群馬県高崎市に鎮座している進雄神社に参拝してきました。
「すさのおじんじゃ」と読みます。
旧郷社になります。
駐車場は一の鳥居の左側にありました。
自動車は、数十台位は停められそうです。
最寄り駅は、JR高崎線・八高線・両毛線「高崎駅」になります。
徒歩では、かなりかかりそうです。
バスの場合は、JR高崎駅東口タワー美術館前より群馬バスで「亀里JAビル行き」に乗り、「進雄神社北」下車500mになります。
但し、本数は少ないようですので、気をつけて下さい。
神社の由緒書きによると、縁起は以下でした。
「進雄神社は、貞観十一年(869年)諸国に疫病蔓延の時に、清和天皇の勅掟により尾州津島神社を勧請して当地に創祀され以来千百数十年にわたり、皆様の健康と厄除を御護りし、広く崇敬されてまいりました。
天喜五年(1059年)源頼義公奥州征討の時に当神社を深く崇拝せられ武運長久を祈誓され、凱旋にあたり社殿を修造し神領を寄進されました。
戦国時代の武田、上杉、北条等の武将達の書状が今に伝えられ、戦勝祈祷文書や社家の安堵状等篤く崇拝された様子がしのばれます。
高崎藩主、箕輪城主より神領が寄進され奉幣の儀が度々行われ、寛永十一年に徳川家光公より御朱印三十石が寄進され、以来幕末まで続いておりました。
明治初年に神仏分離により、それまでの「天王宮」から雄大に進むを祈誓して大神様を社号とする「進雄神社」と改称され平成の御代に総檜、権現造の御社殿を新築造営すると共に神域を整厳しました。」
久しぶりに近くまで来ましたので、参拝しました。
こちらが一の鳥居になります。
道路沿いにあり、かなり大きいです。
参道を進んでいきます。
二の鳥居です。
こちらが社標です。
さらに進みます。
右側には手水舎がありました。
参道の左側には大きな木がありました。
欅の木だそうです。
御神木になり、高崎市指定保存樹になっています。
これは・・・・
道祖神でしょうか。
進むと、神橋がありました。
残念ながら、渡れませんが・・・
橋の右側には池があり、水天宮が祀られていました。
安産子育てに御神徳があります。
左側にはまた池があり、龍神が祀られています、
縁結び、金運向上の御利益があるそうです。
橋を渡るとすぐ左側には「神馬」がありました。
立派です。
境内の右側には、神楽殿がありました。
どんな神楽が舞われるのでしょうか?
神楽殿の内部です。
お面が・・・
社殿前には、狛犬がいらっしゃいました。
何だか怖そうな感じですが・・・
こちらが社殿になります。
「権現造」になります。
結構新しそうな印象ですが、遷宮が行われ、そう古くはなさそうです。
社殿の右側には、「天王稲荷神社」が鎮座していました。
稲荷神社の社殿です。
やはり、多くの油揚げが奉納されていました。
社務所の後方には「神苑」があり、梅を中心に桃や松が多く植えられていました。
まだ、梅の開花には早く、3月中旬頃が見頃だったと思われます。
もう時期は過ぎてしまったでしょうが・・・
ブログにアップするのが遅すぎた・・・
根上がりの松です。
盆栽です。
こんなところに・・・
信楽焼の狸・・・
キジだ!
羽は開きそうにありません。
神苑は、「無料」で見ることが出来ます。
御朱印は、境内の左側にある「授与所」で頂けます。
御朱印代は、300円でした。
由緒書きはありました。
御守りや御札といった授与品はありました。
神社データ
神社名:進雄神社(すさのうじんじゃ)
鎮座地:群馬県高崎市柴崎町801番地
祭 神:速須佐之男大神 稲田姫大神 他二十四神
社格等:旧郷社
稲荷神社の社殿です。
やはり、多くの油揚げが奉納されていました。
社務所の後方には「神苑」があり、梅を中心に桃や松が多く植えられていました。
まだ、梅の開花には早く、3月中旬頃が見頃だったと思われます。
もう時期は過ぎてしまったでしょうが・・・
ブログにアップするのが遅すぎた・・・
根上がりの松です。
盆栽です。
こんなところに・・・
信楽焼の狸・・・
キジだ!
羽は開きそうにありません。
神苑は、「無料」で見ることが出来ます。
御朱印は、境内の左側にある「授与所」で頂けます。
御朱印代は、300円でした。
由緒書きはありました。
御守りや御札といった授与品はありました。
神社データ
神社名:進雄神社(すさのうじんじゃ)
鎮座地:群馬県高崎市柴崎町801番地
祭 神:速須佐之男大神 稲田姫大神 他二十四神
社格等:旧郷社
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