神社仏閣史跡巡り

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

御守り

緑町八雲神社 御朱印&絵馬&御守り(栃木県足利市緑町)5

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 八雲神社自体は、足利市内に複数鎮座してます。こちらの神社はその中の一社になり、「足利総鎮守」になります。

 「足利公園」の隣に鎮座してます。

 最寄り駅は、JR両毛線「足利駅」になります。徒歩では、少々かかりそうです。

 神社の専用駐車場は無いようです。隣の足利公園の駐車場を利用した方が良いかもしれません。


 こちらの神社の由緒は、次の通りです。
「【創建】
 貞観十一年(869)、清和天皇が右大臣藤原基経に命じて、須佐之男命他二神を祀り、東国の第一祈願所として当神社が創建されました。
 八坂神社(京都)・津島神社(愛知)・八雲神社(足利)の三所を天皇祈願所と定め、疾病退散・国家安泰を祈願したといいます。
【足利の氏神様】
 応徳元年(1084)足利の祖、源義国が足利荘への下向に際し、当社に御太刀を寄進し、足利郡・梁田郡六十六郷(足利市全域)の総鎮守(守り神)と定めました。
【主祭神 須佐之男命(厄除・八方除け)】
 天照大神の弟神であり、牛頭天王とも呼ばれら出雲の地で八岐大蛇を退治したことで知られる邪気を払う神様です。」


 年の瀬も押しつまった12月31日に参拝してきました。

 森高千里の歌った歌「渡良瀬橋」に出てくる八雲神社になります。
 足利公園の隣にあるので、とても静かな神社になります。

 鳥居になります。
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 道祖神がいらっしゃいました。
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 新しい社殿になります。
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 社殿横からです。
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 以前あった社殿が焼失されてしまい、伊勢神宮の月読宮の社殿が本殿と御扉が移築されました。
 ちょうど禰宜さんに御朱印を頂いた際に新しい社殿についてお話を御伺いする機会があり、拝殿内に入ることができました。禰宜さんがお時間があるときは話が聞けたり、拝殿内に入ることができるかもしれません。
 また、新しい社殿の工事費が当初の予算の倍かかってしまい、お金のやりくりに困っているともお話がありました。

 御朱印は授与所にて頂けました。御朱印代は300円でした。

 御守り、絵馬、御神籤等の授与品はありました。
 私は渡良瀬橋の絵が描かれた心願成就の絵馬(一体500円)、御守り(一体500円)も頂きました。





神社名:緑町八雲神社
鎮座地:栃木県足利市緑町一丁目3281番地
祭 神:須佐之男命
配 祀:櫛稲田媛命 大己貴命 少彦名命 火迦具土命
社格等:旧村社 足利総鎮守

みかえり不動尊長安寺 御守り(群馬県伊勢崎市西小保方町)5

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 群馬県伊勢崎市の北部、旧佐波郡東村にお寺はありました。
 県道桐生伊勢崎線沿いにあり、国道17号線からも近く、道を挟んで反対側には「スマーク伊勢崎」や「ヤマダ電機」がありました。

 最寄り駅は、JR両毛線「国定駅」になります。徒歩では、少々かかりそうです。

 駐車場は、境内の東側と道路を挟んで反対側にありました。自動車は、合わせて数十台以上は停められそうです。


 こちらの寺院の由緒は、次の通りです(上毛新聞社刊『ぐんまのお寺 天台宗』より抜粋)。
「長安寺は、文応元年(1260)、亮海法師により草創されたと伝えられている。中興開山は、八代目の尊高といわれている。本山は比叡山延暦寺であり、本寺は伊勢崎市の華蔵寺である。長安寺の詳しい沿革は不明だか、かつては当寺の住職になった者が、本寺(華蔵寺)の住職になるという不文律があったという(『東村誌』)。
(中略)
 当山の表門には、明治初期に、大名後部氏の江戸屋敷の門を譲り受けつ再建したものである。門には、後部氏の家紋『三階菱』がある。
 長安寺の墓地には、中世の石造仏(凝灰岩製)がある。なお、境内には村の重要文化財に指定されている宝篋印塔がある。寛延四年(1751)に建立されたもので、願主の上田村の桑原家昌と西小保方村の小島茂善の名前が刻まれている。台石の四面には、宝篋印陀羅尼経が記されている。
(後略)」


 山門になります。
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 本堂と不動堂になります。
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 12月31日の大晦日(12月31日)の23時40分から1月1日の1時30分頃まで「除夜祭」が開かれました。
 その際に「威音王堂(護摩堂、不動堂)」内に安置されており、秘仏になる「みかえり不動尊」の御開帳がありました。室町時代より長安寺に伝わる不動明王立像になります。通常は前立本尊の不動三尊像が拝めます。こちらのお不動様は、北関東三十六不動尊霊場の札所本尊になります。
 なお、節分会(2月3日)の12時から13時までも御開帳があります。

 また、威音王堂(不動堂)におきましつ護摩祈祷が行われました。檀家以外でも希望する方は祈祷祈願が受けられます。
 願意は、厄除・方位除・商売繁盛・家内安全・交通安全等々をできると思われます。御祈祷料は、3,000円と5,000円になります。祈祷札の大きさが違います。
 御開帳の時以外にも常時祈祷祈願は行われており、また檀家以外でも受け付けているそうです。もし受けられる方は、事前にお寺にお問い合わせください。

 鐘楼堂になります。
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 一回つかせて頂きました。

 みまもり地蔵になります。
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 こちらの御朱印があるそうですが、除夜祭で忙しそうだったのでお願いしませんでした。

 授与品になります。
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 授与品には「御守り(一体300円)」と「みまもり御守り」(一体500円)や交通安全ステッカー(一体300円)があります。

 御朱印はありますが、除夜祭で頂くのは無理かと思われます。




寺院名:真光山 永照院 長安寺
所在地:群馬県伊勢崎市西小保方町304‐1
宗 派:天台宗
本 尊:釈迦如来
札所等:北関東三十六不動尊霊場 七番札所
御詠歌:かえりみて つみとがはらう 威音王 佐波路にたかき みすくいの寺

武蔵国鷲宮神社 再拝(埼玉県久喜市鷲宮町)5

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 埼玉県久喜市の北部、旧鷲宮町に鎮座する神社になります。

 最寄り駅は、東武伊勢崎線「鷲宮駅」になります。
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 徒歩では神社まで10分位はかかりそうです。
 もしくは、JR東北本線「東鷲宮駅」になります。徒歩でも行けますが、駅前から神社までバスが出ています。

 駐車場は、鳥居の左側にありました。自動車は数十台は停めれそうです。


 こちらの神社の由緒は、次の通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「【鷲宮神社】
 埼玉県北葛飾郡鷲宮町鷲宮堀内の旧県社。神社本庁別表神社。お酉様・明神様とも。天穂日命・武夷鳥命・大己貴命ほか九柱。例祭は3月28日。土師流催馬楽神楽を奉納する。
 出雲族が創祀し、日本武尊が奉斎したと伝える。土師(はじ)宮が訛って鷲宮となり、大酉大明神とも称した。
 武蔵国造の奉斎となり造営がなされた。中世には関東の総社鎮護神として知られ、武将の崇敬が厚く、源頼朝が社殿を造営し、北条時頼が神楽を奉納、小山義政も社殿を修営した。
 室町期には足利氏や古河公方の庇護を受けた。江戸期には徳川将軍家が代々四百石を寄せた。
 全国には多くの分社がある。」

 また、東京堂出版刊「神社辞典」によると次の通りです。
「【鷲宮神社】
 埼玉県北葛飾郡鷲宮町。旧県社。祭神は天穂日命・武夷鳥命・大己貴命。
 社伝によれば天穂日命は東国経営のため武蔵国に到着され、供奉した二十七人の部族と地方の士族が当地の鎮守として奉斎したのが創祀と伝える。その後、日本武尊東夷平定の折、天穂日命の御子の武夷鳥命を相殿に奉祀したという。建長三年(1251)北条時頼が若宮別当法印をして、奉幣祈願をしたことが『吾妻鏡』にみえるのをはじめ武家の尊崇篤く建武二年(1335)新田義貞は神馬奉献。享徳五年(1456)古河公方成氏は足立郡・騎西領の領銭を以て当社修理料を寄せた。天正十九年(1591)徳川家康は先規により四百石を寄進し、歴代将軍が安堵している。
 明治元年(1868)神祇官直支配の準勅祭社に列せられた。
 関東神楽の源流という国指定重要民俗無形文化財の土師一流十二座神楽がある。
 太刀・銅鏡・古文書等国や県指定文化財の社宝が多数存在する。
 例祭3月28日。」


 平成26年8月に一度参拝しましたが、再び参拝に来ました。

 アニメ「らき☆すた」では「鷹宮神社」として登場しており、「聖地巡礼の地」として知られています。

 駅を出るとコンビニがあります。
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 一の鳥居になります。[画像:8bd4ff1c-s.jpg]

 境内は広く、清々しい感じがしました。良い感じです。

 社殿になります。
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 本殿は二ヶ所あります。向かって右側は「天穂日命・武夷鳥命」、左側は「大己貴命」を祀ります。つまり右側は鷲宮神社、左側は神崎神社の本殿となります。

 御朱印は、拝殿の向かいにある「授与所」にて頂きました。御朱印代は500円でした。
 「由緒書き」と笑門招福と書かれた「ステッカー」を頂けました。

 また、授与所には御守りや御神札といった授与品はありました。

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 私は、御守り(一体500円)を頂きました。




神社名:武蔵国鷲宮神社
鎮座地:埼玉県久喜市鷲宮町一丁目6‐1
祭 神:天穂日命 武夷鳥命 大己貴命
合祀神:建御名方神 伊邪那美神 大山祇神 宇迦之御魂神 大山咋神 天照皇大神 迦具土神 素戔嗚尊 菅原道真公
社格等:旧県社 准勅祭社 別表神社

前橋東照宮 夏越の大祓(群馬県前橋市本町)5

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 群馬県前橋市に鎮座する「前橋東照宮」の夏越の大祓の申込みを致しました。

 撤下品は、「茅の輪の御札」・「夏越御守り」・「入浴剤」になります。
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 初穂料は1,000円でした。

 社務所にて受付をしていました。巫女さんがいらっしゃいますので申し出て下さい。
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 社殿になります。
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 (´人`)




神社名:前橋東照宮
鎮座地:群馬県前橋市大手町三丁目13‐19
祭 神:徳川家康公 菅原道真公 木之花咲耶姫神 長壁様
社格等:旧県社
札所等:全国東照宮めぐり

上野総社神社 御守り(群馬県前橋市元総社町)5

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 群馬県前橋市の中心部から少し南にある神社になります。

 最寄り駅は、JR両毛線「新前橋駅」になります。徒歩では、少々かかりそうです。

 駐車場は、神社の北側にありました。自動車は、数十台は停められそうです。


 こちらの神社の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「群馬県前橋市総社町にある旧県社。祭神は磐筒男命・磐筒女命・経津主命・宇迦御魂命・須佐之男命ほか十柱。
 例祭は3月15日。13日に太々神楽を奉納する。1月14日が筒粥・火炭式、旧暦5月5日が粽(ちまき)祭り。10月9日の秋季大祭に神輿渡御があり太々神楽を奉納する。翌日には流鏑馬を奉納する。
 崇神天皇の皇子である豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)が下向したおり、経津主命とその親神の磐筒男・女命を祀ったという。
 安閑天皇の御代、社殿を改築し蒼海明神と称したと伝える。
 天平十年(738)に国内十四郡の五百四十九社を奉祀して総社明神となる。」

 また、東京堂出版刊「神社辞典」によると次の通りです。
「群馬県前橋市総社町。旧県社。祭神は磐筒男命・磐筒女命・経津主命・宇迦御魂神・須佐之男命ほか十柱と上野国内の五百四十九社の神々。
 社伝によれば、崇神天皇の御代の創建で、天平十年(738)国内十四郡の諸社を勧請して総社となしたという。江戸時代に朱印領二十六石を有した。
 例祭は3月15日であるが、筒粥及び火炭式(1月14日夜)・太々神楽(3月13日)・粽祭(旧5月5日)・流鏑馬式(10月10日)など古神事が多い。
 現本殿は元亀年間(1570〜03)再建のものといわれ県文化財。
 社宝の『上野神名帳』は著名。」


 上野国(現在の群馬県)の総社であり、総鎮守になる神社になります。

 鳥居になります。 
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 社殿になります。
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 御神体は「上野国神名帳」になるそうです。
 お宮参りをする家族に出くわしました。境内は広く、清々しい感じがしました。
 
 境内裏になります。
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 境内社が鎮座していました。

 授与所で御守り(一体700円)を頂きました。





神社名:上野総社神社
鎮座地:群馬県前橋市元総社町一丁目31‐45
祭 神:磐筒男命 磐筒女命 経津主命 宇迦御魂命 須佐之男命
相 殿:赤城大明神 抜鉾大明神 若伊香保大明神 伊香保大明神 岩根大明神 小祝大明神 榛名大明神 浅間大明神 火雷大明神 倭文大明神 上野国内五百四十九社
社格等:旧県社 上野国総鎮守
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日本のまほろばを探して社寺を参詣しており、社寺参詣道代表師範です。 管理部に所属する会社員。 取得資格:普通自動車免許、2級ファイナンシャルプランニング技能士(ファイナンシャルプランナー)、日商簿記検定2級、秘書検定2級、全経電卓検定3級、神社検定参級、安全衛生推進者
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