まほろば御朱印紀行

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

一之宮貫前神社

鷺宮咲前神社 境内社「鷹巣神社」の御朱印(群馬県安中市鷺宮)5

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 群馬県安中市の旧安中市の市街地から西へ行った所に神社は鎮座していました。

 最寄り駅は、JR信越本線「安中駅」or「磯部駅」になります。徒歩で神社まではかなりかかりそうです。できれば自動車で行かれた方が宜しいかと思われます。

 駐車場は、境内の右側にありました。自動車は、十数台位は停められそうです。


 こちらの神社の由緒は以下の通りです(由緒書きより)。
「当鎮座地は神代、経津主大神が健御名方神を追って上野国と信濃国の国境の荒船山に御出陣の時の行在地であると伝わる。
 安閑天皇元年(534)六月、初の申の日に神石『雷斧石(らいふいし)』三柱の御出現を仰ぎ、時の朝廷に上奏したところ、奉幣使、磯部朝臣小倉季氏と共に高椅貞長、峯越旧敬を伴い上毛野国に御下向があり、抜鉾(ぬきほこ)大神『健経津主命』をお祀りし、社を建てられた。その後、白鳳元年(650)第十一代小崎邦平、神託により蓬丘菖蒲谷に御遷座し、貫前神の鎮座となり、磯部郷前宮跡を先の宮として崇め、改めて咲前神社が創建された。」


 一之宮貫前神社の前宮としての神社になります。
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 時期が時期だけに紫陽花が咲いてました。とても綺麗です。
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 手水舎です。
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 神楽殿
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 境内には「鷹巣神社」が鎮座していました。
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 詳しい由緒は、次の通りです(由緒書きによる)。
「【主祭神】大物主命 火産霊命 伊勢三郎義盛公
 御本社は、碓氷川を見下ろす鷹巣山に鎮守する板鼻の鎮守で、従来金比羅宮であった。江戸期には、中仙道板鼻宿の発展と共に当社も栄え、多くの崇敬者と旅人の憩いの神域となりました。明治六年、村社となり、同四十二年、本町八坂神社、神明宮、愛宕、管沢稲荷、関口取勝明神社等を合祀して鷹巣神社と改称された。」

 絹笠神社です。
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 授与所になります。
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 今回は境内社の鷹巣神社の御朱印を頂きました。御朱印代は300円です。




神社名:鷺宮咲前神社
鎮座地:群馬県安中市鷺宮3308番地
祭 神:健経津主命 大己貴命 保食命 建御名方神 火産霊神 菅原道真 猿田彦命 倉稲魂命
社格等:旧村社 神饌幣帛料供進神社

鷺宮咲前神社、境内社「絹笠神社」の御朱印(群馬県安中市鷺宮)5

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 群馬県安中市の東部、旧安中市の市街地から西へ行った所に神社は鎮座していました。

 最寄り駅は、JR信越本線「安中駅」or「磯部駅」になります。徒歩で神社まではかなりかかりそうです。できれば自動車で行かれた方が宜しいかと思われます。

 駐車場は、境内の右側にありました。自動車は、十数台位は停められそうです。


 こちらの神社の由緒は以下の通りです(由緒書きより)。
「当鎮座地は神代、経津主大神が健御名方神を追って上野国と信濃国の国境の荒船山に御出陣の時の行在地であると伝わる。
 安閑天皇元年(534)六月、初の申の日に神石『雷斧石(らいふいし)』三柱の御出現を仰ぎ、時の朝廷に上奏したところ、奉幣使、磯部朝臣小倉季氏と共に高椅貞長、峯越旧敬を伴い上毛野国に御下向があり、抜鉾(ぬきほこ)大神『健経津主命』をお祀りし、社を建てられた。その後、白鳳元年(650)第十一代小崎邦平、神託により蓬丘菖蒲谷に御遷座し、貫前神の鎮座となり、磯部郷前宮跡を先の宮として崇め、改めて咲前神社が創建された。」


 一之宮貫前神社の前宮としての神社になります。

 鳥居になります。
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 手水舎です。
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 神楽殿です。
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 鷺宮咲前神社の社殿になります。
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 先ずは参拝です。

 絹笠神社の社殿になります。
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 養蚕の神様を祀っています。以前はかなり年季の入った社殿でしたが、新しくなったようです。

 その絹笠神社の詳しい由緒です。
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「絹笠神社(きぬがさじんじゃ)
【御神徳】豊蚕・子育て・安産
 養蚕県群馬の中でも碓氷・安中地方は特に養蚕の盛んな事で知られる。『蚕の神様』というと『絹笠様』ということになる。この神のことはよくわかっていない。

神道の蚕神
 神道の蚕神は大きく二つに分けられ、一つは保食神(うけもちのかみ)・大気津比売神(おおけつひめのかみ)・稚産霊神(わくむすひのかみ)などの蚕を産んだ神であり、もう一つは天照大神(あまてらすおおみかみ)・稚日女尊(わかひるめのみこと)・天棚機姫神(あめたなばたつひめのかみ)・木花開耶姫(このはなさくやひめ)などの機織(はたおり)に関係する神である。機織に関係する神は織物業に従事する人々なでに多く信仰され、養蚕に従事する人々は蚕を生んだの神の方をより信仰の対象にしている。

白いヘビ
 咲前神社には白いへびがいるといわれ、大きさははっきりしないが『蚕の神様』という。白いヘビを拝んで、神社から借りて来ると『蚕が当たる』といって信仰された。」


 今回は、「絹笠神社」の御朱印を頂きました。鷺宮咲前神社の授与所で頂けます。御朱印代は300円です。磯部せんべいを頂きました。
 外にも「鷺宮咲前神社」と境内社の「鷹巣神社」の御朱印もあります。





神社名:鷺宮咲前神社
鎮座地:群馬県安中市鷺宮3308番地
祭 神:健経津主命 大己貴命 保食命
社格等:旧村社 神饌幣帛料供進神社

尾崎山阿弥陀寺光明院 一之宮貫前神社の旧別当寺(群馬県富岡市一ノ宮)5

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 最寄り駅は、上信電鉄「上州一ノ宮駅」になります。
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 お寺まで徒歩で数十秒になります。

 お寺専用の駐車場はありました。自動車は10台位は停められそうです。


 こちらの寺院の由緒は、次の通りです(上毛新聞社刊『ぐんまのお寺 天台宗』より抜粋)。
「寺伝によると、当寺は天元四年(981)、一ノ宮抜鉾(現貫前神社)神社の祀官尾崎志摩守光明を開基として創建され、中興開山は上野守多田満仲の子源賢法印であり、かつ抜鉾神社の別当院であると伝えている。
(後略)」


 こちらのお寺は、同市内に鎮座する上野国一宮「一之宮貫前神社」の別当寺であったそうです。

 山門になります。
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 山門脇には六地蔵がいらっしゃいました。
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 群馬自由民権運動の碑です。
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 不動明王がいらっしゃいました。
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 観音様や伝教大師等いらっしゃいました。
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 本堂になります。
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 境内は広くはなく、本堂もさほど大きくはありませんでした。

 みやま文庫刊「上州の観音札所」の中に以下の記述がありました。上野三十四所霊場の札所に一之宮貫前神社の本地仏を祀るお堂があったそうです。こちらのお寺の記述もありましたので記載します。
「四番 一の宮上の町 如意輪観音
    富岡市一ノ宮
 貫前神社にはその本地仏を祀る本地堂が上の町にあったが、廃仏毀釈で失われたが、今はない。その本地仏とはお姿の一脈通ずる、弥勒と如意輪観音である。
 かつて貫前神社の仏教部門にたずさわったのは、一の宮駅前の光明院であった。
  おしなべて高きゆいしき一の宮
  大悲の誓ひたのまぬはなし」

 御朱印は、本堂右側にある庫裡にて頂きました。御朱印代は300円です。

 鎹山の紋が入った御朱印帳(日光山中禅寺で頂いた)に御朱印を頂いたら、その紋は比叡山の寺紋のためご住職が妙に喜んでいました。




寺院名:尾崎山 阿弥陀寺 光明院
所在地:群馬県富岡市一ノ宮227番地
宗 派:天台宗
本 尊:阿弥陀如来

一之宮貫前神社 かえるステッカー(群馬県富岡市一ノ宮)5

 群馬県富岡市に鎮座する一之宮貫前神社の「かえるステッカー」です。
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 交通安全のステッカーになり、初穂料は500円になります。境内右側にある授与所にて頂きました。




神社名:一之宮貫前神社
鎮座地:群馬県富岡市一ノ宮1535番地
祭 神:経津主命 比売大神
社格等:延喜式内社(名神) 旧国幣中社 別表神社

一之宮貫前神社 御朱印&御守り(群馬県富岡市一ノ宮)5

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 群馬県富岡市に神社は鎮座していました。

 最寄り駅は、上信電鉄「上州一ノ宮駅」になります。

 駐車場は門前にありました。できれば「一ノ宮北」という交差点を北へ行く道を進み、信号機を過ぎ、すぐに左へ行く道がありますので、それを進むと神門が右側にあります。神門の脇に自動車は停められます。


 こちらの神社の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「群馬県富岡市一ノ宮の旧国幣中社。延喜式内名神大社。神社本庁別表神社。祭神は経津主命・比売大神例祭は3月15日。3月14日と12月12日に御戸開(みとびらき)神事がある。13年ごとに行われる式年遷宮祭はこの神事に合わせて行われる。正月三日に水的(みずまと)神事、同15日に御筒粥神事、4月15日に流鏑馬祭、7月7日に御田植え神事、12月8日に鹿占神事、同11日に神機織神事がある。安閑天皇元年3月15日に創祀されたと伝える。
 経津主神は石上神宮の祭神であるが、当社付近に物部氏が居住し、隣接地域には石上部君が存在した。また渡来文化である絹織りの技術が当地にもたらされたことを物語るは、赤城神が南天竺狗留吠国の好美女から機織りの絹筬(きぬおき)を借りたという説話である。貫前神は天安三年(859)に従四位下に昇叙され、延喜十六年(916)には従二位となった。上野国の一の宮となる。
 徳川家康が当社を改修してから、三代将軍の家光が寛永十二年(1635)に社殿を造営した。元禄十一年(1698)に綱吉がさらに改修した。」

 また、國學院大学日本文化研究所編「神道辞典」によると次の通りです。
「〈旧称〉貫前神社、抜鉾神社
 〈祭神〉経津主神、比売大神
 〈指定文化財〉本殿、拝殿、楼門、鏡三面、棟札(重文)
 〈例祭日〉3月15日 〈神事〉申年式年遷宮祭、御戸開祭(3月14日・12月12日)、水的神事(1月3日)、御筒粥神事(1月15日)、流鏑馬祭(4月15日)、田植え神事(7月7日)、鹿占(かうら)神事(12月8日)、神機織(かんはたおり)神事(12月11日)
 〈由緒〉式内名神大社。上野国一宮。貞観元年(859)正月、従四位に叙され、延喜十六年(916)には従二位に進む。『貫前』は『延喜式』神名帳に『或いは抜鋒(ぬきさき)に作る』との注記があり、『上野国神名帳』(一宮本)や『神道集』には『抜鉾』とも表記する。中世・近世には抜鉾の表記が一般的であった。物部氏系の経津主神を祀る貫前神社と渡来人系の比売大神を祀る抜鋒(抜鉾)神社とは別個の神社であったとする説もあり問題を残す。
 神仏分離以前は天元四年(981)開基と伝える別当の光明院をはじめ神宮寺が多く、現在も境内に堂舎の遺跡が多数散在する。
 江戸時代には百七十六余の朱印領を有した。現在の社殿は徳川家光の造営。
 養蚕・農業の神として崇敬される。
 秘中の神事とされる御戸開祭をはじめ特殊神事が多い。
 〈旧社格〉国幣中社(明治四年)」


 こちらの神社は、延喜式内社で上野国一宮になる神社です。
 朝廷や武家からも崇敬されていたそうです。

 神門になります。
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 神門を入ると石段は下へ向かい、社殿を下りながら見るという「下り宮」になります。
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 「日本三大下り宮」になります。

 社殿は「貫前造」という特殊な社殿構造になります。
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 本殿は2階建てだそうです。

 月読宮がありました。
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 仮殿地になります。
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 杉の木の香りがします。式年遷宮が終わりましたので、神様はもとの宮に遷座はされたと思いますが、こちらにはまだいらっしゃるのかな?

 御朱印は境内の右側にある「授与所」で頂きました。
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 昨年式年遷宮でしたので、記念印が押されていました。御朱印代は500円でした。小さな由緒書き付きです。
 パンフレットの由緒書きは100円になります。

 御守りや御神札(一体1,000円)といった授与品はありました。私は、御守りを一体(700円)頂きました。
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 宝物館があり拝観ができます。

 御神籤を引き、「大吉」を引き当てました。前回は世良田東照宮で御神籤を引き「大吉」でしたので、二週連続大吉でした。





神社名:一之宮貫前神社
鎮座地:群馬県富岡市一ノ宮1535番地
祭 神:経津主命 比売大神
社格等:延喜式内社(名神) 旧国幣中社 別表神社
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