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 前橋市の中心部、群馬県庁から少し北の「大手町」の交差点の所、前橋公園内に神社は鎮座していました。中央大橋のたもとといった感じです。

 最寄り駅は、JR両毛線「前橋駅」or「新前橋駅」になります。両駅から徒歩では少々かかりそうです。

 駐車場は、境内の北側の道路沿いにありました。自動車は、数十台位は停められそうです。


 菊地清(世良田東照宮々司)著「群馬県内の東照宮」によるとこちらの東照宮の由緒は次の通りです。
「当社の創立は寛永元年6月1日で、御祭神徳川家康公の孫、松平直基(家康公の第二子、結城秀康の五男で大和守と称し、前橋藩主の祖)が越前勝山城内に祭祀したのに創まる。以来、松平氏は十三回に及ぶ移封に遇ったが、その都度奉遷して、藩主をはじめ士民の篤き崇敬を集めて今日に至る。
 即ち、享保二十年には社領二百石が寄進され、また、慶安元年播州姫路、寛文七年播州姫路、元禄五年奥州白河、同十年奥州白河、宝暦四年上州前橋、安永六年武州川越、嘉永八年武州川越においてそれぞれ社殿の造営が行われており、慶安二年武州川越より再び上州前橋に奉遷され明治を迎えた。
 現在の社殿は本殿以下五棟、総て川越より移築したもので、一本の欅の巨木で造られたと伝えられ、用材の美しさは実に見事で、本殿の彫刻は江戸の有名な彫工島村源蔵の作として、知られている。
 明治以降は、旧前橋藩士居住区域八箇町、三千戸の鎮守として崇敬を集めてきたが、昭和四年県社に列せられた。
〈社宝〉能面・能装束・陣羽織・軍扇等蔵し、市重要文化財に指定されている。」

 また、大修館書店刊「日本の神仏の辞典」によると次の通りです。
「前橋市大手町の旧県社。徳川家康・菅原道真・木之花咲耶比売神ほか二柱を祀る。例祭は4月17日。
 寛永元年(1624)に前橋藩祖である松平直基が越前の勝山城主当時に奉斎され、その後の移封ごとに遷された。
 慶応二年(1866)に前橋に帰還し、明治四年(1871)に遷座した。」

 また、東京堂出版刊「神社辞典」によると次の通りです。
「群馬県前橋市大手町。旧県社。
 寛永元年(1624)前橋藩の祖、松平直基が越前勝山城主時代に同地に創建、以来二百三十年余り十三回にわたる各地移封の都度遷祀、慶応元年(1865)川越より転領後、明治四年(1871)現在地に遷座した。
 宝物に家康公木像(元和年間作)などがある。
 例祭4月17日。」


 1月22日に参拝してきました。
 寒い日でしたが、参拝者がいらっしゃいました。遅い初詣なのかな?

 鳥居になります。
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 社号標になります。
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 交通安全祈祷殿になります。
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 こちらで自動車は祈祷を行います。

 手水舎になります。
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 手と口を漱いで参拝です。

 社殿になります。
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 (´人`)

 社務所になります。
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 こちらが、授与所であり祈祷受付でもあります。御朱印はこちらで頂きました。御朱印代は300円でした。

 こちらの神社では、全国東照宮連合会の作製した御朱印帳がありました。




神社名:前橋東照宮
鎮座地:群馬県前橋市大手町三丁目13‐19
祭 神:徳川家康公 菅原道真公 木之花咲耶姫神 長壁様
社格等:旧県社