神社仏閣史跡巡り

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

御朱印

上野東照宮(東京都台東区上野公園)5

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 東京都台東区にある上野恩賜公園内に神社は鎮座していました。

 最寄り駅は、JR山手線・東京メトロ銀座線・東京メトロ日比谷線「上野駅」になります。

 駐車場は見当たりませんでした。自動車で行かれる方は、周辺の有料駐車場をご利用ください。


 こちらの神社の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「台東区上野公園の旧府社。徳川家康・徳川吉宗を祀る。例祭は4月17日。1月3日に謡初古式がある。
 三月末から例祭日まで続くさくら祭りの花見は全国に知られる。
 日光への参拝が遠路であるため、慶安四年(1651)に上野山に鎮祭された。大名はじめ庶民が崇敬した。」

 また、東京堂出版刊「神社辞典」によると次の通りです。
「東京都台東区上野公園。旧府社。
 日光が遠路のため天海僧正の計らいにより上野山内に寛永四年(1627)創建されたという。
 現社殿は慶安四年(1651)三代将軍家光の改造にかかり、小規模ながら日光とほぼその観を同じくする。
 本殿・幣殿・拝殿・唐門・透塀・鳥居・銅鳥居は重要文化財。
 昭和四年に八代将軍吉宗を合祀。
 例祭4月17日。」


 日曜日に参拝したため、上野恩賜公園内は結構な人手でした。
 やはり木々が多いため、森林浴的な感じがして清々しい雰囲気です。

 鳥居になります。

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 神門になります。
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 境内にあたるのだろうか?銀杏木がありました。
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 紅葉をしてました。とても綺麗なので、写真を撮る方がいらっしゃいました。

 神楽殿になります。
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 社殿になります。
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 日光東照宮ほどではありませんが、きらびやかです。

 御朱印は、境内の左側にある授与所にて頂きました。御朱印代は300円です。
 御守りや御札とった授与品はありました。





神社名:上野東照宮
鎮座地:東京都台東区上野公園9‐88
祭 神:徳川家康公 徳川吉宗公 徳川慶喜公
社格等:旧府社
札所等:全国東照宮めぐり
URL:http://www.uenotoshogu.com/

芝大神宮(東京都港区芝大門)5

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 東京都港区芝公園にある芝増上寺の東にある神社になります。

 最寄り駅は、都営三田線「芝公園駅(A4出口)」、都営三田線「御成門駅(A1出口)」、都営浅草線・大江戸線「大門駅(A6出口)」になります。


 こちらの神社の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「東京都港区芝大門の旧府社。芝神明宮とも。祭神は天照皇大御神・豊受大御神、相殿に源頼朝・徳川家康・菅原道真を祀る。
 9月11日から21日に芝大神宮だらだら祭りがあり、生姜市と甘酒茶屋が有名。例祭日は16日で授与品の千木筥は江戸郷土玩具である。
 寛弘二年(1005)に飯倉山に創建された。慶長三年(1598)に現在地に遷された。
 境内で起った角力と鳶のめ組との喧嘩が歌舞伎の演目となった。」

 また、東京堂出版刊「神社辞典」によると次の通りです。
「東京都港区芝大門。旧府社。天照皇大御神・豊受大御神を主祭神とし、源頼朝・徳川家康を合祀する。
 もとは単に神明宮あるいは日比谷神明・飯倉神明宮・芝神明宮などと称されたが、明治五年(1872)8月現社名となった。旧社地は飯倉山(今の芝公園丸山)であったが、慶長年間に現在地へ移った。
 社伝によれば寛弘二年(1005)9月16日の創立という。この地には古く伊勢大神宮の御厨(みくりや)があったので、恐らくはその関係から発生した神社であろう。源頼朝が神領を寄進したのをはじめ、足利・太田・北条・豊臣などの武将が崇敬をささげた。徳川家康は朱印領十五石を寄せ、歴代将軍も祈願・寄進・修造などを行っている。明治元年10月天皇の御東幸に際し内侍所小休所にあてられ、翌11月准勅祭社に列せられた。
 例祭は9月16日であるが、前後十日間(11〜21日)にわたって盛大に行われるので、古くから『だらだら祭り』の名称がある。また期間中に『生姜市』がたち、小伝馬町の『べったら市』とともに著名。別名を『めっかち市』『目くされ市』とも呼ばれたが、根勝生姜を誤ったものとか、片目の者が商いしたためとか、当社の水が眼病に霊験があって目の悪い者が多く参詣したためとかいわれる。
 縁起物として藤の花を描いた曲物(まげもの)の千木箱が出されるが、社記によればいにしえ飯器を製していた名残りかという。」


 日比谷通りから引っ込んでいるので、境内は意外と静かです。


鳥居になります。
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 社号標になります。
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生姜塚がありました。
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 例大祭で生姜市がたつので、それだからでしょう。

 社殿になります。
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 石段を上がった所に「社殿」と「社務所」・「授与所」がありました。

 御朱印は、境内右側にある「授与所」で頂けます。御朱印代は500円でした。生姜飴と道中安寧御守りを頂きました。

 御守りや御札といった授与品はありました。「興運御守り(一体800円)」を頂きました。





神社名:芝大神宮
鎮座地:東京都港区芝大門一丁目12‐7
祭 神:天照皇大御神 豊受大御神
相 殿:源頼朝公 徳川家康公 菅原道真公
社格等:旧府社 准勅祭社
旧 称:芝神明宮 飯倉神明宮
札所等:東京十社めぐり
    全国東照宮めぐり
URL:http://www.shibadaijingu.com/

烏森神社(東京都港区新橋)5

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 東京都港区に鎮座していました。

 最寄り駅は、JR山手線・東京メトロ銀座線・都営浅草線「新橋駅」になります。烏森口か日比谷口のどちらかから出てください。徒歩では数分位かと思われます。

 神社専用の駐車場は見当たりませんでした。自動車で行かれる方は、周辺の有料駐車場をご利用下さい。


 こちらの神社の由緒は、次の通りです。
「烏森神社縁起
御祭神 倉稲魂命 天鈿女命 瓊々杵尊
 平安時代天慶三年(約一千年前)に平将門が東国で叛乱を起こしたとき、征討将軍藤原秀郷が当社に戦勝を祈願したとも、このとき勧請したとも伝えられている。室町時代の享徳四年(約五百年前)には室町幕府の関東管領で古河公方と云われた足利成氏は、当社に戦勝を祈願した。その祈願状は今日も当社に宝物として伝えられている。江戸時代には稲荷信仰により祭礼も二月初午の日に執行せられ、稲荷祭としてその賑わいは江戸で一二を争うものであった。明治以後は五月四五六日を祭日とし、夏祭のはしりとしてその名をうたわれている。
 当社殿は、伸びゆく新橋の地にふさわしい近代建築美の中に、神社本来の伝統を加味し昭和四十六年十二月、氏子の熱意により竣工をみたものである」


 御朱印をいただく人にはとても有名な神社です。

 年末ジャンボ宝くじが発売されていましたので、烏森口チャンスセンターで購入後参拝しました。

 入り口になります。
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 石段を上がると社殿があります。
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参拝後、授与所に行く。
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 何回か参拝してますが、御朱印待ちの列を作っていましたので諦めていましたが、御朱印待ちが多くなく先客が二人だけだったのでそんなに待たず頂けました。御朱印代は500円です。

 授与品があります。
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 招福金運御守りを頂く。一体300円。




神社名:烏森神社
鎮座地:東京都港区新橋二丁目15‐5
祭 神:倉稲魂命
相 殿:天鈿女命 瓊々杵尊
別 名:烏森稲荷
社格等:旧村社

巌殿山修善院正法寺 坂東札所(埼玉県東松山市岩殿)5

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 埼玉県東松山市にお寺はありました。

 最寄り駅は、東武東上線「高坂駅」になります。徒歩では1時間位かかるそうですが、高坂駅西口より川越観光バス「鳩山ニュータウン」行に乗車、「大東文化大学」にて下車して、お寺までは徒歩で約10分位かかるそうです。

 お寺専用の駐車場は、門前にありました。自動車は5〜6台位は停められそうです。


 こちらの寺院の由緒は、次の通りです(雄山閣出版刊『日本名刹大事典』による)。
「真言宗智山派、岩殿山、修善院。別称は岩殿寺、通称は岩殿観音。坂東三十三観音霊場の十番札所。本尊は千手観音。もと観音堂の別当寺。
 『巌殿山千手観世音来由緒記』によれば、養老二年(718)沙門逸海が岩殿山の岩窟に観音を安置し、傍らに正法庵を結んだのが開創で、後に坂上田村麻呂が奥州征討の途次に比企山の悪竜を千手観音の霊験で退治し桓武天皇十五年に伽藍を建立した。暫くして堂舎は零落したが、正治二年(1200)源頼朝の志をついだ平政子が再興し、左衛門督入道を別当に任じたと伝える。
 古くは比叡山末の寺院で、堂塔のほかに多数の坊舎を擁する大寺であったらしい。しかし、天文頃から勝呂大智寺(現坂戸市)が別当正法寺を兼務し真言宗に改めた。
 永禄年中に戦乱で諸堂を失ったが、天正二年(1574)までに大智寺俊遍の弟子栄俊が護摩堂などの伽藍を復興して正法寺の中興開山となり、真言法流無量寿院流(松橋流)を汲む寺院として再興され一山内の支配権を確立した。
 天正十九年(1591)11月、徳川家康から観音堂領二十五石を寄進された。
 寛政七年(1795)『新義真言宗本末帳』によれば本寺醍醐寺無量寿院、門徒六ヶ寺。
 年中行事に、田村麻呂の悪竜退治に因む7月1日の『けつあぶり』がある。
 六面幢は県文化財。」

 また、東京堂出版刊「古寺名刹辞典」によると次の通りです。
「埼玉県東松山市岩殿1229。巌殿山と号し、岩殿観音の通称がある。真言宗智山派。坂東十番霊場。
 養老二年(718)沙門逸海が正法庵という草庵をこの地に結んだのが始まりという。また役行者が開いた修験の寺ともされる。
 坂上田村麻呂が奥州進攻の途上、この地の悪竜を退治し、桓武天皇の勅によって伽藍が造営された。その後北条政子が再興したとも言われる。明治十一年(1878)に災害にあったが再建されて現在に至る。
 この付近では毎年7月1日に近郊の人々が小麦のまんじゅうを食べ、小麦ガラを焼いて家族がお尻をあぶる風習がある。これは田村麻呂は始め悪竜をみつけることができなかったが、千手観音へ加護を祈ったところ真夏というのに大雪が降った。雪を嫌う悪竜がみずからの隠れ場所の雪を溶かしてしまったので、田村麻呂は容易に悪竜を見つけ、ついに退治をしたのであると。まんじゅうは軍兵の食糧、尻をあぶるのは彼らが寒さをしのいだ故事によるという。
 所蔵の明版大蔵経は貴重な文化財でもある。
 本尊千手観音像は毘首羯磨の作という。毘首羯磨は本来は古代インド神話上の工巧神である。
 御詠歌は
  後の世のみちを比企見の観世音
   この世を共に助けたまえや」


 東松山市のインターチェンジから東に行った場所に寺院はありました。大東文化大学東松山キャンパスが目印になります。

 山門になります。
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 本堂へ続く門です。
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 本堂になります。
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 本尊である阿弥陀如来になります。

 観音堂へ向かいます。
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観音堂へ向かう途中に薬師堂と地蔵堂がありました。
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地蔵堂は、関東百八地蔵尊霊場の札所本尊になります。

 弘法大師と地蔵菩薩です。
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 観音堂になります。
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 坂東三十三観音霊場十番札所の千手観音が祀られています。
 御仏籤の自販機があります。

 また、おびんずるさま(撫で仏)がいらっしゃいました。
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 やっぱりお酒が供えてありました。

 観音堂からみる崖です。
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 境内は山の中にあるといった感じで、鳥のさえずりが聞こえ、森林浴になります。
 しかし、晩秋の感じがしていますので、物悲しい感じもします。

 境内には元亨二年(1322年)鋳造の銅鐘がある鐘楼堂がありました。
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 埼玉県指定文化財になっています。

 授与所には、御守り(500円〜)や御札(四種類、各1,000円)といった授与品はありました。
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 色々種類がありますので、必要な方はどうぞ。

 また、坂東の公式納経帳(1,100円と1,700円)、寺院名の金箔が押された御朱印帳が二種類(1,300円と1,500円)がありました。
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御朱印は、本堂右側にある納経所で頂けました。「観音様」と「お地蔵様」の二種類があります。御朱印代は各300円です。
 御朱印を頂く際に坂東三十三観音霊場の御御影を一体頂きました。100円になります。
 



寺院名:巌殿山 修善院 正法寺
所在地:埼玉県東松山岩殿1229番地
宗 派:真言宗智山派
本 尊:阿弥陀如来
通 称:巌殿観音
札所等:坂東三十三観音霊場 十番札所
    関東百八地蔵尊霊場 十三番札所
    七観音霊場 千手観音
御詠歌:後の世の 道を比企見の 観世音 この世を共に たすけ給へや

身代り不動尊延命寺(栃木県栃木市大平町)

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 栃木市の東部、国道50号線のいすゞ栃木工場の少し北にお寺はありました。

 山門になります。 
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 といても鐘楼門といった方が良いかもしれません。

 手水舎になります。
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 六地蔵がいらっしゃいました。
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 本堂になります。
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 本尊である延命地蔵菩薩が祀られています。

 こちらは不動堂になります。
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 北関東三十六不動尊霊場の札所本尊である身代り不動明王が祀られています。

 御朱印は、境内の右側にある庫裡で頂けました。御朱印代は300円です。




寺院名:如意山 吉祥院 延命寺
所在地:栃木県栃木市大平町西水代1864番地
宗 派:真言宗豊山派
本 尊:延命地蔵菩薩
札所等:北関東三十六不動尊霊場 十四番札所
御詠歌:身にかわる 誓も堅し 揺るぎなき 巌を建てる 吾が救い主
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