神社仏閣史跡巡り

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

倉稲魂命

開運稲荷社、世良田東照宮の銅板屋根瓦の葺き替えの奉納金(群馬県太田市世良田町)5

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 「開運稲荷社」は、群馬県太田市に鎮座する世良田東照宮の境内社にあたります。

 最寄り駅は、東武伊勢崎線「世良田駅」になります。世良田東照宮まで徒歩で15〜20分位かと思われます。

 駐車場は、世良田東照宮の門前にありました。自動車は、10台位は停められそうです。


 こちらの神社の由緒は、次の通りです(案内板より)。
「創建当初の『稲荷社』は、当地に古くから祀られていた神様で、開運招福・商売繁盛・五穀豊穣に特にあらたかなご利益のある神様であります。東照宮の修復の際はこの稲荷社も幕府より手厚い保護が成されてきました。
 明治二十五年(1892)同世良田山内に鎮座していた世良田五社稲荷の一社と伝わる『開運稲荷社』を合祀。
 明治四十年(1907)『開運稲荷社』は、小社合祀奨励により、旧世良田村小角田『稲荷神社』、旧世良田村上矢島の勝手神社末社『稲荷社』、旧木崎村高尾の久呂住神社末社『稲荷社』と共に東照宮に合祀。
 平成八年(1996)現在地に社殿が新築成り、遷座祭が斎行。御宮に合祀されていた全ての稲荷社が御遷座され、現在の『開運稲荷社』となる。
 例大祭 三月初午日(旧暦)」


 世良田東照宮の社殿の左側に神社は鎮座していました。
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 開運招福や商売繁盛のご利益があるそうです。

 御朱印は、世良田東照宮の授与所で頂きました。書き置きのみの授与となり、御朱印代は300円でした。
 御神札(一体700円)、御守り(一体500円)がありました。




神社名:開運稲荷社
鎮座地:群馬県太田市世良田町3119‐1
祭 神:倉稲魂命
備 考:世良田東照宮の境内社にあたる
URL:URL:http://www.net-you.com/toshogu/ (世良田東照宮のHP)

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常祇稲荷神社 再拝(群馬県桐生市仲町)5

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 群馬県桐生市の中心部、本町通りから少し引っ込んだ所に鎮座しています。

 最寄り駅は、JR両毛線「桐生駅」になります。駅から神社まで少々歩きます。

 細い道を行きますので、自動車で行かれる方は気をつけてください。

 神社の専用駐車場はあります。自動車は10台位は停められそうです。


 こちらの神社の由緒は、以下の通りです(由緒書きより)。
「当社の祭神は、倉稲魂命(うかのみたまのみこと)で、古くから五穀生産衣食住の守護神として知られている。
 そのはじめは、江戸時代の初期に、村松村美和神社の神主小島刑部が、今泉村に小社を建立したのによるものと伝えられている。さらに慶長十八年(1613)今泉村常木(現在地)に遷座し、稲荷明神として村民から崇敬され、後に刑部の弟小島民部が神主となった。
 正保四年(1647)九月十三日火災のため社殿が全焼し、このとき、内陣にあった幣帛が、たちまち空に舞い上がり、神木の枝に止まった。これを見た村民は、不思議に思い群集して礼拝したといわれている。民部の息子権之助がこの幣帛を下ろして仮屋に奉遷した。これ以後、当社の神徳の高いことが評判となって、参詣者が多くなり、翌慶安元年(1648)には、社殿が再建された。また正徳三年(1713)にも社殿を建替え、同五年(1715)正一位に叙せられた。
 こうして当社は、今泉村の氏神であったばかりでなく、桐生新町の町民にも崇敬され、祭礼の日には、全町神灯をかかげて祝ったということである。なお嘉永元年に、当社の神主小島氏が、江戸域内で行われた、将軍の病気平癒の祈祷に、精進したともいわれている。明治初年ふたたび火災にあい、社殿を焼失したが、翌二年再建され、今日に至った。
 さらに同四三年七月諏訪神社・八坂神社などを合祀し、大正八年四月村社となった。」


 一の鳥居です。
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 参道を進むと二の鳥居があります。
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 3月8日の旧暦初午の日に参拝しました。
 11時過ぎに訪れましたが、11時から初午祭のため社殿内に「浦安の舞」を奉納していました。神主さんに聞いたところ見学できるとのことで、拝殿内に入り舞を見ることができました。
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 参列者・見学者で玉串奉奠が行われ、見学者にはお菓子が振る舞われました。
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 美味しく頂きました。




神社名:常祇稲荷神社(つねぎいなりじんじゃ)
鎮座地:群馬県桐生市仲町三丁目16‐9
祭 神:倉稲魂命
配 神:健御名方神 伊弉冊命 迦具土命 彦狭島命 速須佐々男命 誉田別命 栲機千々姫命
社格等:旧村社

開運稲荷社と山王社 授与品(世良田東照宮の境内社、群馬県太田市世良田町)5

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 群馬県太田市の南西部、世良田山長楽寺の隣にある神社になります。

 最寄り駅は、東武伊勢崎線「世良田駅」になります。徒歩では15〜20分位かと思われます。

 駐車場は神門の左右にありました。自動車は10台位は停められそうです。
 また、新田荘歴史資料館の駐車場も利用できそうです。


 こちらの神社の由緒は、次の通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「新田郡尾島町世良田町の旧郷社。徳川家康ほか十九柱を祀る。例祭は4月19日。
 寛永二十一年(1644)に天海僧正が徳川家光の命により、日光東照宮の古殿を始祖である義季の墳墓がある長楽寺境内に移築し創建した。
 拝殿は日本最古の東照宮建造物である。」

 また、東京堂出版刊「神社辞典」によると次の通りです。
「群馬県新田郡尾島町世良田。旧郷社。
 当地は江戸幕府の祖先・世良田徳川氏の発祥の地という。
 寛永二十一年(1644)三代将軍家光の命を受けた天海僧正が、徳川氏遠祖・義季の墳墓が存する当地長楽寺境内に日光東照宮の古殿を移し創建した。したがって歴代将軍の修復・寄進など重んずべきものがあった。
 本殿・拝殿・中門の建造物、社宝の太刀(銘了戒)、大鉄灯籠は重要文化財。
 例祭4月17日」


 大修館書店刊「日本の神仏の辞典」によると例祭日は「4月19日」となっていますが、「4月17日」の間違いです。

 神門になります。
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 二の鳥居になります。
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 南参道になります。
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 社殿は、江戸時代前期日光東照宮の奥社殿を移築したもので、東照宮としては最古の社殿になるそうです。
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国指定重要文化財になっています。
 また、境内も新田ノ荘遺跡として国指定史跡となっています。

 2月28日に参拝してきましたが、境内には梅の甘酸っぱい香りが漂っていました。
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 春は近くなってきてます。

 境内には「開運稲荷社(祭神:倉稲魂命)」と「山王社(祭神:大山咋命)」が鎮座しています。


 山王社になります。
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 山王社の由緒は、次の通りです。
「祭神 大山咋命
 寛永二十一年(1644)世良田東照宮建立の時、日光山より奉遷。間口二尺五寸、屋根は挧(とち)葺き。
 江戸時代は幕府により十数回の修理が行われた。昭和二年、修理。平成二十五年、東照宮三ツ葉葵会により修理。
 江戸期の祭典日は、毎年4月申の日。」

 開運稲荷社
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 由緒は、次の通りです(案内板より)。
「創建当初の『稲荷社』は、当地に古くから祀られていた神様で、開運招福・商売繁盛・五穀豊穣に特にあらたかなご利益のある神様であります。東照宮の修復の際はこの稲荷社も幕府より手厚い保護が成されてきました。
 明治二十五年(1892)同世良田山内に鎮座していた世良田五社稲荷の一社と伝わる『開運稲荷社』を合祀。
 明治四十年(1907)『開運稲荷社』は、小社合祀奨励により、旧世良田村小角田『稲荷神社』、旧世良田村上矢島の勝手神社末社『稲荷社』、旧木崎村高尾の久呂住神社末社『稲荷社』と共に東照宮に合祀。
 平成八年(1996)現在地に社殿が新築成り、遷座祭が斎行。御宮に合祀されていた全ての稲荷社が御遷座され、現在の『開運稲荷社』となる。
 例大祭 三月初午日(旧暦)」


 今回は開運稲荷社の御神札を一体頂きました。初穂料は700円です。御守り(初穂料:500円)もありました。
 なお、山王社の御神札(鬼門災除札、初穂料:1,000円)もありました。また、魔除神猿御守り(初穂料:800円)、桃鈴健康長寿御守り(初穂料:800円)、子授子宝御守り(初穂料:500円)がありました。
 また、世良田東照宮の御神札(初穂料:700円)、御守りや御神籤もあります。

 御神籤を引いたら「大吉」でした。良いことがあるといいなぁ。




神社名:世良田東照宮
鎮座地:群馬県太田市世良田町3119‐1
主祭神:東照大権現
配祀神:菅原道真公 倉稲魂命 須佐之男命 伊弉冉命 火産霊命 大穴牟遅命 誉田別命 建御名方神 豊城入彦神 外十柱
社格等:旧郷社

波除稲荷神社(東京都中央区築地六丁目)5

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東京都中央区にある築地市場の一角に神社は鎮座していました。

最寄り駅は、東急メトロ日比谷線 「築地駅」、 都営大江戸線 「築地市場駅 」になります。
徒歩では、各駅から5分位かと思われます。

駐車場は見当たりませんでした。
自動車で行かれる方は、周辺の有料駐車場をご利用ください。


こちらの神社の由緒は、次の通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「中央区築地の旧村社。波除稲荷とも。祭神は倉稲魂命。
 例祭は6月10日で、築地の獅子祭りとも呼ばれ神輿が各町内を回る。
 万治元年(1658)の埋立・築堤の際、海面に神体を得て奉斎したところ無事に工事を終えることができたと伝える。」

また、東京堂出版刊「神社辞典」によると次の通りです。
「東京都中央区築地。旧村社。倉稲魂命を祀る。
 万治元年(1658)埋立築堤の折、海面に稲荷大神の御神体を得て奉斎したため、波風がおさまり、無事工事が終えることが出来た。以来波除けの神として信仰された。
 6月10日の例祭は築地獅子祭として名高い。」


鳥居になります。
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境内は狭いくらいです。

築地市場のそばなので、昼時はとても良い匂いがします。

社殿になります。
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(´人`)

境内には弁財天を祀る「弁財天社」です。
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(´人`)

すし塚・海老塚・鮟鱇(あんこう)塚・活魚塚・玉子塚・蛤石がありました。

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その中に「天照大神・大国主命・少彦名命・天日鷲命」を祀る「末社」がありました。

こちらは獅子殿です。
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立派な獅子頭です。

御朱印は、社殿の右側にある「授与所」で頂けました。
御朱印代は300円です。

御守りや御札といった授与品はありました。
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必要な方はどうぞ。

祈祷祈願に関しては、「商売繁盛」の他にも創建の経緯からか「災難除」がありました。
必要な方はどうぞ。




神社名:波除稲荷神社
鎮座地:東京都中央区築地六丁目20‐37
祭 神:倉稲魂命
通 称:波除様
社格等:旧村社

小網神社 授与品(東京都中央区日本橋小網町)5

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東京都中央区にある「小網神社」になります。

最寄り駅は、東京メトロ日比谷線・都営地下鉄都営浅草線「人形町駅」、東京メトロ東京メトロ半蔵門線「水天宮前駅」になります。

駐車場は見当たりませんでした。
周辺に有料駐車場があるかどうかわかりませんので、できれば電車かバスで行かれてください。


こちらの神社の由緒は次の通りです。
「当神社は、伊勢神宮を本宗として、文正元年(1466)今より約550年ほど前に、商売繁盛、疫病鎮静の神として鎮座した。
 初めは、小網山稲荷院万福寿寺を別当寺とした稲荷神社であった。その後昭和初期までは、小網稲荷神社と号し、江戸時代から稲荷堀稲荷とも称されていた。
 その後太田道灌は、当社への崇敬篤く、時折参拝し、社地を奉じ、社殿を造営したといわれる。社名も公の命名によると伝えられる。
 さて、戦時下では、当社の『強運厄除守』を奉戴した者の多くが、戦地より無事帰還したことから、都内は勿論、各地より強運厄除の御神徳を戴き、自らの運を強め、豊かで明るい生活を求める参拝者で賑わう。」


日本橋小学校の近くに神社は鎮座していました。

神社の全景になります。
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神社自体は狭いくらいです。

提灯になります。
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手水舎になります。
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手と口を漱いで、参拝です。

強運厄除けの神社だそうで、力強い感じがしました。なのか、参拝者も途切れずにいらっしゃいました。

神社は、まだ改修工事中です。

授与所は、以前は社殿左側の所にありましたが、境内左側に移りました。

日本橋七福神の福禄寿です。
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(´人`)

参拝後、授与所にて御神札と強運厄除けの御守りを頂きました。



神社名:小網神社
鎮座地:東京都中央区日本橋小網町16‐23
祭 神:倉稲魂神 市杵比賣神 福禄寿
社格等:旧村社
旧 称:小網稲荷神社
札所等:日本橋七福神 弁財天・福禄寿
    下町八社福参り
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