神社仏閣史跡巡り

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

八幡八幡宮

下野国一社八幡宮(八幡八幡宮、栃木県足利市八幡町)5

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 栃木県足利市の西部、八幡町に鎮座していました。

 最寄り駅は、東武伊勢崎線「野州山辺駅」になります。

 駐車場は、社務所の前にありました。自動車は、十台位は停められそうです。他にも駐車場はあるかもしれません。


 こちらの神社の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「足利市八幡町の旧県社。祭神は誉田別命ほか五柱。例祭は10月14日。
 天喜五年(1057)に創建された。源義家が当地に滞陣し戦勝祈願のため創建されたと伝える。康平年間(1058〜1065)に源義家が凱旋のおりに参詣した。三男義国は甲冑・田園を寄進した。
 足利・織田・豊臣の各氏が深く信仰し、徳川家は二十石の朱印領を寄せた。」

 また、由緒書きによると以下の通りです。
「社伝によると、天喜四年(1056)八幡太郎の名で有名な源義家が、陸奥の豪族、阿部頼時父子との戦い(前九年の役)にあたり当社付近の大将陣に宿営し、戦勝を祈願して現在地に小祠を創建し、山城の国(現京都府)の男山八幡宮を勧請したという。
 康平年間に凱旋した義家は神の恵みに感謝し、公自ら兵器を奉納した。文明八年(1476)8月、長尾景長は境内社木伐採の禁制を出し保護を加え、その後の元和七年(1621)11月、江戸幕府より二十石の朱印社領を許されているが、この時の設計図や費用明細書などが現存している。
 当社は、八幡太郎義家・義国の父子の手厚い信仰により源姓足利氏の代々の氏神として保護されてきた。明治四年に社格が制定され、同五年郷社、同三十五年には県社に列せられた。
 当社は古くは足利荘八幡宮と呼ばれ、下野国内第一の八幡宮として、下野国一社八幡宮、一国一社八幡宮とも称した。」


 1月14日に参拝いたしました。初詣の時期も過ぎたのか、境内は静かでした。

 鳥居になります。
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 源姓足利氏発祥の地の碑になります。
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 二の鳥居になります。
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 社殿になります。
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 神楽殿になります。
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 境内には門田稲荷神社が鎮座しています。縁切り稲荷だそうです。

 御朱印は、授与所で頂きました。御朱印代は300円です。
 御守りや御札、絵馬等の授与品はありました。門田稲荷神社の絵馬(初穂料1,000円)がありました。






神社名:下野国一社八幡宮
鎮座地:栃木県足利市八幡町387番地
祭 神:誉田別命 大帯姫命 姫大神
別 称:八幡八幡宮
社格等:旧県社

八幡八幡宮(群馬県高崎市)5

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群馬県高崎市に鎮座する「八幡八幡宮」に参拝してきました。
旧郷社になります。
「上野國一社八幡宮」としても知られる神社になります。

群馬県高崎市の西部、安中市に近いところに鎮座していました。
国道18号線を通っていると、大きな鳥居がありますので、わかりやすいかもしれません。

最寄り駅は、JR信越本線「群馬八幡駅」になります。
徒歩では、少々かかりそうです。

駐車場は、境内の左側にありました。
自動車は、10台くらいは停められそうです。

こちらの神社の由緒は以下の通りです(高崎市のホームページより)。
「村上天皇の天徳元年(957)、京都の石清水八幡宮を勘請したものです。
古くから、一国一社の八幡宮として広く尊崇されてきました。特に代々源氏の崇敬が深く、源頼義・義家(八幡太郎)は奥州征伐のおり、八幡八幡宮に必勝祈願し、戦勝の結果社殿を改築されたといいます。
また、源頼朝は鎌倉に幕府を開くと神田百町を寄進し、全社殿の改築、参道杉並木の開さく、遠鳥居の建立などを行いました。
建物は神仏混淆式で、仏殿様式の建物も残存します。例えば、もと本地堂の天満宮、もと仁王門の神門、鐘楼、拝殿内の護摩堂などです。
本殿は権現造で宝暦七年(1757)に新築されたものです。境内北西隅にある地主稲荷社は、元宮として知られています。」


こちらは、神門になります。
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社標です。
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石段を上がります。
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二の鳥居です。
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こちらは、隋神門です。
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境内に入ると、左側に手水舎がありました。
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清めて参拝です。

こちらが社殿になります。
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横からです。
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天地権現造という建て方らしいです。
普通の権現造とどう違うのでしょうか?

内部です。
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社殿前には、唐銅燈籠が一対ありました。
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高崎市指定重要文化財だそうです。

境内には鐘楼がありました。
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神仏習合の名残なんでしょうか?

こちらが神楽殿です。
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どんな神楽が舞われるのでしょうか?続きを読む

下野國一社八幡宮(栃木県足利市)5

栃木県足利市の西部、八幡町に鎮座する「下野國一社八幡宮」に参拝してきました。
旧県社になる神社になります。

最寄り駅は、東武伊勢崎線「野州山辺駅」になります。

駐車場は、社務所の前にありました。
自動車は、十台位は停められそうです。
他にも駐車場はあるかもしれません。

「八幡八幡宮」とも呼ばれている神社になります。


こちらの神社の由緒は以下の通りです。
「八幡宮の社伝によると、天喜四年(1056)八幡太郎の名で有名な源義家が、陸奥の豪族、阿部頼時父子との戦い(前九年の役)にあたり当社付近の大将陣に宿営し、戦勝を祈願して現在地に小祠を創建し、山城の国(現京都)の男山八幡宮を勧請したといわれております。
文明八年(1476)8月、長尾景長は境内社木伐採の禁制を出し保護を加え、その後の元和七年(1621)11月、江戸幕府より20石の朱印社領を許されました。
この時の設計図や費用明細書等が残されております。
八幡宮は、八幡太郎義家・義国の父子の手厚い信仰により源姓足利氏の代々の氏神として保護され、古くは足利荘八幡宮と呼ばれ、下野国内第一の八幡宮として、下野国一社八幡宮、一国一社八幡宮とも称されておりました。
幣殿・拝殿については、平成八年、九年度に保存修理を行い、創建当時の姿をみせております。」


鳥居はになります。
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銅製になり、足利市指定重要文化財になっています。

社標になります。
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鳥居を入り、右側にある「黒松」は足利市指定天然記念物になっています。
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御神木という位置付けでしょうか。

左側には、手水舎がありました。
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手水舎の隣には、「源姓足利市発祥の地」との石碑がありました。
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裏には、説明がされていました。
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ふむふむ・・・

このような碑もありました。
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参道を進みます。
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神楽殿です。
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妙に新しいような感じもしますが、新築をしたのでしょうか?

こちらが社殿です。
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なかなか立派な社殿です。

社殿の内部です。
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荘厳な感じが。

社殿裏手には、和歌のような碑がありましたが・・・
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なんて書いてあるのだろうか。
調べていなかった・・・続きを読む
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日本のまほろばを探して社寺を参詣しており、社寺参詣道代表師範です。 管理部に所属する会社員。 取得資格:普通自動車免許、2級ファイナンシャルプランニング技能士(ファイナンシャルプランナー)、日商簿記検定2級、秘書検定2級、全経電卓検定3級、神社検定参級、安全衛生推進者
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