まほろば御朱印紀行

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

行田市

天真山高源寺 正木丹波守開基の寺 御朱印&落ちない御守(埼玉県行田市佐間)5

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 埼玉県行田市にお寺はありました。

 お寺専用の駐車場はありました。自動車は5台位は停められそうです。


 こちらのお寺の由緒は次の通りです(案内板による)。
「往古、行田市は忍藩として隆盛をほこっていたが、天正十八年(1590)、豊臣秀吉の小田原城攻めと同時に石田三成軍の二万にもおよぶ軍勢により忍城は水攻めを受けた。
 忍城佐間口の守将『正木丹波守利英公』は奮闘し、城も破られることはなかったが、小田原城での篭城に参戦していた忍城城主成田氏長が敗れたため止む無く忍城は開城した。
 この戦いで丹波守は無常を悟り、水攻め彼我戦歿者の霊を弔わんと発心し、武士を捨て、この佐間の地に高源寺を開基した。
 開山に守天昌意和尚を迎え、一心に菩提を弔い、翌天正十九年
二月一日に没した。
 このことは和田竜著「のぼうの城」に活写されている。

新編武蔵風土記稿よると、
禅宗臨済派、上崎村龍光寺末、
天真山と号す、開山守天和尚、
慶長五年八月二十五日示寂、
開基は成田下総守氏長の家人正木丹波守勝英なり、
天正十九年六月二日卒し、
傑宗道英と謚す、当寺に墳墓あり、
本尊聖観音を安置す、
と記されており、丹波守の没年月日、御本尊の相違が見受けられるのは明治二年の火災によって焼失したものと考えられる。」


 行田八幡神社の兼務社「佐間天神社」のすぐ近くにお寺はありました。

 入り口になります。
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 山門になります。
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 こちらのお寺は映画「のぼうの城」で佐藤浩市さんが演じた正木丹波守開基のお寺になります。境内にはお墓がありました。
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 忍城が水攻めされた際の戦没者を供養するお墓がありました。
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 丁重に供養しているようです。

 本堂になります。
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 本尊は阿弥陀如来になります。以前は聖観音だったそうです。

 御朱印は、本堂右側にある庫裡で頂けました。御朱印代は志納になります。

 御守りがありました。
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 500円だそうです。「落ちない御守り」もありました。御守りの柄は武将が描かれていました。正木丹波守かな?




寺院名:天真山 高源寺
所在地:埼玉県行田市佐間1丁目2-9
宗 派:臨済宗円覚寺派
本 尊:阿弥陀如来
開 基:正木丹波守

目の神社(行田八幡神社境内社)5

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 埼玉県行田市の忍城趾の東へ行った所に神社は鎮座していました。

 最寄り駅は、秩父鉄道「行田市駅」になります。

 駐車場は、参集殿の前と第二駐車場が利用できます。自動車は10台以上は停められそうです。


 こちらの神社の由緒は、次の通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』より)。
「埼玉県行田市行田に鎮座。祭神は品陀別命・息長足姫命・大物主命・素盞嗚尊・市杵島姫命ほか二柱。虫封じの信仰がある。例祭は9月15日。
 源頼義・義家親子が奥州征討にあたり、戦勝祈願として八幡神社を勧請したと伝える。天文年間(1532〜1555)に佐間村田中から行田に遷された。忍城主成田下総守氏長の崇敬により城下の総鎮守となる。」


 鳥居になります。
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 西向きに社殿は建っています。
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 忍城を守護するためかと思われます。
 癌封じや虫封じ、病気平癒のご利益があるそうです。

 境内社になります。
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 なで桃だそうです。
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 御朱印は、境内社の「目の神社(めのかみしゃ)」を頂きました。御朱印代は300円でした。

 御守りや御神札といった授与品はありました。もちろん「目の神社」の御守りはありました。眼病平癒のご利益のようです。

 近くには「風が語りかけます。旨い!旨すぎる!」の十万石饅頭本店がありました。




神社名:行田八幡神社
鎮座地:埼玉県行田市行田16‐23
祭 神:誉田別尊 気長足姫尊 比売大神 大物主神 神素盞鳴尊
社格等:旧村社 行田総鎮守
札所等:忍城下七福神 大黒天

行田八幡神社の境内社「大国主神社」(埼玉県行田市行田)5

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埼玉県行田市に鎮座する「行田八幡神社」に参拝してきました。

最寄り駅は、秩父鉄道「行田市駅」になります。

駐車場は、参集殿の前と第二駐車場が利用できます。


こちらの神社の由緒は、次の通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』より)。
「埼玉県行田市行田に鎮座。祭神は品陀別命・息長足姫命・大物主命・素盞嗚尊・市杵島姫命ほか二柱。
 虫封じの信仰がある。
 例祭は9月15日。
 源頼義・義家親子が奥州征討にあたり、戦勝祈願として八幡神社を勧請したと伝える。天文年間(1532〜1555)に佐間村田中から行事に遷された。忍城主成田下総守氏長の崇敬により城下の総鎮守となる。」


こちらが鳥居になります。
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社号標になります。
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右側には手水舎がありました。
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手と口を漱いで参拝です。

こちらが社殿になります。
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(´人`)

癌封じや病気平癒等のご祈祷で知られています。
参拝したときもご祈祷をやってました。

社号額になります。
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社殿の前には、「撫で桃」がありました。
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境内社が複数鎮座していました。

こちらが大国主神社と恵比寿神社になります。
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忍城下七福神の札所になっています。

今回は、こちらの境内社の御朱印を頂きました。
御朱印代は300円です。

授与品は、多くありました。
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癌封じや目の病気にご利益がある御守りがありました。
また、御神札が800円でありました。




神社名:行田八幡神社
鎮座地:埼玉県行田市行田16‐23
祭 神:誉田別尊 気長足姫尊 比売大神 大物主神 神素盞鳴尊
通 称:西向き八幡  封じの宮
札所等:忍城下七福神 大黒天

佐間天神社(埼玉県行田市佐間)5

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埼玉県行田市の佐間天神社に参拝してきました。
「水城公園」の南東部に神社は鎮座していました。

最寄り駅は、秩父鉄道「行田市駅」になります。
徒歩では上々かかりそうです。

駐車場は見当たりませんでした。
こちらの神社は「行田八幡神社」が兼務していますので、行田八幡神社の第二駐車場を利用した方が良いかもしれません。歩いて十数分位で着きます。


こちらの神社の由緒は、次の通りです(案内板より)。
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「佐間天神社縁起
 佐間天神社の創建は忍城主の成田氏が忍城築城の折、谷郷、春日社、西を城の没沢の取入口とし、天神坊を出口としたと伝えられている。その天神坊を慈眼山安養院の守護神として天神社を勧請した。今から500年前のことである。享保5年12月(1720)京都の唯一神道、吉田殿より『正一位天満天神』の神格を与えられた。その後、文化10年8月25日(1800)本殿が再建された。本殿に安置される天神座像は春日の作と伝えられている。又、境内の欅の樹齢は行田市教育委員会の推定によると400年とされている。
 佐間天神社には学問の神様、菅原道真公が祭神として祀られている。以前は慈眼山安養院が神護神であったが、その様子は今でも白山社、伊奈利社、厳島、明神・・・等の合祀社が多く両部神道の名残を留めている。神門は安政3年(1850)の大火で類焼したがここで火が止まった為、火防の門と呼ばれた。
 明治22年、佐間村、成田町、行田町が合併し忍町となり、妙音寺にあった温知学校を廃止し、天神社社務所に佐間学校が開校した。正式には忍学校第三教場と言われた。大正4年3月、行田尋常小学校第三校舎(現在の新町会館)が新築されるまでここに存在したのである。

天神社の行事
・大祓式(6月30日、12月31日)
・八坂祭(7月中旬の土、日)
・例大祭(9月25日)
・新嘗祭(11月23日)
・勧学祭(12月初旬)
・元旦祭(1月1日)
・初天神祭(2月25日)
・初午祭(3月第1午の日)
 特に八坂祭、元旦祭は大いににぎわいを見せている。この様に、古い歴史を持つ天神社は佐間地区の鎮守として広く人々から信仰されている。」


古墳通りから左に曲がったところに神社は鎮座していました。
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こちらが神門になります。
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「天満社」と刻まれた社号額が掲げられていました。
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入ります。
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右側には手水舎がありました。

鳥居になります。
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くぐると狛犬がいらっしゃいました。
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社殿になります。
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内部が覗きこめました。
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(´人`)

束帯の菅原道真公の画像が掲げられていました。
立派な天神画像でした。

こちらは神楽殿になります。
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どんな神楽が舞われるのでしょうか。

境内は水城公園の一画なので、後方は木々が多くありました。
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周辺は「佐間口」と呼ばれており、天正18年の石田三成軍の忍城攻めの際に正木丹波守が陣を構え、戦ったといいます。
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正木丹波守の屋敷もこの地にあったそうです。

境内には欅(けやき)が多くありました。
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案内板には、次の通り書かれていました。
「欅群
 天神社は、享保5年(1720)12月京都の吉田家より神位を与えられ、正一位天満天神と称するようになった、との記録がある行田市佐間地区の鎮守です。
 祭神は学問の神様として信仰されている菅原道真です。その天神社境内に9本の巨木が群生するこの欅群は、いずれも樹齢400年以上と推定される古木群です。樹高は高いもので30m、目通り幹周は最大のもので5.0mを計ります。落雷のため幹に空洞があるものがありますが、樹勢は旺盛で、枝張りもよく繁茂していて、神域の風致を保っています。また、秋には美しい紅葉が見られます。」


境内には「伊奈利神社」が鎮座していました。
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(´人`)

こちらは社務所でしょうか?
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社殿後方には、青面金剛が彫られた塔等がありました。
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その中に別当寺であった「慈眼山安養院」の石碑がありました。
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廃寺ですので、お堂はありません。


御朱印は、行田八幡神社の授与所で頂けます。
御朱印代は、300円です。

由緒書きはありませんでした。




神社データ
神社名:佐間天神社
鎮座地:埼玉県行田市佐間一丁目10‐8
祭 神:菅原道真公
社格等:旧佐間村鎮守

駒形薬師(埼玉県行田市)5

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埼玉県行田市にある「医王山 常福寺 遍照院」に参拝してきました。
真言宗智山派に属するお寺になります。

埼玉県行田市の南部、市街地から少し南下したところにお寺はありました。
水城公園からも近いです。

お寺周辺は、住宅地になります。
隣は、臨済宗妙心寺「大蔵寺」になります。

お寺専用の駐車場は、境内の左側にありました。
自動車は、数十台は停められそうです。

境内は、木々が綺麗に配されており、とても雰囲気は良かったです。
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東国花の寺百ケ寺の札所になっているだけあります。

こちらが本堂になります。
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本尊の薬師如来は、奥州藤原氏の藤原秀衡の護持仏と言われているそうです。
本堂の前に香炉があり、お線香が50円で置いてあったので、早速お線香をあげました。

境内には、薬師如来座像や弘法大師と思われる座像がありました。

また、山門の右側に「辨天堂」がありました。
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しかし、忍城下七福神の「福禄寿」を担当するお寺ですが、何処に祀られているのか・・・

御朱印は、境内の左側にある「寺務所」で頂けました。
御朱印代は、志納でした。

由緒書きは、ありました。





寺院名:医王山 常福寺 遍照院
所在地:埼玉県行田市駒形一丁目4‐18
宗 派:真言宗智山派
本 尊:薬師如来
通 称:駒形薬師
札所等:東国花の寺百ヶ寺
    行田救済菩薩 一番札所
    関東九十一薬師霊場 三十六番札所
    忍城下七福神 福禄寿
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日本のまほろばを探して社寺を参詣しており、社寺参詣道代表師範です。 取得資格:普通自動車免許、2級ファイナンシャルプランニング技能士(ファイナンシャルプランナー)、日商簿記検定2級、秘書検定2級、全経電卓検定3級、神社検定参級、安全衛生推進者
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