神社仏閣史跡巡り

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

元三大師

佐野厄除大師 惣宗官寺(栃木県佐野市金井上町)3

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 栃木県佐野市にある天台宗に属するお寺で、「佐野厄除け大師」として有名なお寺です。佐野市の中心部にお寺はありました。

 最寄り駅は、JR両毛線・東武佐野線「佐野駅」になります。徒歩では、10分位かかりそうです。

 お寺専用の無料駐車場が周辺にありました。お寺の前には有料駐車場もありますので、気をつけて下さい。


 こちらの寺院の由緒は、次の通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』より)。
「栃木県佐野市金井上町にある天台宗の寺院。春日岡山。通称佐野厄除け大師。本尊は釈迦如来。
 天慶七年(944)に藤原秀郷が開基となって寺院建立と伝える。慶長七年(1602)現在地に移転。徳川家康の日光への遷葬での霊柩宿所。朱印寺領五十石、境内には田中正造の墓がある。」


 山門になります。
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 鐘楼堂になります。
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 本堂になります。
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 ご祈祷のため参詣する方々が多かったです。余程ご利益があるのでしょう。

 田中正造のお墓がありました。
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 葬儀一切を仕切ったため分骨をされこちらのお寺にあります。

 春日岡山東照宮になります。
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 徳川家康が薨去後、久能山に葬られました。その後日光に改葬されたさいに霊柩が一時滞在したため東照宮が勧請されています。

 稲荷堂になります。
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 御朱印は、祈祷受付で頂きました。印刷の御朱印となります。御朱印代は200円です。

 各種御守りや破魔矢といった授与品はありました。




寺院名:春日岡山 転法輪院 惣宗官寺
所在地:栃木県佐野市金井上町2233番地
宗 派:天台宗
本 尊:元三大師
開 基:藤原秀郷
通 称:佐野厄除大師

寺岡山施薬院薬師寺(栃木県足利市寺岡町)5

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 栃木県足利市の東部、佐野市に近いところ、日光例幣使街道を少し入った場所に寺院はありました。

 お寺専用の駐車場はありました。


 こちらの寺院の由緒は、次の通りです。
「近年、『寺岡山元三大師(てらおかさんがんざんだいし』として知られる当山の正式名称は寺岡山施薬院薬師寺(てらおかさん せやくいん やくしじ)と号す。
 寺伝によると、聖徳太子の命よって建立され、『下野八薬師』と称されていたと伝えられている。
 元文年間(江戸時代)東山天皇の第三皇子、崇保院宮前天台座主准三后一品公寛法親王が、上野東叡山寛永寺(輪王寺門跡第六世門主)をされていた時、足利市寺岡町出生の亀田庄左衛門則重公が、永年身命を賭しての忠節を認められ、【 日本に3幅 しか現存しない】元三慈恵大師尊影御真筆を拝領する。
 その後、自家に安置して礼拝恭敬していた所、『困窮の人、救済すべし』という元三大師自らのお告げを受け、元三慈恵大師尊影御真筆を寺岡山施薬院薬師寺(後の寺岡山元三大師)に奉納するに至る。
 以来、寺岡山薬師寺は寺岡山元三大師として厄除け・商売繁盛の祈願寺として江戸の人々の信仰を受ける。
 檀家をとらず、祈願寺のみの寺院として歩んできた経緯には、当時の栄華と信仰の顕れが伺える。
 また頃を同じく(江戸期)、祈願寺として人々の信仰を集めていたのが川崎大師、西新井大師である。
 当山の境内には、皆様の憩いの場となる様、四季折々の花を咲かせ、特に萩の季節は見事であり、近年に於いては、『下野の萩の寺』として称讃を賜っている。」

 山門になります。
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 入って石段を上がります。
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 本堂になります。
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 元三大師が祀られています。
 
 12月23日に参拝しましたが、お正月の準備をしてました。授与所では新春祈祷の受け付けも始まっていました。
 お隣の佐野市の佐野厄除大師や足利市内の足利厄除大師は有名ですが、こちらの寺院も厄除や方位除等の祈願で知られています。
 
 こちらは薬師堂になります。
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 薬師如来が祀られています。

 御朱印は、御朱印受付にて頂けます。御朱印代は300円です。




寺院名:寺岡山 施薬院 薬師寺
所在地:栃木県足利市寺岡町871番地
宗 派:天台宗
本 尊:元三大師
通 称:寺岡山元三大師

新比叡山 本実成院 天龍護国寺(群馬県高崎市並榎町)5

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群馬県高崎市の中心部から北西、高崎経済大学の近くにお寺はありました。

最寄り駅は、JR「北高崎駅」になります。

駐車場は、道路沿いにありました。
自動車は、10台以上は停められます。


こちらのお寺の由緒は、次の通りです(上毛新聞社刊『ぐんまのお寺 天台宗供戮茲蝓法
「(前略)
 山号を新比叡山としているのは近江国比叡山延暦寺の直末として寺格は高く、開基は貞観六甲申年(864)、比叡山座主第三世円仁こと慈覚大師の創立と伝え、延暦寺に擬して建造されたので新比叡山と称したという。
(中略)
 当寺は高崎藩主安藤対馬守から松平右京大夫に至るまで歴代藩主の祈願所であった。
 当寺には『小野道風直筆寺号勅額』一面がある。醍醐天皇が延長六年(928)名筆家小野道風に書かせたといわれ、文字は寺号の『天龍護国寺』とあり額として下賜されたものと伝えている。
(中略)
 寺の縁日は正月三日で元山大師厄除け祈願の信者で毎年にぎわう。かつつは神仏習合であったので、西に隣接している日枝神社は護国寺の鎮守であった。本寺の延暦寺に倣い勧請したのであり、当寺がその別当寺として守護してきた。」


小ぢんまりしたお寺でした。
境内はさほど広くはありません。

山門です。
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山門からは観音山が見え、高崎白衣観音が見えました。
春先は、観音山が桜で一杯になるのが見ることができそうです。

本堂になります。
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こちらのお寺は、群馬郡三十三観音霊場の札所ですが、残念ながら廃れてしまった霊場になります。
ご住職に霊場について聞いたところ知らないとのことでした。
調べてみたところ、みやま文庫刊「上州の観音札所」に次の記載がありました。
「天明五年(1785)に焼失し、享和三年(1803)に再建されている。観音さまのいないのは、天明の火災で札所の伝えも灰になった為だろう。」
とのことでしたので、ご住職も知らなかったのでしょう。

小野道風筆の勅額があるそうですが、拝観ができるかどうかわかりません。
高崎市指定文化財だそうです。

黒松がありました。
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高崎市指定保存樹だそうです。

御朱印は、本堂右側の庫裡で頂けます。
御朱印代は受け取って頂けませんでした。





寺院名:新比叡山 本実成院 天龍護国寺
所在地:群馬県高崎市上並榎町922番地
宗 派:天台宗
本 尊:釈迦如来
札所等:群馬郡三十三観音霊場 ニ十九番札所
御詠歌:あめのたつ 国を守ると 夕立の 雲の流れに そそぐ五月雨

金鑚山 一乗院 大光普照寺(埼玉県児玉郡神川町)5

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 埼玉県にある「金鑚山 大光普照寺」に参拝してきました。
天台宗の別格本山になるお寺になります。

 埼玉県の北部、本庄市の隣の児玉郡神川町にお寺はありました。

 最寄り駅は、JR八高線「児玉駅」、JR高崎線「本庄駅」になります。
徒歩ではかなりかかりそうです。
 出来れば自動車で行かれた方が良いです。

 駐車場はありました。


 こちらの神社の由緒は、次の通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』より)。
「埼玉県児玉郡神川村にある天台宗の寺院。金鑚山。通称金鑚大師。十一面観音と元三大師を祀る。
 聖徳太子の開創、円仁の中興と伝え、元は金鑚神社の別当寺。
 北条氏の印判状や典籍を多く伝える。
 東叡山末で朱印は三十石。
関東三談林の一つ。」


 お隣は延喜式内社で武蔵国二ノ宮にあたる「金鑚神社」なります。
その金鑚神社の別当寺だったそうです。

 道路沿いに看板があります。
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 こちらが山門になります。
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 寺号標になります。
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 山門に掲げられていた扁額です。
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 「金鑚山」と書いているのでしょうか?

 参道になります。
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 こちらが中門になります。
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 入ると左側に手水舎がありました。
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 手と口を漱いで参拝です。

 本堂になります。
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 こちらのお寺では、毎日護摩を修しています。
しかし、私が参拝したときは誰もいませんでした。時期が時期だけに仕方ないでしょう。

 境内には「忍岡穴稲荷尊」という稲荷堂がありました。
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 上野恩賜公園にある花園稲荷神社からの勧請になります。

 御朱印は、「元三大師」・「地蔵尊」・「十一面観音」の三種類がありました。
御朱印代は、各300円です。

 御守りや御札といった授与品はありました。
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 関東百八地蔵尊霊場のガイドブックがありました。1,500円になります。




寺院名:金鑚山 一乗院 大光普照寺
所在地:埼玉県児玉郡神川町二ノ宮667‐1
宗 派:天台宗
寺格等:別格本山
本 尊:十一面観音 元三大師
通 称:金鑚大師(かなさなだいし)
札所等:児玉三十三霊場 三十三番札所
    関東百八地蔵尊霊場 十八番札所
御詠歌 : やすらぎの この霊山に たどり来て 観音大師に 話すわが身を

龍智山 毘廬遮那寺 常光院(埼玉県熊谷市)5

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埼玉県熊谷市にある「龍智山 毘廬遮那寺 常光院」に参拝してきました。
天台宗の別格本山になる寺院になります。

久しぶりの参拝になります。
以前は、東日本大震災があった月の下旬に訪れ、昨年は2月に、そうして今年は3月16日に訪れました。
以前の参拝日記は⇒こちら

熊谷市の北部、中条小学校の近くにお寺はありました。

最寄り駅は、JR「熊谷駅」になります。
徒歩でお寺までの来るのは大変かと思われます。
お寺の近くまでバスが来ているようです。

お寺の東側にある駐車場にはありました。
自動車は、十台以上は停められそうです。

天台宗の別格本山になります。
埼玉県には、金鑚大師も天台宗別格本山なので、二ヶ所もある・・・


こちらのお寺の由緒は以下の通り(ホームページより抜粋)。
「長承元年(1132)藤原鎌足十六代目の子孫である判官藤原常光公が、武蔵国司に任ぜられて下向し、当地に公文所を建て、土地の豪族白根氏の娘を娶り中條の地名を姓として土着、館を構えて政務に精励したが、保延三年(1137)5月1日病没された。
遺骸は館の東に葬られ近年まで常光塚(権現山古墳)として残っていた。
常光公の孫の中條出羽守藤次家長公は、16歳にて石橋山の合戦には既に頼朝公に扈従していて信任が厚く、関東武士では唯一人貞永式目制定に参画し、評定衆(現在の閣僚)として鎌倉に住んだため、自分の中條館を寺とし、五町余歩の土地を維持費として付し、祖父常光公及び殉死した愛童の菩提を弔うため、比叡山から天台の名僧金海法印を迎えて、建久三年(1192)開基したのが龍智山毘慮遮那寺常光院である。
爾来法燈連綿として第41世を数え、この間徳川家康公は慶長九年朱印三十石、除地二十石、合計五十石の寺領を賜った。
常光院は、開基以来延暦寺直末で天台宗に属し、特に梶井宮門跡(現三千院門跡)の令旨と、その御紋章「梶竪一葉紋」を下腸されて寺紋とし、徳川幕府に至り寺格は十万石、帝鑑定の間乗輿独札の待遇を与えられ、東比叡山の伴頭寺とされてきた。
水田地帯の真ん中に古木の平地林、山王社の鳥居は本格的な山王鳥居として関東では珍しく朱塗りが映え、埼玉県指定の「ふるさとの森」の中には全国で初めてという芭蕉翁三百忌を偲ぶ四吉の連句碑、本格的な三十六歌仙句碑など大小の句碑が建ち並び、最近では境内散策の俳句寺として親しまれている。」


こちらが山門になります。
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中条氏の館跡に建つお寺です。
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こちらのお寺の周囲は、濠がありました。
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やはり館跡です。

参道を進みます。
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そうすると、本堂がありました。
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茅葺きの屋根で、とても趣があります。
本尊である「釈迦三尊」や「元三大師」等の諸仏が祀られています。

境内には、観世音菩薩がいらっしゃいました。
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ぼけ封じ関東三十三観音霊場の札所本尊になります。
年をとっても、頭はスッキリはっきりしていたいものです。

また、開基となった「中条家長」の祖父「中条常光」のお墓がありました。
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このお方の菩提を弔ういための創建ですからね。

また天野氏のお墓がありました。
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詳しく調べていません・・・
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日本のまほろばを探して社寺を参詣しており、社寺参詣道代表師範です。 管理部に所属する会社員。 取得資格:普通自動車免許、2級ファイナンシャルプランニング技能士(ファイナンシャルプランナー)、日商簿記検定2級、秘書検定2級、全経電卓検定3級、神社検定参級、安全衛生推進者
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