まほろば御朱印紀行

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

2019年04月

生品神社 再拝(群馬県太田市新田市野井町)5

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 群馬県太田市の中でも旧新田町に神社は鎮座していました。

 神社専用の駐車場は、門前にありました。


 こちらの神社の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「群馬県新田郡新田町市野井の旧県社。祭神は大穴牟遅神・品陀和気命・建御名方神他二十二柱。例祭はは4月15日、11月20日。5月8日に新田義貞挙兵記念祭がある。
 天喜年間(1053〜1058)に源義家が奥州征討にあたり戦勝を祈願し、元弘三年(1333)の新田義貞鎌倉攻めでは当社で義旗を挙げた。
 生階とも称し新田郡内に分社が多くその本社である。」

 また、東京堂出版刊「神社辞典」によると次の通りです。
「群馬県新田郡新田町市野井。旧県社。大穴牟遅神・品陀和気命・建御名方神他二十二柱の神を祀る。
 創祀は不詳であるが『上野国神名帳』所載の生階明神に当てられる。源義家は奥州征伐に際し戦勝祈願したと伝え、釜倉時代以後、当地を領有地とした新田氏の崇敬は篤く刀剣、軍旗、絵馬などを奉納している。『太平記』が記すに元弘三年(1333)護良親王の令旨により北条高時追討のために市野井郷総鎮守にて挙兵戦勝祈願したのは当社であり境内は國の史跡に指定されている。
 当郡内には同名社が多く当社を本宮とし、古来産土神として崇敬が篤い。
 宝物としては神鏡、古鏡、軍旗、寄進状などを蔵す。
 例祭は4月15日、11月20日。5月8日には新田義貞挙兵記念祭が実行力され、小学生十人が鎌倉方向に矢を放つ鏑矢祭が執行される。」


 鳥居になります。
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 左側には新田義貞の銅像がありました。
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 銅像は盗難にあい、現在はありません。犯人は見つかったのかな?

 神橋になります。
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 二の鳥居になります。
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 神代木になります。
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 境内社。
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 社殿になります。
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 大己貴命を主祭神として祀られています。
 上野國神名帳には「従三位生階明神」とあるので、平安時代には神社はあったことになります。
 上野国志には「一説には生品社は、平親王将門の弟、御厨三郎将頼を祭る。将門伏誅の後、其の霊祟をなす。依て将門を武州に祀りて神田明神と称し、将頼を上州に祭りて生品明神と称す。共に九月十九日を祭日として之を祭ると生品旧縁起に見えたり」とあります。
 また、言い伝えによると
「豊城入彦命が上野の太守となり、新田地方の開発に先立ち、大己貴命を祀り、『生階明神』と号した。いつしか『生品』と書くようになった。天喜年間(1053年〜1058年)に源義家は、奥州の賊徒を退治するため、生品神社に参詣し、戦勝を祈願。
元弘三年(1333年)五月八日、新田義貞が北条高時を追討するため、神社前に義旗をたて、鎌倉へと進軍した。」
とあります。

 社殿内部です。
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 普段は非常駐の神社ですが、参拝したときは神社関係者(宮司さんか?)がいらっしゃり、御朱印は御朱印帳に直接墨書きが頂けました。恐らくは5月8日の例大祭の準備があったのかなと推測します。ゴールデンウィーク中はいらっしゃるのかなとは思います。御朱印を頂くのはこの時期かもしれません。






神社名:生品神社(いくしなじんじゃ)
鎮座地:群馬県太田市新田市野井町646‐1
祭 神:大穴牟遅神 品陀和気命 建御名方神 他二十二柱
社格等:旧県社

下野国鷲宮神社(栃木県栃木市都賀町)5

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 栃木県栃木市都賀町に鎮座しています。

 最寄り駅は東武日光線「家中駅」、東武宇都宮線「野州大塚駅」になります。両駅から徒歩で3〜40分位ではないかと思われます。

 神社専用駐車場は門前にありました。自動車は数十台は停められそうです。


 こちらの神社の由緒は、次の通りです(由緒書きより)。
「都賀町家中の総鎮守として、また『お酉様』として親しまれております。鷲宮神社は伝えられるところによれば大同三年(808)の創建で、最初は思川の側にありましたが再三の洪水の為、朱雀天皇承平元年(931)現在の地に遷宮したとされています。
 御祭神の天日鷲命は別名を天日鷲翔矢命(あめのひわしかけるやのみこと)と申し、阿波(徳島県)忌部氏の遠い祖先で楮(こうぞ)や麻を植えて製紙・紡績の業を興し、皇祖天照大御神が天磐屋に御隠れになった時、白和幣(しろにぎたえ)を作り神々と共に祈祷せられ、磐戸開きに大きな功績をあげられた神様です。
 その後、日本武尊の東征の際に東国治定や開発の為、日本武尊と共に三浦半島を経て船で安房国(千葉県)に移って来た忌部氏が、利根川を上るようにして東国を開発していくのに伴い、天日鷲命も広く祀られていきました。弓削連の祖でもある天日鷲命は、東国武士等に弓矢を作り始めた神様、武道守護の神様としても篤く崇敬されていたようです。
 大己貴命は大国主命の別名で、一般には米俵を踏んまえて左肩に大きな袋を背負い、右手に打ち出の小槌を持った大国様として知られ、因幡の白うさぎ等の出雲神話の主役としても親しまれています。この大己貴命という神様の御利益はかなり広くて、家内安全、商売繁盛、さらには病気平癒から縁結びにまで及んでおります。」


 アニメ「らき☆すた」で知られる武蔵国鷲宮神社とは別の神社。

 鳥居になります。
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 案内板になります。
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 手水社になります。
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 夢福神になります。
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 何でしょうか?いい夢が見れるようにという神様なんでしょうか?

 社になります。
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 祭神は天日鷲命・大己貴命になります。咳止めにご利益があるそうです。

 社殿前には「夢たまご」が鎮座していました。
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(´人`)

 境内社になります。
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 御朱印は、境内の左側にある授与所にて頂けます。御朱印代は300円です。由緒書きはあります。

 御守り(一体500円〜)や御札といった授与品はありました。
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 お鳥様の神社らしく熊手(一体1,000円〜)が授与されていました。
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神社名:下野国鷲宮神社
鎮座地:栃木県栃木市都賀町家中451‐2
祭 神:天日鷲命 大己貴命
社格等:旧村社

小祝神社 上野国七之宮 季節の御朱印(おぼりじんじゃ、群馬県高崎市石原町)5

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 群馬県高崎市に神社は鎮座していました。

 駐車場は社殿の裏にありました。10台位は停められそうです。


 こちらの神社の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「【小祝神社(おぼりじんじゃ)】
 群馬県高崎市石原町の旧郷社。延喜式内社。祭神は少彦名命ほか二十一柱。例祭は4月19日、10月19日。
 元慶四年(880)年に正五位上を授かる。正徳年間(1711〜1716)に間部越前守詮房が社殿を造営した。
 国内神名帳に正一位とあり国内七之宮として崇敬を集める。特に安産守護として有名である。」

 また、由緒書きによると次の通りです。
「群馬県内にある延喜の格式に記載のある十二の神社のうち、七之宮とされている。
 合祀されている祭神は、速玉男命・大日孁命・五十猛神・健御名方神・大國主神・誉田別命・伊弉册命・宇氣母智神・倉稲魂神・大名持神・大山祇命・八衢姫命・菊理姫命・軻遇突智命・八衢彦神・久那止神・市杵嶋姫命・事解男命・素盞鳴命・菅原道真公・藤原家隆卿の二十一柱。旧社格は郷社。ご神紋は『三つ巴』。近くを流れる烏川にかかる橋が聖石橋で、烏川の中に、『聖石』『赤石』『川越石』の三石があるといい、石と関係の深い神社であることがわかる。
 『三代実録』の元慶四年(800)五月二十五日条に、『正五位下、小祝神社』とある。『上野国神明帳』には、『正一位小祝大明神』とあり、群馬県西郡に『息災寺小祝明神』の記載があることから小祝神を奉斎する氏族は国府官人になったと見られ、先の『息災寺小祝明神』は、国府近くに建立された息災寺に氏神として当社から勧請されたものと推測される。
 延長五年(927)成立の『延喜式』神名帳では上野国片岡郡に『小祝神社』と記載され、式内社に列している。尚、同帳では当時の読みとして『オハフリ』と振られている。『ハフリ』は、神に人間の言葉を告げることをいい、転じて神祇官の役職名になった。
 現在の主要社殿は本殿、拝殿から成り、これらが一体となった形式である。ただし、幣殿・拝殿は本殿よりも後の造営になる。現本殿は江戸時代の正徳三年(1713)に高崎城主であった真鍋越前守詮房による造替で、享保二年(1717)に棟上げされた。
 形式は三間社入母屋造で、側面も三間からなり、正面には向拝三間を付す。屋根は、当初は桧皮葺または柿葺であったと見られるが、現在は銅板葺である。本殿内部は外陣(手前二間)と内陣(奥一間)に分かれ、内陣には厨子が安置されている。
 この本殿は、高崎市の神社本殿としては最古であるほか、その背面に嵌め込まれた彫刻パネル(群馬県最古例)が類例の年代判定の指標にもなるとして、棟札・奉納額・寄進銘とともに高崎市指定重要文化財に指定されている。」


 鳥居になります。
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 群馬県知事であった小野寺氏揮毫の社号標です。
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 手水舎になります。
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境内の隣には保育園があります。
 境内自体は広くはありません。桜はかなり散っていました。

 また社号標です。
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 神楽殿になります。
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 社殿です。
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 本殿になります。
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 祭神に藤原家隆卿とあるので、誰かな?と思ったら鎌倉時代に生きた人で、同時期にいた藤原定家と双璧をなすほどの歌人であったとのこと。
 権現造かと思いましたが、拝殿・本殿とも入母屋造かな?

 御朱印は、授与所にて頂きました。
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 季節の御朱印(三種類)の他、主祭神の「少彦名命」と墨書きされた御朱印もありました。御朱印代は各300円です。




神社名:小祝神社
鎮座地:群馬県高崎市石原町1247番地
祭 神:少彦名命
合 祀:速玉男命 大日孁命 五十猛神 健御名方神 大國主神 誉田別命 伊弉册命 宇氣母智神 倉稲魂神 大名持神 大山祇命 八衢姫命 菊理姫命 軻遇突智命 八衢彦神 久那止神 市杵嶋姫命 事解男命 素盞鳴命 菅原道真公 藤原家隆卿
社格等:延喜式内社 旧郷社 上野国七宮
札所等:上野国十二社巡拝

妻沼聖天歓喜院 御開帳&御朱印&御守り(埼玉県熊谷市妻沼)5

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 埼玉県熊谷市の北部、旧妻沼町に寺院はありました。

 最寄り駅は、JR高崎線「熊谷駅」になります。熊谷駅よりあさひバス「太田駅行き」・「西小泉駅行き」・「妻沼聖天前行き」に乗り、「聖天前」バス停で降りてすぐです。

 寺院専用の駐車場はありました。

 
 こちらの寺院の由緒は次の通りです(吉川弘文館刊『日本仏教史辞典』」による)。
「【歓喜院】
 埼玉県大里郡妻沼町にある高野山真言宗の寺院。聖天山長楽寺と号す。
 平安時代後期長井庄司斎藤別当実盛が白髭社を修造して歓喜天を祀り聖天宮と称し、長井庄総鎮守となる。建久八年(1197)実盛の次男阿請房良応が改築し別当寺歓喜院を建立。天文二十一年(1552)忍城主成田氏の命で女(妻)沼の地頭手島美作守が修築。慶長九年(1604)徳川家康から朱印五十石を賜る。明治初年聖天堂は別当寺歓喜院に所属する
 建久八年銘の御正体の錫杖は重要文化財に指定されている。」


 貴惣門になります。
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 4月21日に参拝しましたが、御開帳のため、長蛇の列。
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 多宝塔です。
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 山門。
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 「歓喜天」を祀るお寺として知られています。聖天堂(本殿)は国宝に指定されました。
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 4月16日(火)から22日(月)までご本尊の御開扉(御開帳)が行われています。
 聖天堂前の案内板によると次の通りです。
「国宝歓喜院聖天堂
 妻沼聖天山は、治承三年(1179)、斎藤別当実盛公がこの地に大聖歓喜天を祀り開基したことに始まります。
 その本殿である『歓喜院聖天堂』は、享保二十年(1735)から宝暦十年(1760)に掛けて、林兵庫正清及び正信らによって建立されました。歓喜院聖天堂は、拝殿・中殿・奥殿を結ぶ権現造の建築様式であり、その各所に豪華絢爛な極彩色の彫刻が施されています。奥殿を中心に丸彫や透彫、地紋彫等の緻密な彫刻技法が用いられ、その上に漆塗りや極彩色が加わり、荘厳性を極致まで高めています。
 日光東照宮の創建から百年あまり後、装飾建築の成熟期となった時代に、棟梁の統率の下、東照宮の修復にも参加した職人たちによって、優れた技術が惜しみなくつぎこまれた歓喜院聖天堂は、近世装飾建築の頂点であると言えます。そして、このような建物の建築が民衆の力や願いによって成し遂げられた点が、文化史上高い価値を有すると評価されています。
 平成十五年から平成二十二年に掛けて歓喜院聖天堂の保存修理工事が実施され、極彩色の彫刻世界が蘇りました。
 平成二十四年七月九日に、歓喜院聖天堂は、国宝に指定されました。この国宝指定は、埼玉県の建造物として初の栄誉です。
 平成二十六年三月 熊谷市教育委員会」

 御朱印は、境内右側にある授与所で頂きました。御開帳の印が押されます。御朱印代は500円でした。

 浴油祈祷は、祈祷料3,000円よりあります。

 オリジナル御朱印帳(1,500円)や御守り(500円〜)といった授与品はありました。

 以前御守りを一体頂きましたが、事情があり以前の御守りはお返しをし、新しく頂きました。500円になります。諸願成就のようで、次の願意がこめられています。
「家内安全・身体健全・厄災消除・心願成就・良縁成就・事業繁栄・商売繁昌・交通安全・方位除・福徳圓満・学業成就・進学成就・合格祈願・病気平愈・傷病平瘉・子宝満足・安産守護・身上安全・渡航安全・就職成就」





寺院名:聖天山 長楽寺 歓喜院
所在地:埼玉県熊谷市妻沼1627番地
宗 派:高野山真言宗
寺格等:準別格本山
本 尊:十一面観音 大聖歓喜天
通 称:妻沼聖天
札所等:関東八十八ヶ所 八十八番札所
    ぼけ封じ関東三十三観音霊場 十六番札所
    東国花の寺百ヶ寺
    彩の国武州路十二支霊場 午歳守護
    幡羅新四国八十八ヶ所 十三番札所
    関東三大聖天
御詠歌:大利根のみずゆたけしと妻沼なる 神の恵みのつきぬ尊うとさ

世良田東照宮 徳川宗家揮毫の扇子(群馬県太田市世良田町)5

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 群馬県太田市世良田町に鎮座する世良田東照宮に参拝したおり、禰宜さん(宮司の息子)から声をかけられました。今年三ツ葉葵会(崇敬会)が40周年を迎えるため会員に記念品を贈呈しているとのこと。「徳川宗家揮毫の扇子」を贈呈しているとのことで頂きました。崇敬会に入っていてよかったです。

 境内のようす。
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 社殿前の枝垂桜はまだ咲いてます。
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 開運稲荷社にも参拝。
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 開運招福、商売繁盛、五穀豊穣のご利益があり、御神札(700円)・御守り(500円)・御朱印(書き置き、300円)があります。

 境内は清々しくとてもよいです。
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 本殿にも参拝。
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 三ツ葉葵会は、年会費5,000円(正会員)・10,000円(特別会員)になります。

会員の特典
1 会員証が発行
2 月次祭(毎月一日)には会員の名前が読み上げられ、家内安全・開運招福が祈願
3 正月は拝殿へ昇殿し御祈祷がうけられ、御神札・破魔矢・お守り等が授与
4 例大祭(四月十七日)の参列、※研修旅行等の参加ができます。
5 世良田東照宮の拝観(同伴者二名)ができます。
6 特別会員には社頭に「献燈」が設置されます。
7 社報が送付されます。

 詳細は世良田東照宮までお問い合わせください。



神社名:世良田東照宮
鎮座地:群馬県太田市世良田町3119‐1
祭 神:徳川家康公
配祀神:菅原道真公 倉稲魂命 須佐之男命 伊弉冉命 火産霊命 大穴牟遅命 誉田別命 建御名方神 豊城入彦神 外十柱
社格等:旧郷社
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日本のまほろばを探して社寺を参詣してます。社寺参詣道代表師範&御朱印ブロガーです。伊勢神宮・靖国神社・世良田東照宮・久能山東照宮・鳳来山東照宮の各崇敬会に入会しています。 取得資格:普通自動車免許、2級ファイナンシャルプランニング技能士、日商簿記検定2級、秘書検定2級、神社検定参級、全経電卓検定3級、安全衛生推進者
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