神社仏閣史跡巡り

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

八十八ヶ所

少間山観音院龍泉寺 関東八十八ヶ所(埼玉県熊谷市三ヶ尻)5

image

 埼玉県熊谷市の西部、深谷市に近いところにお寺はありました。
 国道140号線(彩甲斐街道)沿いで、「観音山」の麓にあります。

 最寄り駅は、JR高崎線「熊谷駅」or 「籠原駅」、秩父鉄道「大麻生駅」or 「明戸駅」になります。どの駅からも徒歩で行くのは大変かと思われますので、出来れば自動車で行かれた方が宜しいかと思われます

 駐車場は、門前にありました。自動車は、10台以上は停められそうです。


 こちらの寺院の由緒は、次の通りです(雄山閣出版刊『日本名刹大事典』による)。
「真言宗豊山派、少間(さやま)山、観音院。本尊は不動明王。
 江戸時代初期、心海は開山、小此木紀伊守を開基として創建。これ以前、当地には少間ガ池(現川本町瀬山)から出現したと伝える千手観音を安置する観音堂があり、この別当寺として創建されたのかもしれない。
 天保三年(1832)渡辺崋山は田原藩主家譜編纂のため、藩祖がかつて領した三ヵ尻村調査にあ当り当寺を訪れ『訪瓺録(ほうへいろく)』を残した。同書のほか、寺には華山筆『双雁図』山門格天井図のうち『松図』が残り県文化財に指定。
 寛政七年(1795)『新義真言宗本末帳』によれば本寺は針ヶ谷弘光寺(現岡部町)。
 年中行事には正月15日の千手観音縁日がある。」


 山号である「少間山」は、「さやまさん」と読むそうです。私は読めませんでした(・ω・)

 国道沿いにありますが、熊谷市や深谷市の中心部からかなり外れていますので、周辺は長閑な田園地帯になります。
image

 しかし、太平洋セメントの工場もありますので、ギャップがあります。
 けれども、境内は静かですのでゆっくり参拝できます。

 山門になります。
image

 山門を入ると、正面が本堂になります。
image

 「不動明王」が祀られており、関東八十八ヶ所の札所本尊になります。

 山門の他には仁王門がありました。
image

 仁王門をまっすぐ行き、小高い丘には観音堂があります。
image

 「千手観音」が祀られており、「熊谷観音」や「三ケ尻の観音様」とも呼ばれています。忍観音霊場と十二支霊場の札所本尊になります。

 振り替えるとこんな感じです。
image

 観音堂の隣には、鐘楼堂がありました。
image

 仁王門脇には大きな観音様がいらっしゃいました。
image

 御朱印は、本堂の右側にある「庫裡」で頂けました。「不動明王(関東八十八ヶ所)」・「千手観音(忍観音霊場、武州十二支霊場)」・「観世音(ぼけ封じ関東霊場)」の3種類ありました。御朱印代は、各300円でした。




寺院名:少間山 観音院 龍泉寺
所在地:埼玉県熊谷市三ヶ尻3712番地
宗 派:真言宗豊山派
本 尊:不動明王
通 称:三ヶ尻の観音様、熊谷観音
札所等:関東八十八ヶ所 八十三番札所
    ぼけ封じ関東三十三観音霊場 二十九番札所
    彩の国武州十二支霊場 子年本尊
    忍三十三観音霊場 二十九番札所
    幡羅郡新四国八十八ヶ所 三十八番札所
御詠歌:少間(さやま)なる 龍の泉を 訪ぬれば 降魔不動の お慈悲あふるる

高野山東京別院 関東八十八ヶ所(東京都港区高輪)5

image

 東京都港区高輪にある寺院です。

 最寄り駅は、JR品川駅になります。徒歩ではさほどかかりません。

 境内に駐車場はありました。自動車は、10台くらいは停められそうです。

 こちらのお寺は、江戸時代に高野山金剛峯寺の江戸在番所として創建されました。

 高輪警察署のとなりにお寺はありました。

 こちらが山門になります。
image

 四国八十八ヶ所のお砂踏み場になります。
image

 参道を進みます。
image

 途中に「明神社」が鎮座してました。
image

image

 前に進むと不動堂がありました。
image

 護摩を修しているようです。

 前に進むと本堂がありました。
image

 宗祖「弘法大師空海」が祀られており「遍照殿」とも呼ばれています。

 鐘楼堂がありました。
image

 御朱印は、境内の左側にある授与所で頂けました。御朱印代は300円でした。

 御朱印帳や御守りといった授与品がありました。



寺院名:高野山 東京別院
所在地:東京都港区高輪三丁目15‐18
宗 派:高野山真言宗
寺格等:総本山金剛峯寺東京別院
本 尊:弘法大師
通 称:高輪結び大師
札所等:御府内八十八ヶ所 一番札所
    昭和新撰江戸三十三観音霊場 二十九番札所
    関東八十八ヶ所 特別霊場
御詠歌: ありがたや 高野の寺の 観世音 大慈大悲に すがるうれしさ

諏訪山観音院 関東八十八ヶ所(群馬県桐生市)5

image

 群馬県桐生市にある「諏訪山 観音院」に参拝してきました。真言宗豊山派に属するお寺になります。

 桐生市の東部、桐生タイムスという新聞社の少し北側にありました。
 お寺の西側には「諏訪機神社」が鎮座しています。

 最寄り駅は、JR両毛線「桐生駅」、上毛電気鉄道「西桐生駅」になります。徒歩ではかなりかかりそうです。近くまでバスが来ているかもしれません。

 駐車場は、道路を挟んで反対側と境内の東側にありました。自動車は、数十台位は停められそうです。


 上毛新聞社刊‘ぐんまのお寺 真言宗機任砲茲襪藩浬錣蓮以下の通りです(一部を抜粋)。
「当寺の開創は文書・記録が失われていて確実なことはわからない。しかし、江戸時代中ごろの郷土史家高橋五右衛門守行によって著された『今泉古事談』によると、正保元年(1644)養甚という道心が岩崎彦右衛門の庵に移り住んだのを始まりとする。承応元年(1652)小俣村(足利市)威徳院の弟子、秀賀という僧が来住、庵を今の観音堂の廟所に移し観音院と呼んだ。その後、寛文二年(1662)に現在地諏訪の森に移した。」


 日限地蔵尊として知られているお寺です。お地蔵さまは地蔵堂に祀られています。
image

 本堂には聖観音が祀られています。
image

 関東八十八ヶ所・上州三十三観音霊場・上州新四国八十八ヶ所の各札所本尊になります。

 大通りから外れているので境内はとても静かです。

 本堂左後方には、寺樹という欅(けやき)の木がありました。
image

 木の下には石造不動明王立像がありました。神社で言うところの御神木に相当する木だと思われます。

 御朱印は、地蔵堂に併設されている御朱印受付にて頂きました。御朱印代は300円でした。

 各種御守りはありました。





寺院名:諏訪山 能満寺 観音院
所在地:群馬県桐生市東二丁目13‐18
宗 派:真言宗豊山派
本 尊:聖観世音菩薩
札所等:関東八十八ヶ所 十番札所
    上州三十三観音霊場 五番札所
    上州新四国八十八ヶ所 四十八番札所
御詠歌:諸人の 願いをしかと 能満の 深き誓いに 絶えぬ香煙

金剛山鑁阿寺 関東八十八ヶ所(栃木県足利市家富町)5

image

 栃木県足利市の中心部、足利学校の近くにお寺はありました。

 最寄り駅は、JR両毛線「足利駅」になります。徒歩では、約10分位でしょうか。

 駐車場は、境内の北側にあります。自動車は、数十台位は停められそうです。
 駐車場迄の道は、一方通行の細い道を行きますので、自動車で行かれる方は、気をつけて下さい。


 こちらの神社の由緒は、次の通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「栃木県足利市家富町にある真言宗大日派の寺院。金剛山仁王院。本尊は大日如来。
 足利義兼が邸内に設けた持仏堂に始まり、子息義氏が大御堂を建立して寺院化。開山は義兼の護持僧理真(りしん)。以来、足利氏由緒の寺として栄えた。戦後、大日派を設立。
 境内は足利氏宅跡として国史跡に指定。」

 また、吉川弘文館刊「日本仏教史辞典」によると次の通りです。
「栃木県足利市家富町にある寺院。真言宗大日派総本山。金剛山仁王院法華坊鑁阿寺と号す。本尊は大日如来。
 『鑁阿寺縁起』(『鑁阿寺文書』)によれば、建久七年(1196)、足利義康の子上総介義兼が伊豆走湯山の理真を開基として『城堀之内』に持仏堂を建てたのに始まるという。寺院としての形態が整えられたのは、子の義氏の時で『堀内御堂』と称された。天福二年(1234)の鑁阿寺棟札写によれば、『奉做起方五間大日如来大殿一宇』とあり、義氏が大壇那となって方五間の大日如来大殿を建立している。また彼は、堀内の外側に十二坊を建て、月谷・飯塚両郷を寄進し、『供僧十二院制度』を設けたといわれるが(『縁起』)、これは鎌倉末期〜南北朝時代を通じて整備されてきたとされる。この制度は、東光院・普賢院・不動院・六字院・浄土院・宝珠院・威徳院・延命院・千手院・金剛乗院・竜福院・安養院の十二院の塔頭が東西両院に分かれ、供僧として法会などを執行したもの。一山を代表する学頭は千手院が務めた。室町時代には、十二院が輪番で『年行事』として寺務を行なった。
 鑁阿寺という寺号がはじめて史料に現れるのは、建長三年(1251)3月8日の足利泰氏置文で、充所は『鑁阿寺供僧中』となっている。
 家時の時、大御堂の一廓には廊下で接続された中御堂も創設されていたが、弘安十年(1287)の落雷で、堂宇はことごとく炎上してしまったので、子の貞氏は七年の歳月をかけて再建に努力をしている。こうして完成したのがほぼ現在の鑁阿寺である。寺領は足利将軍家や鎌倉公方によって寄進され、創建期から室町時代中期にかけて寺運もっとも興隆し、門前には市が立つほどであった。戦国時代、戦勝祈願を依頼した古河公方家の礼状など多数残されている。天正十三年(1585)鑁阿寺十二支院のいずれかに属する橋本郷の百姓らは、小田原北条氏の進攻に際して作毛を荒らされ年貢の減免を要求して百姓申状を長尾氏の奉行所に提出した。江戸時代六十石の朱印地を賜ったが、維新後上地となり、一時衰退した。
 なお、境内は中世土豪の居館の面影をよく残しており、足利氏宅跡として国史跡に、また同寺所蔵の『鑁阿寺文書』615通は重要文化財に指定。」


 「真言宗大日派」という宗派に属していますが、元々鑁阿寺は奈良にある「豊山神楽院長谷寺」の直末であったため「真言宗豊山派」に属していましたが、戦後に真言宗大日派を創設して独立したようです。

 入り口になります。
image

 手水舎になります。
image

 1月29日に参拝しましたが、境内には七福神巡りをする方々で多かったです。

 本堂になります。
image

 本尊である大日如来が祀られています。こちらで祈祷祈願が行われるようです。

 境内の売店では、焼きそばの良い香りが漂っていました。

 不動堂になります。
image

 銀杏と多宝塔になります。
image

 銀杏の木は、御神木的な感じの木なんでしょうか?

 経蔵になります。
image

 御朱印は、本堂左側にある授与所で頂きました。関東八十八ヶ所の御朱印代は300円でした。御御影が一体付きます。



寺院名:金剛山 仁王院 法華坊 鑁阿寺(ばんなじ)
所在地:栃木県足利市家富町2220番地
宗 派:真言宗大日派
寺格等:本山
本 尊:大日如来
通 称:大日様
札所等:関東八十八ヶ所 十六番札所
    下野三十三観音霊場 二十八番札所
    足利七福神 大黒天
御詠歌:大日の み光うけて 咲く花も 仏の加護に あらざるはなし

前橋厄除大師蓮花院 御朱印&御守り(群馬県前橋市下増田町)5

image

 群馬県前橋市の東部、伊勢崎市に近いところに寺院がありました。少し北には北関東自動車道、南にはJR両毛線が走っています。

 最寄り駅は、JR両毛線「駒形駅」になります。駅から徒歩で寺院まで30分位はかかりそうです。

 駐車場は、門前と寺院裏にありました。自動車は、合わせて100台以上は停められそうです。


 こちらの寺院の由緒は、次の通りです(上毛新聞社刊『ぐんまのお寺 真言宗機戮茲螳貮抜粋)。
「(前略)
 『寺院明細帳』によれば、栃木県の出流山千手院満願寺の末とある。真言宗であり、新義真言宗智山派と追記されている。
 由緒沿革記によれば、天分二年(1533)勢多郡荒砥村大室の住人玉泉坊の開基という。その後、十世の間は各宗の僧侶が相続し、宮城村鼻毛石の赤城寺を本寺としたという。享保四年(1719)下野出身の第十一世宥尊上人が、下野出流山千手院住職宥盛に従って求法を継ぎ、今宮山蓮花院増田寺と称した。
(中略)
 元禄三年(1690)十二世舜賀上人の代に堂を改築したが、宝暦年間(1751〜1764)に類焼にあい、本堂を残して、土蔵、鐘楼、山門などを焼失した。ほんどうは今に伝わる。舜賀上人を中興開山としている。この舜賀上人は大黒天を自ら刻んでいる。
 明治二十五年(1892)5月、本堂改築の際に知事の許可を得て、武州大師河原平間密寺、川崎大師の第一分身、甲子大黒天を安置した。これについて『明細帳』には明治二十一年三月九日に厄除弘法大師 武蔵国江原村平間寺分体安置で出願、五月十四日許可とある。表門前の石碑には明治二十年(1887)十二月二十五日仮安置とも刻まれている。今本堂に本尊として安置されているのは厄除弘法大師像である。表門をくぐった楼上にも弘法大師の像が立つ。
(中略)
 本尊の聖観音菩薩は天文二年(1533)京都の仏師鈴木民部の作という。この仏像は開山の玉泉上人が依頼して作らせたものという。また、浩玄が造った観音菩薩もある。これは明応七年(1498)の作という。
 正月の厄除け祈願には大変な参詣者がある。
(後略)」


 以前の参拝日記は→こちら

 前橋市の中でも市街地からかなり外れていますので、周辺は田園地帯になりますので、かなり長閑です。

 こちらの寺院は「今宮山蓮花院」という寺院名ですが、「前橋厄除大師」の通称の方がよく知られています。
 周辺の道路にはお寺の看板が出ています。自動車で行かれる方は、その看板を目印にしてください。

 山門になります。
image

image

 こちらが本堂になります。
image

 お正月は、祈祷祈願を行う方々で混みあうようです。私は1月22日日曜日に参拝しましたが、ご祈祷を受ける方が多かったです。

 境内にはいろんな仏様が祀られています。
image

image

image

 駐車場には七福神の石像がいらっしゃいました。
image

 こちらの寺院の副住職さんは、テレビ朝日「ぶっちゃけ寺」に出演されている尼さんです。授与所に入るといらっしゃりました。
 その方のブログは→こちら
 「ぶっちゃけ寺を見てますよ。」と話しかけ、少し話が出来ました。意外と小柄で、可愛い方です。

 関東八十八ヶ所を巡拝しているので、御朱印を頂きました。御朱印代は300円でした。通常の御御影を一体頂きました。開創20年記念御御影の在庫はないそうです。
 また、「前橋厄除大師」と書かれた御朱印もあります。
image

 書き置きのみですが、御朱印代は500円でした。

 授与所で招き猫の開運・金運向上の御守りを頂きました。
image

 一体800円になります。
 他にも各種御守り(800円)や祈祷済みの各種御札(1,000円)がありました。
 
 オリジナル納経帳(1,500円、11cm×16cm)、ぼけ封じ関東三十三観音霊場専用納経帳(1,300円)、関東八十八ヶ所専用納経帳(2,000円)がありました。





寺院名:今宮山 増田寺 蓮花院
所在地:群馬県前橋市下増田町1626番地
宗 派:真言宗智山派
本 尊:聖観音 弘法大師
通 称:前橋厄除大師
札所等:関東八十八ヶ所 五番札所
    上州三十三観音霊場 十三番札所
    ぼけ封じ関東三十三観音霊場 十八番札所
御詠歌:赤城山 大師の御手に 導かれ 長寿福寿を 願うこの寺
記事検索
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
Amazonライブリンク
livedoor プロフィール
QRコード
QRコード
LINE読者登録QRコード
LINE読者登録QRコード
カテゴリ別アーカイブ
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

ブログトピックス
メッセージ
J-CASTニュース
  • ライブドアブログ