神社仏閣史跡巡り

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

大国神社

沼田榛名神社(群馬県沼田市榛名町)5

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 群馬県沼田市榛名町に鎮座する神社になります。

 最寄り駅は、JR上越線「沼田駅」になります。徒歩で神社まで10分位かと思われます。

 駐車場は門前にあり、自動車は5台位は停められそうです。


 こちらの神社の由緒は、次の通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「群馬県沼田市榛名町の旧県社。宝高明神とも。埴山姫命(はにやまひめのみこと)・倭健命(やまとたけるのみこと)・菅原道真命。例祭は4月8日。
 古来、沼田城内に鎮座した三社を合祀した。倭健命を祀る宝高明神と現社地の碓根子明神(菅原道真)と城主の沼田顕泰の妻の産土神である埴山姫命(榛名山神)である。以来、代々の城主の崇敬が篤く、本殿は真田信幸、鳥居は本多長矩の寄進である。
 昭和三年(1928)に御大典記念に県社に昇格した。」

 鳥居になります。
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 手水舎になります。
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 神楽殿です。
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 社殿になります。
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 参拝していたら、家族連れでお参りしている方々に出くわしました。
 本殿は真田信幸の奉納だそうです。大河ドラマ「真田丸」では大泉洋さんが演じてました。

 境内の左側には授与所がありました。
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 御神札や御守りといった授与品がありました。

 御朱印は、社殿の左側にある会館(祈祷受付兼御朱印受付)で頂けました。御朱印代は300円でした。






神社名:沼田榛名神社
鎮座地:群馬県沼田市榛名町2851番地
祭 神:埴山姫命 倭健命 菅原道真命 建御名方命
社格等:旧県社

大国神社(群馬県伊勢崎市境下渕名)5

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 群馬県伊勢崎市の南部、旧佐波郡境町に神社はありました。

 駐車場はありました。自動車は10台以上は停められそうです。


 こちらの神社の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「群馬県佐波郡境町下渕名の旧郷社。延喜式内社。祭神は大国主命・日葉酢媛命 渟葉田瓊入媛命・罔象女命・素盞鳴命。例祭は10月22日で獅子舞の奉納がある。7月25日には神輿渡御がある。
 垂仁天皇朝に丹波国から勧請したと伝える。
 五護宮・第五姫明神と称し、国内神名帳に従一位と記される。
 淵名三十六郷の総鎮守となる。」

 群馬県神社庁伊勢崎佐波支部著「伊勢崎佐波の神社誌」よると次の通りです。
「延喜式神名帳に『上野国大國神社』、上野国神名帳に『従一位大國神社』と記されるのが当社である。
 縁起によれば、第十一代垂仁天皇の九年(約ニ千年程前)四月より天候不順で大干魃が続いたために、疫病が流行り人蓄共に大半が死亡したという。これを深く憂い給いた天皇は、諸国の名神に祈雨のため奉幣し、東国には奉幣使として百済の車臨を遣わした。垂仁天皇十一年九月、その車臨が当地に来て老松の樹下に一夜の宿をとった。翌朝、前の池で手を洗う白髪頭の翁を見つけ名を尋ねると、『吾は大国主命なり。』と答えた。それを聞いた車臨は、『私は疫病平癒と降雨祈願のために、天皇の勅を奉じて遣わされた奉幣使です。どうか国家の大難をお救いください。』と嘆願した。翁は『よし、よし。』と答えるやいなや、その姿は立ち消え、しばらくすると巽(東南)の方角から風が吹き始め、雨が降り始めた。この降雨のおかげで草木は蘇生して五穀豊穣となり、疫病もおさまった。天皇は車臨を賞して左大臣の位を授けると共に、当地を下賜して大国主命を奉斎せしめた。
 同十五年九月、丹波国穴太郷より五媛の宮を奉遷して配祀神とした。その後、称徳天皇の御代の神護景雲元年(767)、勅を奉じて当地に来た従五位上佐位釆女が、大国主命を国の造神と號し、渕名荘三十六郷の総鎮守として当社の社殿を修造した。
 光格天皇の文化元年(1804)現在の社殿に改築し、明治七年には熊谷県北第十六第区の佐位・那波両郡四十二ヶ村の郷社に列せられた。さらに、同四十年三月二十五日、無格社御手洗神社、八坂神社を合祀して今日に至る。
【古老の伝説】
 当神社は古くは五護之宮、五后之宮とも称され、また第五姫大明神と世俗に言われているのは、垂仁天皇の十五年九月、丹波国穴太郷より日葉酢媛命(ひはすひめのみこと)・淳葉田瓊入媛命(ぬはたにいりひめのみこと)・真砥野姫命(まとのひめのみけと)・薊瓊入媛命(あざみにいりひめのみこと)・竹野媛命(たかのひめのみこと)の五姫の宮を奉遷して配祀神としたためと伝えられ、『第五姫大明神』と書かれた古い額面が現存している。」


 普段は無住の神社になります。延喜式内社なのに残念です。

 一の鳥居になります。
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 先に進みます。
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 4月3日に参拝しましたので「春祭」が行われました。
 境内の桜が満開でとても綺麗です。
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 社殿になります。
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 社殿には、大黒天と恵比寿天の描かれた絵馬が掲げられていました。
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 なかなか福々しい笑顔になります。

 境内社として「渕名天満宮」が鎮座していました。。
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 「菅原道真公」を祭神としています。

 春祭でしたので授与所が開いており、御守りが頂けました。一体500円です。御神札は、一体500円と1,000円がありました。





神社名:大國神社(おおくにじんじゃ)
鎮座地:群馬県伊勢崎市境下渕名2827番地
主祭神:大国主命
配祀神:日葉酢媛命 淳葉田瓊入媛命 真砥野姫命 薊瓊入媛命 竹野媛命 罔象女命 素盞鳴命
社格等:延喜式内社 上野国五宮 旧郷社 

大國神社(群馬県伊勢崎市)4

群馬県伊勢崎市に鎮座する「大國神社」に参拝してきました。

伊勢崎市東部、太田市に近いところに神社はありました。
国道17号線の「大国神社前」という交差点の所に鎮座しています。

駐車場は、社務所の裏手にありました。
自動車は、十台位は停められそうです。

こちらの神社は、延喜式神名帳に記載されている「式内社」になります。

一の鳥居です。
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国道17号線沿いにありました。
稲荷鳥居っぽいです。
「延喜式内 上野十二社 郷社 大國神社」の文字が誇らしげです。

境内は、さほど広くはありません。

二の鳥居です。
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二の鳥居の先には社殿がありました。
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「大国主命」が祀られています。
社殿は、なかなか古そうで、立派でした。

こちらの神社の由緒は次の通り。
垂仁天皇の御世に、干ばつが続き、疫病が流行った為に、天皇は百済の車臨を東国に使わし、この地に差し掛かったところ、白髪頭の翁を見つけました。
「吾は、大国主命なり。」と答えました。
疫病平癒と降雨祈願をしたところ、雨が降り、疫病がおさまりました。
その後、この地に大国主命を奉斎したそうです。

境内には石幢がありました。
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