まほろば御朱印紀行

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

稲荷神社

箭弓稲荷神社 オリジナル御朱印帳(埼玉県東松山市箭弓町)5

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 埼玉県東松山市に鎮座する箭弓稲荷神社のオリジナル御朱印帳になります。初穂料1,100円(御朱印代込)、大きさは横12cm×縦18cmになります。紙質は普通かと思われます。
 社名は入っていませんが、境内の牡丹園は知られているので牡丹の絵が描かれています。値段もお手頃かもしれません。


 社殿です。
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 授与所前のお狐様m(__)m
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神社名:箭弓稲荷神社
鎮座地:埼玉県東松山市箭弓町二丁目5‐14
祭 神:保食神
社格等:旧県社 別表神社

於菊稲荷神社 夏風の御朱印(群馬県高崎市新町)5

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 群馬県高崎市新町に鎮座する於菊稲荷神社の「夏風の御朱印」になります。初穂料500円になります。

 鳥居
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 社殿
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 狐塚
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 聖徳太子社
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神社名:於菊稲荷神社
鎮座地:群馬県高崎市新町247番地
祭 神:倉稲魂命 於菊
社格等:旧村社

箭弓稲荷神社 再拝(埼玉県東松山市箭弓町)5

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 埼玉県東松山市の中心部に神社は鎮座していました。

 最寄り駅は、東武東上線「東松山駅」になります。西口から徒歩で5分位かと思われます。

 駐車場は、一の鳥居をくぐり参道の左側にありました。自動車は、十数台位は停められそうです。


 こちらの神社の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「埼玉県東松山市箭弓町の旧県社。神社本庁別表神社。祭神は保食神(うけもちのかみ、宇迦魂命)。
 例祭は3月初午の日、9月21日。3月の初午大祭は三日間の火伏神事が行われる。牡丹祭りは4月下旬から5月初旬までの15日間で一千本以上の牡丹が咲き誇る。
 社伝によれば、長元元年(1028)に平忠常が下総で乱を起こし、源頼信が追討を命じられた。当地に一泊した。そのとき、白狐に乗った神人が現れて弓箭を授ける霊夢をみた。頼信は凱旋してから一祠を建立したという。元和二年(1616)に、領主の松平家が幕府に願い出て社殿を造営した。また、天海大僧正を招いて福聚寺を草創して別当とした。明治維新により現社号に改めた。」

 また、國學院大学日本文化研究所編「神道辞典」によると次の通りです。
「【箭弓稲荷神社】
 〈祭神〉宇迦魂神(うかのみたまのかみ)
 〈例祭日〉9月21日 〈神事〉初午大祭、火伏神事、牡丹祭
 〈由緒〉社伝によれば、長元元年(1028)下総に起きた平忠常の乱に際して、追討の命を受けた源頼信は、この地に白狐に乗った神人から弓箭(ゆみや、弓矢)を授かる霊夢を見たという。また、勝利をおさめた頼信が箭弓稲荷大明神と称して社殿を建立したのが創建とされる。元和二年(1616)、領主松平氏は社殿を造営し、天海を迎えて福聚寺を建立、これを別当にあてた。明治の神仏分離で別当を廃し、現社号に改称した。商売繁盛、開運の信仰で知られ、関東有数の牡丹園がある。
 〈旧社格〉県社(大正十一年)」


 関東の稲荷神社の中では有名な部類の神社ではないかと思われます。

 鳥居
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 進むと鳥居。
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 また鳥居。
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 社殿になります。
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 権現造と言われていますが、入母屋造の拝殿と流造の本殿を繋げた権現造でしょう。

 奥宮になります。
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 境内にある牡丹園は4月中旬から5月上旬が見頃になります。早めの参拝をお薦めします。

 境内の右側には「團十郎稲荷」が鎮座していました。
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 御朱印は、境内の右側にある「授与所」で頂きました。御朱印代は300円でした。

 御守りや御神札等の授与品がありました。
 また、牡丹の柄が入ったオリジナル御朱印帳がありました。初穂料1,100円(御朱印代込)、大きさは横12cm×縦18cmになります。紙質は普通かと思われます。

 参集殿の右側に大きな御朱印(´・ω・`)
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 授与所前にはお狐様
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神社名:箭弓稲荷神社
鎮座地:埼玉県東松山市箭弓町二丁目5‐14
祭 神:保食神
社格等:旧県社 別表神社

冠稲荷神社 実咲御守(群馬県太田市細谷町)5

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 群馬県太田市に鎮座する「冠稲荷神社」の「実咲御守」を頂きました。縁結びにご利益があるそうです。
 いろんな方と出会えますように(´人`)
 初穂料500円になります。

 社殿になります。
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神社名:冠稲荷神社
鎮座地:群馬県太田市細谷町1番地
祭 神:宇迦之御魂大神 外
社格等:旧村社

冠稲荷神社 お正月&戌日の参拝(群馬県太田市細谷町)5

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 群馬県太田市の西部に神社は鎮座していました。

 国道354号線の少し南にありました。周辺には神社の看板がでてきますので、わかりやすいかもしれません。

 最寄り駅は、東武伊勢崎線「細谷駅」になります。

 駐車場は、神社の西側にありました。自動車は、かなりの台数が停められそうです。


 こちらの神社の由緒は、次の通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「群馬県太田市細谷町に鎮座。祭神は宇迦之御魂命・猿田彦命・大宮能売命・大国主命・少彦名命ほか五柱。旧暦二月初午に火渡獅子舞がある。
 天治二年(1125)に源義国が国司として赴任の際に鎮祭し、承安四年(1174)に源義経が京都の伏見稲荷を勧請したと伝える。新田義貞は戦勝の奉賽として社領を寄進。領主・城主ほか豪商三井家が厚く信仰した。」

 また、案内板によると次の通りです。
「当神社は、往昔、宿窪明神(宿穴伏明神)と号し、上野国神名帳に名を留める古社で、創建は古代と伝わる。
 当地細谷は、古代は蛇川両縁の窪地なるために宿窪と称し、のちに地勢恰も山間の谷の如し、故に細谷と改称すと地誌にある。
 天治二年(1125)源義国公は、館の丑寅に当る当社を鬼門鎮護の霊場とし、源氏一門守護の氏神を鎮祭した。この時をもって当社御鎮座とした。義国公は、皇統第五十六代、清和天皇の子孫にして、清和源氏第五代源義家の嫡子である。義国公の長子は新田家の開祖、新田義重であり、次子は、足利家の開祖、足利義兼である。故に、義国公は、中世以降を司った源家一門の始祖といわれる。承安四年(1174)源義経公十五歳にして源氏再興を志し、奥州へ下向した。その折、当社に仮泊し、深更社殿の深奥に瑞光をみた。そして自身の曾祖父源義親の弟義国公ゆかりの社と知り、元服の時、冠(鳥帽子)の中に勧請してきた伏見稲荷大社のご分霊を鎮祭した。以来、伏見稲荷大社の分祀社として崇敬されるようになった。新田義貞公は若年の頃より当社への崇敬厚く、常用の四十二間筋兜(国宝)に稲荷大明神の神名を刻み、数多の神領、宝物を奉納し、年中五十三度の祭禮を当社にて執行した。元弘三年(1333)鎌倉幕府討伐の兵を挙げたとき、神前に戦勝を祈願し兜の中に神霊の来臨を請えば、種々不思議の感応があったという。以来新田家は北条氏を滅ぼす偉功をあげたのは、当神社の神威によるものと崇敬益々深厚にしたという。
 当社は稲荷大明神と称したが、村人は義経公、義貞公の故事を尊び、江戸時代中期より『冠稲荷』と呼び習わした。この由縁をもって、明治維新の折、名を冠稲荷神社と改めた。」


 大鳥居です。
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 鳥居をくぐります。
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 社殿になります。
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 本殿になります。
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 初詣ら祈祷祈願を受ける参拝者も多く、また御朱印を頂く方も列を作っていました。

 御朱印は、社殿右側の「御朱印筆耕処」で頂きました。御朱印代は300円です。書き置きの御朱印があり、御朱印代は500円です。




神社名:冠稲荷神社
鎮座地:群馬県太田市細谷町1番地
祭 神:宇迦之御魂大神 外
社格等:旧村社
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