神社仏閣史跡巡り

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

東上州三十三観音霊場

補陀落山 観音寺 花蔵院(群馬県邑楽郡板倉町)5

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群馬県邑楽郡板倉町にある補陀落山花蔵院に参拝してきました。

同町内には板倉雷電神社や高鳥天満宮が鎮座しています。

「除川」という交差点の近くにあります。
周辺は、長閑な田園地帯が広がります。

駐車場はありました。


こちらのお寺の由緒は、次の通りです(上毛新聞社刊「ぐんまのお寺真言宗」より抜粋)。
「寺院の創建・由緒は、不詳であるが、天正十八年(1590)三月の『下野国安蘇郡除川村水帳』に『右 川役魚猟殺生人 北 角左エ門相勤申候‐中略‐慶安二年右角左衛門 観音像 川ヨリ引キ上ゲ屋内ニ祭リ置く処 翌年 寺エ奉納村方ニテ一宇之堂ヲ建立ス‐中略‐同 行説法印之代 補陀落山観音寺花蔵院と号ス』とあり、また、当寺首無し六地蔵の銘に『慶長九年甲辰天(1604)閏八月十八日法印権大僧正都隆寛』とあり、創建は慶長年間(1596〜1615)以前であるといえる。
観音堂は、前述したように川で発見された観音像をまつったといわれているが、この観音像は秘仏とされ、お目にかかることはできない。当寺の住職も地区住民の方もお目にかかっていないため何観音かその法量もわかっていない。堂は、間口三間、奥行きニ・五間、茅葺き、幅0・五間の回廊を巡らせている。現堂の造営年代は不詳であるが回廊の擬宝珠に、『天保四癸巳(1833)』の銘がある。
当観音堂は、東上州三番札所であり、『徒みとがも 皆除川と きくなればまいるこの身は たのもしきかな』とよまれている。」


周辺の土地は「除川」と言い、利根川の水害から除くため名付けられました。

入り口になります。
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左右には、馬頭観音や庚申塔がありました。
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こちらが本堂になります。
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不動明王が祀られています。
真言宗系のお寺で不動明王が祀られているので、護摩は修しているのかな?

水子地蔵です。
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観音堂になります。
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川で発見された観音様を祀っています。
秘仏であり、開けたら良くないことが起きるということで、誰も見たことは無いそうです。
しかし、東上州三十三観音霊場の札所本尊としたら「聖観音」になります。
現在観音堂は、茅葺きではなく、銅板葺きです。

「首無地蔵」がありました。
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除川名所だそうです。

御朱印は、専用納経帳の差し替えを頂きました。
汎用の納経帳に頂けるかどうか分かりません。

お茶を頂きました。感謝するばかりです。




寺院名:補陀落山 観音寺 花蔵院
所在地:群馬県邑楽郡板倉町除川399番地
宗 派:真言宗豊山派
本 尊:不動明王
札所等:東上州三十三観音霊場 三番札所(除川観音)
御詠歌:徒みとがも 皆除川と きくなればまいるこの身は たのもしきかな

恵林寺(群馬県太田市)5

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群馬県太田市にある「笑岩山 恵林寺(えりんじ)」に参拝してきました。
曹洞宗のお寺になります。

太田市の北部、太田東高校やセブンイレブンの近くにお寺はありました。

最寄り駅は、東武伊勢崎線「韮川駅」になります。
徒歩では、20分位はかかりそうです。

駐車場は、山門まで進む道の入り口に自動車が数台は停められそうなスペースがありました。
また、境内にも自動車は数台は停められそうです。

お寺の周辺は、太田市の市街地からかなり外れていますので、長閑な田園地帯になります。
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お寺の前景は、こんな感じでした。
何だか田んぼの中にあるといった感じです。

お寺までの道は細く、かなり分かりづらいので気をつけて下さい。


戦国時代、金山城の支城「矢場城」の城主「矢場国隆」の子「矢場植繁」が父母の菩提を弔うため創建されたお寺になります。
お寺の南側には「本矢場城」、栃木県足利市新宿には「矢場城」があったそうです。
現在は、長閑な田園地帯になります。


さて、自動車を置き、参拝です。

こちらが山門です。
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質素な山門です。

境内には、六地蔵がいらっいました。
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ひっそりといらっしゃいました。

山門を入ると、正面に本堂がありました。
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曹洞宗らしい本堂です。
本尊である釈迦如来と脇侍の文殊菩薩・普賢菩薩が祀られています。

境内の右側には薬師堂と観音堂がありました。
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右側の薬師堂には、「釘抜き薬師」や「おがみ薬師」と呼ばれている眼病に霊験あらたかな薬師如来が祀られています。
お堂の回りには、「目」や「拝んでいる人」が描かれた絵馬が多く奉納されていました。
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また、左側の観音堂があり、「聖観音」が祀られています。
元々は、近くにあった清水寺(せいすいじ)という相場家で管理をしていた観音堂に祀られていました。
「矢場観音」と呼ばれており、平成15年に恵林寺に合併されました。
こちらの観音様は、東上州三十三観音霊場の札所本尊になっています。続きを読む

大慈山光明寺(群馬県桐生市)5

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群馬県桐生市の「大慈山光明寺」に参拝してきました。
曹洞宗のお寺になります。

市内にある「桐生が岡遊園地」の近くにお寺はありました。

最寄り駅は、JR両毛線「桐生駅」・上毛電気鉄道「西桐生駅」になります。
徒歩では、約20分位はかかりそうです。

駐車場は、山門前にありました。
月極め駐車場と兼ねていますので、山門の左側の道路を通り過ぎると「吾妻公園駐車場」があります。
自動車は、数十台は停められそうです。

こちらのお寺は、「行基」が開創したと伝わっています。

吾妻山の近くにあるため、お寺はとても静かでした。

こちらが山門です。
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「大慈山」と扁額が掲げられていました。
仁王像が左右にあるので、「仁王門」になります。

山門を入ると、右側には「観音堂」がありました。
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本尊である「千手観世音菩薩」が祀られております。
東上州三十三観音霊場の札所本尊になります。

その観音堂には、柄杓(ひしゃく)が沢山吊り下がっていました。
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底が抜けるようにお産が軽くすむことを願って奉納したものだそうです。

「開運厄除け・安産子育て・諸願成就に霊験あらたか」の観音様だそうです。
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「御札・御守り・御仏籤・御祈祷はお申し出ください。」と看板に書いてあったので、授与品があったり、祈祷をして頂けるかもしれません。

本堂に上がる階段の横には七福神の「弁財天」が祀られていました。
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「桐生七福神」の札所になっているため祀られています。
何だか可愛らしい弁財天です。

また、境内にはお地蔵様がいらっしゃいました。

御朱印は、本堂の左側にある「庫裡」で頂けました。
御朱印代、300円でした。

由緒書きは、ありません。

吾妻公園の隣にあるので、参拝したときは公園で散策できそうです。





寺院データ
寺院名:大慈山 光明寺
所在地:群馬県桐生市宮本町三丁目9‐15
宗 派:曹洞宗
本 尊:千手観世音菩薩
札所等:東上州三十三観音霊場 三十二番札所
    桐生七福神 弁財天
御詠歌:有り難や誓いも深き千手堂 二世安楽と誰も頼まん

江徳寺(群馬県太田市)5

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群馬県太田市にある「孤峰山 江徳寺」に参拝してきました。
曹洞宗のお寺になります。

最寄り駅は、東武伊勢崎線「韮川駅」になります。
徒歩では、数十分位はかかりそうです。

駐車場は、山門の前にありました。
自動車は、数十台位は停められそうです。

元和2年(1616年)に開創されたお寺になります。
江戸時代には寺子屋が置かれており、明治時代には韮川小学校の全身である「擇善学校」が置かれていたそうです。
昭和16年(1941年)火災にあい、昭和24年に本堂は再建されました。
残念ながら、お寺に関する文献は無くなってしまい、詳細は分からなくなってしまったそうです。

入口です。
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脇には、お地蔵様がいらっしゃいました。
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境内の左側には、観音堂がありました。
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東武伊勢崎線韮川駅の近くにあった「観音寺」というお寺が駅周辺の開発のため、こちらのお寺の境内に遷座し、祀られたお堂になります。
「台之郷観音」と呼ばれている三尺七寸(112cm位)ある聖観世音菩薩が祀られています。
こちらの観音様は、東上州三十三観音霊場の札所本尊になります。続きを読む

脇屋山正法寺(群馬県太田市)5

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群馬県太田市にある「脇屋山正法寺」に参拝してきました。
高野山真言宗のお寺になります。

最寄り駅は、東武桐生線「治良門橋駅」になります。
徒歩では、30分以上はかかるかもしれません。

駐車場は、お寺入り口の右側にありました。
自動車は、5〜6台位は停められそうです。

こちらのお寺は、太田市の市街地からかなり外れていますので、周辺は田園地帯になり、長閑でした。


寺伝によると、奈良県の醍醐寺を開山した「聖宝」が「源経基」の請願を受けて延喜年間(901〜923年)に開山し、古くは聖宝寺と呼んだと伝えられています。
元暦年間(1184〜1185年)に新田氏の祖「新田義重」が堂塔を修理し、元弘年間(1331〜1334年)には新田義貞の弟「脇屋義助」が脇屋郷及び大般若経600巻を寄進したと伝えられており、「脇屋義助」の菩提所になります。


駐車場に自動車を置き、参拝になります。

参道を進むと、仁王門がありました。
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いわゆる山門になります。
こちらの門は、貞享二年(1685年)の建立の門になり、太田市指定重要文化財になっています。
とても立派でした。

門の左右にある仁王尊は、門と同様に太田市指定重要文化財になります。

山門内には、大きな鰐口がかけられていました。
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紐がつけてあり、鳴らすことも出来ました。

こちらが由緒です。
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なかなか古そうです。

山門を入ると、正面には本堂がありました。
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聖観音」が祀られています。
聖観音像は、鎌倉時代初期に作られたと考えられており、群馬県指定重要文化財になっています。
12年に一度午年に開帳されるそうです。
参拝したときは、残念ながら拝むことは出来ませんでした。
また、江戸時代に旧本堂は火災にあってしまい、現在は観音堂を本堂にしています。

こちらが本堂に掲げられていた扁額です。
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どなたが書かれたのでしょうか?

東上州三十三観音霊場 十九番札所」と「上州新四国八十八ヶ所 五十七番札所」になっており、古くからの霊場として、参拝者がいらっしゃるようです。

本堂の左側には、脇屋義助像がありました。
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建立されて、それほど時間は経っていないようです。
兄弟そろって悲劇の武将になってしましました。

本堂の裏手には、脇屋義助の遺髪塚がありました。
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ひっそりとありました。続きを読む
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