江戸時代、徳川家康の没後、久能山東照宮から日光東照宮へ改葬されました。

その際に、東照宮に幣帛を奉献するための勅使(日光例幣使)が遣わせることになりました。
中山道の倉賀野宿を起点として、楡木(にれぎ)宿において壬生通り(日光西街道)と合流して日光坊中へと至る道を「日光例幣使街道」と呼びます。

その途中、太田宿から八木宿の間に「日光例幣使道 台之郷の辻」がありました。
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国道122号線の「東長岡」という交差点を西に行くと、「石原東」という交差点があります。
その交差点を北(右折)へ行くと、右側に「文真堂書店 石原店(住所:太田市石原町540‐5)」があります。
その駐車場に石標がありました。
ひっそりと建ってます。

近くには、台之郷観音を祀る「孤峰山 江徳寺(所在地:群馬県太田市台之郷845番地 宗派:曹洞宗 本尊:釈迦如来 聖観音 札所等:東上州三十三観音霊場 十三番札所)」がありました。
こちらの江徳寺は、例幣使の休息に使われたのでしょうか?

周辺は、太田市の中心部から外れていますので、長閑な感じもします。

こんな所を日光例幣使が行列を仕立てて、通過したのを思うと、何だか歴史を感じさせます。

江戸時代に生きた方は、これを頼りに道を行き来していたわけですね。

まほろば流の「街道をゆく」の第一弾でした。