神社仏閣史跡巡り

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

山岳信仰

日光二荒山神社(栃木県日光市山内)5

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 栃木県日光市山内の日光東照宮の隣に鎮座していました。

 最寄り駅は、東武日光線「東武日光駅」になります。


 こちらの神社の由緒は、次の通りです(國學院大学日本文化研究所編『神道辞典』による)。
「〈祭神〉二荒山大神(大己貴命、田心姫命、味耜高彦根命)
 〈指定文化財〉大太刀一口、小太刀一口(国宝)、金銅装神輿(三基)、御撰和歌集、大太刀二口、太刀一口、剣、下野国男体山頂出土品、温泉神社銅祠(重文)。本社本殿・拝殿・神輿舎・神橋、中宮祠本殿・拝殿をはじめ本社・別宮・末社の主要建造物の多くが重文。
 〈例祭日〉4月17日(弥生祭、4月13〜17日) 〈神事〉武射祭・蟇目式(ひきめしき)神事(1月4日)、開山祭(5月5日)、登拝祭(7月31日〜8月8日)、日光連山登拝祭(8月下旬)、仲秋登拝祭(9月21日)、閉山祭(10月25日)
 〈由緒〉関東平野北方に聳える二荒山(男体山)は神の鎮まる霊峰として太古より信仰されたが、天応二年(782)沙門勝道が初登頂の大願を果たし、山頂に小祠を祀ったのを頂上奥宮の起源とする。一説によれば『延喜式』には名神大社に列し、神階は正一位に進んだとされるが、『延喜式』に記載された二荒山神社は宇都宮二荒山神社とする説もある。
 日光市山内にあり、東照宮に隣接する本社のほか、中禅寺湖畔に中宮祠が、さらに男体山頂に奥宮が鎮座する、二荒山の名義については、弘仁七年勝道上人の開闢により男躰女躰の二神が現われた、すなわち二現(ふたあれ)からきたとする説。あるいは、観音浄土の補陀落浄土から転じたとするせつなどがある。
 十七世紀はじめ、幕府により、この古来の聖域の上に東照宮が創建されることとなり、この神社も幕府から地主神として厚遇を受けた。江戸時代まで神領は七十余郷という広大なものであったが、今も男体山はじめ女峯山、赤薙山、太郎山、大真名子山、小真名子山、前白根山、奥白根山のすべてが境内で3,400ヘクタールに及び、華厳滝やいろは坂もここに含まれる。日光市の氏神としての氏神としての崇敬も受けている。
 男体山山頂からは昭和三十四年の学術調査により古墳時代にはじまるおびただしい信仰遺物が出土しており重文に指定されている。
 〈旧社格〉国幣中社(明治六年)」


 東照宮側からくると神門がありました。
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 境内の全景になります。
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 当日は小雨が降っており、霧がかかりとても幻想的でした。

 拝殿です。
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 神楽殿かと思われますが、中に大黒さまがいらっしゃいます。
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 御朱印は、祈祷受付で頂けました。御朱印代は500円でした。
 御守りや御神札といった授与品はありました。





神社名:日光二荒山神社
鎮座地:栃木県日光市山内2307番地
祭 神:二荒山大神(大己貴命 田心姫命 味耜高彦根命)
社格等:延喜式内社 下野国一宮 旧国幣中社

金鑚神社(埼玉県児玉郡神川町二宮)5

埼玉県児玉郡神川町に鎮座する「金鑚神社(かなさなじんじゃ)」に参拝してきました。
旧官幣中社になる神社になります。

駐車場はありました。


こちらの神社の由緒は次の通りです(國學院大学日本文化研究所編 弘文社刊『神道事典』より)。
「〈指定文化財〉多宝塔(重文)、鏡石(特別天然記念物)
〈例祭日〉4月15日 〈神事〉火鑽祭、筒粥神事
〈由緒〉式内社。日本武尊が伊勢神宮において倭姫(やまとひめ)命から天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)添えて火鑽金(ひきりがね、火打ち石)を賜り、この剣で賊を打ちはらい、火を放って退治した。日本武尊は東国を平定した帰路、火鑽金を御室岳に鎮め、天照大神と素盞嗚尊を祀ったと伝えられ、本社はこの山を神奈備として本殿を設けない。
 『延喜式』では明神大社に列し、児玉郡の総鎮守、武蔵国二の宮として崇敬され、一社相伝の金鑚神楽獅子舞が伝承されている。
〈旧社格〉官幣中社(明治十八年)」


埼玉県さいたま市の中の旧大宮市に鎮座する「大宮氷川神社」を一ノ宮とすると、こちらの神社は「二ノ宮」になるそうです。

鳥居になります。
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社号標になります。
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先に進みます。

二の鳥居になります。
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こちらが多宝塔になります。
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先に進みます。

こちらが社務所です。
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こちらで授与品や御朱印を頂きます。

先に進みます。

鳥居があります。
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手水舎がありました。
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手と口を漱いで参拝です。

こちらは神楽殿でしょうか?
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こちらが社殿になります。
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(´人`)

後ろを覗きこむと。
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本殿がありません。
御室岳を御神体とするためでしょう。

こちらの建物は何でしょうか?
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境内社でしょうか?

御朱印や授与品は社務所にて。



神社名:金鑽神社(かなさなじんじゃ)
鎮座地:埼玉県児玉郡神川町二宮750番地
祭 神:天照大神 素盞嗚尊
配 祀:日本武尊
通 称:二宮さま
社格等:延喜式内社(明神大社) 官幣中社 武蔵国二宮(五宮) 児玉郡総鎮守

三夜沢赤城神社 御神札(群馬県前橋市三夜沢町)5

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群馬県前橋市にある「三夜沢赤城神社」に参拝してきました。
旧県社になります。

群馬県前橋市の北部、旧宮城村に神社は鎮座していました。

以前の参拝日記⇒三夜沢赤城神社(群馬県前橋市)


こちらの神社の由緒は、次の通りです(境内の案内板より)。
「赤城神社は東国開拓の神々が祀られている古来の名社である。
東国経営にあたった上毛野君の創祀以来 国司 武将が篤く崇敬し朝廷からも承和六年(839年)に従五位下を賜られ 元慶四年(880年)に従四位上にあげられ 延喜式には名神大社に列せられた 長元九年(1028年)頃には正一位に叙せられ 次いで 上野国の二宮とうやまれていた赤城山は高く 美しく うしろに山々をひかえて 雄然と聳えている
山頂の小沼から出る粕川を始め各河川は麓の村々をひろくうるほしている その尊厳と恩恵とはみ山とよはれ親しまれ尊はれ上毛野君の昔から祀りつかれて来た分社は群馬県下のみで七十八社その他を併せると三百余社に及ぶ 昭和十九年(1944年)には国幣中社に昇格の内定があったが 終戦後は国土建設 開拓精神発揚のため 神威益々顕著である」


こちらの神社は、赤城山をご神体とする「山岳信仰」の神社になります。
赤城山は、上毛三山の一山になります。

鳥居になります。
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二の鳥居だそうです。
木造の鳥居のようですね。

社号標になります。
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境内に入ると、右側には手水舎がありました。
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御神池に手水舎はあります。
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手と口を漱いで参拝です。

境内には、サワラの木がありました。
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結構大きな木です。

参道を進みます。
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右側には、神代文字が書かれた碑がありました。
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こちらが案内板になります。
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参道の左側には、鎌倉幕府三代将軍源実朝が詠んだ歌碑がありました。
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「上野の勢多の赤城のからやしろ やまとにいかであとをたれけむ」と詠まれています。

こちらが狛犬になります。
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結構いかつい顔をしています。

先に進んでいきます。
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こちらが社殿になります。
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「神明造」になります。
「赤城神・大己貴命・豊城入彦命」の三柱が祀られています。

(´人`)

ここまでくると、何だか森の中に来たようです。続きを読む

三夜沢赤城神社(群馬県前橋市)5

群馬県前橋市に鎮座する「三夜沢赤城神社」に参拝してきました。

前橋市の北部、富士見町に神社はありました。

赤城山の中腹に鎮座しているといった感じでした。

鳥居の左側に大きな駐車場がありました。
自動車は、数十台くらいは停められそうです。


こちらの神社の由緒は、以下の通りです。
「赤城神社は東國開拓の神々が祀られている古来の名社である
東國経営にあたつた上毛野君の創祀以来 國司 武将が篤く崇敬し朝廷 からも承和六年(西暦八三九年)に従五位下を贈られ 元慶四年西暦八八〇年に従四位上にあげられ 延喜式には名神大社に列せられた 長元九年(西暦一〇二八年)頃には正一位に叙せられ 次いで 上野國の二宮とうやまわれていた赤城山は高く 美しく うしろに山山をひかえて 雄然と聳えている
山頂の小沼から出る粕川を始め各河川は麓の村〃をひろくうるほしている その尊厳と恩恵とはみ山とよはれ親しまれ尊はれ上毛野君の昔から祀りつかれて来た分社は群馬県下のみで七十八社その 他を併せると三百余社に及ぶ昭和十九年(西暦一九四四年)には國幣中社に 昇格の内定があつたが 終戦後は國 土建設 開拓精神発揚のため 神威 益々顕著である」

こちらが鳥居になります。
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木製の鳥居のようです。
かなり大きいです。

こちらが社号標碑になります。
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旧県社になります。
また、上野国の二ノ宮にあたる式内社の神社になります。
大洞赤城神社と二宮赤城神社も式内社で二宮ですが、どうなんでしょうか?

こちらが由緒が書かれた案内板です。
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参道を進んでいきます。
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こちらが手水舎になります。
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池の中にあるといった感じです。
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鯉が泳いでました。

参道を進んでいきます。
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歌碑がありました。
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鎌倉幕府三代将軍源実朝が詠んだ歌です。
「上野の勢多の赤城のからやしろ やまとにいかであとをたれけむ」

こちらが「神代文字」が書かれた碑になります。
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漢字が伝わる前に使われた文字です。
ネットを見ていたら、「神代文字はハングル文字からできている」とふざけた書き込みを見ましたが、全く別の文字ですのであしからず。
案内板です。
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こちらが社殿になります。
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神明造でしょうか。

こちらの神社は、赤城山の中腹に位置していますので、森の中に居るといった感じでした。
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境内には、御神水を持ち帰る方々が多くいらっしゃいました。続きを読む

黒髪山神社(群馬県榛東村)3

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群馬県榛東村に鎮座する「黒髪山神社」に参拝してきました。

高崎市の北にある自衛隊の演習場の近くに鎮座しています。

「井戸尻」という交差点の近くにある、溜め池の反対側に神社の看板と鳥居がありました。

これといった最寄り駅はないので、自動車で行かれた方が良いかもしれません。

駐車場は見当たりませんでした。
自動車は、鳥居前に2台位は停められそうです。

こちらの神社は、上毛三山の一つ榛名山にある「相馬山」を御神体とする山岳信仰の神社になります。
相馬山は、別名「黒髪山」というため「黒髪山神社」という神社名になったようです。

上毛新聞社刊「上州のお宮とお寺 神社篇」には、以下が書かれていました。
「相馬山には、日本武尊が、東夷征伐の時に登ったという伝説もあります。
また尭恵も北国紀行に
たが袖の秋の別れか櫛の歯の 黒髪山ぞなまくしぐるる
と詠んでいます。
黒髪山は“くらおかみ”、すなわち雷電の発生する山である。
〈中略〉
この地帯の人達が、この雷に対していただいた恐怖は、われわれの想像以上である。
それと同時に、水源神としての信仰心も認められるのである。
ただし、山に対する信仰心は、山の頂上において礼拝することから発生したものでは無いように思える。
山を仰ぎ見ることのできる所で礼拝ははじまったのである。
いわゆる里宮が先に生まれたと思える。」


また、榛東村役場のホームページには、以下の由緒が掲載されていました。
「相馬山は山岳信仰の霊山として厚く信仰されていた。
しかし、険阻なため老人、婦女子には登拝が困難なため里宮建立の気運が高まり南和十郎ほか地元の有志が発起人となり、山頂に社を造営したのち、明治20年現在地に神道修成派上野祠(黒髪山神社)を完成した。
節分、二年参りなどの祭典には講社によって村内は勿論、前橋、高崎方面からの信者で賑わう。
祭神は大山祇命。」


こちらの神社の周辺は、かなり長閑になります。
しかし、こちらの神社に来る途中に自衛隊の演習場があるため、大きなレーダーが数基あるのが見えました。
何だか周辺の風景に似つかわしくない感じもしましたが、仕方ありません。

こちらの神社は、「群馬名所百選」に選ばれている神社だそうです。
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こちらが鳥居になります。
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右側には、神楽殿がありました。
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境内に入ると「講」と思われる石碑が多くありました。
「光正霊神」・「喜元霊神」・「天流摩夜天宮」と刻まれていました。どのような「講」なのかは、全くわかりませんですし、あえて調べません。興味もないですし・・・

また、手水舎の隣にも「講」のものと思われる石碑が多くありました。
何だか異様な感じもしましたが・・・
その碑の写真を撮る気がおきませんでした。

唯一撮ったのが「御嶽山神社」の碑です。
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いわゆる「御嶽教」の講の碑でしょうか・・・
社殿の左側にありました。

参道を進んでいきます。
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石段を上がり左側には、赤松がありました。
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ずいぶん立派です。

先に進んでいきます。続きを読む
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