まほろば御朱印紀行

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

前橋市

前橋厄除大師蓮花院 開運大七福神の御朱印(群馬県前橋市下増田町)5

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 前橋厄除大師蓮花院に参拝いたしました。何度もブログには書いているので、詳しい由緒は省きます。
 今回は「開運大七福神」の御朱印を頂きました。判子の書き置き対応で、御朱印代は500円です。

 授与所では各種御守り(800円)や祈祷済みの各種御札(1,000円)がありました。
 私は交通安全ステッカーを戴きました。200円になります。

 山門です。
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 鐘楼堂です。
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 本堂になります。
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 毎週日曜日10時よりご祈祷があります。ご希望のかたはお寺でお問い合わせください。祈祷料5,000円より。




寺院名:今宮山 増田寺 蓮花院
所在地:群馬県前橋市下増田町1626番地
宗 派:真言宗智山派
本 尊:聖観音 弘法大師
通 称:前橋厄除大師
札所等:関東八十八ヶ所 五番札所
    上州三十三観音霊場 十三番札所
    ぼけ封じ関東三十三観音霊場 十八番札所
御詠歌:誓願も めぐみもあらたか 観世音 上州の里に 四方も照らさん
    赤城山 大師の御手に 導かれ 長寿福寿を 願うこの寺

無量山月照院養林寺 江戸時代初期の上野国大胡城主「牧野家」の菩提所(群馬県前橋市堀越町)5

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 群馬県前橋市の東部、旧大胡町にお寺はありました。

 最寄り駅は、上毛電気鉄道「大胡駅」になります。

 お寺専用の駐車場はありました。自動車は数十台位は停められそうです。


 こちらのお寺の由緒は次の通りです(案内板による)。
「浄土宗 無量山月照院養林寺縁起
鎌倉時代大胡太郎実秀といえる武将あり。浄土宗の宗祖法然上人に帰依し此の地に草庵を建て念佛修業を怠らなかった。徳川家康公の御家来牧野康成侯は、天正十八年、二万石を以て大胡城主となる。大胡太郎実秀の念佛の旧蹟成るを聞き、養林寺を創建し、念佛修業の寺とした。百石を御朱印として寺へ寄進されたので、養林寺は上野三壇林の一つとして、名刹であった。
 度々の火災に罹い、堂塔はすべて焼失したが、山門は江戸時代初期の建築である。勢多郡下唯一ケ寺の浄土宗寺院で、称名念佛の法燈を継承している。」


 前橋市内からかなり外れているので、かなり長閑になります。
 周辺は大胡城跡になり、近くには大胡神社が鎮座していました。

 山門です。
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 寺号標になります。
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 参道を進みます。
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 手水舎になります。
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 鐘楼堂です。
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 本堂になります。
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 本尊の阿弥陀如来が祀られています。葵の御紋の幕が張られています。

 境内の左側にある墓地の入り口には、徳川家五代の供養塔がありました。
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 また、江戸時代初期に大胡城主を務め、後に越後長岡に移封された「牧野家」のお墓がありました。
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 前橋市教員委員会が作成した案内板によると次の通りです。
「前橋市指定史跡 牧野家墓地
 この墓地は、天正十八年(1590)から慶長九年(1604)まで、大胡城の主として大胡藩二万石を治めた牧野康成の墓ほか、同室(妻)、康成の父成定、子の忠成など七基の墓石が並ぶ江戸時代初期の大名墓である。
 牧野康成は、弘治元年(1555)、三河西尾の城主牧野成定の子として生まれ、徳川家康に仕え、酒井忠次に属して、『長篠の戦』など家康の主要な合戦の多くに参戦して、数々の武力を重ねた。
 康成は天正十八年(1590)の徳川家康の関東入府に伴って、江戸城の北辺の守りとして大胡城に入り、大胡城を近世の城として大改修をした。
 慶長五年(1600)の『関ケ原の戦』のおりに、中仙道を進む徳川秀忠の将として従軍した。
 慶長九年には病のため家督を長男の忠成に譲り、慶長十四年(1609)に五十五歳で没し、菩提寺として天正十八年に建立したここに浄土宗無量山月照院養林寺葬られた。
 康成の子、牧野忠成は、元和二年(1616)越後国頸城郡長峰に五万石で転封となり、同四年(1618)にはさらに一万石が加増され、長岡に転封となった。以後、牧野家は明治の初めまで長岡藩を治めた。
 大胡城は、牧野氏移封後、酒井氏前橋藩の所領となり、城番が置かれた。その後酒井氏が姫路に転封されるに際して廃城となった。
  群馬県教育委員会」

 御朱印は、境内の右側にある庫裡で頂きました。御朱印代は300円です。
 由緒書きは、頂きたい旨を伝えれば無料で頂けます。




寺院名:無量山 月照院 養林寺
所在地:群馬県前橋市堀越町1259番地
宗 派:浄土宗
本 尊:阿弥陀如来 呑龍上人
札所等:前橋四公御廟所六寺社めぐり

前橋八幡宮 初詣再拝(群馬県前橋市本町)5

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 群馬県前橋市の中心部、国道50号線と国道17号線の交わる交差点から遠くない所に神社は鎮座しています。

 最寄り駅は、JR両毛線「前橋駅」になります。徒歩では少々歩きます。

 神社専用の駐車場はありません。周辺には有料駐車場がありますので、自動車で来られた方はそちらを利用してください。


 こちらの神社の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「前橋市本町の旧県社。祭神は品陀和気命・息長足媛命。例祭は9月15日。
 1月9日の初市祭はだるま市として知られる。また、子育て八幡の信仰から七五三祭はにぎわう。
 在原業平の後裔の業重が石清水八幡宮を勧請したという。永禄年間(1558〜1570)に兵火に遭ったが、元亀・天正年間(1570〜1592)に北条氏らの武将が神田を寄進した。徳川将軍家から十五石の朱印領が寄せられた。藩主の酒井・松平両氏が代々崇敬し、前橋の総鎮守として市井の信仰も厚い。」


 鳥居になります。
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 お隣が公園なので、公園内に鎮座しているといった感じです。

 手水舎になります。
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 参道を進みます。
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 社殿になります。
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 境内です。
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 神社周辺は前橋市の中心部なので、買い物や食事ができるお店が多いです。

 1月6日に参拝したので境内の左側にある「授与所」は開いていました。
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 若い神職の方が詰めていらっしゃいました。久し振りの参拝なので、御朱印と御守りを頂きました。
 私が頂いた御守り以外は一体300円〜600円位でした。
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 御神矢(破魔矢、守護矢)の初穂料は、どれくらいなのだろうか?
 各種御守りです。
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 常時授与所は開いているのかはわかりませんが、開いてない場合は社務所で祈祷祈願受付、御札・御守り・御朱印の授与が行われます。
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 社務所の所在地は「前橋市本町二丁目7‐2」になります。

 鳥居横に「参集殿建設募金のお願い」という案内板がありました。
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 一口5,000円になります。




神社名:前橋八幡宮
鎮座地:群馬県前橋市本町二丁目9‐21
祭 神:誉田別命 比売大神 息長帯比売命
社格等:旧県社 前橋総鎮守

大洞赤城神社(群馬県前橋市富士見町)5

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 群馬県前橋市にある赤城山の大沼に鎮座する神社になります。

 神社専用の駐車場はありました。


 こちらの神社の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「勢多郡富士見村赤城山大洞の旧郷社。祭神は赤城大明神・豊城入彦命・磐筒男命・磐筒女命・徳川家康・大己貴命ほか八柱。例祭は5月8日の山開祭。8月8日の沼祭りには納鏡がある。
 赤城山頂の大沼・小沼は千古の神秘をたたえ、赤城大明神と沼神を祀る。崇神天皇の皇子の豊城入彦命が東国経営にあたり沼霊と大己貴命を奉斎し、允恭・用明天皇の御代に創建されたと伝える。大同二年(807)に大洞に遷座。前橋城主の崇敬があり大老酒井雅楽頭忠清が社殿を造営。徳川家康を合祀して将軍家の処遇を受ける。昭和四十五年(1970)に現在の小鳥ヶ嶋に遷された。」


 山岳信仰の神社になります。
 まだ雪は降っていないので大沼までは自動車まで登れます。
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 あいにく天気が悪い日に参拝し、しかもTシャツ一枚だったので寒くて・・・
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 手水舎になります。
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 社殿になります。
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 御朱印は、境内右側にある授与所で頂けました。御朱印代は300円です。





神社名:大洞赤城神社
鎮座地:群馬県前橋市富士見町赤城山4‐2
祭 神:赤城大明神 大国主神 磐筒男神 磐筒女神 経津主神
相 殿:徳川家康公 大山咋神
社格等:旧郷社 延喜式内社 上野国二宮

前橋厄除大師蓮花院 愛染明王の御朱印(群馬県前橋市下増田町)5

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 群馬県前橋市の東部、伊勢崎市に近いところに寺院がありました。少し北には北関東自動車道、南にはJR両毛線が走っています。

 最寄り駅は、JR両毛線「駒形駅」になります。駅から徒歩で寺院まで30分位はかかりそうです。

 駐車場は、門前と寺院裏にありました。自動車は、合わせて100台以上は停められそうです。


 こちらの寺院の由緒は、次の通りです(上毛新聞社刊『ぐんまのお寺 真言宗機戮茲螳貮抜粋)。
「(前略)
 『寺院明細帳』によれば、栃木県の出流山千手院満願寺の末とある。真言宗であり、新義真言宗智山派と追記されている。
 由緒沿革記によれば、天分二年(1533)勢多郡荒砥村大室の住人玉泉坊の開基という。その後、十世の間は各宗の僧侶が相続し、宮城村鼻毛石の赤城寺を本寺としたという。享保四年(1719)下野出身の第十一世宥尊上人が、下野出流山千手院住職宥盛に従って求法を継ぎ、今宮山蓮花院増田寺と称した。
(中略)
 元禄三年(1690)十二世舜賀上人の代に堂を改築したが、宝暦年間(1751〜1764)に類焼にあい、本堂を残して、土蔵、鐘楼、山門などを焼失した。本堂は今に伝わる。舜賀上人を中興開山としている。この舜賀上人は大黒天を自ら刻んでいる。
 明治二十五年(1892)5月、本堂改築の際に知事の許可を得て、武州大師河原平間密寺、川崎大師の第一分身、甲子大黒天を安置した。これについて『明細帳』には明治二十一年三月九日に厄除弘法大師 武蔵国江原村平間寺分体安置で出願、五月十四日許可とある。表門前の石碑には明治二十年(1887)十二月二十五日仮安置とも刻まれている。今本堂に本尊として安置されているのは厄除弘法大師像である。表門をくぐった楼上にも弘法大師の像が立つ。
(中略)
 本尊の聖観音菩薩は天文二年(1533)京都の仏師鈴木民部の作という。この仏像は開山の玉泉上人が依頼して作らせたものという。また、浩玄が造った観音菩薩もある。これは明応七年(1498)の作という。
 正月の厄除け祈願には大変な参詣者がある。
(後略)」


 前橋市といっても市街地からかなり外れていますので、周辺は田園地帯となり長閑です。

 こちらの寺院は「蓮花院」という寺院名ですが、「前橋厄除大師」の通称の方がよく知られています。
 周辺の道路にはお寺の看板が出ています。自動車で行かれる方は、その看板を目印にしてください。

 こちらの寺院の副住職さんは、テレビ朝日「ぶっちゃけ寺」に出演されていた尼さんです。

 良縁堂になります。
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 愛染明王が祀られています。参拝したのでこちらのお堂の御朱印を頂きました。

 本堂になります。
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 聖観音と弘法大師が祀られています。

 御朱印は、境内左側の「授与所」で頂けました。御朱印が四種類(前橋厄除大師、聖観音、魔除天狗、愛染明王)あり、御朱印代は500円でした。
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 各種霊場の御朱印もあると思われますが、差し替えの御朱印かと思われます。

 授与所では各種御守り(800円)や祈祷済みの各種御札(1,000円)がありました。

 境内の掲示板には以下の教えが説かれていました。
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 ためになりたす。





寺院名:今宮山 増田寺 蓮花院
所在地:群馬県前橋市下増田町1626番地
宗 派:真言宗智山派
本 尊:聖観音 弘法大師
通 称:前橋厄除大師
札所等:関東八十八ヶ所 五番札所
    上州三十三観音霊場 十三番札所
    ぼけ封じ関東三十三観音霊場 十八番札所
御詠歌:誓願も めぐみもあらたか 観世音 上州の里に 四方も照らさん
    赤城山 大師の御手に 導かれ 長寿福寿を 願うこの寺
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