃園天皇の安永二年(1773)社前に押花絵馬(境町最古の絵馬)が奉納され光格天皇の享和元年(1801)には氏子の発起により現在の社殿が建設されている。
その後も神域は整備され明治七年(1874)には村社に列された。
明治四十年(1907)九月に町内諏訪神社境内末社菅原神社、八幡宮疱瘡神社、八坂神社、稲荷神社、神明宮、琴平宮、秋葉神社を合祀し現在の瑳珂比神社と改称し今に至る。」


日光例幣使街道から少し南側に鎮座していました。

一の鳥居になります。
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北側に向いて鳥居があります。
どうしてなんでしょうか?

社号標になります。
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「當所総鎮守 瑳珂比神社」とありますが、旧境町の総鎮守という意味なんでしょうか?

二の鳥居になります。
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手水舎になります。
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手と口を漱いで参拝です。

4月5日に参拝してきましたが、桜が満開です。
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とても綺麗です。

社殿になります。
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東向に社殿が建てられています。
横からでないと全景が撮れません。

(´人`)

社殿の左側には、稲荷神社が鎮座していました。
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境内社になります。

稲荷神社の右側にもお社がありました。
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お狐様が奉納されているので、こちらも稲荷神社なんでしょうか?

社殿の裏側には、境内社が鎮座していました。
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それぞれの社名はわかりません。続きを読む
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日本のまほろばを探して社寺を参詣してます。社寺参詣道代表師範&御朱印ブロガーです。伊勢神宮・靖国神社・世良田東照宮・久能山東照宮・鳳来山東照宮の各崇敬会に入会しています。 取得資格:普通自動車免許、2級ファイナンシャルプランニング技能士、日商簿記検定2級、秘書検定2級、神社検定参級、全経電卓検定3級、安全衛生推進者
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