神社仏閣史跡巡り

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

東京都の神社

虎ノ門金比羅宮(東京都港区虎ノ門)5

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 東京都港区の官庁街の少し南に神社は鎮座していました。

 最寄り駅は、東京メトロ銀座線「虎ノ門駅」になります。2番出口を出て神社までは徒歩1分はかかりません。

 駐車場は見当たりませんでした。自動車で行かれる方は、周辺の有料駐車場をご利用ください。


 こちらの神社の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「東京都港区琴平町の旧府社。祭神は大物主命・崇徳天皇。例祭は10月10日。
 元旦と1月10日の初金比羅には開運御守を授与する。
 万治三年(1660)に丸亀藩主の京極高知が讃岐の金刀比羅大神を藩邸に勧請し、虎ノ門金毘羅大権現と称した。
 招福・除災の神として信仰が厚く毎月10日は群参があった。」

 また、東京堂出版刊「神社辞典」によると次の通りです。
「東京都港区芝琴平町。旧府社。祭神には大物主神・崇徳天皇を祀る。虎門金比羅宮とも呼ぶ。
 讃岐より、もと丸亀藩主京極家の邸内に勧請し、のちに独立して明治六年(1873)府社に列する。
 除災招福の尊信きわめて篤い。
 例祭10月10日。」


 ビルの谷間に神社は鎮座していました。
 鳥居になります。
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 社号標になります。
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 鳥居をくぐると、右側には由緒が書かれた案内板と広告の案内板がありました。
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 手水舎になります。
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 手と口を漱いで参拝です。

 右側には、神楽殿と思われる建物がありました。
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 平日に参拝しましたが、境内に置かれた椅子にはサラリーマンが休憩してました。

 二の鳥居になります。
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 文政四年(1821)10日に奉納された明神鳥居になり、港区指定有形文化財・建造物になるそうです。

 お百度石がありました。
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 往年の信仰が偲ばれます。何人の人が願掛けしたのでしょうか。

 こちらが社殿になります。
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(´人`)

 結神社になります。
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 由緒書きによると「女性たちは、この結神社の前で自らの黒髪を一部切り取り、或いは折り紙を持参し、社殿の格子や回りの木々にそれを結わい付け良縁を願い成就させた。」ことが記載されていました。

 隣には、喜代住稲荷神社になります。
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 祭神は、倉稲魂命になると思われます。いわゆる商売繁盛でしょうか。

 こちらが授与所兼社務所になり、御朱印や授与品が頂けます。
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 オリジナル御朱印帳がありました。
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 初穂料は1,500円(御朱印代込み)になります。
 由緒書きは、頂きたい旨を告げると頂けました。無料になります。
 御守りや御神札といった授与品はありました。





神社名:虎ノ門金比羅宮
鎮座地:東京都港区虎ノ門一丁目2‐7
祭 神:大物主神
相 殿:崇徳天皇
社格等:旧府社

愛宕神社(東京都港区愛宕)5

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 東京都港区にある愛宕山に鎮座する神社になります。

 最寄り駅は、東京メトロ日比谷線「神谷町駅」、東京メトロ銀座線「虎ノ門駅」、都営三田線「御成門駅」になります。
 私は日比谷線虎ノ門駅から行きました。


 こちらの神社の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「【愛宕神社(あたごじんじゃ)】
 港区愛宕町に鎮座。罔象女命・大山祇命・日本武尊。例祭は9月23日・24日。神輿渡御は八十六段の石段を上下する。1月3日には毘沙門の使強飯式がある。
 慶長八年(1603)に石川六郎左衛門が造営奉行となり建立した。府内の防火の守護神として尊崇があった。
 かつては山頂からの眺望は絶景であったか、現在は高層ビル群となる。」


 愛宕山に鎮座する神社になります。23区内で一番高い山だそうです。
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 参道には銀杏があり、紅葉してます。とても綺麗でした。
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 しかし、石段は急で怖かったです。
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 石段を上がっていきます。
 この石段は、江戸時代に徳川家光の命で曲垣平九郎が馬にまたがり、行き来をしたといわれています。「出世の石段」と言われています。


 登りきり、振り返るとこんな感じでした。
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 ((((;゜Д゜))) コワイコワイ!

 境内に入り、右側には弁天社が鎮座していました。
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 弁財天と習合した「市杵島姫命」が祀られています。いわゆる宗像三神の中の一神になります。

 手水舎になります。
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 手と口を漱いで、参拝になります。

 神門になります。
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 一礼をしてくぐりました。

 くぐると、正面には拝殿がありました。
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 平日ですが、参拝される方々がいらっしゃいました。信仰が偲ばれます。

 社殿に掲げられていた社号額になります。
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 境内には、太郎坊神社、福寿稲荷神社、恵比寿大黒社が鎮座していました。
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 また、境内は庭園風になり、木々が紅葉していました。
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 池もあり、雰囲気はとても良いです。写真を撮っている方もいらっしゃいました。

 江戸時代に曲垣平九郎が三代将軍徳川家光公に献上したと言われる梅の木になります。
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 梅の咲く時期に参拝したくなりました。少し早かったです。

 「招き石」がありました。
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 撫でると福が身に付くと言われています。私もせっかけなので、念入りに撫で撫でいたしました。

 御朱印は、境内の右側にある授与所で頂けました。御朱印代は、300円です。
 御神籤や御守り、御神札といった授与品はありました。

 由緒書きを頂くのを忘れてしまいました。またの参拝の時に頂いてこようと思います。




神社名:愛宕神社
鎮座地:東京都港区愛宕一丁目5‐3
祭 神:火産霊命
配 祀:罔象女命 大山祇命 日本武尊 将軍地蔵菩薩 普賢大菩薩
社格等:旧村社

虎ノ門金比羅宮 オリジナル御朱印帳(東京都港区虎ノ門)5

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 虎ノ門金比羅宮のオリジナル御朱印帳です。
 江戸城のお堀の近くに「金比羅大権現」と書かれた幟(のぼり)が立ってます。裏側は御神紋が書かれています。

 初穂料1,500円(御朱印代込み)になります。
 
 大きさは「12cm×18cm」になり、紙質は良さそうな感じです。
 お薦めの御朱印帳になります。




神社名:虎ノ門金比羅宮
鎮座地:東京都港区虎ノ門一丁目2‐7
祭 神:大物主神
相 殿:崇徳天皇
社格等:旧府社

平河天満宮(東京都千代田区平河町)5

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平河天満宮に参拝してきました。

東京都千代田区に神社は鎮座していました。

最寄り駅は、東京メトロ半蔵門線「半蔵門駅」になります。
一番出口を出て、徒歩で数分の所にありました。

駐車場は見当たりませんでした。
自動車で行かれる方は、周辺の有料駐車場を利用した方が良いかもしれません。


こちらの神社の由緒は、次の通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』より)。
「東京都千代田区平河町に鎮座。平河天神とも。祭神は菅原道真公・誉田別命・徳川家康。例祭日は4月25日。
 文明十年(1478)に江戸平河城主の太田道灌が霊夢により、城内の梅林坂上に当社を創建した。
 天正十八年(1590)に徳川家康が江戸入城後に本丸を築造するため当社を上平河村に奉遷した。慶長十一年(1606)に二代将軍が江戸城増築にあたり現在地に遷して高台の神域を奉献した。
 江戸庶民の崇敬を集める。」

 また、平凡社刊「神道大辞典(昭和15年発行)」によると次の通りです。
「平河神社(ひらかわじんじゃ)
 東京市麹町区元平河町に鎮座。村社。菅原道真を主神とし、応神天皇、徳川家康を配祀し。平河天神、平河天満宮、貝塚の天神とも称す。
 社伝によれば、文明年間太田道灌川越三芳野の天神を江戸城内に勧請したるに創まり、徳川家康入部の後、平河町なる現地に遷祀せられたという。
 江戸に於ける名社で、上下の信仰が極めて篤い。
 例祭日、4月25日。」


 青山通りや新宿通り等の大通りから引っ込んだ所にありました。

 鳥居になります。
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 なかなか立派な鳥居です。

 境内はとても静かです。周辺は高層ビルです。

 江戸時代より庶民より崇敬されている神社のようで、神威が強いような感じを受けました。

 三殿宮が鎮座していました。
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 大鷲神社、塩神社、浅間神社が合祀されています。

 常夜塔になります。
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 千代田区指定民俗文化財になっています。立派な塔です。

 撫で牛がいらっしゃいました。
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 撫で撫で…

 こちらは石牛だそうです。
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 やはり牛が多いです。

 境内には城西大学奉納の石造布袋像がいらっしゃいました。
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 福々しい笑顔です。

 境内には「平河稲荷神社」が鎮座しておりました。
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 社殿になります。
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 商売繁盛の御利益があるそうです。朱色の鳥居が多く奉納されていますので、崇敬されている方々が多いと思います。

 平河稲荷神社の社殿前には「筆塚」がありました。
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 こちらが「力石」だそうです。
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 重そうです。

 こちらが社殿になります。
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(´人`)

 御朱印は、授与所にて頂けます。御朱印代は300円です。
お煎餅まで頂きました。美味しく食べさせて頂きました。

 御守りや御神札(初穂料:800円)がありました。





神社名:平河天満宮
鎮座地:東京都千代田区平河町一丁目7‐5
祭 神:菅原朝臣道真公
配祀神:誉田別命 徳川家康公
通 称:平河天神
旧 称:平河神社
社格等:旧村社

赤坂山王日枝神社(東京都中央区永田町)3

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東京都千代田区永田町に鎮座している「赤坂日枝神社」になります。。

最寄り駅は、東京メトロ千代田線「赤坂駅」、銀座線「溜池山王駅」になります。
両駅から徒歩数分位の所にありました。


こちらの神社の由緒は次の通りです(國學院大学日本文化研究所編 弘文社刊『神道事典』より)。
「〈祭神〉大山咋神、相殿、国常立尊、伊弉冉神、足仲彦尊
〈指定文化財〉太刀一振(国宝) 太刀十四振(重文)
〈例祭日〉6月15日(山王祭、神幸祭(隔年))
〈由緒〉創祀年代未詳。熊野那智大社米良文書の貞治元年(1362)の文書に『武蔵国豊島郡江戸郷山王宮』とみえ、これが当社の前身にあたるという説がある。また一説には、文明十年(1478)太田道灌が江戸築城の際に川越の無量寿寺(現、喜多院)の鎮守日枝神社から勧請したことに始まるともいう。
 天正十八年(1590)徳川家康が江戸に移封されたときに、城内の紅葉山の地に遷座し江戸城の鎮守とされた。慶長九年(1604)からの江戸城改築に伴い、麹町隼町に移遷され江戸庶民の参拝が可能となった。その後明暦の大火で類焼したため、万治二年(1659)さらに現在地にに移された。
 当社の祭礼である山王祭は神田祭と並び江戸の代表的祭りとされ、多数の山車・練物が出るなど華美を極めた。天下祭・御用祭としょうされた。
 明治元年(1868)11月、東京奠都に際して准勅祭社となり、そののち祠官となった平山省斎の努力などもあって皇城鎮護の社として官幣大社に進んだ。
 昭和二十年(1945)5月の空襲で国宝の社殿をはじめ宝物類を焼失したが、昭和三十三年6月に現在の社殿が復興された。
〈旧社格〉官幣大社(大正元年)」

また、大修館書店刊「日本の神仏の辞典」よると次の通りです。
「東京都千代田区永田町に鎮座する旧官幣大社。神社本庁別表神社。主祭神は大山咋神、相殿神に国常立尊、足仲彦尊、伊弉冉神を奉斎する。
 江戸期においては日吉山王社・山王権現と称し大宮・二宮・三宮を祀った。
 創祀年限は平安末期に遡り、秩父流平氏の名族・江戸重長の江戸荘定着にともなって、同氏の本貫地川越荘の鎮守日吉宮を勧請したという。また、『米良文書』貞治元年(1362)の願文に『豊島郡江戸郷山王宮』とみえ、熊野師檀関係を軸とした中央との交流がうかがえる。
 文明十年(1478)太田道灌の江戸築城にあたり、郭内北の曲輪梅林坂に奉祀され、天正十八年(1590)徳川家康関東入国後は、紅葉山さらに半蔵門外へ遷祀、社領600石が付されるなど、爆風直轄の大社として重きをなした。明暦の大火後は現在地に遷り幕命によって荘厳な社殿が造営された。
 年二季、将軍家の奉幣があり、6月15日の祭礼は山王祭礼・天下祭りとして豪華な神幸祭を挙行、江戸第一の盛典と称された。」


鳥居になります。
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「山王鳥居」という独特な鳥居です。

階段で昇っていきます。
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外堀通りからの参道からはエスカレーターで境内まで登れます。
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(´・ω・`)

とても楽です。

こちらが表参道のようです。
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少々急ですから、気を付けてください。

随神門になります。
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手水舎になります。

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社殿になります。
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(´人`)

創建に関して勧請したのは「江戸重長」or「太田道灌」の両説があります。
共に武蔵国川越の「日吉社(日枝神社)」からのようです。

周囲はオフィス街です。
平日はサラリーマンやOLの参拝も多いかもしれません。

宝物館が開いており、拝観が出来ます。

以前こちらの神職が巫女さんにとんでもないことをしたことがニュースに出てました。

御朱印は、御朱印受付で頂きました。
御朱印代は500円円です。
以前は御朱印代は300円でしたが、値上げしてました。




神社名:赤坂山王日枝神社
鎮座地:東京都千代田区永田町二丁目10‐5
祭 神:大山咋神
相 殿:国常立尊 伊弉冉神 足仲彦尊
旧 称:山王社 山王権現
社格等:旧官幣大社 勅祭社 別表神社
URL:http://www.hiejinja.net/
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