まほろば御朱印紀行

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

2017年12月

牛嶋神社(東京都墨田区向島一丁目)5

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 浅草の対岸、隅田公園内に鎮座していました。言問橋を渡ると神社の北側に着きます。

 最寄り駅は、東武伊勢崎線「浅草駅」・「東京スカイツリー駅」になります。


 こちらの神社の由緒は、次の通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「【牛嶋神社】
 東京都墨田区向島の旧郷社。祭神は須佐之男命・天之穂日命・貞辰親王之命(清和天皇第七皇子)。例祭は9月15日。
 貞観二年(860)に慈覚大師が神託により須佐之男命を勧請したと伝える。のちに他の二神を合祭し王子権現と称した。
 最勝寺が別当として奉仕し管理した。牛の御前と呼ばれる。」

 また、東京堂出版刊「神社辞典」によると次の通りです。
「【牛島神社】
 東京都墨田区向島。旧郷社。須佐之男命・天之穂日命・貞辰親王を祀る。
 社伝によれば、貞観二年(860)慈覚大師が神託により須佐之男命を郷土の守護神として勧請、後に天之穂日命を合祀し、更に清和天皇の第七皇子貞辰親王が当地で没したのを、大師の弟子、止本阿闍梨がその神霊を祀り『王子権現』と称した。源頼朝は、尊崇篤く養和元年(1181)社殿を造営し神領を寄せ、天文七年(1538)御奈良院より勅額を賜ったと伝える。
 明治維新以前は、牛宝山明王院最勝寺が別当として奉仕し『牛の御前』と称していたが、神仏分離後、現社名に改められた。
 例祭9月15日。」


 12月3日に参拝いたしました。まだ七五三の参拝者がいらっしゃいました。

 「包丁塚」だそうです。
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 包丁の供養塚なんでしょうか?

 烏亭焉馬「いそかすは」の狂歌碑になります。
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「いそかすは(がずば) 濡れまし物と 夕立の あとよりはるる 堪忍の虹 談洲楼烏亭焉馬
 この狂歌碑は裏面にあるとおり、初世烏亭焉馬自身が文化七年(1810)に建てた碑です。江戸落語中興の祖と称された烏亭焉馬は本名中村利貞、字は英祝、通称は和泉屋和助です。寛保三年(1743)生まれ、本所相生町五丁目(現緑一丁目)の大工の棟梁で狂歌や戯文をよくする文化人としても有名でした。談洲楼の号は五世市川団十郎と義兄弟の契りを結んだことから団十郎をもじったもの、また竪川に住むことから立川焉馬、職業が大工であることから『鑿釿言墨曲尺』とも号しました。
 元禄時代にはひとつの話芸として確立した落語もその後衰えていましたが、天明四年(1784)に向島の料亭武蔵屋において、焉馬が自作自演の『噺の会』を催し、好評を得たことから江戸落語が盛んになっていきました。寛政末年頃には現在の落噺の形が完成し、明治に入って落語という呼び方が定着しました。
文政五年(1822)80歳で亡くなり、本所の最勝寺に葬られました。(現在は寺・墓共に江戸川区平井に移転)」


 写真を撮ろうとしたら、電池切れのため鳥居や社殿は撮れませんでした。

 御朱印は授与所にて頂きました。御朱印代は300円です。




神社名:牛嶋神社
鎮座地:東京都墨田区向島一丁目4‐5
祭 神:須佐之男命 天之穂日命 貞辰親王之命
旧 称:牛御前社
社格等:旧郷社 本所総鎮守

赤坂山王日枝神社 再拝(東京都千代田区永田町)5

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 東京都港区のオフィス街に神社は鎮座していました。

 最寄り駅は、東京メトロ千代田線「赤坂駅」、銀座線「溜池山王駅」になります。両駅から徒歩数分位の所にありました。


 こちらの神社の由緒は次の通りです(國學院大学日本文化研究所編 弘文社刊『神道事典』より)。
「〈祭神〉大山咋神、相殿、国常立尊、伊弉冉神、足仲彦尊
〈指定文化財〉太刀一振(国宝) 太刀十四振(重文)
〈例祭日〉6月15日(山王祭、神幸祭(隔年))
〈由緒〉創祀年代未詳。熊野那智大社米良文書の貞治元年(1362)の文書に『武蔵国豊島郡江戸郷山王宮』とみえ、これが当社の前身にあたるという説がある。また一説には、文明十年(1478)太田道灌が江戸築城の際に川越の無量寿寺(現、喜多院)の鎮守日枝神社から勧請したことに始まるともいう。
 天正十八年(1590)徳川家康が江戸に移封されたときに、城内の紅葉山の地に遷座し江戸城の鎮守とされた。慶長九年(1604)からの江戸城改築に伴い、麹町隼町に移遷され江戸庶民の参拝が可能となった。その後明暦の大火で類焼したため、万治二年(1659)さらに現在地にに移された。
 当社の祭礼である山王祭は神田祭と並び江戸の代表的祭りとされ、多数の山車・練物が出るなど華美を極めた。天下祭・御用祭としょうされた。
 明治元年(1868)11月、東京奠都に際して准勅祭社となり、そののち祠官となった平山省斎の努力などもあって皇城鎮護の社として官幣大社に進んだ。
 昭和二十年(1945)5月の空襲で国宝の社殿をはじめ宝物類を焼失したが、昭和三十三年6月に現在の社殿が復興された。
〈旧社格〉官幣大社(大正元年)」

 また、大修館書店刊「日本の神仏の辞典」よると次の通りです。
「東京都千代田区永田町に鎮座する旧官幣大社。神社本庁別表神社。主祭神は大山咋神、相殿神に国常立尊、足仲彦尊、伊弉冉神を奉斎する。
 江戸期においては日吉山王社・山王権現と称し大宮・二宮・三宮を祀った。
 創祀年限は平安末期に遡り、秩父流平氏の名族・江戸重長の江戸荘定着にともなって、同氏の本貫地川越荘の鎮守日吉宮を勧請したという。また、『米良文書』貞治元年(1362)の願文に『豊島郡江戸郷山王宮』とみえ、熊野師檀関係を軸とした中央との交流がうかがえる。
 文明十年(1478)太田道灌の江戸築城にあたり、郭内北の曲輪梅林坂に奉祀され、天正十八年(1590)徳川家康関東入国後は、紅葉山さらに半蔵門外へ遷祀、社領600石が付されるなど、爆風直轄の大社として重きをなした。明暦の大火後は現在地に遷り幕命によって荘厳な社殿が造営された。
 年二季、将軍家の奉幣があり、6月15日の祭礼は山王祭礼・天下祭りとして豪華な神幸祭を挙行、江戸第一の盛典と称された。」


 境内までエスカレーターで行きます。

 鳥居になります。
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 いわゆる「山王鳥居」と呼ばれる鳥居になります。

 「皇城之鎮」になる神社になります。
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 社殿になります。
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12月3日に参拝しましたが、七五三の家族連れが多かったです。さすが江戸最大の神社です。

 久しぶりに参拝したので、御朱印と東京十社巡拝のミニ絵馬を頂きました。





神社名:赤坂山王日枝神社
鎮座地:東京都千代田区永田町二丁目10‐5
祭 神:大山咋神
相 殿:国常立尊 伊弉冉神 足仲彦尊
旧 称:山王社 山王権現
社格等:旧官幣大社 准勅祭社 別表神社

日光東照宮 カレンダー5

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 日光東照宮のホームページでカレンダーの頒布を行っていましたので、さっそく申し込みました。初穂料1,000円、送料300円になります。
 月毎ではなく、2ヶ月毎になります。毎月毎つまり一ヶ月で一頁の方がよかった気がします。





神社名:日光東照宮
鎮座地:栃木県日光市山内2301番地
祭 神:徳川家康公
相 殿:源頼朝公 豊臣秀吉公
社格等:旧別格官幣社
札所等:全国東照宮めぐり

寺岡山施薬院薬師寺(栃木県足利市寺岡町)5

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 栃木県足利市の東部、佐野市に近いところ、日光例幣使街道を少し入った場所に寺院はありました。

 お寺専用の駐車場はありました。


 こちらの寺院の由緒は、次の通りです。
「近年、『寺岡山元三大師(てらおかさんがんざんだいし』として知られる当山の正式名称は寺岡山施薬院薬師寺(てらおかさん せやくいん やくしじ)と号す。
 寺伝によると、聖徳太子の命よって建立され、『下野八薬師』と称されていたと伝えられている。
 元文年間(江戸時代)東山天皇の第三皇子、崇保院宮前天台座主准三后一品公寛法親王が、上野東叡山寛永寺(輪王寺門跡第六世門主)をされていた時、足利市寺岡町出生の亀田庄左衛門則重公が、永年身命を賭しての忠節を認められ、【 日本に3幅 しか現存しない】元三慈恵大師尊影御真筆を拝領する。
 その後、自家に安置して礼拝恭敬していた所、『困窮の人、救済すべし』という元三大師自らのお告げを受け、元三慈恵大師尊影御真筆を寺岡山施薬院薬師寺(後の寺岡山元三大師)に奉納するに至る。
 以来、寺岡山薬師寺は寺岡山元三大師として厄除け・商売繁盛の祈願寺として江戸の人々の信仰を受ける。
 檀家をとらず、祈願寺のみの寺院として歩んできた経緯には、当時の栄華と信仰の顕れが伺える。
 また頃を同じく(江戸期)、祈願寺として人々の信仰を集めていたのが川崎大師、西新井大師である。
 当山の境内には、皆様の憩いの場となる様、四季折々の花を咲かせ、特に萩の季節は見事であり、近年に於いては、『下野の萩の寺』として称讃を賜っている。」

 山門になります。
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 入って石段を上がります。
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 本堂になります。
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 元三大師が祀られています。
 
 12月23日に参拝しましたが、お正月の準備をしてました。授与所では新春祈祷の受け付けも始まっていました。
 お隣の佐野市の佐野厄除大師や足利市内の足利厄除大師は有名ですが、こちらの寺院も厄除や方位除等の祈願で知られています。
 
 こちらは薬師堂になります。
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 薬師如来が祀られています。

 御朱印は、御朱印受付にて頂けます。御朱印代は300円です。




寺院名:寺岡山 施薬院 薬師寺
所在地:栃木県足利市寺岡町871番地
宗 派:天台宗
本 尊:元三大師
通 称:寺岡山元三大師

高尾山薬王院 星供養(東京都八王子市)5

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 高尾山薬王院の星供養の御札が届きました。お布施は1,000円になります。
 ここのところ良いことがなく、運気が向上したいなぁと思っております。


 こちらの寺院の由緒は、次の通りです(吉川弘文館刊『日本仏教史辞典』による)。
「【薬王院】
 東京都八王子市の高尾山頂にある真言宗智山派の大本山。高尾山薬王院有喜寺と号す。成田山新勝寺・川崎平間寺とともに、同派の関東三山の一つ。また火渡りなどの修験道の行事を今日に伝えており、高尾山の風景にあいまって多くの人々が訪れている。
 行基の開山と伝えられるが、実質的な開山は、南北朝時代の中興開山とされる俊源であろう。薬王院の動向が明確になるのは戦国時代からである。このころになると後北条氏から保護をうけ、住持の源実・源恵などが有喜寺道場にて印信を授与している。また源実によって薬師堂修造の勧進がなされており、現在の薬王院の基礎が確立したのはこの時代であろう。次の堯秀の代になると、元和七年(1621)に醍醐無量寿院で松橋の本流を許可され、田舎本寺としての地位を確立する。江戸時代初期には弟子を養成する常法談林所であったが、延宝五年(1677)に火災以来一時中断していたが、元禄十五年(1702)に僧録護持院隆光から再興を許可されている。
 飯縄宮が史料にあらわれるのは寛永十四年(1637)以降である。」

 



寺院名:高尾山 有喜寺 薬王院
所在地:東京都八王子市高尾町2177番地
宗 派:真言宗智山派
寺格等:大本山
本 尊:薬師如来 飯縄大権現
通 称:高尾山
札所等:関東九十一薬師霊場 五番札所
    関東三十六不動尊霊場 八番札所
    多摩四国八十八ヶ所 六十八番札所
    東国花の寺百ヶ寺
御詠歌:高尾なる 緑もふかき 法の山 飯縄の御威 永遠に変わらじ
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