妙義神社 御朱印
 群馬県富岡市の妙義山の中腹に神社は鎮座していました。

 最寄り駅は、JR信越本線「松井田駅」になります。徒歩で神社まで約1時間はかかります。

 自動車を停めるには、道路の反対側にある「道の駅みょうぎ(URL:http://www.myogi-bc.jp/) 」の駐車場を利用した方が良いかもしれません。


 こちらの神社の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「【妙義神社】
 群馬県甘楽郡妙義町妙義の旧県社。祭神は日本武尊・菅原道真・豊受大神。例祭は4月15日。
 宜化天皇二年に創建されと伝える。妙義山の主峰である白雲山の東山麓に鎮座し、もとは波己曾の大神と称した。江戸期には歴代将軍や諸大名の信仰が厚く、上野東叡山の宮門跡が兼帯する親祭の社であった。その宿坊を宮様御殿と呼んだ。
 本殿・拝殿の彫刻は日光に優ると称される。」

 また、群馬県神社庁富岡甘楽支部編「富岡甘楽平成神社明細誌」によると次の通りです。
「【妙義神社】
 祭 神:倭建命
 相殿神:菅原道真公 権大納言長親卿 丹生都姫命 建御名方命 素盞嗚命 國常立命 大国主命 八衢比古命 彌継種命 大地主命 大己貴命 八衢比売命 疱瘡神 伊邪那美命 大日孁尊 祭神不詳
〈由緒〉
 当社の創建は『宣化天皇の二年に鎮祭せり』と社記にあり、その後推古天皇の朝に別当を置かれ、光仁天皇宝亀年中再興あり。元は波己曽の大神と称し後に妙義と改められた。
 そもそも妙義と云う所以は、後醍醐天皇に仕へ奉りし権大納言長親卿、此の地に住み給いて明々魂々たる山の奇勝をめで、明魂と名づけしものを後世妙義と改めたと思われる。古くより朝野の崇敬殊に篤く、開運、商売繁昌の神、火防の神、学業児童の神、縁結の神、農耕桑蚕の神として広く世に知られ、関東、甲信越地区より参拝する者が多い。
 江戸時代は歴代将軍を始め、加賀の前田侯外諸大名の崇敬篤く、上野東叡山の宮、御代々御兼帯御親祭の神社となる。幕府より玉串献上ののことあり。日光例幣使参向の途次、必ず参拝あらせられる。是又年々の例なりが、明治に至りて止む。
 御祭神の道眞公・長親公は、中古の合祀なり。
 旧幕府徳川家光公より、朱印地三十石・反別三町六反五歩、受領あり。
 明治五年7月27日、郷社に列せられる。昭和九年4月7日、県社に昇格する。」


 妙義山の中でも「白雲山」を御神体とする山岳信仰の神社になります。

 一の鳥居です。
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 社号標になります。
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 開運・火防の神様になります。

 一の鳥居を進んでいくと総門があります。
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 掲げられている扁額には「高顕院(正式寺院名:白雲山高顕院石塔寺)」という別当寺であった名が刻まれています。
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 神仏習合を感じさせる門です。

 先に進みます。
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 「波己曾社」がありました。
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 旧本社になるそうです。通常は祈祷に使われているのかなと思います。
 群馬県指定重要文化財になります。

 急な石段を上がります。
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 随神門になります。
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 唐門になります。
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 「国指定重要文化財」になります。

 社殿になります。
妙義神社 社殿
 唐門同様に「国指定重要文化財」になります。

 平成30年12月29日に参拝しました。北関東のうえに妙義山の中腹に鎮座するため境内はとても寒かったです。空っ風でビュービュー・・・。参拝者はいらっしゃいましたが、皆さん寒そうでした。

 帰りは脇参道を進みます。
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 途中には白雲山登山口がありました。
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 あくまでも上級者向きのようですので、なれていない人はやめた方がよいです。

 御朱印は、総門を入り右側にある「授与所」で頂きました。御朱印代は300円です。

 こちらの神社にはオリジナル御朱印帳があります。
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 大きさは11僉16僉∋羲舛鷲當漫⊇虔耄1,500円(御朱印代込)です。

 御神札や御守りといった授与品はありました。私は「開運厄除御守り」を一体頂きました。初穂料は700円になります。




神社名:妙義神社
鎮座地:群馬県富岡市妙義町妙義6番地
祭 神:日本武尊 豊受大神 菅原道真公 権大納言長親卿
社格等:旧県社