神社仏閣史跡巡り

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

埼玉県の神社

瀧宮神社 再拝(埼玉県深谷市西島)5

image

 埼玉県深谷市の中心部に神社は鎮座していました。

 最寄り駅は、JR高崎線「深谷駅」になります。徒歩で神社まで1分かと思われます。

 駐車場は、道路を挟んで反対側の駐車場にありました。自動車は7台停められます。


 こちらの神社の由緒は、次の通りです。
「中世、深谷を要所と悟った上杉氏は、康正二年(1456)瀧宮(たきのみや)神社を裏鬼門(南西の方角)の守護神とする深谷城を築き、湧水をお堀に引き込み、歴代の城主は領国安寧を願い深く信仰し崇敬の誠を捧げました。江戸時代、太平の世になるとお城は廃城になり、深谷の町は中山道の主要宿場町として栄え、明治以前には瀧宮山正覚寺がかかわり、仲町・本町・西島の鎮守「瀧宮大明神」として信仰されましたが、氏子をはじめ多くの人々が崇敬し、敬仰するところとなっています。
 境内はケヤキを始め樹木が豊かに茂り太古の昔から営々と真清水(御霊水)が湧き出る「真名井(まない)」があり、「お水取り」によって崇敬者の心身をも潤しています。
 また神聖な神社のたたずまいと桜並木は沿線の人々の憩いの場として親しまれ『埼玉の自然100選』に続き『深谷新八景』に選ばれました。
 清浄な「気」と「瀧宮さま」と境内に祀られる数々のお社は、現代を忙しく生きる私たちに多くの恵みと幸の数々を授けてくださいます。皆様には活力ある日々をお過ごしいただきたく、境内神社の巡拝をお勧めします。」


 門前を流れる唐沢川には桜が植えられていますが、4月15日に参拝しましたが残念ながらだいぶ散ってしまっていました。
image

image

 神社の入り口になります。
image

 社殿になります。
image

 深谷市の中心部に鎮座していながら、とても静かでした。
image

 御朱印は授与所で頂けます。御朱印代は300円でした。





神社名:瀧宮神社
鎮座地:埼玉県深谷市西島五丁目6‐1
祭 神:天照大御神 豊受大御神 彦火火出見尊

目の神社(行田八幡神社境内社)5

image

 埼玉県行田市の忍城趾の東へ行った所に神社は鎮座していました。

 最寄り駅は、秩父鉄道「行田市駅」になります。

 駐車場は、参集殿の前と第二駐車場が利用できます。自動車は10台以上は停められそうです。


 こちらの神社の由緒は、次の通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』より)。
「埼玉県行田市行田に鎮座。祭神は品陀別命・息長足姫命・大物主命・素盞嗚尊・市杵島姫命ほか二柱。虫封じの信仰がある。例祭は9月15日。
 源頼義・義家親子が奥州征討にあたり、戦勝祈願として八幡神社を勧請したと伝える。天文年間(1532〜1555)に佐間村田中から行田に遷された。忍城主成田下総守氏長の崇敬により城下の総鎮守となる。」


 鳥居になります。
image

 西向きに社殿は建っています。
image

 忍城を守護するためかと思われます。
 癌封じや虫封じ、病気平癒のご利益があるそうです。

 境内社になります。
image

image

 なで桃だそうです。
image

 御朱印は、境内社の「目の神社(めのかみしゃ)」を頂きました。御朱印代は300円でした。

 御守りや御神札といった授与品はありました。もちろん「目の神社」の御守りはありました。眼病平癒のご利益のようです。

 近くには「風が語りかけます。旨い!旨すぎる!」の十万石饅頭本店がありました。




神社名:行田八幡神社
鎮座地:埼玉県行田市行田16‐23
祭 神:誉田別尊 気長足姫尊 比売大神 大物主神 神素盞鳴尊
社格等:旧村社 行田総鎮守
札所等:忍城下七福神 大黒天

箭弓稲荷神社(埼玉県東松山市箭弓町)5

image

 埼玉県東松山市の中心部に神社は鎮座していました。

 最寄り駅は、東武東上線「東松山駅」になります。西口から徒歩で5分位かと思われます。

 駐車場は、一の鳥居をくぐり参道左側にありました。自動車は、十数台位は停められそうです。


 こちらの神社の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「埼玉県東松山市箭弓町」の旧県社。神社本庁別表神社。祭神は保食神(うけもちのかみ、宇迦魂命)。例祭は3月初午の日、9月21日。
 3月の初午大祭は三日間の火伏神事が行われる。牡丹祭りは4月下旬から5月初旬までの15日間で一千本以上の牡丹が咲き誇る。
 社伝によれば、長元元年(1028)に平忠常が下総で乱を起こし、源頼信が追討を命じられた。当地に一泊した。そのとき、白狐に乗った神人が現れて弓箭を授ける霊夢をみた。頼信は凱旋してから一祠を建立したという。
 元和二年(1616)に、領主の松平家が幕府に願い出て社殿を造営した。また、天海大僧正を招いて福聚寺を草創して別当とした。
 明治維新により現社号に改めた。」

 また、國學院大学日本文化研究所編「神道辞典」によると次の通りです。
「〈祭神〉宇迦魂神(うかのみたまのかみ)
 〈例祭日〉9月21日 〈神事〉初午大祭、火伏神事、牡丹祭
 〈由緒〉社伝によれば、長元元年(1028)下総に起きた平忠常の乱に際して、追討の命を受けた源頼信は、この地に白狐に乗った神人から弓箭(ゆみや、弓矢)を授かる霊夢を見たという。また、勝利をおさめた頼信が箭弓稲荷大明神と称して社殿を建立したのが創建とされる。元和二年(1616)、領主松平氏は社殿を造営し、天海を迎えて福聚寺を建立、これを別当にあてた。明治の神仏分離で別当を廃し、現社号に改称した。商売繁盛、開運の信仰で知られ、関東有数の牡丹園がある。
 〈旧社格〉県社(大正十一年)」


 関東の稲荷神社では、有名な部類にはいる神社ではないかと思われます。

 一の鳥居です。
image

 二の鳥居です。
image

 三の鳥居です。
image

 こちらが社殿になります。
image

 境内の左側にある牡丹園は来月中旬頃からの開園になります。おそらくはゴールデンウィーク中は見頃かもしれません。その頃の参拝をお薦めします。

 境内の右側には「團十郎稲荷」が鎮座していました。
image

 御朱印は、境内の右側にある「授与所」で頂きました。御朱印代は300円でした。
image

 御守りや御神札(一体500円)等の授与品がありました。

 牡丹の柄が入った御朱印帳が800円でありました。大きさは横12cm×縦18cmになります。





神社名:箭弓稲荷神社
鎮座地:埼玉県東松山市箭弓町二丁目5‐14
祭 神:保食神(うけもちのかみ)
通 称:やきゅうさま
社格等:旧県社 別表神社

熊野大神社 再拝(埼玉県深谷市東方)5

image

 埼玉県深谷市にある神社になります。

 駐車場は、境内の東側にありました。自動車は、10台位は停められそうです。


 こちらの神社の由緒は、次の通りです(由緒書きより)。
「当地は古くから開かれた土地であり、地内には家型埴輪が出土した古墳期の森末古墳、奈良期から平安期にかけての堂明様遺跡などが知られています。当社の創建について社記にー延長五年(西暦927年)この地に枇杷の木を棟木にして小祠を建て上野国碓氷郡熊野本宮より奉遷し東方村と号すーとあります。
 御祭神は伊邪那美命、速玉男命、事解男命の三柱です。
 現在の本殿は上野台の領主秋元但馬守景朝その子秋元越中守長朝が、当社が館の東北にあたっている事から城の守り神として崇敬し天正年間(西暦1573年から92年)に当社に社殿を寄進したものであり、本殿正面の桁に秋元家の家紋の彫刻が施されております。文政二年と平成十一年の大修理を経て今日にいたっております。本殿は昭和三十四年11月3日に深谷市の指定文化財に指定されました。
 (後略)」

 道路沿いにありました。南に行くと中仙道が通っています。

 一の鳥居になります。
image

 二の鳥居になります。
image

 三の鳥居になります。
image

 三の鳥居を入ると左側には手水舎がありました。
image

 その奥には道祖神がありました。
image

 中仙道が近くを通っていましたので、そんな関係もあるのでしょう。

 神楽殿になります。
image

 こちらが社殿になります。
image

(´人`)

 群馬県碓氷峠にある熊野神社からの勧請になりなります。

 社殿の後方には、境内社が鎮座していました。
image

 御朱印は、境内の右側(東側)にある宮司さん宅で頂けます。御朱印代は300円でした。
 由緒書きは、賽銭箱の上にありました。


神社名:熊野大神社
鎮座地:埼玉県深谷市東方1709‐1
祭 神:伊邪那美命 速玉男命 事解男命
社格等:旧郷社

金鑚神社(埼玉県児玉郡神川町二宮)5

埼玉県児玉郡神川町に鎮座する「金鑚神社(かなさなじんじゃ)」に参拝してきました。
旧官幣中社になる神社になります。

駐車場はありました。


こちらの神社の由緒は次の通りです(國學院大学日本文化研究所編 弘文社刊『神道事典』より)。
「〈指定文化財〉多宝塔(重文)、鏡石(特別天然記念物)
〈例祭日〉4月15日 〈神事〉火鑽祭、筒粥神事
〈由緒〉式内社。日本武尊が伊勢神宮において倭姫(やまとひめ)命から天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)添えて火鑽金(ひきりがね、火打ち石)を賜り、この剣で賊を打ちはらい、火を放って退治した。日本武尊は東国を平定した帰路、火鑽金を御室岳に鎮め、天照大神と素盞嗚尊を祀ったと伝えられ、本社はこの山を神奈備として本殿を設けない。
 『延喜式』では明神大社に列し、児玉郡の総鎮守、武蔵国二の宮として崇敬され、一社相伝の金鑚神楽獅子舞が伝承されている。
〈旧社格〉官幣中社(明治十八年)」


埼玉県さいたま市の中の旧大宮市に鎮座する「大宮氷川神社」を一ノ宮とすると、こちらの神社は「二ノ宮」になるそうです。

鳥居になります。
image

社号標になります。
image

先に進みます。

二の鳥居になります。
image

こちらが多宝塔になります。
image


先に進みます。

こちらが社務所です。
image

こちらで授与品や御朱印を頂きます。

先に進みます。

鳥居があります。
image

手水舎がありました。
image

手と口を漱いで参拝です。

こちらは神楽殿でしょうか?
image

こちらが社殿になります。
image

(´人`)

後ろを覗きこむと。
image

本殿がありません。
御室岳を御神体とするためでしょう。

こちらの建物は何でしょうか?
image

境内社でしょうか?

御朱印や授与品は社務所にて。



神社名:金鑽神社(かなさなじんじゃ)
鎮座地:埼玉県児玉郡神川町二宮750番地
祭 神:天照大神 素盞嗚尊
配 祀:日本武尊
通 称:二宮さま
社格等:延喜式内社(明神大社) 官幣中社 武蔵国二宮(五宮) 児玉郡総鎮守
記事検索
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
Amazonライブリンク
livedoor プロフィール
QRコード
QRコード
LINE読者登録QRコード
LINE読者登録QRコード
カテゴリ別アーカイブ
Twitter プロフィール
いろいろツイートしてます。
メッセージ

ご質問がありましたらメッセージをお願いいたします。 全てのご質問にはお答えできません。

名前
メール
本文
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

ブログトピックス
J-CASTニュース
livedoor 天気
  • ライブドアブログ