神社仏閣史跡巡り

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

弁財天

天開山浄土院大谷寺 坂東札所(栃木県宇都宮市大谷町)5

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 栃木県宇都宮市の西部にお寺はありました。

 最寄り駅は、JR宇都宮線・日光線「宇都宮駅」、もしくは東武宇都宮線「東武宇都宮駅」になります。
 徒歩でお寺まで行くのは無理ですので、バスをご利用ください。両駅から「立岩」バス停行きに乗り、「大谷観音」バス停下車します。ちなみに大谷観音バス停の一つ前が「切通し」、二つ手前が「大谷橋」バス停になります。

 お寺専用駐車場は門前にありました。参拝者のみ駐車できます。


 こちらの神社の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「栃木県宇都宮市大谷町にある天台宗の寺院。天開山。浄土院。坂東三十三か所十九番。通称大谷観音。
 一般に大谷石といわれる凝灰岩の自然洞窟に、本尊千手観音をはじめ釈迦・薬師・阿弥陀のそれぞれ三尊仏がレリーフされ、開創は空海と伝える。
 実際は平安初期から石窟寺院として整備されたと考えられ、いずれの尊像も重文かつ国指定特別史跡となっている。」

 また、雄山閣出版刊「日本名刹大事典」によると次の通りです。
「通称大谷観音。天台宗、天開山、浄土院。本尊は凝灰岩製の大谷石の自然窟の壁面に彫られた千手観音立像。
 寺伝によれば、寺の開創については空海が統治の岩窟の大きな蜂を退治し、千手観音などの仏を彫ったことにはじまるという。実際にはそうではなく、洞穴の壁面に千手観音立像や薬師三尊像などが高浮彫りされる平安初期以降に、洞穴寺院としての性格を整え、徐々に寺院化していったことと思われる。ともかく、坂東三十三か所観音霊場の一つとして、人々の信仰を集めたと思われる。戦国期から近世初頭の戦乱および宇都宮氏の改易で一時衰退したこともあったが、天海の弟子伝海が住持になるに及んで再び発展していく。なお、近世段階の大谷寺は寺領五石で、宇都宮市の粉河寺の末寺であった。
 大谷寺の磨崖仏である千手観音立像・釈迦三尊像・薬師三尊像・阿弥陀三尊像は、国指定の特別史跡と重要文化財に二重指定されている。
 現在、当寺は坂東巡礼の第十九番霊場、ないし石の里の仏として信仰を集めている。」


 山門になります。
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 入山料は大人400円、中学生200円、小人100円になります。

 本堂になります。
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 本堂内に入ると、ガンダーラみたいな感じの崖に掘られた千手観音や釈迦如来がいらっしゃいました。

 徳川家康と築山殿の間に生まれた長女で奥平信昌の正室「亀姫」が再興したことにより、寺紋は「三ツ葉葵」になります。

 境内になります。
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 宝物館があり、入山料400円で入館できます。
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 弁天堂になります。
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 御朱印は拝観受付にて頂けました。御朱印代は300円でした。
 坂東三十三観音霊場の御御影も一体(100円)頂きました。

 御守りやお線香といった授与品はありました。

 大谷観音から「多気不動尊(北関東三十六不動尊霊場十八番札所)」まで2匱紊覆里納動車ではさほどかからないかと思われます。合わせて参拝するのも良いかもしれません。





寺院名:天開山 浄土院 大谷寺
所在地:栃木県宇都宮市大谷町1198番地
宗 派:天台宗
本 尊:千手観世音菩薩
通 称:大谷観音
札所等:坂東三十三観音霊場 十九番札所
    下野七福神 弁財天
御詠歌:名を聞くも めぐみ大谷の 観世音 みちびきたまへ 知るも知らぬも

栄昌山 善宗寺(群馬県太田市)5

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群馬県太田市にある「栄昌山 善宗寺」に参拝してきました。
曹洞宗のお寺になります。

太田市の北部、栃木県足利市に近い所にありました。

国道50号線の「原宿」という交差点を北へ行き、一つ目の信号を西へ行くと「赤い旗」が目印になります。

近くには、渡良瀬川が流れており、太田市と栃木県足利市の県境に架かる「葉鹿橋」がありました。
また、道路を挟んで反対側には、雷電神社が鎮座していました。

最寄り駅は、JR両毛線「小俣駅」になります。
徒歩では、かなりかかりそうです。

駐車場は、入り口の横にありました。
自動車は、10台位は停められそうです。

お寺は、太田市の中心部からかなり外れており、桐生市や栃木県足利市にも近くいので、周囲は長閑な感じもします。

こちらのお寺は、元禄十二年(1699年)に同市内にある「祥寿山 曹源寺」の住職の隠居寺として創建されました。
詳細は不明です。
創建の経緯からして住職の無住の時代もあったそうで、その時は地域住民の集会所となっていたそうです。

かつては「原宿の寺」とも呼ばれていたこともあるようです。

駐車場に車を停めて、参拝です。

こちらが入り口になります。
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山門はなく、門柱がありだけでした。
上州七福神の赤い旗が目立ちます。

入口を入りると左側には、江戸時代造立の庚申塔、観世音菩薩、二十二夜塔、地蔵菩薩等が祀られていました。
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右側には、六地蔵がいらっしゃいました。
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ひっそりといらっしゃいました。

また、正面には本堂がありました。
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本尊である「阿弥陀如来」、「大黒天」が祀られています。
阿弥陀如来は、東上州新田秩父三十四観音霊場の札所本尊になります。

また、大黒天は上州七福神の一尊になります。
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一期一会と刻まれており、福々しい大黒様が彫られていました。
ないなか良いです。

本堂の左側には「弁天堂」がありました。
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「弁財天」が祀られています。
また、薬師如来と地蔵菩薩が祀られている祠もありました。続きを読む

大慈山光明寺(群馬県桐生市)5

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群馬県桐生市の「大慈山光明寺」に参拝してきました。
曹洞宗のお寺になります。

市内にある「桐生が岡遊園地」の近くにお寺はありました。

最寄り駅は、JR両毛線「桐生駅」・上毛電気鉄道「西桐生駅」になります。
徒歩では、約20分位はかかりそうです。

駐車場は、山門前にありました。
月極め駐車場と兼ねていますので、山門の左側の道路を通り過ぎると「吾妻公園駐車場」があります。
自動車は、数十台は停められそうです。

こちらのお寺は、「行基」が開創したと伝わっています。

吾妻山の近くにあるため、お寺はとても静かでした。

こちらが山門です。
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「大慈山」と扁額が掲げられていました。
仁王像が左右にあるので、「仁王門」になります。

山門を入ると、右側には「観音堂」がありました。
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本尊である「千手観世音菩薩」が祀られております。
東上州三十三観音霊場の札所本尊になります。

その観音堂には、柄杓(ひしゃく)が沢山吊り下がっていました。
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底が抜けるようにお産が軽くすむことを願って奉納したものだそうです。

「開運厄除け・安産子育て・諸願成就に霊験あらたか」の観音様だそうです。
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「御札・御守り・御仏籤・御祈祷はお申し出ください。」と看板に書いてあったので、授与品があったり、祈祷をして頂けるかもしれません。

本堂に上がる階段の横には七福神の「弁財天」が祀られていました。
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「桐生七福神」の札所になっているため祀られています。
何だか可愛らしい弁財天です。

また、境内にはお地蔵様がいらっしゃいました。

御朱印は、本堂の左側にある「庫裡」で頂けました。
御朱印代、300円でした。

由緒書きは、ありません。

吾妻公園の隣にあるので、参拝したときは公園で散策できそうです。





寺院データ
寺院名:大慈山 光明寺
所在地:群馬県桐生市宮本町三丁目9‐15
宗 派:曹洞宗
本 尊:千手観世音菩薩
札所等:東上州三十三観音霊場 三十二番札所
    桐生七福神 弁財天
御詠歌:有り難や誓いも深き千手堂 二世安楽と誰も頼まん

不忍池弁天堂(東京都台東区)5

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東京都台東区にある「不忍池弁天堂」の御朱印になります。
上野恩賜公園内にあり、東叡山寛永寺の管轄のお堂です。

最寄り駅は、JR山手線・東京メトロ銀座線・日比谷線「上野駅」になります。

駐車場は、見当たりませんでした。
自動車で行かれる方は、周辺の有料駐車場を利用した方が良いかもしれません。

近くには、同じ東叡山寛永寺の管轄の「清水観音堂」もありました。

参拝したのは2月1日だったため、不忍池には午後でも日陰になるところでは、氷が張ってました。

弁天堂は、目立つ所にあるので、参拝者は多かったです。

御朱印は、お堂の内部の左側にある「授与所」で頂けました。
御朱印代は、300円でした。

女性の方に対応して頂きました。
かなり立派な御朱印だったので、そのギャップにびっくりしました。

由緒書きはありました。

御守りや御札といった授与品はありました。

また参拝してみようと思ってます。

谷中七福神が通年対応ならばなぁ・・・




寺院データ
寺院名:東叡山寛永寺 不忍池辯天堂
所在地:東京都台東区上野公園2‐1
宗 派:天台宗
本 尊:辯才天 大黒天
札所等:谷中七福神 辯才天

小網神社(東京都中央区)5

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東京都中央区日本橋小網町に鎮座する「小網神社」に参拝してきました。

最寄り駅は、東京メトロ日比谷線・都営浅草線「人形町駅」になります。
A2出口より出て、徒歩で5分位の所にありました。

日本橋小学校の近くにあり、参拝したときは平日でだったので、児童の賑やかな声が聞こえました。

こちらの神社は、ビルの谷間にあるといった感じの神社になります。

提灯です。
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小網神社の説明板です。
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「当神社は、伊勢神宮を本宗として、文正元年(1466)今より約五五○年ほど前に、商売繁盛、疫病鎮静の神として鎮座した。
初めは、小網山稲荷院万福寿寺を別当寺とした稲荷神社であった。その後昭和初期までは、小網稲荷神社と号し、江戸時代から稲荷堀稲荷(とうかんぼりいなり)とも称されていた。
その後太田道灌は、当社への崇敬篤く、時折参拝し、社地を奉じ、社殿を造営したといわれる。社名も公の命名によると伝えられる。
さて、戦時下では、当社の「強運厄除守」を奉戴した者の多くが、戦地より無事帰還したことから、都内は勿論、各地より強運厄除の御神徳を戴き、自らの運を強め、豊かで明るい生活を求める参拝者で賑わう。」

やはり古社です。

こちらのお寺は、太平洋戦争の時、この神社の御守りを持って出陣した氏子の兵士達が全員帰還したという逸話があり、「強運厄除」の御神徳がある神社になります。

境内は、とても狭いですが、「強運」の神社だけあり、とても良い雰囲気です。
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社殿の向拝に施されている「昇り龍」と「降り龍」の彫刻は、とても素晴らしいです。続きを読む
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