まほろば御朱印紀行

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

七五三

山名八幡宮 鏑川七福神「弁財尊天」の御朱印(群馬県高崎市)5

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 駐車場は鳥居をくぐった所に「第一駐車場」、第一駐車場の先に「第二駐車場」がありました。合わせて数十台位は停められそうです。

 最寄り駅は、上信電鉄「山名駅」になります。徒歩では1分位かと思います。


 こちらの神社の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「高崎市山名町甲の旧郷社。山名八幡宮とも。祭神は誉田別命・息長足姫命・玉依姫命。
 安産子育ての信仰があり、子供の虫封じの祈祷が行われる。また子育て張り子の獅子頭と虫切御鎌守は独特のものである。
 例祭は4月15日。10月15日の秋季大祭に神輿が渡御し獅子舞を奉納する。
 宇佐八幡宮を勧請し、安元年間(1175〜1177)に山名城主の新田義範が社殿を造営した。宝暦二年(1752)に領主の酒井雅楽頭が社地を寄進した。」


 境内には、上信電鉄の線路が横断してました。

 後醍醐天皇の孫「君長親」が安産祈願をし、無事に良王君が産まれたため、「安産・子育て」の神社になります。

 鳥居です。
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 前に進むと、上信電鉄が境内を走ってます。
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 神門になります。
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 二の鳥居。
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 石段を登ると社殿になります。
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 七五三の家族連れがご祈祷を受けてました。

 裏神様です。
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 合わせて参拝してみてください。

 境内には何社か境内社が鎮座していました。
 社殿の右側の「厳島神社(祭神:弁財天)」です。
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 鏑川七福神の札所になっていまし。

 「妻戀稲荷神社(祭神:宇迦之御魂命)」が鎮座していました。
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 こちらは「八坂神社(祭神:素盞鳴尊)」と「琴平神社(祭神:大物主神)」になります。
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 妻戀稲荷神社と琴平神社の間に山名氏の末裔が奉納したという銅造「神馬像」があります。
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 その神馬像の胴体部分には山名氏家紋の「桐に笹紋」がありました。

 御朱印は、社殿の向かいの「授与所」にて頂きました。「山名八幡宮」と「弁財尊天」の二種類がありました。御朱印代は、各300円です。

 御守りや絵馬といった授与品はありました。
 御守りのデザインはなかなか良いです。群馬県だから、何処かの絹の生地を使っているのかな?
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 御神籤は、弁財天や大黒天等の人形の付いたものでした。
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 初穂料300円。子ども御神籤は50円。 




神社名:山名八幡宮
鎮座地:群馬県高崎市山名1581番地
祭 神:誉田和気命 玉依比売命 氣長足姫命
社格等:旧郷社
札所等:鏑川七福神 弁財天

牛嶋神社(東京都墨田区向島一丁目)5

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 浅草の対岸、隅田公園内に鎮座していました。言問橋を渡ると神社の北側に着きます。

 最寄り駅は、東武伊勢崎線「浅草駅」・「東京スカイツリー駅」になります。


 こちらの神社の由緒は、次の通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「【牛嶋神社】
 東京都墨田区向島の旧郷社。祭神は須佐之男命・天之穂日命・貞辰親王之命(清和天皇第七皇子)。例祭は9月15日。
 貞観二年(860)に慈覚大師が神託により須佐之男命を勧請したと伝える。のちに他の二神を合祭し王子権現と称した。
 最勝寺が別当として奉仕し管理した。牛の御前と呼ばれる。」

 また、東京堂出版刊「神社辞典」によると次の通りです。
「【牛島神社】
 東京都墨田区向島。旧郷社。須佐之男命・天之穂日命・貞辰親王を祀る。
 社伝によれば、貞観二年(860)慈覚大師が神託により須佐之男命を郷土の守護神として勧請、後に天之穂日命を合祀し、更に清和天皇の第七皇子貞辰親王が当地で没したのを、大師の弟子、止本阿闍梨がその神霊を祀り『王子権現』と称した。源頼朝は、尊崇篤く養和元年(1181)社殿を造営し神領を寄せ、天文七年(1538)御奈良院より勅額を賜ったと伝える。
 明治維新以前は、牛宝山明王院最勝寺が別当として奉仕し『牛の御前』と称していたが、神仏分離後、現社名に改められた。
 例祭9月15日。」


 12月3日に参拝いたしました。まだ七五三の参拝者がいらっしゃいました。

 「包丁塚」だそうです。
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 包丁の供養塚なんでしょうか?

 烏亭焉馬「いそかすは」の狂歌碑になります。
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「いそかすは(がずば) 濡れまし物と 夕立の あとよりはるる 堪忍の虹 談洲楼烏亭焉馬
 この狂歌碑は裏面にあるとおり、初世烏亭焉馬自身が文化七年(1810)に建てた碑です。江戸落語中興の祖と称された烏亭焉馬は本名中村利貞、字は英祝、通称は和泉屋和助です。寛保三年(1743)生まれ、本所相生町五丁目(現緑一丁目)の大工の棟梁で狂歌や戯文をよくする文化人としても有名でした。談洲楼の号は五世市川団十郎と義兄弟の契りを結んだことから団十郎をもじったもの、また竪川に住むことから立川焉馬、職業が大工であることから『鑿釿言墨曲尺』とも号しました。
 元禄時代にはひとつの話芸として確立した落語もその後衰えていましたが、天明四年(1784)に向島の料亭武蔵屋において、焉馬が自作自演の『噺の会』を催し、好評を得たことから江戸落語が盛んになっていきました。寛政末年頃には現在の落噺の形が完成し、明治に入って落語という呼び方が定着しました。
文政五年(1822)80歳で亡くなり、本所の最勝寺に葬られました。(現在は寺・墓共に江戸川区平井に移転)」


 写真を撮ろうとしたら、電池切れのため鳥居や社殿は撮れませんでした。

 御朱印は授与所にて頂きました。御朱印代は300円です。




神社名:牛嶋神社
鎮座地:東京都墨田区向島一丁目4‐5
祭 神:須佐之男命 天之穂日命 貞辰親王之命
旧 称:牛御前社
社格等:旧郷社 本所総鎮守

上野総社神社 再拝(群馬県前橋市元総社町)5

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 群馬県前橋市の中心部から少し南にある神社になります。

 最寄り駅は、JR両毛線「新前橋駅」になります。徒歩では、少々かかりそうです。

 駐車場は、神社の北側にありました。自動車は、数十台は停められそうです。


 こちらの神社の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「群馬県前橋市総社町にある旧県社。祭神は磐筒男命・磐筒女命・経津主命・宇迦御魂命・須佐之男命ほか十柱。
 例祭は3月15日。13日に太々神楽を奉納する。1月14日が筒粥・火炭式、旧暦5月5日が粽(ちまき)祭り。10月9日の秋季大祭に神輿渡御があり太々神楽を奉納する。翌日には流鏑馬を奉納する。
 崇神天皇の皇子である豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)が下向したおり、経津主命とその親神の磐筒男・女命を祀ったという。
 安閑天皇の御代、社殿を改築し蒼海明神と称したと伝える。
 天平十年(738)に国内十四郡の五百四十九社を奉祀して総社明神となる。」

 また、東京堂出版刊「神社辞典」によると次の通りです。
「群馬県前橋市総社町。旧県社。祭神は磐筒男命・磐筒女命・経津主命・宇迦御魂神・須佐之男命ほか十柱と上野国内の五百四十九社の神々。
 社伝によれば、崇神天皇の御代の創建で、天平十年(738)国内十四郡の諸社を勧請して総社となしたという。江戸時代に朱印領二十六石を有した。
 例祭は3月15日であるが、筒粥及び火炭式(1月14日夜)・太々神楽(3月13日)・粽祭(旧5月5日)・流鏑馬式(10月10日)など古神事が多い。
 現本殿は元亀年間(1570〜03)再建のものといわれ県文化財。
 社宝の『上野神名帳』は著名。」

 
 鳥居です。
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 社殿です。
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 上野国(現在の群馬県にあたる)の総社になり、総鎮守にあたる神社になります。御神体は「上野国神名帳」になるそうです。

 神楽殿です。
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 全国の一之宮が祀られている境内社です。
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 12月9日に参拝しましたが、まだ七五三の家族連れの参拝客がいらっしゃいました。

 御朱印を授与所にて頂きました。御朱印代は300円。





神社名:上野総社神社
鎮座地:群馬県前橋市元総社町一丁目31‐45
祭 神:磐筒男命 磐筒女命 経津主命 宇迦御魂命 須佐之男命
相殿神:赤城大明神 抜鉾大明神 若伊香保大明神 伊香保大明神 岩根大明神 小祝大明神 榛名大明神 浅間大明神 火雷大明神 倭文大明神 上野国内五百四十九社
社格等:旧県社 上野国総鎮守

玉村八幡宮 再拝(群馬県佐波郡玉村町下新田)5

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 群馬県佐波郡玉村町の中心部、玉村高校・玉村小学校・玉村町役場の近くに神社は鎮座しています。
 神社の南には「日光例幣使街道」が東西にあり、「玉村宿」の中心部になります。

 最寄り駅は、JR新町駅、高崎駅、前橋駅、伊勢崎駅になります。
 玉村八幡宮のホームページによると、JR新町駅より北方へ徒歩60分から90分で着くそうです。また、新町駅や高崎駅からはバスの便があるそうです。

 神社専用駐車場はありました。自動車は、数十台は停められそうです。


 こちらの神社の由緒は、次の通りです(群馬県神社庁伊勢崎佐波支部著『伊勢崎佐波の神社誌』より)。
「当社は、霊元天皇の貞享四年(1686)、前橋藩の儒官古市剛によって記された『玉村八幡宮本紀(当社所蔵)』によれば、後鳥羽天皇の建久六年(1195)に、源頼朝が上野奉行安達藤九郎盛長をして鎌倉・鶴岡八幡宮より御分霊を勧請して創建した。当町内に鎮座する角渕八幡神社を元宮とする。
 時は下って後陽成天皇の慶長十年(1605)、徳川家の臣で関東郡代伊奈備前守忠次が、当地の新田開発に任あたって『今我荒原を以て熟田と成さんと欲す。附して請い願わくは神霊我を祐(たす)けよ。若しその功成る時は則ち感謝するに神社の造立を以てせん。』とその成就を祈願し、前橋の総社から天狗岩用水を延長する代官堀(滝川用水)を開削して開田するという一大事業が無事竣工した、同十五年(1610)に角渕八幡神社の本殿を移築して現在地に奉斎した。境内地は、伊奈備前守の陣屋(現在の小字名御殿、旧玉村中学校裏手)と開発に協力した和田与六郎の屋敷(現在の玉村高校)に挟まれた中世の環濠屋敷跡とされ、上新田と下新田の境に位置する。
 明正天皇の寛永十五年(1638)、前橋藩主酒井雅楽頭忠清によって修理が加えられ、後光明天皇の慶安二年(1649)八月三代将軍家光より朱印地三十石の神田を賜わる。
 また、前年の正保三年(1646)、朝廷において日光東照宮の神前に金幣を奉呈するために例幣使が派遣された。以来、当地玉村宿は中山道倉賀野宿を分岐とする例幣使街道の第一宿となり、三国街道別路と交差する地の利もあって例幣使街道十三宿中最も規模が大きくて繁盛する宿場となった。
 霊元天皇の寛文七年(1667)、再度前橋藩主酒井忠清によって社殿の修理が成された。貞享元年(1684)には、前橋藩主酒井雅楽頭忠明が新院良仁法王(後西天皇)の御宸筆、『八幡大菩薩』の神號を奉納し、東山天皇の元禄十六年(1703)に修理が加えられた。次いで、中御門天皇の享保十一年、さらに延享四年(1747)の両度、前橋藩主酒井雅楽頭親愛によって修理が加えられた。しかし、桃園天皇の寛延二年(1749)に崇敬篤志家である酒井氏が播磨国姫路に移封されて以降は領主による修理は行われず、以降は七郷十二ヶ村が協議の上『修造講』を興し、その講金に朱印地の収穫を合わせて祭儀の執行と社殿修理に充てるようになり、今日に至っている。
 明治七年村社に列せられ、同四十一年一月三十一日、下新田の無格社諏訪神社・無格社御殿稲荷神社・無格社神明宮、上福島の村社稲荷神社、与六分その稲荷神社を合祀する。また、明治四十一年八月一日には、本殿が内務省より特別保護建造物に指定され、大正十四年九月、県社に列せられた。
 昭和十一年に国の指導のもとに本殿の解体修理が為され、建築の時代考証において室町様式が確認されると共に、貴重な発見がされた。さらに、昭和二十五年八月、文化財保護委員会によって重要文化財に改めて指定されている。」


 門前は「日光例幣使街道」になります。

 随神門になります。
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 御神木がありました。
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 楠の木だそうてす。

 鳥居になります。
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 社殿になります。
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 11月11日に参拝しましたが、時期が時期だけに七五三の親子連れが多かったです。

 御朱印を頂きました。飴付きになります。御朱印代は300円です。
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神社名:玉村八幡宮
鎮座地:群馬県佐波郡玉村町下新田1番地
祭 神:誉田別命 気長足比売姫 比弯
配 祀:素盞嗚命 健御名方命 大鷦鷯命 熊野久須毘命 大己貴命 倉稲魂命 火産霊命 大日孁命 豊受姫命 菅原道真命 伊弉諾命 伊弉冉命 櫛御気命 瓊々杵命
社格等:旧県社

産泰神社 運気向上御守(群馬県前橋市下大屋町)5

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 前橋市の東、長閑な田園地帯の中に神社は鎮座していました。

 駐車場は、参道沿いの左にありました。自動車は、100台くらいは停められそうです。


 こちらの神社の由緒は、次の通りです。
「この神社の創建は、社伝によれば履中元年とされているが定かでない。しかし、社殿背後に壘々としている巨石群から、神社信仰の初現形態の一つである巨石崇拝にその起源があるとみられ、歴史の古さがしのばれる。
 安産を祈る者が、軽くヌケル(生れる)ようにと底を抜いたヒシャクを奉納するようになったのは、江戸時代以降のことで、前橋、伊勢崎などをはじめ県下一円の人々から、安産の神として篤い信仰を受けた。特に、前橋藩主酒井雅楽頭は、社殿の造営をするなどその信仰著しいものがあった。
 酒井氏の造営になった社殿は、多くの彫刻で飾られ、内部格天井には、酒井抱一が描いたとされる極彩色の花鳥図もある。数ある社宝のうち八稜鏡は、平安時代のもので、前橋市の重要文化財に指定されている
 また、四月十八日例祭の際に奉納される太々神楽も前橋市の重要無形文化財に指定されている。」


 神門をくぐって進むと社殿がありました。
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(´人`)

 社殿の中では祈祷祈願が行われており、太鼓が打ち鳴らされていました。

 境内の左奥には境内社が鎮座していました。
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 次の通りです。
日枝神社(祭神:大山咋命 産業発展の神様)
絹笠神社(祭神:和久産巣日命 養蚕・穀物の神様)
大山祇神社(祭神:大山祇命 木花佐久夜比売命の祖神様)
秋葉神社(祭神:火産霊命 火防の神様)
愛宕神社(祭神:火産霊命 火防の神様)
稲荷神社(祭神:宇迦之御魂命 衣食住の神様)
二柱神社(祭神:伊邪那岐命 伊邪那美命 国生の神様)
厳島神社(祭神:市杵島姫命 芸能・音学の神様)
菅原神社(祭神:菅原道真命 学問の神様)
大国神社(祭神:大国主命 縁結びの神様)


 授与所において「運気向上御守」を一体頂きました。初穂料は1,000円です。
 御朱印あり。


神社名:産泰神社
鎮座地:群馬県前橋市下大屋町597番地
祭 神:木花咲耶比売命
社格等:旧村社
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日本のまほろばを探して社寺を参詣してます。社寺参詣道代表師範&御朱印ブロガーです。伊勢神宮・靖国神社・世良田東照宮・久能山東照宮・鳳来山東照宮の各崇敬会に入会しています。 取得資格:普通自動車免許、2級ファイナンシャルプランニング技能士、日商簿記検定2級、秘書検定2級、神社検定参級、全経電卓検定3級、安全衛生推進者
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