神社仏閣史跡巡り

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

東京都の寺院

江戸六地蔵(東京都二十三区内)5

 宝永三年(1706)に地蔵坊正元の発願により江戸市中から寄進者を得て、江戸の出入口六ヶ所に銅造地蔵菩薩坐像を建立したものです。京都の六地蔵を倣っての造立と言われています。

 江東区の永代寺に関しては、残念ながら明治初年に廃寺となってしまい、地蔵菩薩坐像は破却されてしまいました。
 その後、塔頭であった吉祥院が永代寺の名跡を引き継ぎましたが、江戸六地蔵の一尊は現存しませんが、御朱印は頂けます。

 専用の御朱印帳はありません。


〈札所一覧〉


● 第一番(東海道)
寺院名:海照山 普門院 品川寺(ほうせんじ)
所在地:東京都品川区南品川三丁目5‐17
宗 派:真言宗醐醍派
寺格等:別格本山
本 尊:観世音菩薩
通 称:しながわでら
札所等:昭和新撰江戸三十三観音霊場 三十一番札所
    東海七福神 毘沙門天
    七観音霊場 聖観音
    東海三十三観音霊場 二十一番札所
御詠歌:夕つぐる 鐘の響きに 帰りませ 救世の観音 ここにまします
URL:http://honsenji.net/


● 第二番(甲州街道)
寺院名:霞関山 本覚院 太宗寺
所在地:東京都新宿区新宿二丁目9‐2
宗 派:浄土宗
本 尊:阿弥陀如来
札所等:新宿山ノ手七福神 布袋尊


● 第三番(中山道)
寺院名:醫王山 東光院 眞性寺
所在地:東京都豊島区巣鴨三丁目21‐21
宗 派:真言宗豊山派
本 尊:薬師如来
札所等:御府内八十八ヶ所 三十三番札所
    豊島八十八ヶ所 三十三番札所


● 第四番(奥州街道)
寺院名:洞雲山 東禅寺
所在地:東京都台東区東浅草二丁目12‐13
宗 派:曹洞宗
本 尊:釈迦如来


● 第五番(水戸街道)
寺院名:道本山 東海院 霊巌寺
所在地:東京都江東区白河一丁目3‐32
宗 派:浄土宗
寺格等:関東十八檀林
本 尊:阿弥陀如来


● 第六番(千葉街道)
寺院名:大榮山 金剛神院 永代寺
所在地:東京都江東区富岡一丁目15‐1
宗 派:高野山真言宗
本 尊:大聖歓喜天
札所等:御府内八十八ヶ所 六十八番札所
御詠歌:笛の音も 松吹く風も 琴弾くも 歌うも舞うも 法のこえごえ

愛宕薬師真福寺(東京都港区愛宕)5

image

 東京都港区の愛宕山(愛宕神社)の北にお寺はありました。

 最寄り駅は、東京メトロ銀座線「虎ノ門駅 (1番出口)」、東京メトロ日比谷線「神谷町駅(3番出口)」、都営三田線「御成門駅(A5出口)」になります。各駅から寺院まで徒歩約10分位はかかりそうです。

 駐車場は見当たりませんでした。自動車で行かれる方は、周辺の有料駐車場をご利用ください。


 こちらの寺院の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「東京都港区愛宕にある真言宗智山派の寺院。摩尼珠山宝光院。本尊は薬師如来。
 天正十九年(1591)照海(しょうかい)が江戸鉄砲洲に庵を創建したのに始まる。
 新義真言宗江戸四箇寺の一つで触頭。朱印寺領は百石。」

 また、雄山閣出版刊「日本名刹大事典」によると次の通りです。
「真言宗智山派、摩尼珠山、宝光院。本尊は大檀那浅野幸長寄進の等身の薬師如来。江戸時代における新義真言宗の触頭『江戸四箇寺』の一つ。同宗智山方の本山移転寺の一つ。府内八十八か所の六十七番札所。
 開山は照海(元和二年二月没)。下総国匝瑳郡谷辺村の真福寺住僧照海が天正十九年(1591)に青山忠成(関東総奉行・江戸町奉行)の請待(しょうたい)で江戸鉄砲洲に草庵を構えたのが起源。照海は慶長十年(1605)徳川家康に目見をし、愛宕に寺地を拝領して鉄砲洲から引移り下総の寺名をうつし、真福寺と号した。『義演准后日記』慶長十五年4月9日条に、当時諸家を祈祷檀那にもち繁栄した旨が記され、また同月義演から山号・院号を下され三宝院の直末となった。『寺社書上』には慶長十五年に触頭役に任ぜられたとするが疑わしく、同時史料で確認できるのは元和八年までくだる。元禄五年(1692)6月に徳川綱吉から百石を拝領した。
 寛永十年(1633)『関東真言宗新義本末帳』には本寺三宝院、末寺二、門徒十五。寛政七年(1795)『新義真言宗本末帳』には本寺三宝院、朱印百石、江戸・武蔵内の末寺十七、又門徒二のほか、他国にも末寺を獲得している。
 智山方の移転寺であったため、本山智積院能化に昇った者も多い。
 現在は総本山智積院の東京別院で、智山派の宗務出張所が設けられている。」


 私の家は真言宗智山派の寺院の檀家になっており、以前に副住職さんに聞いたところ、「愛宕真福寺の末寺となっている」とのことをおっしゃっていました。
 真福寺の末寺ならばと思い、12月6日に参拝させていただきました。

 お寺の外観は、まるでオフィスビルになります。
image

image

 寺務所に関しては、真言宗智山派宗務出張所を兼ねているので、「平日のみ」僧侶や職員の方々が詰めているようです。
 僧侶がスーツを着て仕事をしているので、何だかどこかの会社の面接に来たようです。

 2階が「本堂」になります。
image

 本尊である薬師如来が祀られています。御府内八十八ヶ所の札所本尊になります。

 御朱印は、1階の寺務所で頂けました。御朱印代は300円になります。
 由緒書きはありました。頂きたい旨を告げると頂けました。

 授与品として御守り(一種類、一体500円)、念珠ストラップ(一体1,000円)、護摩祈木(一体200円)がありました。
image

image

 頂きたい方は1階の寺務所に申し出てください。




寺院名:摩尼珠山 宝光院 真福寺
所在地:東京都港区愛宕一丁目3‐8 
宗 派:真言宗智山派
寺格等:総本山智積院東京別院 新義真言宗触頭・江戸四箇寺
本 尊:薬師瑠璃光如来
別 称:愛宕薬師
札所等:御府内八十八ケ所霊場 六十七番札所
御詠歌:うえおきし こまつおてらを 眺むれば 法のおしえの 風ぞ吹きぬる

成田山東京別院深川不動堂 無病息災御守り(東京都江東区富岡)5

image

 東京都江東区の門前仲町にある真言宗智山派に属するお寺になります。

 最寄り駅は、東京メトロ東西線・都営大江戸線「門前仲町駅」になります。徒歩では5分位かと思われます。


 こちらの寺院の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「【深川不動】
 東京都江東区富岡にある成田山東京別院深川不動堂の通称。
 元禄以来、出開帳を行ってきた千葉県の成田山新勝寺が明治二年(1869)ここに不動尊の分身を安置したことに始まる。
 交通安全、心願成就はじめ多くのご利益で人気が高い。」


 永代通り沿いに入口がありました。
image

 永代通りより北へ延びる参道を進むと、境内に入れます。
image

 途中に永代寺があります。東には富岡八幡宮、西には旧永代寺跡にある深川公園がありました。

 境内は、平日ですが参拝者は多かったです。不動信仰を偲ばせます。
 私の家は、真言宗智山派に属するお寺の檀家になっているので、同じ宗派だと親近感があります。

 旧本堂になります。
image

 江戸時代に旧永代寺の境内に成田山新勝寺の出開帳があり、明治時代の神仏分離で旧永代寺は廃寺。その後、出開帳があった地に創建されました。

 新本堂になります。
image

 改修工事中のようです。大手の建設会社の清水建設が請け負っていました。

 稲荷堂になります。
image

 稲荷堂といっても「倉稲魂命(宇迦之魂命)」が祀られついるわけでなく、「荼枳尼天(だきにてん)」が祀られています。

 授与所になります。
image

 こちらの向かいにも授与所がありました。
 授与所では、御守りや御札が頂けます。私は「無病息災」の御守りを一体頂きました。700円になります。「開運招福」や「病気平癒」、「厄除」等の御守りもありました。

 御朱印あり。

 由緒書きは、頂きたい旨を告げると頂けました。無料です。




寺院名:成田山 東京別院 深川不動堂
所在地:東京都江東区富岡一丁目17‐13
宗 派:真言宗智山派
本 尊:不動明王
通 称:深川不動尊 深川成田山
札所等:関東三十六不動尊霊場 二十番札所
御詠歌:ありがたや 成田御山に参る身は 護摩の煙に 会うぞ嬉しき

大榮山永代寺(東京都江東区富岡)4

 東京都江東区の門前仲町にある高野山真言宗に属するお寺になります。

 最寄り駅は、東京メトロ東西線・都営大江戸線「門前仲町駅」になります。


 こちらの寺院の由緒は、次の通りです(雄山閣出版刊『日本名刹大事典』による)。
「高野山真言宗、大栄山、金剛神院。本尊は大聖歓喜天。もと深川八幡宮(富岡八幡宮)の別当寺。
 寛永元年(1624)に開山長盛が幕府から拝領の永代島砂洲の埋立地に八幡神像を祭ったことに始まる。
 寛永十年(1633)『関東真言宗古義本末帳』には不出。承応二年(1653)仁和寺直末になった。寛政三年(1791)『古義真言宗本末帳』には『拝領地六万五百八坪、除地八百廿坪、仁和寺末・教相本寺高野山』とあり、寺中十宇、末寺三を掲出するが、寺中四、末寺一は廃絶となっている。
 八幡宮の門前町が開け、参詣者目当ての茶屋などで賑わった。
 明治初年の神仏分離で一旦廃絶したが、同二十九年にもと寺中の吉祥院が永代寺と改めて復興された。」


 永代通りより北へ延びる参道を進むと、深川不動尊境内になりますが、その途中に永代寺があります。
image

 深川不動尊か富岡八幡宮に参拝する人が多く、素通りする人ばかりです。
image

 こちらのお寺は、旧永代寺の塔頭だった吉祥院を前身としており、旧永代寺が神仏分離で廃寺となってしまったため、明治時代に名跡を引き継ぎました。

 入口になります。
image

 本堂に掲げられていた扁額になります。
image

 地蔵堂です。
image

旧永代寺は、江戸六地蔵の一つに数えられていました。しかし明治初年に廃寺となってしまった折、残念ながら地蔵菩薩は破却されてしまってそうなので、こちらのお地蔵様は江戸六地蔵とは違うお地蔵様になります。

 本堂前には授与品がありました。
image

 お昼時に参拝してしまったため、後日参拝して御朱印を頂こうと思います。




寺院名:大榮山 金剛神院 永代寺
所在地:東京都江東区富岡一丁目15‐1
宗 派:高野山真言宗
本 尊:大聖歓喜天
札所等:御府内八十八ヶ所 六十八番札所
    江戸六地蔵 第六番
御詠歌:笛の音も 松吹く風も 琴弾くも 歌うも舞うも 法のこえごえ

芝増上寺 黒本尊御朱印(東京都港区芝公園)5

image

 東京都港区の芝公園内にある浄土宗大本山の寺院になります。

 最寄り駅は、都営三田線「御成門駅」・「芝公園駅」都営浅草線・大江戸線「大門駅」になります。


 こちらの寺院の由緒は、次の通りです(吉川弘文館刊『日本仏教史辞典』による)。
「東京都港区芝公園にある寺院。浄土宗の大本山。三縁山広度院。縁山とも。
 もと光明寺という真言宗寺院。江戸豊島郡貝塚にあったが、明徳四年(1393)聖聡が改宗して増上寺と改名、千葉氏・佐竹氏などの寄進によって堂宇を再建、江戸における念仏布教の中心寺院になった。文明三年(1471)戦乱によって焼失したが復興され、十世存貞ごろには伝法道場となり、学問所としての基礎が完成した。天正十八年(1590)徳川家康の入府と同時に師檀関係ができ、徳川家の菩提所として興隆した。慶長三年(1598)現在地に移され、同十年には徳川家康の援助によって大造営が開始され、数年を費やして大伽藍が完成した。同十三年は常紫衣の勅願所となり、同十八年家康は寺領千石を安堵し、高麗・元・宋版三大蔵経を寄進して寺内の整備につくした。やがて総本山知恩院と肩を並べ、実力は浄土宗第一になった。元和元年(1615)には檀林の筆頭として多くの所化をかかえ、僧録所として一宗を統制する機関となった。また家康をはじめ徳川家の御霊屋が建ち、これをまもる別当として奉仕し寺院ができて多くの寺領が加増された。承和元年(1652)の一山には百二十余の建物が並び、当時三千名にのぼる学僧がいたという。数度の火災にあったがそのつど復興され、明治八年(1875)には大本山となった。昭和四十九年(1974)近代技術を駆使して大伽藍が完成、境内も整備されて近代的な寺院に生まれかわった。
 なお昭和三十八年徳川家廟所の改葬時調査が行われ、学会に貴重な資料を提供した。
 寺宝のうち『法然上人伝』二巻と宋・元・高麗の三大蔵経は重要文化財。その他絵画には『五百羅漢像』『浄土五祖図』などがあり、彫刻には家康の守り本尊であった黒本尊をはじめ、釈迦三尊など多数。古文書・記録類の多くは数度の火災で焼失したが、まだ数百点に及ぶ古文書と日鑑が現存し、史的解明に役立っている。」


 言わずと知れた浄土宗大本山で「徳川家の菩提寺」になる寺院です。
image

 さすが徳川家康が帰依したお寺だけにあって、本堂は大きいです。
image

 隣の安国殿は本堂に比べたら小さいですが、やはり大きいです。
image

 安国殿の前にある西向観音堂まで参拝する人は、なぜか少ないです。
image

image

 御朱印は、安国殿で頂けます。黒本尊の御朱印を頂きました。御朱印代は300円です。






寺院名:三縁山 広度院 増上寺
所在地:東京都港区芝公園四丁目7‐35
宗 派:浄土宗
寺格等:大本山 関東十八檀林
本 尊:阿弥陀如来
札所等:昭和新撰江戸三十三観音霊場 二十一番札所
御詠歌:ありがたや 西向観音に 詣る身は 現世安穏 後生極楽
記事検索
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
Amazonライブリンク
livedoor プロフィール
QRコード
QRコード
LINE読者登録QRコード
LINE読者登録QRコード
カテゴリ別アーカイブ
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

ブログトピックス
メッセージ
J-CASTニュース
  • ライブドアブログ