神社仏閣史跡巡り

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

八幡神社

前橋八幡宮 再拝 御朱印&御守り(群馬県前橋市本町)5

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 群馬県前橋市の中心部、国道50号線と国道17号線の交わる交差点から遠くない所に神社は鎮座しています。

 最寄り駅は、JR両毛線「前橋駅」になります。徒歩では少々歩きます。

 神社専用の駐車場は、ありません。周辺には、有料駐車場がありますので、自動車で来られた方はそちらを利用してください。



 こちらの神社の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「前橋市本町の旧県社。祭神は品陀和気命・息長足媛命。例祭は9月15日。
 1月9日の初市祭はだるま市として知られる。また、子育て八幡の信仰から七五三祭はにぎわう。
 在原業平の後裔の業重が石清水八幡宮を勧請したという。
 永禄年間(1558〜1570)に兵火に遭ったが、元亀・天正年間(1570〜1592)に北条氏らの武将が神田を寄進した。
 徳川将軍家から十五石の朱印領が寄せられた。藩主の酒井・松平両氏が代々崇敬し、前橋の総鎮守として市井の信仰も厚い。」


 公園内に鎮座しているといった感じです。

 鳥居になります。
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 手水舎になります。
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 社殿になります。
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 境内。
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 神社周辺は前橋市の中心部なので、買い物や食事ができるお店が多いです。

 久し振りの参拝なので、御朱印と御守りを一体(300円)頂きました。
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 境内にある授与所は閉まっているので、社務所で頂きました。
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 社務所の所在地は「前橋市本町二丁目7‐2」になります。
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神社名:前橋八幡宮
鎮座地:群馬県前橋市本町二丁目9‐21
祭 神:誉田別命 比売大神 息長帯比売命
社格等:旧県社

樺崎八幡宮(栃木県足利市)5

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 栃木県足利市の北東部に神社は鎮座していました。

 駐車場は、道路沿いにありました。


案内板による由緒。
「樺崎八幡宮は、正治元年(1199)、足利義兼の生入定の地に八幡神を勧請し、義兼の霊を合祀したことに由来する。
 本殿は、天和年間(1681〜1684)の再建といわれ、昭和六十三年度・平成元年度の保存修理で、本来の造りであった隅木入春日造(軒唐派風)に復元した。
 この建物は意匠上においても種々の面で卓抜したものがあり、歴史的由来とあわせて価値の高い建造物である。
 (昭和六十一年九月二十四日 足利市指定)

※足利義兼は、奥州藤原氏征伐の後、建久年間(1190〜1199)、この地に下御堂(法界寺)を創建した。
 義兼は正治元年、当地にて入寂、その子義氏は、法界寺の諸堂宇を整備するとともに八幡神を勧請した。
 足利将軍家の衰退とともに法界寺もその庇護するところを失い、現在では樺崎八幡宮を残すのみである。」


 私が参拝した4月16日は春季大祭が行われており、社務所には氏子さんが詰めておりました。

 参道です。
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 先に進みます。
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 こちらが社殿になります。
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 (´人`)
 境内の神楽殿では神楽が舞われていました。
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 御朱印は、参道右側の社務所で頂けました。普段は非常駐のため社務所の掲示にある電話番号にかけて社務所に来ていただき、御朱印を頂けます。御朱印代は300円でした。
 由緒書きはありました。




神社名:樺崎八幡宮
鎮座地:栃木県足利市樺崎町1723番地
祭 神:誉田別命 源義兼公(足利義兼公)
社格等:旧郷社

玉村八幡宮 御守り(群馬県佐波郡玉村町下新田)5

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 群馬県佐波郡玉村町にある「玉村八幡宮」に参拝してきました。

 以前の参拝日記は→こちら

 玉村町の中心部、玉村高校・玉村小学校・玉村町役場の近くに神社は鎮座しています。
 神社の南には「日光例幣使街道」が東西にあり、「玉村宿」の中心部になります。

 最寄り駅は、JR新町駅、高崎駅、前橋駅、伊勢崎駅になります。
 玉村八幡宮のホームページによると、JR新町駅より北方へ徒歩60分から90分で着くそうです。また、新町駅や高崎駅からはバスの便があるそうです。

 神社専用駐車場はありました。自動車は、数十台は停められそうです。


 こちらの神社の由緒は、次の通りです(群馬県神社庁伊勢崎佐波支部著『伊勢崎佐波の神社誌』より)。
「当社は、霊元天皇の貞享四年(1686)、前橋藩の儒官古市剛によって記された『玉村八幡宮本紀(当社所蔵)』によれば、後鳥羽天皇の建久六年(1195)に、源頼朝が上野奉行安達藤九郎盛長をして鎌倉・鶴岡八幡宮より御分霊を勧請して創建した。当町内に鎮座する角渕八幡神社を元宮とする。
 時は下って後陽成天皇の慶長十年(1605)、徳川家の臣で関東郡代伊奈備前守忠次が、当地の新田開発に任あたって『今我荒原を以て熟田と成さんと欲す。附して請い願わくは神霊我を祐(たす)けよ。若しその功成る時は則ち感謝するに神社の造立を以てせん。』とその成就を祈願し、前橋の総社から天狗岩用水を延長する代官堀(滝川用水)を開削して開田するという一大事業が無事竣工した、同十五年(1610)に角渕八幡神社の本殿を移築して現在地に奉斎した。境内地は、伊奈備前守の陣屋(現在の小字名御殿、旧玉村中学校裏手)と開発に協力した和田与六郎の屋敷(現在の玉村高校)に挟まれた中世の環濠屋敷跡とされ、上新田と下新田の境に位置する。
 明正天皇の寛永十五年(1638)、前橋藩主酒井雅楽頭忠清によって修理が加えられ、後光明天皇の慶安二年(1649)八月三代将軍家光より朱印地三十石の神田を賜わる。
 また、前年の正保三年(1646)、朝廷において日光東照宮の神前に金幣を奉呈するために例幣使が派遣された。以来、当地玉村宿は中山道倉賀野宿を分岐とする例幣使街道の第一宿となり、三国街道別路と交差する地の利もあって例幣使街道十三宿中最も規模が大きくて繁盛する宿場となった。
 霊元天皇の寛文七年(1667)、再度前橋藩主酒井忠清によって社殿の修理が成された。貞享元年(1684)には、前橋藩主酒井雅楽頭忠明が新院良仁法王(後西天皇)の御宸筆、『八幡大菩薩』の神號を奉納し、東山天皇の元禄十六年(1703)に修理が加えられた。次いで、中御門天皇の享保十一年、さらに延享四年(1747)の両度、前橋藩主酒井雅楽頭親愛によって修理が加えられた。しかし、桃園天皇の寛延二年(1749)に崇敬篤志家である酒井氏が播磨国姫路に移封されて以降は領主による修理は行われず、以降は七郷十二ヶ村が協議の上『修造講』を興し、その講金に朱印地の収穫を合わせて祭儀の執行と社殿修理に充てるようになり、今日に至っている。
 明治七年村社に列せられ、同四十一年一月三十一日、下新田の無格社諏訪神社・無格社御殿稲荷神社・無格社神明宮、上福島の村社稲荷神社、与六分その稲荷神社を合祀する。また、明治四十一年八月一日には、本殿が内務省より特別保護建造物に指定され、大正十四年九月、県社に列せられた。
 昭和十一年に国の指導のもとに本殿の解体修理が為され、建築の時代考証において室町様式が確認されると共に、貴重な発見がされた。さらに、昭和二十五年八月、文化財保護委員会によって重要文化財に改めて指定されている。」


 国道354号線は門前を走っていましたが、神社の北側に移動し、バイパス?になったようです。
 「日光例幣使街道」沿いにある神社には違いありません。

 街道沿いに鳥居があります。
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 参道を進むと、随神門があります。
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 境内は広くて、清々しく良い雰囲気で、また神威を感じます。
 1月31日に参拝しましたが、赤城下ろしが吹く寒い日でした。

 社殿になります。
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 (´人`)

 境内社の弁天社も合わせて参拝しました。祭神は市杵島姫命になるのでしょう。
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 金運が向上するといいな(・ω・)

 参拝後、授与所にて「大願成就 勝守」を頂きました。初穂料は一体600円になります。
 また、授与所には各種御守り(600円〜)や各種御神札(500円〜)、御神籤等の授与品がありました。
 
 御朱印はあります。また、オリジナル御朱印帳もあります。

 鳥居の近く、日光例幣使街道沿いにある「福嶋屋」は和菓子の老舗になるそうで、以前テレビ東京の土曜日の旅番組「日光例幣使街道歩き旅」で俳優の原田龍二さんが訪れたそうです。また、玉村八幡宮にも参拝したそうです。




神社名:玉村八幡宮
鎮座地:群馬県佐波郡玉村町下新田1番地
祭 神:誉田別命 気長足比売姫 比弯
配 祀:素盞嗚命 健御名方命 大鷦鷯命 熊野久須毘命 大己貴命 倉稲魂命 火産霊命 大日孁命 豊受姫命 菅原道真命 伊弉諾命 伊弉冉命 櫛御気命 瓊々杵命
社格等:旧県社

浅海八幡宮(群馬県みどり市)5

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群馬県みどり市に鎮座する「浅海八幡宮」に参拝してきました。

最寄り駅は、JR両毛線「岩宿駅」になります。
徒歩ではかなりかかりそうです。

駐車場は、見当たりませんでした。
自動車は、境内に数台停められそうです。


こちらの神社の由緒は、次の通りです(由緒書きより)。
「勧請年月不詳
新田郡神社概誌によれば当神社境内は、もと上野國神名帳に記載の従五位上阿波明神の鎮座地と伝えられ、すこぶる景勝の地であるので仁安(1169〜1171年)年中に新田義重卿が八幡宮を勧請し奥の宮と称し神田を寄進した。
以来、新田家の崇敬篤く、元弘三年(1333年)新田義貞公挙兵を起こし笠懸野に陣するや一族の金谷経氏を使わし戦捷を祈願した。
慶應(1865〜1868年)年中前橋城主松平大和守幣帛を献上した。
大正七年十月付近の神社七社を合祀した。」


こちらが入口になります。
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隣には、大きな案内板がありました。
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古社のようです。

参道を進んでいくと鳥居がありました。
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1716年に建てられたようです。

進んでいきます。
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長い参道です。

ようやく境内に着きました。
阿左美沼の畔にあり、競艇場があるため、開催日は競艇が走る音が気になります。
私は、全く競艇はしません。

境内の右側には「猿田彦大神」と刻まれた碑がありました。
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左側には神楽殿がありました。
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どんな神楽が舞われるのでしょうか?

こちらが社殿になります。
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(´人`)

本殿になります。
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こちらの神社ではご祈祷を受け付けているようで、貼り紙かしてありました。

こちらが授与品になります。
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無人ですが、大丈夫なんでしょうか?

御朱印は、社殿にある授与品の箱の中にありました。
書き置きになります。
御朱印代は、300円でした。



神社データ
神社名:浅海八幡宮
鎮座地:群馬県みどり市笠懸町阿左美1175番地
祭 神:誉田別尊 比売大神 息長帯比売命

鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市)5


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神奈川県鎌倉市に鎮座する「鶴岡八幡宮」に参拝しました。
旧国幣中社になります。

最寄り駅は、JR横須賀線「鎌倉駅」になります。
徒歩では10分位になります。

神社専用駐車場は見当たりませんでした。
自動車で行かれる方は、有料駐車場を利用した方が良いかもしれません。
しかし、周辺の道は混み逢いますので公共交通機関の方が良いかもしれません。


こちらの神社の由緒は、次の通りです。
「当宮は康平六年(1063)源頼義が奥州を平定して鎌倉に帰り、源氏の氏神として出陣に際してご加護を祈願した京都の石清水八幡宮を由比ヶ浜辺にお祀りしたのが始まりです。
その後、源氏再興の旗上げをした源頼朝公は、治承四年(1180)鎌倉に入るや直ちに御神意を伺って由比ヶ浜辺の八幡宮を現在の地にお遷しし、建久二年(1191)には鎌倉幕府の宗社にふさわしく上下両宮の現在の姿に整え、鎌倉の町づくりの中心としました。
また、頼朝公は流鏑馬や相撲、舞楽など、今日にも引き継がれる社頭での神事や行事を興し、 関東の総鎮守として当宮に厚い崇敬の誠を寄せたのです。
以降、当宮は武家の精神のよりどころとなり、国家鎮護の神としての信仰は全国に広まりました。当宮への信仰を背景に鎌倉を中心として興った質実剛健の気風は、その後『武士道』に代表される日本人の精神性の基調となりました。
現在では国際的史都鎌倉の中心的施設として国の内外より年間を通して数多の参拝者が訪れます。
現在の御本殿は、文政十一年(1828)、江戸幕府11代将軍徳川家斉の造営による代表的な江戸建築で、 若宮とともに国の重要文化財に指定されています。
深い杜の緑と鮮やかな御社殿の朱色が調和する境内には源頼朝公、実朝公をお祀りする白旗神社をはじめとする境内社のほか、静御前ゆかりの舞殿や段葛が八百年の長い歴史を伝えています。」


こちらが鳥居になります。
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大きな鳥居です。

鳥居をくぐります。
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「掟」が掲げられていました。
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m(__)m ははぁ!

鳥居の左側には由緒が記された案内板がありました。
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古い神社です。

参道右側には旗上弁天社が鎮座していました。
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源氏池にありました。

先に進みます。
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左側には手水舎がありました。
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手と口を漱いで参拝です。

右側には建物がありました。
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社務所です。

こちらが舞殿です。
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いわゆる神楽殿でしょうか。

先に進むと石段がありました。
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その横には銀杏がありました。
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以前、銀杏の木が折れてしまい、こんな感じになってしまいました。

この銀杏の木に隠れるように久暁いて、鎌倉幕府三代将軍源実朝を暗殺したのを思い出しました。

石段を上がる前の右側には授与所がありました。
御朱印受付、祈祷受付も併設されています。

授与所裏手には、若宮がありました。
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ちょうど結婚式をやってました。
お幸せに!

登ると神門がありました。
その神額になります。
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八の字が鳩になってます。

上がると社殿がありました。

石段を上がった所にも授与所がありました。
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御札や御守り等が多くありました。

御朱印は、石段を上がる前にある授与所で頂けました。
御朱印代は、300円です。






神社名:鶴岡八幡宮
鎮座地:神奈川県鎌倉市雪ノ下二丁目1‐31
祭 神:応神天皇 神功皇后 比売神
社格等:国幣中社 別表神社
札所等:鎌倉江の島七福神 弁財天
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